9-29. 契約
私は珠恵さんが消えてしまう光景に見入ってしまいましたけど、千景さんや論子さんは構わず攻撃を仕掛けようと努力を続けていました。それは二人が冷たいからなどではなく、戦いの最中なので当たり前のことです。もっとも、作戦を始める際に珠恵さんが張った結界がそのまま残っていることからしても、珠恵さんは無事だろうとの予測はつきました。
ただ、その二人の頑張りも、二番の土魔法と三番の風魔法の前に苦戦を強いられています。四番は、まだ何もしてきません。どうやら私を意識しているようです。私も動かずにいるので、こちらの出方を見ているのかも知れません。
しかし、私は動かず見合っているより、千景さん達の援護に回ろうと考えました。
「ウォーターボール」
風魔法が厄介なので、まずは三番の頭に水の球を被せます。三番は一瞬慌てた動きをしましたけど、直ぐに落ち着いて魔力を発散させて私の魔法をレジストしました。それにより水の球は弾け、三番の回りに水が落ちました。
「ウォーターカッター」
続けて今度は、両手の先に水の輪を作り、それを前方に飛ばします。左手の輪を二番に向け、右手の方では三番を狙います。
それも二人は魔力でレジストしてしまいました。勿論、こんな簡単な水魔法が通用するとは思っていません。二人の注意が逸れれば、千景さんと論子さんが近付く隙ができると考えたのです。
しかし、そこで四番が動きました。四番から炎の蛇が二つ現れたかと思うと、千景さんと論子さんに襲い掛かります。二人は防護障壁で防いでいましたけど、炎の勢いに負け、後退させられていました。
続けて今度は三番が風魔法を私に向けて放ってきます。いくつもの風の刃が飛んで来て避けられるものでもなかったので、防護障壁を広めに展開して防ぎます。
風の刃は防護障壁で防げたと安心する間もなく、今度は四番の炎が飛んできました。私は展開していた防護障壁で炎も防ぐべく防護障壁をドーム状にしたのですけど、魔法の炎は防護障壁をも燃やしています。
この炎は受けるのではなく避けなければならなかったと後悔しても始まりません。この場をどうすれば凌げるのか、頭をフル回転させます。
「ウォーターボール」
効果があるか分からなかったので、小さな水の球を作り出して炎にぶつけてみました。でも、水が蒸発して蒸し風呂のようになり、状況は悪化するばかりです。
現状を打破する打ち手を思い付けずに、焦りが募り始めます。
そんな時のこと。
『手伝おうか?』
どこからか声が聞こえました。
「誰?どこにいるのですか?」
『キミの中だよ』
私の中?返事を聞いて私は混乱しました。ただ、今の状況で深く追及している余裕がありません。ともかく、事態の打開が優先です。
「何を手伝って貰えるのですか?」
『キミは強い魔法が使いたいんじゃない?ボクと契約すれば、魔法が意のままに使えるようになるよ』
有難い話ですけど、私には悪魔の囁きにも思えます。
「何か契約の代償が必要なのではないですか?」
『代償?』
「私の魂を差し出せとか言わないのですか?」
『そう言うことね。ボクは悪魔じゃなくて精霊だから、魂とか貰ったりはしないよ。契約すれば、キミはボクの魔法が使える、ボクはキミの魔力を少し分けて貰えれば存在し続けることができる。持ちつ持たれつだよ』
私が持っている力は魔力ではなくて巫女の力ですけど、相手にとってそこは問題ではないのだろうと思いました。
相変わらず回りでは炎が燃え盛っていて、悩んでいる余裕はなさそうです。でも、一つだけ確認しておきましょうか。
「貴方と契約すれば、回りの炎を何とかできますか?」
『勿論、任せておいて』
自信満々な返事を聞いて、覚悟を決めました。
「精霊さん、私はあなたと契約します」
私は真剣な表情で意思を表明しました。精霊が私の目の前にいれば、私の真剣さが伝わったと思うのですけど、実際には精霊は私の中だと言っていたので、私の決意のどれだけを理解して貰えたのかは分かりません。しかし、精霊の次の言葉は喜びに溢れているように聞こえました。
『決心してくれてありがとう。それじゃあ、ボクの言う通りにしてね』
精霊が手順を説明してくれた後、私は両手を胸元に当て、その掌の当たるところで魔力を生成して契約の態勢に入ります。
『ボクはキミ、南森瑞希との繋がりを求む。キミはボクが生きるための糧を与え給え、そうすればボクはボクの出来る限りキミの望むものを与えよう』
精霊の言葉が聞こえるのと同時に、胸元に用意していた魔力がどんどん減っていくのを感じました。なので、私は巫女の力を変換して新しい魔力を作っていきます。
「私はあなたとの繋がりを受け入れる。私の望むものは魔法の技。そのために私は私の出来る限りの糧を与えよう」
私の生成した魔力は、生成した端から減っていっていましたけど、あるところで、それがピタッと止まりました。そして、胸元に当てた掌に、身体の内側から合わせて来るものを感じました。
『ここにボク達の契約は成立する。ボク達の未来に光あれ』
これまで魔力を消費していたところに繋がりのようなものが生まれました。その繋がりは心の中で辿ることができて、行きついた先は大きくて広い空間のようなもので。
「書庫?」
膨大な数の本が棚に並んでいるのが見えます。
『ここにあるのは全部ボクがこれまでに蓄えた知識だよ。これを一度にキミの頭に入れようとしたら、膨大過ぎてキミがおかしくなってしまうから、必要な時に必要な情報を本として参照できるようにしてあるんだ』
「必要な本はどうやったら見付けられるのですか?」
『キミの望みを聞いてボクが幾つか選ぶから、そこから最善だと思うものを決めてくれれば良いよ』
そうとだけ聞けば簡単そうですけど、実際にやってみないことには感覚が掴めません。でも幸か不幸か具合の良いことに、打破しなければならない問題は目の前に存在します。
「それじゃあ、この何でも燃やしてしまう炎を何とかする方法を」
精霊の返事の代わりに、幾つかの手立てが頭の中に浮かびました。それぞれについて詳しく知りたいと思うと、追加の情報が浮かんで来ます。とても便利です。学校の授業の内容もこのように自動的に浮かんで来ると助かるのですけど、今はそれを試している場合ではありません。
私はこれからやることを決めると、身体の周りに魔力を放出します。魔法の炎が防護障壁の外側を燃やすのに合わせて内側に追加の防護障壁を張って凌いでいましたけど、それはもう必要無くなったとの確信を持って、私は叫びます。
「絶対零度」
その瞬間、防護障壁を燃やしていた炎がすべて凍てつきました。
私はその結果に満足すると、防護障壁を解除し、氷を粉々にして周囲の空間に散らした上で、それらを再構成するための魔法を起動します。
「氷の針」
針と言っても腕くらいの大きさの尖った氷の塊が、飛び散った氷を元に私の周りに無数に生成されていきます。そして、形が整ったものから順番に敵の方へ飛ばします。
沢山の氷の針を制御し切れず相手に致命傷を与えてしまったらどうしようかという心配は、氷の針の攻撃が二番が魔法で作った土の壁に遮られたことで杞憂に終わりましたけど、それにより効果的に痛手を与えられなかったのは悔しいことです。しかも、土壁のお蔭で、千景さん達も攻撃ができない事態に。向こうからも攻撃できないのでお互い様ではあるものの、これでは膠着状態です。
さて、どうしたものでしょうか。
壁があるので物理攻撃は難しいです。壁を通過して向こう側に届くものと言えば冷気ですけど、何もしないまま相手の動きを止められるほどの冷気を発生させると、何もかも凍らせてしまいそうです。
そう考えた私は壁の方へ走っていきました。
「瑞希ちゃん、何かするの?」
千景さんは先程から私のやっていることを黙って見ていて、声を掛けて来たのは論子さんです。
「はい、思い付いたことがありまして」
私は壁に十分近付くと立ち止まり、壁の向こうの上空を指差して叫びます。
「ウォーターボール」
相手方の頭上に大きな水の球を作ります。しかし、直ぐに形を崩して地面に流れ落ちました。四番が魔力で私の魔法を妨害した結果です。
確かに、以前と同じように水の球で息ができないようにすれば無力化できるとも考えていましたけど、既に一度珠恵さんに破られていますし、先程三番にもレジストされていたので失敗は想定の範囲内、いや、寧ろ予定通りです。
私は地面に手を突き、最初から狙っていた魔法を発動します。
「凍結」
単純な魔法ですけど、精霊と契約していれば強力なのです。
冷気は地面を通じて壁の向こうに伝わり、濡れているところを片っ端から凍らせていきます。これで、相手は身動きが取れなくなる筈です。
と、探知から相手の存在が消えました。逃げられてしまったのでしょうか。
「瑞希ちゃん、やり過ぎだよ」
論子さんに言われた時点では、まだ自分が何をしてしまったのか分かっていませんでした。




