閑話1-6. 瑞希ちゃんとオジサン
「瑞希ちゃん、明日の午後は空いてる?」
三月に入った金曜日の放課後、柚葉さんに稽古をつけていただいているときに、尋ねられました。
私は、柚葉さんがいなくなる前に少しでも強くなりたくて、偶に柚葉さんに剣などの稽古を付けていただいています。父や真治叔父さんにも剣を教わったりしていますけど、柚葉さんは同じ巫女なこともあって、剣と巫女の力を組み合わせて使う方法なども教えてくれるので、ためになることが多いです。
でも、私が柚葉さんに申し訳なく思うのは、いまの私では柚葉さんの相手をするにはまだまだ力不足ということです。柚葉さんも父や真治叔父さんと剣の稽古をします。柚葉さんが巫女の力を使わずに一対一で打ち合いをするときは、年季のせいもあって父や真治叔父さんの方がやや優勢なのですけど、柚葉さんが身体強化して探知も使ったら、父と真治叔父さんの二人掛かりでも柚葉さんに勝てません。それだけ強くなっていても、柚葉さんは満足していないようでした。前の夏に他所からきた巫女と戦って負けたことで発奮したのか、それ以来、剣の稽古に対する真剣さが増しているように感じます。
そんな柚葉さんは稽古の最中に何を思い付いたのでしょう?
「はい、明日は予定はないですね」
「それじゃあ、一緒に行って欲しいところがあるんだけど、良いかな?」
「良いですけど、どこに行くのですか?」
「それは明日のお楽しみってことで」
「はい、じゃあ、楽しみにしていますね」
そして稽古を再開した私たちは、その話題には触れることなく、辺りが暗くなるまで稽古を続けました。
翌日、お昼を食べ終わって一息ついているところに柚葉さんが私を迎えに来ました。
「こんにちは、瑞希ちゃん。もう出かけられる?」
「はい、柚葉さん。えーと、いつもの格好でも大丈夫ですか?」
柚葉さんが何かを背負っているので、私も持って行くものがあるのか心配になりました。
「あ、うん、ダンジョンに入ったりはしないし、瑞希ちゃんは手ぶらで大丈夫だよ」
どうやら問題なかったようです。私は一旦リビングに顔を出して、母に柚葉さんと出かけることを告げてから、玄関に戻りました。
「それじゃあ、柚葉さん、行きましょう」
私たちは家を出ました。柚葉さんが南御殿の方に歩いていくので、私は柚葉さんに付いていきます。柚葉さんは、南御殿の裏手の草地まで行くと、山頂を指さしながら、私の方を振り返りました。
「瑞希ちゃんの探知範囲に山頂も入っているよね?」
「ええ、入っていますけれど?」
「それなら、山頂に転移して行くよ」
言うなり柚葉さんの姿がフッと消えました。次の瞬間、山頂に柚葉さんの反応を感じました。何の説明も無く柚葉さんが山頂に行ってしまったので戸惑いましたが、取り敢えず柚葉さんに付いていくことにして、私も山頂の柚葉さんの傍らに転移しました。
山頂は、夏に火竜の封印が破れた時に吹き飛んで、大きな穴が開いていました。でも、穴が開いたままでは魔道具に雨が降り注いでしまうし、山に登った人がいたときに危険なことから、割とすぐに工事で穴は塞がれて復元されました。その山頂に私が到着した時、柚葉さんは山頂の北側に立って景色を眺めていました。私も同じように景色に目をやります。
天気は晴れていて、山の北側の森の向こうには、キラキラ輝く海が目の前一杯に広がっていました。島の北端の辺りの上空に鳥が飛んでいるのが見えます。麗奈さんに聞けば何の鳥か教えて貰えるのでしょうけど、今はいないので残念ながら何の鳥かは分かりません。でも、空を自由に飛んでいる様は羨ましく?あれれ?考えてみれば、浮遊陣使えば私も空を飛べますね。まあでも、いま見ている鳥のように優雅には飛べそうもありませんし、この空には飛んでいる鳥がお似合いです。
そんな益体もないことを考えながら景色を見ている私に、隣から声が掛かりました。
「瑞希ちゃん、探知使っている?」
「はい」
「なら、気が付いているよね?北側の森の中」
「知らない人みたいですけれど、不法侵入者でしょうか?」
「うーん、不法じゃないんだけど、中央には出てこない人だから。瑞希ちゃんには教えておいた方が良いかなと思って。いまは畑の方に出ているみたいね。先に行くから付いて来て?」
私が頷いたのを見ると、柚葉さんは北側の森の中にある人の反応の傍に転移しました。私も急いで追いかけます。
転移した目の前には小さな畑がありました。苦瓜や胡瓜やピーマンや人参や葱など、色々な野菜が植えられているようでした。
「こんにちは、オジサン。お久しぶりです」
「やあ、柚葉ちゃん、本当に久しぶりだね。どうしたの?」
「私、四月から東京に行くことになったんです。だから島を出る前に紹介しておこうかと思って。今日一緒に来たのは、私の従妹で同じように巫女の力を持っている瑞希ちゃんです」
「南森瑞希です。よろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとう。よろしくね。それで瑞希ちゃんは中学生なのかな?」
「はい、中学一年生です。四月に二年生になります」
「まだ若いのにしっかりしているね。感心感心」
「それで瑞希ちゃん。こちらはオジサン。名前は教えて貰えてないから、ただのオジサン」
「え?名乗らないって怪しいんじゃ?」
「まあ、それはそうなんだけど、私たちのお祖母ちゃんの知り合いだそうなんだよね」
「君たち二人とも、万葉さんの面影があるよ」
「そうですか?」
「ああ、そうだとも」
オジサンはニッコリとした。
「いつまでも立ち話もなんだから、家に方にどうかな?」
「ありがとうございます。お邪魔します」
柚葉さんは即答していました。どうやら家に上がるのは織り込み済みのようです。
オジサンは収穫した野菜を入れた籠を持って、家の方に歩いて行きます。柚葉さんと私は、並んでその後を付いて行きました。
家の中は、部屋の数は少ないですが、広々とした造りになっていました。部屋の東側にあった三人掛けのソファに二人で座ると、オジサンがコップに入れた冷たいお茶を持ってきてくれました。
「悪いんだけど、いつもお茶くらいしかないんだ」
オジサンは申し訳なさそうな顔をしていました。
「大丈夫です。今日はお茶請けを持ってきましたから」
柚葉さんは背中に背負っていた小さなリュックから、お菓子の袋を出していました。どうやらサーダーアンダギーとちんすこうのようです。お茶しか出ないことも想定内だったのですね。
「柚葉ちゃん、お気遣いありがとう。何だか悪いね」
「いえ、大したことではないですから」
そして、私たちは袋を開けてお茶を飲みながらお菓子を食べ始めた。
「そう言えばオジサンに質問があるのですが」
「何だい柚葉ちゃん。答えられることなら答えるよ」
「単刀直入に言ってしまいますけど、私、畑の作物などだけでは自給自足は難しいんじゃないかと思っていたんです」
「うん、それで?」
「しばらく観察していたのですけど、二週に一度くらい船が来ていますね?生活に必要なものを持ってきて貰っているのですよね?」
「島の人は誰も気が付いていないと思うんだけど、良く分かったね。それも巫女の力かい?」
「そんなところです」
いや、待ってください。船が来ているってどうやって分かったのですか、柚葉さん。まさか探知したのでしょうか。でも島の周りの海まで探知できるものなのでしょうか。
「それから」
私の困惑のことは気にせず、柚葉さんが続けます。
「ここから船着き場まで地下通路がありますよね?」
「参ったね。巫女さんには隠し事ができないね。その通りだよ、地下通路があるんだ。今から船着き場まで行ってみるかい?」
「はい、是非」
柚葉さんは微笑んでいます。最初から行く気満々だったのですね。大丈夫です、私は柚葉さんに付いていきますよ。




