9-20. 試験の結果
試験の感想ですか、何て答えたものかと悩みます。感想なので、正解も不正解も無い筈です。それでも、何か気にしないといけないのか。いえ、ここは割り切って素直な気持ちになりましょう。
「試験の中で見た光景はすべてファンタジーの世界ってことで良いのですよね?」
「そうそう。まあ、私達の住んでいる世界でなければどこでも良かったんだけど、ファンタジー世界は魔法もあるし、私達の世界との違いが明確だから好都合だったんだよね」
珠恵さんの引っ掛かりのある言い方が気になります。
「私達の世界ではいけないのですか?」
「それだと、瑞希ちゃんは沢山の予備知識を持ってしまっているから、巫女としての判断かそうでないのか分からなくなってしまうんだよね。純粋に巫女としての行動を測るには、この世界では無い方が良かったということ」
なるほど、そう言うことですか。私は首を縦に振って理解したことを示しました。
「でも、そのために態々空想の世界の設定を作ったんですか?珠恵さん、凄いですね」
「あー、いや」
珠恵さんは、腕組みをして、恥ずかしそうに人差し指を頬に当てました。
「瑞希ちゃんが見たのは、確かに私が作った幻想なんだけど、実のところ、実際にある異世界を基にしているんだよね。中に出て来た雷光の剱も実在している人達だし、だけど、設定は試験用に少しいじったよ」
「え?実在って、珠恵さん、会ったことがあるのですか?異世界で?」
「まあね。会ったのは偶然で、まだB級冒険者だったけど、もっと成長しそうな雰囲気だったよ。今頃、どうしているかな」
何かを思い出そうとする、その仕草で、珠恵さんは嘘を付いていないと思えました。
「私も行ってみたいです、その異世界」
両手を拳にして、力いっぱい行きたい気持ちを表現します。
「え?まあ、直ぐは無理だけど、いつかってことなら連れて行ってあげられるかな。この島も紅葉さんだけにはしておけないから、誰かに来て貰わないといけないし」
「確かに、そうですね」
今は、毎朝魔道具に力を注いでいますし、紅葉さん一人だと、万が一紅葉さんに何かあった時に困ったことになってしまうので、珠恵さんの指摘は正しいのです。
「千景さんにはお願いできないでしょうか?」
「短期間なら頼めなくも無いとは思うけど、瑞希ちゃんは、それで良いの?ちなみに、向こうに行くと、まず一か月くらいは言葉の練習だよ。さっきのは試験だから瑞希ちゃんが使っている言葉に合わせたけど、本当は違うんだから。どこかの物語のように、都合よく向こうの世界の人とそのまま話ができちゃうとか無いからね」
そうでしたか。異世界に行くのも思ったほど簡単ではないのですね。
「分かりました。言葉も勉強します。異世界の言葉の教科書ってありますか?もしあれば、自分で予習します」
「え?そう?教科書って作っているかな。確認してみるよ。って、あれ?瑞希ちゃん、中三だよね。受験じゃないの?受験勉強以外のことやってても大丈夫なの?」
「受験勉強の合間の息抜きでやりますから、問題ないです」
「いや、息抜きに言葉の勉強って、瑞希ちゃんはどれだけお勉強が好きなの?」
珠恵さんが驚いた表情をしますけど、それってそれほどのことなのでしょうか。
「やりたいことのためなら、頑張れますよ。柚葉さんもそうだと思いますし。珠恵さんは違うんですか?」
「私は頑張りキャラではないからね。でも、柚葉ちゃんは確かにそうかも。興味を持ったことに対しては、手段を選ばない感があると思う」
と、ここまでノリノリで反応していた珠恵さんが真顔になりました。
「だけど、あの世界、そんなに楽しみにして行くところかは分からないよ。こっちの世界に比べて殺伐としているように感じるし、危険な場所も沢山あるし」
「旅の途中でゴブリンに襲われたりするってことですか?」
「え?ああ、試験の最初の課題の奴ね。あれ自体はフィクションだけど、似たような目にあったって話は沢山聞いたよ。あと、盗賊に襲われたりとかね。勿論、私達巫女はそう簡単にはやられないけど、気を緩められるところじゃないのは確かだよ」
「でも、エルフやドワーフや獣人族の人達が居たりするのですよね?」
「まあ、確かにいるけど」
「だったら会いたいじゃないですか。私、行きたいです、異世界。そのためだったら何でもします」
私が両手を顔の前で組んで哀願の意を示すと、珠恵さんは仕方が無いと言った顔をしながら腕を組みました。
「それじゃあ、その心意気を証明して貰おうかな。瑞希ちゃんはまだ中学生なんだから、まず、ちゃんと中学校を卒業しないとね」
「はい」
「それと、今回の件が無事に片付いていないと、それどころではないかもだけど。っとそうか、話が随分と逸れちゃってたけど、瑞希ちゃんと試験の話をしようとしてたんだった。瑞希ちゃん、できたと思う?」
いきなり話が戻りました。けれど、それは最初に問われた時、既に頭の中では答えは出ていました。なので、その再度の問い掛けには悩むこともなく、私は首を横に振りました。
「駄目だったと思います。どの場面でも、自分でちゃんとできたって気がしていません」
珠恵さんは腕を組んだまま、うんうんと頷いています。
「結果については瑞希ちゃんの言う通りだけど、何も分からなかった?その気があるなら、再試験しても良いけど。そうじゃなければ、瑞希ちゃん抜きでやるよ」
「そうですね」
不合格になったと判断した時点で、既に今回の作戦への参加は諦めていたこともあって、珠恵さんの意図が気になりました。
「あの、私が合格するまで作戦の実行を待ってくれるのですか?」
「明日絶対にやらないといけないほど時間的に余裕が無い訳じゃないからね」
珠恵さんは腕組みを解き、左手を腰に当てました。
「勿論、無理にとは言わないよ。瑞希ちゃんも戦力として当てにしてるけど、参加を諦めるというのなら、別の人に応援を頼むから」
「それって、他の地域担当の本部の巫女ですか?」
私は千景さん以外の本部の巫女には会ったことがなかったので、会ってみたいかもと思いながら尋ねてみました。ですけど、珠恵さんは首を横に振りました。
「ううん、他の地域の担当は巻き込めないよ。その代わり、担当地域の無い本部の巫女が二人いて、普通なら彼女達は呼べるんだけど、今は別の仕事があって都合付かないんだよね。だから本部の巫女は千景さんだけ。それで、この島の緊急事態で一番いて欲しいのは、万葉さんなんだけど、あの人、全然捕まらないし」
確かに、万葉さんもこの封印の地の巫女なのですけど、ちっとも帰ってきてくれませんからね。
「珠恵さんは、万葉さんを知っているのですか?」
「話には聞いたことはあるけど、会ったことはないよ。だから万葉さんのことは、飽くまで願望。実際のところだと、他に呼ぶとしたら、私の師匠かな、と思う。もっとも、あの人を呼んだら、他の人はいなくても良さそうだけど」
「ああ、天野祈利さんのお母さんですね。その人、そんなに強いんですか」
珠恵さんも、私よりずっと巫女の力のことを知っていて強そうなのですけど、その珠恵さんがそこまで言うのならば、相当の実力なのだろうなと思えます。
そして、それを肯定するように珠恵さんは大きく頷きました。
「日頃は話好きのお姉さんでしかないけど、いざ戦いとなるとね。あれ?瑞希ちゃんは祈利ちゃんに会ったの?」
「はい、珠恵さんが来る前の日に。時空の狭間からこの島に向けて近付いているモノがあるのを最初に教えてくれたのが天野さんなんです」
私は天野さんに出会ったときの様子を珠恵さんに説明しました。
「――と言うことがあったのですけど。そう言えば、天野さんは呼べないのですか?」
「え?ああ」
珠恵さんは、私から目を逸らして、頬を指でポリポリと掻いています。
「祈利ちゃんは、今あまり自由に動けないから、難しいんだよね。で、結局、瑞希ちゃん、どうする?」
説明もそこそこに、話を私に戻して来ました。何だか誤魔化されたような気もしますけど、私のことが第一なのは確かなので、そこは指摘しないでおきます。
「すみません。一晩、考えさせて貰えますか?」
一度じっくり頭を整理したいと思い、時間の猶予をお願いしました。
「分かった。待ってる」
珠恵さんは迷う素振りも見せず、にこやかに承諾してくれました。期待されていると捉えて良いのでしょうか。
兎も角、試験を終えた私達は、珠恵さんのプライベート異空間を後にして、崎森島へと戻りました。




