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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第9章 私の役目 (瑞希視点)
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9-16. 珠恵の到着

「そろそろお話を聞かせて貰っても良いかしら」

「そうですね」

ソファに座った珠恵さんは、私達を見回しました。

ここは南御殿の母屋のリビング。前の日に千景さん達と話をしたのと同じ部屋です。

昨日と違うのは、紅葉さんの前に座っているのが千景さんではなくて珠恵さんであることで、珠恵さんの隣が千景さん、御園さんは空いていた一人用のソファを千景さんの隣に持って行って座っています。

珠恵さんは予定通り、朝一番の船で島に来ました。その珠恵さんを港で出迎えたのは、紅葉さんと真治さん。紅葉さんまで一緒なのは珍しいですけど、珠恵さんが他の封印の地の本家である西峰の当主であることに配慮したのでしょうか。私はその時はまだ家にいて、紅葉さんからの呼び出しを受けてから、南御殿の母屋に来ました。千景さん達も、私と同じ時にやって来ました。

そしてリビングに集まり、珠恵さんが知っていることを皆で聞かせて貰おうとしているところです。

「紅葉さん、何から話しましょうか?」

珠恵さんに問われた紅葉さんは、顎に手を添えて考えています。

「そうね。先程会館の霊安室で調べて分かったことからでどうかしら?」

「良いですよ」

珠恵さんは、ソファの上で姿勢を正して、私達を見ました。

「それじゃあ、さっきの話から。あの山の中で見付かった人が何処からやって来たのか。警察の山野さん達も分からなくて悩んでいたらしいですね。普通の方法では、あの山の中に突然現れたりできないので。それで一つ考えられるのは、黎明殿の巫女が転移を使ってこの島に連れて来たのではないかと言うことです。ただ、巫女が転移させることは能力としては可能だったとしても、この島に連れて来る動機がありません」

そこで珠恵さんは一旦言葉を切りました。質問をする良いタイミングでしたけど、聞いていた人は誰も口を開こうとはせず、外から聞こえてくる虫の鳴き声だけが響いています。

「では転移以外に方法があるのか、ですけど、後三つあります」

「三つもあるのですか?」

私も紅葉さんと同じ気持ちでした。残りの方法は時空の狭間を通って来ることだけだと思っていたからです。

「細かく分ければ、ですね。大雑把には一つに纏められます。残りの三つは三つとも、異世界から来る、と言う点では同じなので」

異世界ですか。今回のことは、この世界の中だけの話ではなくて、外の世界が関係している可能性があるのですね。

「いま、時空の狭間を通って近付いているモノがあると聞いたのですけど、それも異世界からなのですか?」

この世界ではなければ異世界からしかないと言われたように感じて、尋ねてみました。

「時空の狭間に存在すると言われているのは、創世神話に出て来る三柱くらいですからね。それ以外は、何処かしらの世界で生まれたものだと考えられています。だから、瑞希ちゃんの質問の答えは、その通りってこと。それで、異世界からこの世界にやって来る方法ですけど、今、瑞希ちゃんが言った時空の狭間を通るのが一つの方法」

珠恵さんは、太股の上に乗せている右手の指を一本立てました。

「ただ、この方法だと時空の狭間を見張っている黎明殿の巫女に見付かります。今、この世界に近付いているモノのように。逆に言えば、見張りに見付かっていないのなら、この方法ではないことになります。それで次なんですけど、異世界をこの世界に繋げて、その繋ぎ目を通って来る方法。例えば、ダンジョンの入口は、この世界とダンジョン世界の繋ぎ目で、そうした繋ぎ目を作れば、異世界からこの世界に入って来られます」

そう話しながら、珠恵さんは、指をもう一本立てます。

「二つの世界を繋げるなんてことができてしまうの?でも、ダンジョンはあちこちにあるわね」

紅葉さんは、うーんと首を傾げました。

「ダンジョン世界は特別なので、あまり気にしない方が良いですよ。普通、ある世界と別の世界を繋げるとかできませんから。なので、手段の選択肢には挙げましたけど、事実上あり得ないんです。それに、世界を繋げられたのなら、何も被害者の一人を送り込むだけではなくて、もっと沢山の人がこちらの世界に入って来ても不思議ではないですよね。わざわざ被害者とは別に時空の狭間を通って来る必要も無いわけです」

「その説明だと、山の中で見付かった被害者と時空の狭間を通って来るモノとが仲間であるように聞こえるのですけど、そうなの?」

ああ、確かに、紅葉さんの指摘した通りです。でも、珠恵さんは、その質問を待ってましたとばかりに微笑んでいます。

「それがさっき会館の霊安室で調べて分かったことに繋がります」

珠恵さんは、ソファの脇に置いていた鞄を取り上げ、膝の上に持って来ると、中からハンカチを取り出し、テーブルの上に載せました。ハンカチは折り畳まれていましたけど、真ん中が膨らんでいて、何かを包んでいるようです。

珠恵さんがそのハンカチを広げていくと、包まれていた物が露わになりました。ビー玉くらいの大きさの透明な緑色の珠です。

「その珠」

声を発したのは御園さんでした。御園さんには見覚えがあるのでしょうか。しかし、御園さんはそこで黙ってしまいました。珠恵さんはそんな御園さんを横目でチラ見したものの、何も言わずに紅葉さんの方に視線を戻しました。

「それは貴女が被害者の胃の中から取り出したものね」

紅葉さんは珠恵さんと一緒に会館に行っていたので珠のことを知っていて当然ですけど、胃の中からですか。

「はい。それで、この緑色の珠ですけど、時空の狭間に力の糸のようなものが伸びていて、対になるものと引き合っています。その対になるものは一つではなくて複数あって、今この世界に近付いているモノ、四つすべてに合致しています」

珠恵さんは説明の中に、さらっと新しい情報を入れ込んできました。紅葉さんはおでこに手を当てています。頭痛でしょうか。

「この世界に近付いているモノが四つだなんて初めて聞いたのだけど、それは確かなことなのね」

「確認したのは私だけではないので、間違いはないですよ。それに、聞きたくないとは思いますけど、四つとも人だろうと予想されていますし、更に言ってしまうと、全員が(みどり)の御柱の力を得ていそうです」

「翠の力は魔法だったわね。それが四人だなんて、私達だけで対処出来るのかしら」

創世神話で語られているのは三色の御柱です。その呼び名の通り、それぞれ色で呼ばれ、個別の特性があるとされています。具体的には、(あお)が勇気と力、翠が知恵と魔法、(あか)が愛と防御です。これらの御柱は、時折世界にちょっかいを出すのだそうです。御柱にしてみればホンの遊びのつもりなのでしょうけど、私達にとっては大きな迷惑です。

「彼らの持つ翠の力ですが、それほど強いものではなさそうです。時空の狭間を渡れて、魔法の無いこちらの世界でも魔法を使えて、だけどそれくらいのことで、身体能力は普通の人程度ではないかと。山の中で見付かった人の傷、確かに致命傷でしょうけど、そんなに強い攻撃でできたものには見えなかったですよね?」

「ええ。ただ、珠恵さんの見立ての通りだったとしても、魔獣を相手にするより余程危険ではなくて?」

紅葉さんの珠恵さんを見詰める目には、心配そうな表情が浮かんでいます。

「はい、そうですね。正直、私達の予想が間違っていたり、想定外のことが起きるかも知れません。なので、今回は私達だけで対応しようかと思うのですけど」

「私達?」

そう言いながら、紅葉さんは珠恵さんから横に視線を移していきました。

そして、紅葉さんの目が御園さんを捉えたとき、御園さんは軽く頭を下げました。

「貴女もなのね?」

「はい、裏の巫女です」

「そう」

御園さんが巫女だとは思っていなかったのですけど、考えてみれば当然のように思えて来ました。巫女でもないのに、こんな時にこの島に来る理由はないのですから。

その御園さんの返事を聞いた後、紅葉さんは少しの間、黙って考えていました。

「ここのことなのに、貴女方だけにお任せするわけにもいかないし、しかも珠恵さんは他の封印の地の巫女ですし」

そう口にしながらも言い淀んでいるあたり、紅葉さんにはまだ迷いがあるみたいです。

「何かを気にされています?少なくとも本部は、今回のことは南の封印の地の問題とは考えていませんし、適切な専門家で対処すべき事案だという見方です。私は秋の巫女ですけど、今ここにいるのは私にしかできない役目を担う専門家としてですから、そう考えて貰えませんか?あと、紅葉さんには悪いんですけど、今回、紅葉さんの参加は見合わせて貰うようにと上から指示を受けてます」

「上って?」

「私を雑用係のようにホイホイ使おうとする人達のことです」

そう答える珠恵さんは、冷めた目をしています。

「あら、貴女、面白い言い方をするわね。それで、私が参加しないようにと言う理由は?」

「ここで紅葉さんに万が一のことがあると、この地を治める正当な巫女がいなくなってしまいますから。流石にそれは容認できないそうです」

「ふーん」

納得したのか分かりませんけど、紅葉さんは一言相槌を打っただけで、それ以上は口を開かずに黙りました。

「あの、だったら私は参加しても良いのですか?」

紅葉さんが参加できないなら、せめて私だけでもと考え、尋ねてみます。私の声に反応してこちらを見た珠恵さんの瞳には、優しそうな雰囲気が漂っていました。

「瑞希ちゃんの参加は止められていないけど、今回は魔獣相手とは違うからね。私の試験に合格したら迎撃作戦への参加を認めても良いよ」

珠恵さんの試験がどのようなものかは分かりませんけど、私は首を縦に振り、受ける決意を示しました。


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