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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第9章 私の役目 (瑞希視点)
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9-26. 再試験の終わり

私は高台に立っていました。高台の下には広葉樹の大きな森。この景色は、昨日の試験の最初の場面です。

そして、最初の時と同じように、崖下の道の右手方向からキャラバンがやってきます。そのキャラバンがもうすぐ私の前に到達しようかと言うタイミングで、森の中からゴブリンが飛び出してきて、キャラバンを襲い始めました。

私は高台の上で、その様子を観察します。キャラバンの人達側からも、ゴブリンの側からも世界の外の力は感じません。

「どういうことでしょうか」

世界秩序維持の観点で何も異常が無い場合は関与を控えて成り行きを見定める、という試練なのでしょうか。

でも、目の前で襲われている人達がいるのに、何もせずに見ているだけではいたくない。

どうしようかと考えて、一つのアイディアを思い付きました。痛みを伴いますし、成功するとも限りませんけど、何もしないよりはマシです。

私は決心すると、先程から手にしたままだった剣に力の刃を乗せ、それを右の太股に思いきり突き立てました。

「あうっ」

途轍もない痛みが私を襲い、気が遠くなりかけました。しかし、ここで失神している場合ではありません。痛みで目を瞑ってしまったまま、探知で周りの様子を探ります。足の痛みを起点にして自分の身体が実際に感じているものに神経を集中させます。すると、太股から流れ落ちる血の匂いが、それに混じって草の匂いが感じられました。それに合わせて、探知で視えていた周囲の景色がブレたかと思うと、別の景色が視えてきました。



* * *



私が痛みを堪えながら目を開けると、そこには珠恵さんの顔がありました。珠恵さんは吃驚した表情で私を見ています。

不意打ちでどうにかなる相手ではないかも知れませんけど、虚を突くなら今しかありません。私は太股から剣を引き抜き、痛いところに力を集めて治癒しつつ、珠恵さんに向けて踏み出して、力の刃を乗せた剣を打ち込みます。しかし、その攻撃は剣の向かう先に合わせて差し出された珠恵さんの左手の指先で止められてしまいました。よく見ると、その指先は紅い膜で覆われています。それは紅の盾、強靭な防御性能を誇る紅の御柱の力です。なるほど、力の刃が通じない訳です。

これまで珠恵さんの力の感じから薄々察していたことを、漸く確信できました。珠恵さんは紅の力が使えるのです。黎明殿の巫女なのに紅の力を持つとか反則ではないでしょうか。

紅の盾相手では通常攻撃は無意味です。近くにいるとこちらが不利だと判断して、急いで後ろに跳んで距離を取ります。しかし、間合いを取っただけでは安心していられません。珠恵さんに攻撃の機会を与えてしまったら、直ぐに決着が付いてしまうでしょう。そんな焦りから、私は深く考えずに、先程成功した手段を選択します。

即ち、右手を前に出して珠恵さんの頭上を意識して一言。

「ウォーターボール」

掛け声と共に、狙った場所に水の球が現れ、大きくなると共に珠恵さんを頭から飲み込んでいきました。水の球の中で息ができずに珠恵さんが慌てたところへ攻撃を打ち込もうと、剣を構えて態勢を整えたのですけど、珠恵さんに慌てる様子がありません。

その静かに佇む姿を見て、私の背中に冷たいものが流れました。

水攻めが効かないとなると、いよいよもって私には打つ手がありません。とは言え、始めてしまった以上、途中で戦いを投げ出したりなんてできる筈もなく。私は相手の動きを見逃すまいと、構えた姿勢のまま、じっと珠恵さんを見詰めました。

対する珠恵さんは、力を抜いた自然体で立っています。

動かずにどうするのかと見ていると、珠恵さんから感じる力が段々と強くなってきました。遂には水の球が中から光り始め、次の瞬間その球が形を崩し、すべての水が草原の上に落ちて広がりました。その中心にいるのは髪を白銀に輝かせた珠恵さんです。巫女の力で髪を輝かせているのを見たのは、二年前の柚葉さん以来です。

珠恵さんはそのまま力を使って攻撃してくるのかと思いきや、そこで私の方に体を傾けて前へと踏み出しました。私は珠恵さんが間合いに入って来る瞬間を見極めようと探知も全開にして待ち構えます。そして珠恵さんが私の方に近付いてあと少しと思ったとき、私の両側に気配を感じたかと思うと、右からは腕を捻られ、左からは鳩尾に拳を打ちこまれました。それから身体のあちこちを豪打され、気が付くと草原の上に仰向けとなった状態で、私の剣を手にした珠恵さんにその剣を喉元へと突き付けられていました。

「参りました」

一瞬、謝ることも考えました。でも、試験の解答のつもりでやったことなので、そこは堂々としていなければと思い直した結果です。

戦いが終わった直後から、珠恵さんから感じる力は弱まり始めていました。髪の輝きも消え、元の色に戻っています。

私の言葉に軽く頷いた珠恵さんは剣を引くと、代わりに左手を差し伸べてくれました。

「立てる?」

「はい」

勿論、一人でも立ち上がれますけど、珠恵さんの優しさに甘えて差し出された手を両手で握り、引っ張り上げて貰いました。

「ありがとうございます」

「どういたしまして。はい、瑞希ちゃんの剣、返すわ。仕舞っておいて」

「はい」

私は珠恵さんから剣を受け取り、力を使って元の場所へ戻します。

「それで、あんな風に私の幻影を破ろうとするなんて驚いたんだけど、瑞希ちゃんは真面目だから試験の解答としてやったんだよね?どういう理由で私を攻撃しようと考えたの?」

珠恵さんは、私の意図を測りかねる感じで、両手を腰に当てて首を傾げています。

「そのう、最後の場面には世界の外の力を使っている感じが無かったので、巫女として考えるとそこに入って行くのは違うと思いました。だとすると、世界の外の力を使っているのはこの光景を見せている珠恵さんだけだから、いっそのこと珠恵さんにぶつかってみようかな、と。でも、全然敵いませんでした。紅の力を使ったのは最初の打ち込みを受けるときだけで、あとは巫女の力しか使っていなかったのに、まったく手も足も出ないなんて。私はまだまだですね」

話ながら、自分の不甲斐なさに凹んで視線を下に向けていると、珠恵さんは手をポンと私の頭の上に乗せました。

「そりゃ瑞希ちゃんとは経験とか色々違うから同じにはならないよ。だけど瑞希ちゃんだって凄かったじゃない。私の幻影破っちゃったし、水魔法だって使えたでしょう。と言うか、よくここで水魔法を使おうと思ったよね?」

珠恵さんは私の頭を撫でながら微笑んでいます。私は褒められて悪い気はせず、されるがままの状態で質問の答えを考えていました。

「えーと、水魔法ってウォーターボールのことですか?あの時は、無我夢中でしたから、無心だったと言うか、何も考えていなかったと言うか」

「ふーん。魔法は幻影の中だけの話だと考えてくれるかと期待したけど甘かったか」

十分過ぎる程に私の頭を撫でてくれた後、珠恵さんは私の頭から手を離すと、腕を組んで唸りました。

「あの、珠恵さん。魔法は巫女の力を使った技とは違うものなのですか?結局は巫女の力を使っているように思うのですけど」

「ん?まあ、確かに魔法でも巫女の力を使っているんだけどね。普通の巫女の技と違うのは、魔法の場合、それを発動する元の力が巫女の力じゃなくて、魔力だってこと。魔力は魔法世界の中の力なんだけど、巫女の力に魔力の真似をさせることもできるのよ。つまり、瑞希ちゃんは自分の巫女の力を魔力に変換して、その魔力を使って魔法を発動したってこと」

珠恵さんの説明を聞いて、初めてウォーターボールを使ったときのことが頭に浮かびました。確かにあの時、巫女の力を別のモノに変換していました。あれが魔力だったのですね。

けれど、気になることがあります。

「どうして魔法が使えたのでしょうか?」

「瑞希ちゃんは力の違いが良く分かるみたいだし、それで魔力がどのようなものかも分かったんじゃない?」

「そうなのかも知れません」

珠恵さんの指摘も当たっているようには思いますけど、それだけでは足りないような気がしなくもありません。靄っとした気持ちを抱えながら珠恵さんの表情を伺います。

そんな私の心の中が分からないのか、珠恵さんはニコニコしていました。

「でも、瑞希ちゃん、魔法を使えるようになって良かったんじゃない?魔力は巫女の力と違って体への負担が無いからね。高度な魔法が使えるようになれば、巫女の力を使うよりも強力な攻撃ができるようになると思うよ」

何となく話がそらされたような気がしなくもありません。でも、今の説明は私には魅力的に聞こえました。

「そうなのですか?どうすれば、もっと高度な魔法が使えるでしょうか?」

「うーん、どうだろうね。聞いた話だと、魔法は何度も使って熟練度を上げた方が良いらしいよ。コントロールが大切だって。だから、ウォーターボールも大きさを変えてみたり、形を変えてみたり、幾つも出してみたりとか、熟練度を上げられそうなことを試してみたらどうかな」

「はい、そうですね、練習してみます。でも、熟練度はそんなに簡単に上がるものでもないでしょうから、今度の作戦には間に合いませんね」

「まあ、それは仕方ないんじゃない。あ、そだ、瑞希ちゃんに渡すものがあったんだ」

珠恵さんはスカートのポケットから何かを取り出しました。そして、握っていた手を私の前に差し出してから掌を上にして開くと、その手の中に握られていたものが露わになりました。見たところ透明な石のようです。

「何ですか?」

「これはお守り。手に持って力を注いでみて。光ると思うから」

私は透明な石を自分の手に取ると、両手で包んで力を流し込んでみました。すると、言われた通りに石が輝き始めました。

「うん、そんな感じ。次にそのお守りを胸の上の辺りで直接肌に触れるようにしてくれる?」

指示に従って石を肌に当てると、石は私の身体に吸い込まれてしまいました。

「え?消えてしまいました」

「それで大丈夫。作戦の途中で瑞希ちゃんに万が一のことがあっても、そのお守りが瑞希ちゃんを助けてくれるから。でも、無茶はしないでよ」

「それって、私も参加して良いのですね」

珠恵さんは微笑みながら、首を縦に振りました。

「試験は合格。作戦決行は明日になると思うけど、よろしくね」

二度目の試験で私は認めて貰えたようです。差し出された珠恵さんの右手を、私は誇らしい気持ちで握り返しました。

「はい、よろしくお願いします」

私達は微笑み合って良い感じです。と、珠恵さんが何かを思い付いたように手を離すと、人差し指を一本立てました。

「一つ言い忘れてたんだけど、瑞希ちゃんが紅の力と言っていた奴、あれは闇の力ってことになっているから」

「は?」

いや、どう考えても紅の力ですよね?


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