9-28. 作戦決行
「それじゃあ、皆さん始めますよ。逃走できないように結界を張ります。結界の中では転移できませんから、気をつけてくださいね」
珠恵さんが私達に声を掛けて確認しています。
いよいよ作戦が始まります。
私達が今いるのは南御殿の北側の草地です。巫女としては御殿前の広場を使いたかったのですけど、残念ながら広さが足りないとの判断で諦めました。
集まっているのは、珠恵さん、千景さん、論子さんに私の実際に作戦に参加するメンバー四人。それぞれ戦いに適した服装をしています。
千景さんは七分袖のゆったりとしたカットソーにハーフパンツ。四人の中で、一番大人の雰囲気を放っています。論子さんは、タンクトップにデニムの短パン。一番肌の露出が多いです。私は半袖のシャツにキュロットスカート。年相応の格好です。そして珠恵さんは半袖のブラウスに黒のフリルのミニスカート。何故フリルのスカートかと尋ねたら、それが闇の者としての戦いの決まりなのだとか。ちゃんとスパッツを履いているから問題ないと笑っていましたけど、半分くらい目が自棄になっているような気がしないでもなかったです。
武器を持っているのは千景さんと論子さんの二人だけです。二人とも剣を握っています。作戦前の打ち合わせで、巫女の力で作った身体を使っている千景さんと論子さんの二人が前衛で近接戦闘中心に、珠恵さんと私が後衛で遠隔攻撃と回復役となることを決めていました。
珠恵さんが右手を上に掲げて、紅の力、いえ、闇の力を発動させます。すると私達を囲むようにドーム状の紅く透明な結界が張られました。
「珠恵さん、その服装で力を使うと魔女みたいで格好いいですね」
そう感想を漏らしたのは論子さんです。
「そう?ありがとう。やっぱり瑞希ちゃんも魔法使いの装束で来れば良かったんじゃない?」
珠恵さんが気恥ずかしそうに微笑みながら、私の方を見ます。実のところ、昨日の時点で珠恵さんから、魔法使いなのだから、杖を持ってとんがり帽子を被ったらと勧められていたのでした。
その時は、一人だけそんな格好では恥ずかしかったし、戦いの場になるかも知れないところでふざけたことはできないと考えて丁重に辞退させて貰いました。私の返事を聞いた珠恵さんはとてもがっかりした様子で、どうしてかと思っていたのですけど、今日の衣装を見て分かりました。仲間が欲しかったのですね。
論子さんの感想を聞いて、少し心が揺れましたけど、私の魔法は簡単なものでしかないですし、凄く見えるようにも思えないので、首を横に振りました。
「珠恵さんの闇の力の方が、私の魔法よりずっと凄いですよ。私はまだまだですから、魔法使いの格好をするにはまだ早いです」
「そんなことないと思うんだけどな」
珠恵さんは口を尖らせています。でも、直ぐに気を取り直して、微笑みました。
「さて、始めますか。最初に一人だけ引っ張り出しますけど、油断しないようにしてくださいね」
私達三人は、珠恵さんから距離を取り、纏まっていました。いざというときのために生身の私が直接攻撃に晒されないよう、私が千景さんと論子さんの影になる位置に二人は立ってくれています。
私は相手に近づくつもりはないですけど、何が起きるか分からないので、注意するに越したことはありません。
私達の準備ができたのを見届けると、珠恵さんが再び手をかざして力を使い始めました。今度は巫女の力のようです。
見たこともない作動陣なので、何をやっているかわからず、じっと見ています。
少しして、珠恵さんが振り返って私達を見ました。
「一人来ます」
私達が頷くと珠恵さんは前に向き直り、少し後ろに下がってから、また力を使います。すると珠恵さんの前方、離れたところに一人の人影が現れました。
濃い緑色の衣装のその人の格好は、先日山の北側で見つかった被害者にそっくりです。見たところ、男の人のようです。
その人は現れてすぐ辺りを見回して、珠恵さんとその後ろにいる私達に気がつくと、私達から距離を取るように下がりながら、ブツブツと言っています。
珠恵さんが前に出ようとしますけど、男の前に黒いものが現れたのを見ると、逆に後ろに大きく飛び退きました。
「来るっ!伏せてっ!」
珠恵さんの叫び声が聞こえましたけど、私達も既に行動を起こしていました。
膝をついてしゃがんで防御障壁を張って。次の瞬間、珠恵さんの前に現れた黒いものが爆発し、爆風が吹き付けます。ただ、想定したほどのものではなく、前を見ると珠恵さんが紅の盾を出して、私達もまとめて防いでくれていました。その向こうは、黒く靄が掛かっていて良く見えません。
「しまった。仲間を呼ばれちゃったよ」
珠恵さんの言葉通り、靄の中にいる人の数が四人に増えました。
「どうしますか?」
千景さんの問い掛けに珠恵さんは、少し間を置いてから答えました。
「今、打合せ通り、あの人達の身体に共有マーカーを打ち込みました。ジャックの1から4です。一番は危なそうなので、私が対応します。同じようなのが二人いるとは思いたくありませんけど、くれぐれも気を付けて」
そう言い置いてから、珠恵さんは靄のなかに入っていきました。ただ、真っ直ぐには行かず、左から回り込むように進んでいます。
靄は段々と薄れてきています。千景さんと論子さんは、互い見つめあっていましたが、論子さんが先に口を開きました。
「私が行ってみます」
千景さんが頷いたのを見て、論子さんも珠恵さんとは反対側から靄に入って行こうとしました。
そこに強い風が吹いたと思うと、靄が一気に晴れて、向こう側が見えるようになりました。続いて、黒い金属の槍がいくつも私達の方に降ってきます。
咄嗟に防御障壁を張ったものの強度が足りず、槍は障壁を貫通してきました。
「瑞希ちゃん、怪我はない?」
論子さんが前方から注意を逸らさず、しかし、心配そうな声で私に尋ねます。
「はい、大丈夫です。でも、何ですか?この槍は。」
「アダマンタイトの槍じゃない?」
アダマンタイト?聞いたことがない、いえ、ファンタジー小説で読んだことがある気がします。この世界のものではなさそうで、となると魔法で作り出したのでしょうか。兎も角、防御障壁が通用しないとなると、苦しい戦いになりそうです。このままだと私が足手まといになってしまいそうな、いえ、そうなってはいけないのです。
「千景さん、論子さん、私は良いので前に行ってください」
「うん、そうだね」
今の攻撃、風を起こしたのは三番、槍を降らせたのは二番でした。三番は直ぐに次の魔法の準備に入っていますけど、二番はまだなので槍を降らす魔法は消耗が大きそうです。今なら二番の攻撃は受けないでしょうけど、まだ何もしていない四番がいるので要注意です。
いずれにしても、固まっていると狙われ易いので、千景さんは真ん中から、論子さんは右側から相手側へと飛び出していきました。
一方、先に進んでいた珠恵さんは一番まであと少しです。その珠恵さんの動きを見た二番が地面に手を付けると、珠恵さんの進む先の地面から大きな土色の三角錐が二つ生えて来ました。珠恵さんは串刺しにならないよう一旦後ろへ跳び退り、三角錐の根元に手を当てると、力を籠めてそれらを粉砕しました。柚葉さんの掌底破弾のような技です。
二番の攻撃は珠恵さんには不発でしたけど、もしかしたら当てることが目的ではなかったのかも知れません。珠恵さんが土の三角錐を粉砕した直後、珠恵さんの足下に黒い円が現れたかと思うと、珠恵さんの脚がその中にずぶずぶと沈んでいったのです。その黒い円は一番の魔法のようです。
その珠恵さんに一番近くにいた千景さんは、珠恵さんのその様子を見て助けに行こうと向きを変えたものの、三番の起こした突風で後ろに飛ばされてしまい近づけません。
珠恵さんはと見ると、既に腰まで沈んでいます。しかし、焦った様子は無く、右手に闇の力を集めています。そして現れたのは赤い透明な鎖。珠恵さんがその手を前に振ると、鎖はどんどん伸びて一番の身体に巻き付きました。その状態で珠恵さんが右手を引けば、一番は珠恵さんの方に引っ張られていきます。一番は両腕もまとめて鎖に巻き付けられていて、何の手出しもできずに珠恵さんのところまで引っ張られ、珠恵さんと同じように黒い円の中へと沈み始めました。
一番は恐怖の色を隠さず、何やら喚いています。珠恵さんはと言えば、相変わらずの冷静な表情のままです。二人はどんどん沈んでいき、残すは顔だけになった時に珠恵さんは私の方に目を向けて、片目を瞑ってみせました。心配するなと言うことでしょうか。闇の力まで使える珠恵さんがそう簡単にやられてしまうとは考えられず、何か策があるのだと思いたいです。そして二人が完全に沈んでしまうと、黒い円は段々と小さくなって、最後には消えて無くなりました。
そうして一番と珠恵さんがいなくなり、ここからは三対三の戦いです。珠恵さんと一緒に沈んだ一番は、あの様子だと無事では済まなさそうに思えます。であれば、残る三人のうち一人は何とか生け捕りにしたいところです。
しかし、生け捕りみたいな力を加減した行為は実力差があってこそできること、残った三人でそれができるのか一抹の不安がよぎりました。




