9-24. 再試験へ
翌朝、いつものように紅葉さんと封印の間の魔道具に力を注ぎに行きました。
その帰り道、南御殿まで戻って来たところで、力の波動を感じました。
一緒に歩いていたところに突然立ち止まって後ろになった私を、紅葉さんは不思議そうな表情で振り返りました。
「瑞希ちゃん、どうかしたの?」
「はい、私、呼ばれたみたいです」
「誰に?」
「紅葉さんも知っている人です。後で話しますので、私、行ってきますね」
それだけ告げると、私は転移を起動しました。
私に向けて放たれた波動は一瞬のものでしたけど、それとは別に弱々しいながら力の放出が続いています。きっと、私への目印のつもりなのでしょう。
なので、私は誘われるままに、その力の放出元へと転移しました。
「瑞希ちゃん、来てくれたんだね」
そこは、私が島の中で一番景色が綺麗だと思うところ、山の頂上でした。今見ている方向は東、上りつつある太陽がまぶしいです。
「天野さんに聞いてみたいことがありましたから」
「私だって分かったんだ」
「はい、人によって力の感じは違います。天野さんの力は、千景さんが一番近いですけど、それでもある程度の違いがあるので、区別は付きます」
「千景さんって、本部の巫女の千景さんだよね。ふーん、そか。千景さん以外は、全然違うってこと?」
「他に私が知っているのは四季の巫女ばかりですけど、四季の巫女は一人一人の特徴がはっきりしているように思います。紅葉さんと柚葉さんとでも全然違います」
「生まれながらの巫女は、力の波動に個性があるってことなんだ」
「はい、でもそう感じるのは私だけみたいで、紅葉さんや柚葉さんに話したこともあるのですけど、分からないって言われました」
「うん、そうだね。私も力の波動の違いって分からないよ。瑞希ちゃん、力の違いが分かるのって凄いんじゃない」
天野さんが私に笑顔を向けました。
「私にとっては、それが普通なのですけど」
「自分が当たり前と思っていることが、他の人にはそうじゃないってことは良くあることだよ」
確かに天野さんの言う通りかも知れません。ついつい、他人も私と同じように感じていると考えてしまいますけど、実は違うと言うのはありそうです。
そんな良い気付きが一つ得られたところで、本題へと進むことにしましょう。
「ところで、天野さんはどうして私を呼んだのですか?」
先程のコメントに対する同意の印に一回頷いてから、私は天野さんに尋ねます。
「昨日の珠恵ちゃんの試験、上手くいかなったって聞いたよ。それで、夕食の後、瑞希ちゃんを宿に誘ったけど断られたんで、気落ちしているのかもって珠恵ちゃんが気にしてたから、少しお話ができないかなって思った」
天野さんが遠慮がちに視線を動かします。
「昨晩は、一人で考えたいと思ったんです。そして、家に帰って母と話をして、何となく分かった気がします。夏の巫女としての役目と、私のやりたいことが」
私は天野さんに向けて微笑んでみせました。それは社交辞令的なものではなくて、心から感じるままのものとして。
「そう、それなら良いや。何か悩みごとがあればと思ったけど、大丈夫そうだね」
「はい」
私の元気のよい返事に安心したのか、天野さんも微笑みます。
「それで?瑞希ちゃん、私に聞きたいことがあるって言ってたよね」
「はい、あの、珠恵さんのことを聞いてみたくて」
「珠恵ちゃん?良い子だよ。って、そう言うことを聞きたいんじゃないよね?」
「そうですね。珠恵さんの巫女として役目が気になります。封印の地の巫女として以外の部分の」
「えっ、随分と難しいことが知りたいんだね」
天野さんは驚きをみせた後、腕を組んで考え始めました。
「珠恵ちゃん、私の知らないところで結構コソコソ動いているみたいなんだよね。何のためにやっているのか分からないんだけど、良く『雑用やらされてる』って言ってる。だから雑用係なんじゃない?」
「雑用係ですか。珠恵さんて、巫女の中でも強い人だとお見受けしたのですけど」
「うん、そうだと思うよ」
同意を示すように、天野さんは腕組みをしたまま、ウンウンと首を縦に振ります。
「でも、珠恵ちゃんが雑用やらされてるのは、そのせいじゃないかな?」
「どういうことですか?」
「珠恵ちゃんて、四季の巫女として普通じゃない強さでしょう?それに裏の巫女である私の母の弟子だし。それってつまり、珠恵ちゃんは、表の巫女でありながら裏の巫女の要素も併せ持っているってこと。だから、表の巫女が関わる厄介な案件の対応を任せられ易いんだよ」
天野さんは、「私の推測も混じっているけど」と控えめに付け足していましたけど、私はなるほどそうかも知れないと納得した気持ちでした。
そして珠恵さんも大変なのですねと考えつつ、私は何処まで役に立てるだろうかと自問自答します。
今日も天気は晴れ、海の碧が綺麗です。
それから少しの間、島の向こうに見える広い海原を天野さんと一緒に眺めていました。その後、私が別れを告げると、天野さんは前と同じように「じゃねー」とピースサインで挨拶してから何処かへと転移してしまいましたので、私も転移で南御殿へと戻りました。
朝食後。
母や陽鞠と朝ご飯を食べて少ししてから、私は家を出ました。そして南御殿の門のところで珠恵さんと合流し、再び珠恵さんのプライベート異空間を訪れました。
今日、再試験を受けたいことは、夜のうちにメッセージで伝えていました。それで時間を決めて珠恵さんと落ち合い、珠恵さんのプライベート異空間に連れて行って貰ったのです。
その異空間に到着して、転移陣の設置してある部屋から外へ出ると、外は島と同じように快晴でした。でも、落ち着いてよく考えると、崎森島ほどの暑さはありません。異空間の中を、快適な温度になるように制御しているのでしょうか。
ちょっとした疑問が首をもたげますが、まずは試験です。
「昨日と同じところに行くよ」
「はい」
私に宣言すると、珠恵さんは先に転移してしまい、私は後を追い掛けます。そうして転移した先は、昨日と同じ辺り一面の草原の中です。
転移したあと、周囲の景色を一通り眺めると、私は昨日と同じように珠恵さんと向き合って立ちました。
「試験の内容は昨日と同じ、黎明殿の巫女としてやるべきことと思うことをやる。良い?」
「はい、お願いします」
真剣な表情の珠恵さんに、私も真面目な顔で答えます。
「それじゃあ、始めるね」
私が頷くと、目の前の珠恵さんの瞳が紅くなり、そして珠恵さんが見えなくなると共に辺りの景色が変わりました。
* * *
最初に見えたのは石造りの壁でした。天井は存在せず、青空が見えています。前後は壁ですけど、左側は開けていて、しかもそちらの方向に人がいると探知が教えてくれています。ならば、そちらに進むだけです。
歩いて行った先、両側の壁が切れるとそこはバルコニーのようになっていました。
そのバルコニーに立って後ろを振り返れば、そこが大きな建物の一画であることが分かりました。建物はあちこちが崩れており、使われなくなってから長い月日が経過しているようです。とは言っても普通の石造りの古い建物のようであり、遺跡と言うよりも廃墟と呼ぶ方が合っていると思えました。
私が立っているバルコニーは建物の2階です。目の前には草原が広がっていて、そこに二組の集団が相対しているのが見えます。
右側の人達は、見たところ冒険者のパーティーです。剣士が二人、魔術師が二人、残る一人は神官でしょうか、五人組です。
反対の左側は、魔術師だけ三人。全員が濃い緑の服装です。何となく、先日島で見付かった被害者を連想させる色合いです。彼らは杖を持ってはいないものの、長いローブにつばの広い帽子を被っている姿から、魔術師だろうと思えました。この緑の魔術師集団には接近戦要員がおらず、それだけだと不利に見えますけど、彼らの周囲の地面には大きな溝ができていて、剣士が簡単には攻められない状況です。
そうなると、魔法を使った遠隔戦ですね。
予想通り、冒険者パーティーの魔術師達が詠唱を始めました。
「ファイア」
聴力強化した私の耳が魔術師の言葉を拾いました。その言葉と同時に魔術師達の杖の先から炎が生まれて、相手の方に飛んで行きます。
「マジックシールド」
前方に立っていた緑の魔術師が言葉を発しました。その魔術師に向けて相手側から飛んできた炎はその魔術師の手前で何かにぶつかったように拡散し、消えてしまいました。緑の魔術師の魔法障壁の方が強力だったようです。
まだ一度のやり取りでしたけど、それだけで何をすべきか分かりました。
私はバルコニーの手すりに左手を掛けると、身体強化しつつジャンプで手すりを乗り越え、下の地面に膝を曲げて着地します。そこから膝を伸ばしながら前に向けて駆け出しました。
向かうは緑の魔術師です。
今さっきの魔法のやり取りでは、どちらの魔術師も魔力のようなものを使っていました。ただ、その魔力は私には違うものに視えたのです。冒険者の魔術師が使った魔力は無色の澄んだ魔力でサラサラに感じたのですけど、緑の魔術師の使った魔力は緑がかっていて、ゴワゴワとした感触でした。ゴワゴワしているという感覚は、つまりは私の巫女の力に反発している力だと言うことです。それは世界に干渉しようとする世界の外の力、言い換えれば三柱の力、魔法のように行使しているので翠の御柱の力だろうと推測できます。だから、私は緑の魔術師の魔力を良くないものだと判断しました。
緑の魔術師の全員が翠の力が行使できるかは分かりませんし、力を使った魔術師が翠の力でどの程度のことができるかも分かりません。でも、私は巫女として、その力をこの世界の人々に向けさせる訳にはいきません。
ともかく戦闘を止められないかと考えながら走って行きますが、前方の一人と、後方のうち私に近い側に立っていた一人が私の接近に気が付いてこちらを見ました。そして詠唱を始めています。どうやら穏便に済ますことはできなさそうです。
「ディグ」
前方の魔術師が地面に手をつき言葉を発しました。すると、冒険者パーティーの側にあったのと同じような大きな溝が、私の側にも現れました。
「ミスリルランス」
後方の魔術師の頭上に金属製の槍が何本も出現したかと思うと、私目掛けて飛んで来ました。私は身体強化をギリギリまで上げると、左右に体を振って槍を交わしながら前に進んでいきます。そして溝の縁では地面と同じ高さの位置に浮遊陣を描いて、速度を落とさずにそのまま溝の上を走って行きました。
私は大きな溝を渡り終えると、そのまま一番近くに立っている後方手前の魔術師に襲い掛かろうとします。そこにもう一人の声が響き渡りました。
「グラビトンフォース」
途端に身体が重くなりました。重力強化の魔法のようです。唱えたのは、私から一番遠くにいる三人目の魔術師です。このままだと動きを封じられて負けてしまう。そう感じた私は、咄嗟に右手の手の指を揃え、そこに力の刃を乗せると三人目の魔術師に向けてその刃を飛ばしました。
それは急な重力変化で姿勢を崩して地面に転びそうなところでやったことで、受け身を取る方に集中していたので結果を見ていませんでしたけど、直後に魔法が解除され動き易くなったので力の刃が当たったのだと分かりました。
それにしても言葉を交わす間も無く戦いになってしまいました。そして私が一人を倒してしまったので、残り二人の殺意が私に向けられています。これまでの戦いから三人とも翠の力を持っていることは確認できているので、排除すること自体は問題ないものの、もう少し穏便に解決したかったものです。しかし、最早対話をする余地は無いと諦めざるを得ず、仕方なく自分の剣を呼び出して、二人に斬りかかりました。
接近戦はこちら有利だろうとは思いながらも翠の力を持つ魔術師がどう対応してくるのか不安なところはあって、注意深く攻めていきます。結局は大した反撃も無く戦いは直ぐに決着が付きました。
翠の力を持った魔術師達との戦いが終わったところで、私より前に魔術師達と対峙していた冒険者パーティーを見ると呆然としたまま固まっています。私は彼らとどんな言葉を交わしたものかと考えながら近づこうとしましたけど、足を一歩踏み出そうとしたところで、周囲の景色が変わりました。
* * *




