9-23. 四季の巫女の役目
「知りませんでした」
万葉さんが島の外から本家に養子に入ったという事実について、私は驚きはしたものの比較的冷静に受け止めていました。私が生まれるよりずっと前のこと、何があったと言われても、私に取っては昔話の一つでしかないのです。
「瑞希が生まれる前のことだからね。母さんは元を辿ればこの島の家系だそうなんだけど、突然巫女の力に目覚めたんだって。で、そういう時は、黎明殿本部に登録することになるのは知っているわよね。でも、事情によっては封印の地の巫女の家に養子に入ることもあるのよ。母さんが力に目覚めた時は丁度、南森の家に後継者になる巫女がいなくて、だから本家の養子になったって話」
「それだと、私達は初代様の血をひいていないってことですか?」
「そうねー、どうだろう?」
母は顎に右手の人差し指を当てて、視線を上の方に向けています。何かを考えているような。
「母さんはこの島の家系ってことらしいから、少しは混ざっているんじゃない?裏では黎明殿本部だって関係しているだろうし、事前の調査もなしに本家に養子縁組とか認めそうな気もしないでしょう?」
「そうなんですね」
封印の地は、黎明殿本部からは独立していると聞いていましたけど、結局、重要なところでは黎明殿本部が関係しているのだと感じました。
「まあ、でも、母さんから島を出ていく話を聞いても、恨み言とか言う気にはならなかった。この島にいたときの母さんは、この島のことしか考えていないように見えていたし、きちんと島の人達の中に溶け込んでいたし。瑞希は、今まで母さんが島の外から来たと他の人から聞いたことがなかったのでしょう?」
「そうですね。無いです」
懸命に思い返してみても、記憶に引っ掛かるものがありません。
「そうでしょう?普通なら噂話か何かで耳にしそうなものだけど、誰も言わないものね。まあ、母さんがこの島にいる間は本当に一所懸命やっていたし、それを引き継いだ姉さんも頑張っているのを皆知っているから、島の人間として受け入れて貰えたんだと思うわ。分家との付き合いも大事にしていたから関係も良好で、そうしたこともプラスに働いているわね」
「だから紅葉さんと仲良くしているのですか?」
「別にそう言うことを意識しているわけでもないのよ。それに意見が合わなくて言い合いすることはあるわ。でも、さっきも言ったけど、姉さんは姉さんで大変そうだし、それでも頑張る姉さんは尊敬できるから。それに、母さんから言われたの。南森の家の中で大切なのは、力を持たない私の存在なんだって」
「それはどうしてですか?」
母の言葉が理解できずに首を傾げました。
「封印の地の巫女の役目は封印の地を護ることだけど、一番気にしなければならない敵は何処にいると思う?」
「時空の狭間でしょうか?」
「んー、ごめん、瑞希。時空の狭間って何?」
流石に時空の狭間のことは知らなかったようなので、私が最近得た情報を伝えました。母は真剣な表情で私の説明を聞いてくれましたけど、上手く教えられたか自信がありません。でも、私が一通り話し終えると、一度頷いてから表情を緩めました。
「なるほど。結局は異世界の人がそこを通ってやってくるってことよね。それで母さんが言っていたのは、封印の地を護る上で注意しないといけないのは、異世界人よりもこの世界の普通の人だって」
「え?でも、普通の人は力のある巫女には勝てないですよね」
「一対一の勝負ならその通りよ。だけど、数で言えば力を持たない人が圧倒的に多いでしょう?普通の人を敵に回したところで巫女が斃されることはないにしても、人間社会から排除されたら封印の間に立て籠もることになるわよね。そんな状態でこの世界のために働くとか、普通、やってられないと思わない?」
「確かにそうですね」
「だから封印の地と四季の巫女のシステムを作ったって話よ。四季の巫女、つまり封印の地の巫女は、巫女の力を持つけれど、そこまで強くはない。そして、巫女の力を持たない家族がいる。そうした巫女の家系を定義して、人間社会の中に溶け込ませようとしたのよ。だから、私のように力を持たない巫女の家族は、同じように力を持たないこの世界の人達との架け橋になることが期待されていて、とても重要なんだって。それを聞いて、まあ、私の立ち位置も捨てたものではないんだって思えたりしたのよね」
「………」
まったく今、母は何でもないことのようにサラッと口にしましたけど、これまで聞いたことの無い話で、気の利いた相槌も咄嗟には思い付けません。でも、ニコニコしている母の顔を見ていると、万葉さんがそうした話をしてくれたことが母にとって嬉しかったのだと分かります。それはそうだとしても、私には気になることが。
「ねえ、お母さん」
「なーに?」
母は微笑んだまま、首を横に傾げました。
「今の話、紅葉さんは知らないと思います。紅葉さんからも柚葉さんからも聞いたこと無いですから。それとも、私がまだ巫女見習いだから教えて貰えていないだけなのでしょうか」
「そうね、多分、母さんは姉さんには話してないわ。私が聞いたのも母さんが島を出る直前だったし、その時『紅葉には言い難いのよね』って言ってたもの」
やはりそうでしたか。
「別に瑞希が姉さんに話してくれても良いわよ。母さんから口止めされていた訳ではないから」
その役目を私に振るのですか。私は肩を落とすと首を横に振りました。
「話さないでおきます。知らないと困るものでもないですから」
「その判断は任せるわ。それと、瑞希はそれほどショックを受けたような顔をしていないわね」
母の指摘を受けて、確かにそうだと考えつつ、どうしてだろうかと自分の心に問い掛けてみます。
「多分、私はまだ巫女としての自分の在り方を決められていないからなのではと思います」
「あら、また随分と難しいことを言うわね。それって、封印の地の巫女ではない在り方もあるのではと考えているってこと?」
「はい、そういう人達がいるってことを見て来ましたので」
私が物心ついた時に、この島にいた黎明殿の巫女は、紅葉さんと柚葉さんだけでした。二人は巫女の力は持っていましたけど、できることは限られていて、私もそれが当たり前なのだと考えていました。
そうしたところで、島の外の巫女で最初に会ったのは千景さんです。千景さんは本部の巫女で、身体能力からして私達に比べて高く、手合せして貰っても全然敵いませんでした。
それから二年前に陽夏さんがこの島に来ました。陽夏さんは封印の地の出身だと言っていたので、普通なら封印の地からは出ない筈なのに、いつもは東京にいると言ってました。
それから柚葉さんが巫女の力の使い方を研究し始めて、火竜と戦って斃すと東京へ。そして、その柚葉さんのチームだと言う天野さん。千景さんと一緒に来たのは御園さん。二人とも裏の巫女でした。
極めつけは珠恵さん。私達と同じ封印の地の巫女の筈なのに、自分のプライベート異空間を持っています。珠恵さんが戦っているところは見ていませんけど、とても強いだろうという予感を誘う佇まいでした。
でも、彼女達も自由に生きている訳ではありません。紅葉さんや私がこの封印の地を護る役目を担っているように、彼女達にもそれぞれの役目があるのです。
「それに、万葉さんも島を出て、本来の巫女の役目に戻っていったのですよね」
私の問いに、母は頷いて肯定の意を示しました。
「そうね。母さんは島は出たけど籍は残してあるし、死んだことにもなっていないから、南森の家の巫女のまま島の外で活動中という状態ね」
「でしたら、私も島の中だけではない四季の巫女の在り方を考えてみたいです。柚葉さんも東京に行きましたけど、これから封印の地も変わりそうな気がするんです」
私は改めて珠恵さんの試験をパスしようと決意しました。
「その気持ちは分かったけど、瑞希は母さんとは違うんだから注意してね」
「どこが違うのですか?」
「四季の巫女は使える巫女の力に制限があるって聞いているけど、母さんはそれには当て嵌らないと思うから。だって、普通なら本部の巫女として登録していたかも知れないのよ」
言われてみれば確かにそうです。万葉さんは本部の巫女相当の強さを持っていても不思議ではない。けれど、私は普通の季節の巫女でしかない。
「そうですね、分かりました」
私は季節の巫女として、自分なりの戦い方を見付けなければならないと言うことですね。
お話の途中ですが、お知らせです。
本作品の週二投稿を再開します。なので、次回は11/15(火)を予定しています。
よろしくお願いいたします。




