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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第9章 私の役目 (瑞希視点)
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9-19. 試験の終わり

次に目の前に見えたのは、森の中の風景でした。試験はまだ続くようです。

しかし、私は直前のことで随分と落ち込んでいました。失敗してもめげずに頑張れることを試すものなのかも知れませんけど、精神の負担が大きくて、もう一度間違えたら立ち直れそうにありません。今度は、もっと慎重に見極めようと心に決めます。

さて、改めて周囲を見渡しました。ここは森の中。高い木が立ち並び、それらが枝葉を伸ばしているために太陽の光が遮られていますが、そこまで暗くはありません。そのためか、草も生い茂っていて、先に進むには生えている草を掻き分けていかねばならない状況です。そのままだと、手足が草の葉に触れてかぶれそうなので、薄く体に沿って防護障壁を展開して、草の葉が肌に触れないようにしておきます。

それから、より遠くの様子を探知で確認していきます。私がいる場所から少し離れたところに、人が並んで歩けるほどの幅のある道が通っています。更に遠くには大きな湖があるようです。岸の形状から海ではなくて湖だとは思うのですけど、大きくて私の探知では対岸を確認できません。気になるので手前の岸まで転移しようとしたのですけど、残念なことに転移が発動しません。この世界の中での行動が制限されているのか、この場を動かずに待つようにとのことなのか、兎も角、遠方のことは置いておいて試験に集中するしかなさそうです。

とは言え、目の前には誰もおらず、探知の範囲内にも人影はなく。いえ、私の傍の道をやって来る一団がありました。まだ私の探知範囲ギリギリのところですけど、歩きながらこちらに近付いて来ています。どんな人達なのか、様子を確認しようにも、今いるところから顔を出せば向こうからも見えてしまいそうです。辺りを見回して、彼らを観察するのに良いところはないかと探します。頃合いの草むらや岩陰も無く途方に暮れて上を眺めると、木の枝が広がっているのが見えました。もしかして、高い位置からなら見つかり難いかもと考え、浮遊陣を使って太い木の枝の上へと移動しました。案の定、ここからなら遠くまで見えますし、途中にある木の枝のお蔭で向こうからは見付かり難そうです。私は足場にしていた太い木の枝に腰を下ろして、彼らの観察を始めました。

近付いてくる一団は全部で四人。男性が二人に女性二人のようです。私のいる森は、彼らの方向に向けては100m程度で終わっていて、その先は草原です。彼らは草原の中の道をこちらに向かって歩いています。

男性の一人は、茶色のマントの下には革の防具を付けていて、腰に剣を挿しています。剣士か、魔法剣士と言うところでしょうか。もう一人の男性は、スキンヘッドで白を基調とした裾の長い上着に、白の長ズボン。その雰囲気から何となく神官か僧侶ではないかと思えます。

そして女性ですけど、一人は(すみれ)色の膝丈のワンピースに、濃い紫のフード付きのマント、右手に杖を握っています。フードは被っておらず、長くウェーブの掛かった髪をポニーテールにした、凛々しい顔付きが良く見えます。彼女はきっと魔法使いでしょう。

最後の一人は見た目では良く分かりません。小柄で髪はショート、服装は濃い赤のシャツに黒のショートパンツ、腰にウェストポーチのようなものを巻き、そこに短剣を挿しているようです。そんな軽装の彼女は暗殺者(アサシン)?いえ、盗賊?

ともあれ、四人は冒険者のパーティーなのだろうと思いました。

彼らは楽しそうに話をしながら歩いていますけど、まだ遠すぎて何を言っているのかは分かりません。私は聴力強化をした耳を澄ましながら、彼らの声が聞こえるようになるのを待ちます。それから段々と笑い声などが耳に届くようになったものの、会話の中身が分かるようになったのは、彼らが森の入り口まであと少しのところまで進んできた時です。

「ねえ、ダン。依頼人との待合せって、この森の中なんだよね?」

「え?ああ、レナ、そうだよ。森に入って暫くすると、空き地があるからそこでってことになってる。大きな岩が目印だって」

その二人の会話だけで、剣士の格好をした男性がダン、軽装の女性がレナだと分かりました。

「何時頃落ち合うとか決めているの?」

「いや、だけど次の街に向かうことを考えれば、昼までには来るんじゃないか?食事を作りながら待っていれば良いよな?」

「そんな呑気なことをしていて良いのかしら」

ダンとレナの会話に割り込んだのは、魔法使いと思しき女性です。

「依頼されたあの品物、相当ヤバいものよ。陰謀の匂いがプンプンするわ」

「リズ、そうかも知れないけど、大丈夫だって。これまでだって、色々危険な目に遭って来たけど、全部乗り越えてきたじゃないか」

「まあ、それはそうだけど」

「それくらいで良いだろう、リズ。ダンだって分かっている。油断はしない」

「ルーク。ええ、そうね」

リズは表情を緩めてルークの方を見ました。

「ねえねえ、森の中だったら獲物がいないかな?どうせだったら、獲れたてのお肉を焼いて食べたいよね」

「まったくレナは食いしん坊だなぁ。まあ、魅力的な提案ではあるけど、狩りは取引のあとにしてくれないか。今は戦力を分散させたくないから」

「えー、でもまあ、仕方がないかぁ。ダンの言う通りにするよ」

一人で先に進もうとしていたレナはダンの言葉で踏みとどまり、そのまま四人でまとまって森の中へと入って来ました。四人が、待合せ場所の空き地に到着したのは、それから間もなくのこと。空き地は、私がいる木から少しのところにあります。

四人が空き地に到着し、それぞれが好きなところに腰を落ち着けてから少し時間が経った後、新しい動きがありました。四人がやってきたのと同じ道、同じ方向から近付くものがありました。先程より移動速度が大きいと思って見ると、騎士が二人、馬を速足で走らせています。

その足音で気付いたのか、騎士たちがそこに到着する前に四人は立ち上がり、二人を出迎えるかのように大きな岩の傍に並んでいました。騎士たちの方も、空き地に乗り入れると、馬から降りて四人の前に進み出ました。

雷光(らいこう)(つるぎ)だな?マーク・ハミルトンだ。例の物は手に入ったのか?」

二人の騎士の内、年長の騎士が問い掛けます。その問い掛けに応じるように、ダンが一歩前に進み出て、口を開きました。

「ああ、上手く行った。そっちも、報酬は持って来ているんだろうな」

ダンに問い返された騎士は、黙って若い騎士に向けて右手を差し出しました。若い騎士は、馬の鞍に結び付けた荷物袋から、巾着袋を一つ取り出したところで、そのままその巾着袋を年長の騎士の手に持たせました。年長の騎士は、巾着袋の紐をほどいて口を開けると、自分で中身を確かめてから、ダンに向けて口を広げて見せました。

「この通り準備してある。それで例の物は何処だ?」

「いま見せる」

ダンは足元に置いていた背負い袋の中に手を入れて、何かを取り出しました。短剣のようですけど、煌びやかな装飾が施されているので、冒険者向けには見えません。

「依頼を受けたのはこれだと思うが」

ダンが短剣を両手に持って年長の騎士に示すと、騎士は眼を細めて短剣を見詰めました。

「確かに依頼したもののようだ。では報酬と引き換えとしよう」

年長の騎士が左手で巾着袋をダンに向けて差し出すと、ダンも短剣を左手に持ち騎士に差し出します。ダンが右手で巾着袋を受け取ると同時に、騎士も短剣を手に取り、大事そうにそれを騎士服の懐へと仕舞いました。

そして、次の瞬間、年長の騎士は腰の剣を引き抜きざま、ダンの腹を横になぐと、そのまま頭の上に振りかぶり、隣に立っていたリズに向けて剣を打ち下ろしました。あわやリズもと思いきや、リズは冷静に手にしていた杖で騎士の剣をいなし、その杖の頭を年長の騎士の鳩尾に打ち当てようとしました。しかし、年長の騎士の動きも早く、杖による突きを咄嗟に避けます。

「何をするのですか?」

凛とした声で怒りを表すリズの脇では、剣を握った若い騎士の攻撃を、レナが短剣で受けていました。ルークはレナの後ろに移動しています。えーと、このパーティー、女性の方が戦いに長けているような。

「ふん、この短剣の存在は極秘だからな」

「あら、そう。まったく迷惑な話ね。でも、そう簡単にやられたりはしないわよ」

リズが杖を構え直すと、年長の騎士も剣を横に構えました。そして、脚を前に踏み出そうとしてバランスを崩します。

「なっ」

騎士の足元には、倒されていた筈のダンがうつ伏せのままでいましたけど、その左手が騎士の脚を掴んでいたのでした。ダンは騎士の脚を掴んだまま四つん這いになり、そこから片膝を付いて立ち上がりつつ騎士の脚を引っ張り上げて騎士を後ろに転ばせました。そして、騎士の右手を思いきり脚で踏むと、騎士の手から剣が転げ落ちました。

「リズ、どうする、これ?聞きたいことある?」

「はあ、まったく貴方は相変わらず打たれ強いわね。さて、どうしましょうか。話を聞きたい気もするけど、聞かない方が良いのではないかとも思うのよね。あっ、ダン、気を――」

リズの視線の先を追うと、騎士の左手が何やら光を放っているのが見えました。そのリズの言葉が終わらないうちにダンもそれに気付き、剣を抜いて騎士の胸に突き立てました。

「ごめん、リズ。咄嗟のことで手加減できなかった」

「精霊魔法の使い手のようだったから、仕方が無いわよ。もう一人は、と、そちらも駄目みたいね」

横を見たリズの視界に、レナの足元に倒れている若い騎士の姿が入りました。

「情報が得られなかったな」

「良いわよ。どうせ私達には関係の無いことだから。この人達をここに放っておいて見付かると厄介だから、この岩の裏側にでも埋めておきましょう。私が土魔法で穴を掘るから、ダンとルークで運んでくれる?ああ、その前にダンはルークに治癒魔法を掛けて貰ってね」

彼らは手早く作業を終えると、騎士達が使っていた馬に二人ずつ跨り、空き地を出ていきました。

そして、彼らが私の視界から消えると、周囲の景色が再び変わり始めました。



* * *


今、私は草原にいて、目の前には珠恵さんが立っています。試験が終わり、珠恵さんのプライベート異空間に戻って来たようです。

「瑞希ちゃん、どうだった?」

珠恵さんは微笑んでいますけど、結果は聞かずもがなですよね。


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