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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第9章 私の役目 (瑞希視点)
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9-9. 鎖の先

「何故私は先に進んではいけないのですか?」

古永さんは怪訝な表情で山野さんを見ます。山野さんは、そんな古永さんから目を逸らしました。

「だって、お前、真面目だからな。余計なことは知らなくて良い」

何時になく弱腰な態度の山野さんに、古永さんは両手を腰に当てて溜息を吐きました。

「あのですね。私が真面目なのは、ボスが不真面目だからです。二人して不真面目だったら、もう役立たずでしかないですよね。私だって完璧な人間ではないですから、息抜きだってしたくなるし、面倒なことはやりたくないと思いもします。でも、ボスと一緒の時にそれをやると駄目だって思うからやっていないだけですからね」

古永さんの剣幕に、山野さんが圧されています。

「それで、この先にどんな不都合なことがあるんです?私にだって他人に言えないことはありますし、今更それが増えたところで支障はないですよ。ボスは私が頭ガチガチで融通が利かないお堅い人間だと考えているんですか?人を見る目が曇っているんじゃないかと思いますが」

古永さんは心持ち前屈みになり、冷めた眼で山野さんを見詰め続けています。山野さんは、そんな古永さんを上目遣いに見、そして両手を挙げました。

「分かった、降参だ。俺が悪かった。古永も一緒に行こう。だが、この先のことは報告しないからな。そうした意味では、目印のように連なっている切り株のことも、この鎖のことも含めてになるが」

山野さんが折れたので、古永さんの怒りも収まったようで、背を伸ばすと腰から手を外して腕組みしました。

「それは分かりましたが、この先に何があるんです?」

「行けば分かるし、見た方が早い。それよりここで実験をしたいんだが」

「実験ですか?」

古永さんも私も、こんなところで山野さんがどんな実験を考えているのか想像付かずにいました。

「古永と嬢ちゃんは、この鎖を持ったまま下りてくれ。俺は鎖を持たずに先に降りる。降りているときは俺には声を掛けない。たが、俺が鎖の道筋から離れたら後ろから声を掛けて欲しい。良いか?」

「はい」

実験の目的は良く分かりませんけど、言われたことは理解したので首を縦に振ります。

「それじゃあ、俺が先に行く。二人はくれぐれも鎖から手を離すなよ」

そう言い置いて、山野さんは鎖の脇を進む形に斜面を下っていきます。私達はその後ろから、山野さんの言い付け通り、鎖から手を離さずに歩いていきます。

そうして数十メートルほど進んだところで、山野さんが鎖の傍から外れて横の方に歩き始めました。

「山野さん」

「ボス」

山野さんの動きの変化に気付いた二人ともが、声を掛けます。それで山野さんも気付いたようで、辺りを見回していました。

「いやぁ、分かっていたのに惑わされてしまうとは、流石だな」

「何があったんです?」

「頑張って鎖から離れないように意識していたんだが、気付いたらこっちの方に真っ直ぐ行かなければと考えていた。心理障壁と言うか、結界の一種だな」

「この先に人が行かないようにと言うことですか」

「そうだ。だが、鎖を持っていれば、惑わされることは無いだろう」

話ながら私達のところに来た山野さんは、私達と同じように鎖を手にしました。

「実験は終わりだ。さあ、行こう」

言うが早いか、山野さんが先頭に立って進み始めます。鎖は、更に数十メートル程続いた後、これまで見付けたのと同じような切り株に終端が固定されていました。そこから先は小道があり、それを辿ると森から出て、小屋の屋根が見えました。この経路で来たのは初めてですけど、見覚えのある小屋です。

小道は、小屋の西側に出るように伸びていました。小屋は、斜面の途中に建っていて、山寄りの南側が地面に接している一方で、谷寄りの北側は木組みで床を支えている形です。そうしたこともあって、小屋の玄関は西向きの面の山寄り、つまり南寄りにあります。玄関の前には木製のデッキがあって、左右に階段が伸びています。左の北向きの階段は、斜面の下の方に向かっているので長い一方、右の南向きの階段は直ぐに地面に達するので、数段しかありません。そして、小道はその短い階段に繋がっていました。

「ああ、そうだ、古永」

階段までもう少しの位置で、山野さんは立ち止まり、古永さんを振り返りました。

「何でしょう、ボス」

「多分、色々尋ねたいことがあると思うんだが、質問には後で俺が答えるから、ここでは黙って話を聞いていて貰えないか」

「ボスがそう言うのでしたら」

古永さんの返事に、山野さんは満足そうに頷き、再び歩き始めました。そして、小道を抜けると短い階段を上り、玄関の扉に付いていたノッカーを持って三回コンコンコンと叩きます。

それから待つことしばし、玄関の扉が中から開くと、年配の男性の顔が見えました。

「やあ、こんなところでお会いするとは奇遇ですね。そちらの娘さんも。それから瑞希ちゃんはお久し振りだね。元気だったかい?」

「はい、お蔭様で。オジサンもお元気そうですね」

「見た目以上に丈夫だからね、私は」

オジサンはにこやかな表情で私達を見ました。

「さて、立ち話も何だから、中へどうぞ」

私達は促されるまま小屋の中に入りました。中は、以前来た時と変化はなく、入って右側にトイレの扉、目の前がカウンターキッチンでその左側が広いリビングになっています。私達はリビングの奥の方にあるソファに案内され、オジサンは冷たいお茶を出してくれました。

「それで、山野さん。今日はどんなご用件で来られたのですか?」

オジサンもソファに座り、山野さんに尋ねました。玄関で会ったときからそうではと思っていましたけど、山野さんとオジサンは面識があるようです。

「この顔に見覚えはありませんか?」

山野さんは、一枚の写真をオジサンの前に置きました。先日、山で見付かった被害者の顔写真です。

「いえ、知りませんね。この方がどうかされたのですか?」

「三日前に、この山の北側の斜面で死体で見つかりました」

「そんなことがあったのですか。まったく気付きませんでした。それで、私に疑いがあると?」

オジサンは、山野さんを見詰めました。山野さんも目を逸らさずにオジサンのことを見ています。

「まさか。貴方だったらあんなところで手を下す必要がありませんし、あそこに死体を放置する理由もありません。斜面を引きずってでも結界の中に持ち込めば誰にも見付からないのですから。私が知りたいのは別のことです」

「別のことですか。何でしょう?」

「この人物がこの島に来た理由にお心当たりがあるのではないかと思うのですが」

山野さんは真剣な表情を崩さずにいましたけど、オジサンの方は笑みを浮かべています。

「何故そうお考えに?」

オジサンの質問に、山野さんは横に座っていた古永さんの方に顔を向けました。

「古永、さっきの写真を出して貰えるか?」

「はい」

古永さんはスマホを取り出して、操作をすると、画面を見せる形でローテーブルの上に置きました。

「現場の近くにあった古い切り株です」

「ほう、切り株ですか」

「はい、それが現場から斜面の下に向けて幾つも確認されました」

古永さんが写真を順に捲っていきます。

「そして最後の切り株には鎖が付いていました」

「それで、私達はその鎖を辿って結界の中に入り、ここに着いた訳ですが」

山野さんが引き取って言葉を続けました。

被害者(ガイシャ)もここを目指していたのかも知れないと思いまして」

「なるほど。確かに可能性としてはありそうですね。ですが何のために?ここには何もありません」

「貴方に会うため、とは考えられませんか?」

「私に?さて、どうでしょうね。先程もお話しました通り、私はこの人物に心当たりがありません。この人物が一方的に私を目指して来たのか、あるいは誰かの使者なのか。何か身元を示すものは所持していなかったのですか?」

「いえ、何も。所持品と言えば、ブレスレットのように腕に巻き付けていたプレートだけですね」

山野さんはプレートの写真を取り出して、テーブルの上に置きました。

オジサンは、暫くプレートの写真を眺めた後、顔を上げました。

「やはり知らない人ですね。私に会いに来たようには思えません」

「そうですか。何か分かればと思いましたが、残念です」

「お役に立てずにすみません」

「いえ、ご協力に感謝します」

山野さんは、オジサンに頭を下げてお礼を言い、席を立ちました。古永さんと私も山野さんに合わせて立ち上がります。そして、私達はオジサンの小屋を後にしました。

小屋の玄関を出た私達は、来た時とは反対に小屋の下側、つまり北側に出てから東へと向かいました。小屋の東側には階段状に畑が作られていて、トウモロコシやゴーヤ、ニンジンなどが植えられています。その畑の間を通っている小道を進むと森に入り、小道はそこから南東の方へと曲がっていきます。それを進むと山の東側で周回道路にぶつかるとオジサンに教えて貰っていました。

その道を進みながら、古永さんが山野さんに話し掛けました。

「彼が、被害者(ガイシャ)を知らないと言うのは本当でしょうか?」

「本当だろうな。あの人が俺に嘘を言うメリットは何も無いんだ。ただ――」

「ただ?」

古永さんが問い掛けるように言葉を重ねると、言い淀んだ山野さんは一度深呼吸してから口を開きました。

「意図的に話さなかったことはあるかも知れない」


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