9-25. 再試験の続き
そこは森の中でした。周囲には高い木が立ち並んではいるもののそこまで暗くはありません。少し離れたところに道が通っていて、その向こうの遠くには大きな湖が、ん?この地形は何だか見覚えがあるような。
そう考えたとき、私の探知が近くの道をやって来る一団を捉えました。これってもしかしてそうなのでしょうか。私は浮遊陣を使って上へと昇り、高いところにある太い木の枝の上へと移動しました。そこで探知が捉えた一団を観察します。彼らは、男性二人に女性二人の四人組です。
「ねえ、ダン。依頼人との待合せって、この森の中なんだよね?」
「え?ああ、レナ、そうだよ。森に入って暫くすると、空き地があるからそこでってことになってる。大きな岩が目印だって」
この会話も聞き覚えがあります。この人達は昨日の試験の時に出て来た雷光の剱です。剣士らしいのがダン、スキンヘッドの神官らしいのがルーク、魔法使いらしいのがリズ、盗賊らしいのがレナ。記憶にある通りです。
となると、この先も昨日と同じ流れでしょうか。
四人は森の中に入って来ると、大きな岩のある空き地で止まりました。そこへ馬に乗った騎士が二人やって来ます。
「雷光の剱だな?マーク・ハミルトンだ。例の物は手に入ったのか?」
馬から降りた二人の騎士の内、年長の騎士が問い掛けました。
そこから、ダンと年長の騎士が依頼品と報酬の交換をし、その直後に騎士がダンの隙を突いて剣を抜いてダンの腹を横殴りに斬ったのを合図にもう一人の騎士も含めて雷光の剱に襲い掛かります。一時は雷光の剱のピンチかと思えたのですが、腹を斬られたダンが無事で年長の騎士の脚を掴んでひっくり返したことで形勢が逆転して、雷光の剱が騎士を二人とも倒して難を逃れることができました。
さて、どうしましょうか。
昨日は何もしないで試験が終わりになってしまいましたので、何か行動に移さないといけないのは確実です。実のところ、昨日も誰が問題なのかは見当がついていたのですけど、どう接したものか迷ってしまい何もできませんでした。しかし、今日はそうも言っていられません。アイディアは固まっていないながら、行動を起こすことにします。
私が空中からいきなり現れると驚かしてしまうと考えて、まずは彼らから見えないところで地上に降り、道を歩いて来たように装って空き地に入りました。
彼らは私に気付きはしたものの、何も武器を手にしておらず、防具すらも身に着けていない私の姿を見て、戸惑っているようでした。
「ねえ、キミは町の子?何でここにいるの?この森は魔物も出るから危ないよ」
レナが話し掛けて来ました。何の装備も持たない私を町の子供と思ったようです。
私はレナの問い掛けに首を横に振って答えました。
「いえ、私は町の子供ではありません。そこの剣士の人と話がしたくて来ました」
言いながら、ダンを指差します。
レナと私の様子を離れたところで見ていたダンは、私から声が掛かると首を捻りながら近づいて来ました。
「オレに用?オレはお前のことを知らないんだけど、どこかで会ったことがあるのか?」
「いえ、今日が初めてです」
「じゃあ何でオレなんだ?」
ダンは心底訳が分からないと言った表情です。
「貴方が持つべきではない力を持っているからです。心当たりはありませんか?」
私の言葉にダンの表情は硬くなり、腰に下げている剣に左手を添えました。武器を持っていないのに、私を警戒対象だと考えたようです。
「キミは誰だ?何をしに来た」
険しい表情のダンに、攻撃の意図がないことを分かって貰おうと両手を広げて微笑んでみせます。
「少しお話をしたいだけなのですけど」
会話をする場としては少し緊張感があるものの、今すぐ戦いを仕掛けてくる気配はないので、そのまま話を続けます。
「私は世界の秩序を護る役目を持つ者です。貴方の力は、世界の秩序を壊す可能性を秘めています。そのことはご存知ですか?」
「あの力は仲間を助けるためにどうしても必要だった。だが、それ以降は使っていない」
「そうでしょうか?貴方の強靭な体も、その力のお蔭ですよね」
実際、ダンは無意識だったのかも知れませんけど、年老いた騎士に斬られたとき、咄嗟に筋肉を強化して深手を負わずに済ませられたのも、その力があってこそなのです。
ダンもそのことは分かっているのか、反論せずに黙っています。私も彼を言葉でやり込めることが目的ではないですし、それ以上追及することはせず、矛を収めることにしました。
「貴方が自覚されているのなら良いです。私達は、貴方がその力を意図的にふるうことを望んでいません。もしそのような時が来たら、貴方をこの世界から排除することになるでしょう」
「力を使うのがどんな目的であってもか?」
「そうですね。善悪以前の問題として、その力そのものがこの世界にあってはいけないものですので」
そう、私達は黎明殿の巫女。第一には自分達の生まれた世界を護ることが使命ですけど、異世界であっても第一の使命に矛盾しない限りは護るべきものだと思います。問題になっているダンの力は、碧の力。この世界の外の御柱の力です。例えこの異世界に魔法があったとしても、御柱の力を使うことは許さるものではありません。
私はそう信念をもってダンを見詰めます。そして、ダンの方が私から目を逸らしました。
「分かった。使わないようにする」
「約束ですよ。私達はいつも貴方を見ていますから」
そう言いながら、ダンの体内に共有マーカーを印しておきます。私にしか分からないマーキングとは違い、共有マーカーであれば私以外の巫女でもダンの居場所を検知できます。碧の力を使わないでいると約束してくれたダンについては、これで良いのではと思います。
ようやくダンが私に対する警戒を解き、はにかんだ笑顔を向けてくれたところで、再び景色が変わりました。
* * *
見えてきたものは、街中にある石畳の広場でした。その一角には石造りのステージがあります。後ろの壁に水が流れ落ちているそのステージには見覚えがあります。これも昨日の試験で使われた場面の一つです。
広場を行き交う人々が、昨日の時と同じかは分かりません。しかし、ステージの上に立っている二人の男性は特徴的だったので覚えています。兎耳のアコーディオン奏者に、猫耳のヴァイオリニスト。もっとも記憶しているのは種族だけで顔は覚えていません。でも、先程の雷光の剱のことを思えば、同じ人達でしょうし、これからの展開も同じなのだろうと予測されます。そして、前回と同じ流れであるのなら、今度こそ間違えないようにしないとと心を引き締めます。
ステージの上に、赤いロングドレスを身に纏った金髪の女性が現れ、演奏が始まりました。そして女性が歌い出したところで、私は移動を開始します。向かう先はステージです。前の時も女性が歌う時に力を使っていることは分かっていました。でも、鬼族の人達が暴れ出してそちらに気を取られてしまいました。後から考えると、鬼族が暴れたのは女性の力のせいかも知れません。しかし、それを検証するのは危険だと思いました。前の時、鬼族と戦っている時には、女性の歌声は聞こえていなかったので、一旦効果が発動してしまうと、歌を止めてもその効果が継続する可能性があるからです。だから、私は女性の歌を騒ぎが始まる前に止めるのです。
ステージの前まで走って行った私は、そのまま身体強化してジャンプしてステージに上がり、歌っていた女性の鳩尾目掛けて右手の拳を打ち込みました。
ゴガッ。
「痛っ」
予想外に女性の身体が硬く、手を痛めてしまいました。でも、大丈夫です。巫女の力で治癒できます。その女性の方はと言えば、私の打撃を吸収しきれず、後ろに尻餅をついていました。
私はもう一撃をと思いましたけど、今の二の舞は避けたかったので剣を呼び出して、その剣で女性を突いてみます。しかし、女性の身体は剣よりも硬く、剣が弾き返されてしまいました。
この防御の堅さは紅の力だと思えます。紅の力は精神に干渉することもできるとされていたので、やはり鬼族が暴れたのも女性の力によるものだと考えて良さそうです。ただ、そうだとすると早いところ女性を無力化しないと私に何かしてくるかも知れません。
とは言っても、剣は通用しないですし、光弾も防がれそうです。何か有効な手立てが無いか辺りを見回します。
そうした中でふと、壁から流れ落ちている水が跳ねて、女性の頭にぶつかっていることに気付きました。水を使えば何とかなる?とは言え、巫女の力で水を操作する術を私は知りません。何か方法は無いのでしょうか。
その時、切羽詰まった私の頭に思い浮かんだものがありました。
いや、でも、そんなことできる筈が――。
これまでの常識からそう考える一方で、こうも具体的な手順が思い浮かぶと言うことは、実際にできるということなのではと期待する気持ちが首をもたげます。目の前では女性が私の攻撃のショックから立ち直りつつあって、悩む時間は殆どありません。そして、私は腹を決めました。失敗したところで失うものも無いので、やってみようと。
私は立ってリラックスした姿勢を取ると、身体の中の巫女の力に集中します。次に巫女の力を別のモノに変換するようイメージします。別のモノの名前が分からないのに、何に変換すれば良いのかは分かっていると言う不思議な状態です。その状態を維持したまま右手の掌を女性の頭に向けて、力ある言葉を口にします。
「ウォーターボール」
すると、女性の頭上に水の塊が出現し、それが大きくなって女性の頭を包み込みました。
女性は慌てて水を顔の前から退けようと両手で水をかこうとしますけど、思うように水を退かすことができず、遂にはパニック状態になりました。
こうなれば、防御どころではない筈です。私は剣を逆手に持つと、剣の柄を女性の鳩尾に強く打ちこみました。すると今度は抵抗なく決まって女性は沈黙しました。
目的を果たした私が魔法を解除すると、水の塊はただの水となってステージの上に流れ落ちました。
魔法。そう、巫女の力による技ではなくて魔法です。私は魔法が使えたにもかかわらず、今一つ実感が湧いていなくてボーっとしていました。
そしてまた、周囲の景色が変わりました。
* * *




