表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第9章 私の役目 (瑞希視点)
316/393

9-7. 島内での捜査

私達が応接室でゆっくり(くつろ)いでいると、見送りに出ていた紅葉さんが戻ってきました。

「山野さん、先程はありがとうございます。上手く執り成していただいて助かりました」

紅葉さんが目の前の山野さんに頭を下げました。先程まで三人掛けソファには照屋さんと山野さんとで座り、母の前は照屋さんでしたけど、今は山野さんが母の前に移動して、山野さんが座っていたところに古永さんが座っています。

山野さんは照れた顔をして頭を掻きました。

「いや、あの程度は何でもないです。現実を分かっていない手合いは普通にいますから」

照屋さんが引き下がり、紅葉さんが助かったことは私にも分かったものの、そのカラクリが理解できていません。

「あのう、何がどうなったのですか?」

私は、話の邪魔をしては悪いかなと思いつつも、二人に尋ねました。

「山野さんは、照屋さんの勘違いを利用してくれたのですよ。照屋さんは国の法律がここにも及ぶと考えているから、その通りにやりますって言われれば納得するしかないでしょう?まあ、実際、国の法規に従うとなると私の許可を求める必要があるのだけど、そこは黙っていれば分からないから」

なるほど。上手く言いくるめた感じですね。

私が理解の印に頷いたのを見ると、紅葉さんは山野さんに視線を向けました。

「それで、山野さんはこれからどうされますか?」

「事件の捜査の許可をいただける前提ですが」

山野さんは勿体ぶった言い回しをしていますけど、目は笑っています。紅葉さんとの間で暗黙の了解があるようです。

「まずは現状把握ですかね。そもそも何が起きたのかが良く分かっていません。できれば、これまで確認されたことを教えていただけると助かります」

「そうですね。捜査については許可しましょう。条件は協定の通りで」

「捜査は南森家の立会いの下で実施し、報告書は事前に確認いただく、でしたね。勿論、構いません」

山野さんは即答し、紅葉さんは満足そうに首を縦に振りました。

「では、それでお願いします。事件については、蒼士さんと瑞希ちゃんが詳しいので、二人から聞いてください。それと、瑞希ちゃん」

「はい」

「山野さん達の捜査の立ち合いをお願いするわね」

「はい、分かりました」

父に比べれば私の方が時間が空いているので、何となくそうなりそうな気がしていました。

「南森のご当主に確認ですが」

口を開いたのは山野さんです。

「何でしょう?」

「午後に照屋さんのところに事情聴取に行くつもりですが、それも立ち合いが必要ですか?」

「貴方達を呼んだのは照屋さんですから、そこは私達は関知せずとしておきましょう。瑞希ちゃん、悪いけど昼間はなるべくここに居てくれる?空いた時間は勉強などしていて良いから」

「はい、そうします」

母屋にいると、陽鞠と遊ぶ時間が取れませんけど仕方がありません。受験のことはそこまで焦る必要もないですけど、参考書など勉強道具をいくらかこっちに持って来ておきましょう。

さて、山野さん達と捜査についての取り決めが固まったところで、紅葉さんと真治さんは応接室から下がり、父と私が残されました。そして、午前中の残り時間を使って、私達は事件のこと、調査したことを山野さん達に伝えると共に、被害者の確認のために会館へも案内しました。

そして、その日の午後、照屋さん達への事情聴取を終えた山野さん達は再び母屋にやって来ました。対応したのは私でしたけど、島を一周したいと言われて悩み、父に相談して、車を出して貰いました。自転車でも十分周回できるとは言え、快晴で暑かったので。そうでなくても山野さんは汗っかきのようで、いつもタオルで汗を拭いています。そんな人に自転車を勧めるのは気が引けたのでした。

「最近この島に来た知らない顔って言ったら、宿屋の小春ちゃんの娘っ子が連れて来たお友達と、お役人だけだねぇ」

「そうですか」

私達が最初に来たのは港です。この島で普通に船を着けられるのはここしかありませんから、調査の出発点になるのは自然なことだと思います。

そして、その港の売店で店番しているサキさんは、船の乗客を良く観察しています。記憶力も良くて、山野さんの問いにもスラスラ答えていました。

「こんな人は見掛けなかったですかね?」

山野さんが差し出したのは、被害者の男性の顔写真です。

「あー、この人、山で見付かった仏さんだろう?いや、見てないねぇ。どうやってこの島に入ったんだか。本当、不思議なこともあるもんだ」

サキさんの反応は想定されたものでした。そもそも、先日、山へ捜索に向かった人達も、被害者の男性を島の中で目撃したことは無いと口を揃えて言っていました。もし、島にいたのだとしても、本当に人目に付かない場所だったに違いないと思います。

山野さんもそれは分かっていて、「ご協力どうも」とサキさんに挨拶して売店を離れた時も、落胆の色はありませんでした。

「それじゃ、お手数掛けますが島を一周して貰えますか?」

港の待合室から出て、車の停めてあるところへ向かいながら、山野さんが父に話し掛けていました。

そんな時に、前方から手を振りながら私達に近付いて来る人がいました。義之小父さんです。

「やあ、どうした。刑事さんとお揃いで」

「刑事さん達が、この島に上陸できそうなところがないか見て回りたいとのことで」

説明したのは父でした。

「ふーん、そうか。だったら、船を出そうか?車で周るのも良いが、船で外側から見た方が分かり易いだろう。どうです?刑事さん」

「ええ、助かります」

義之小父さんの誘いに乗り、私達は客船の船着き場から少し離れた場所にある船溜まりへと移動しました。案内されて乗り込んだ船の長さは10m余り。定員は25名以上ですから、私達5人程度は余裕です。

船は港を出ると、島を左に見ながら進んで行きます。港は島の南東なので、そこから北上していく形です。

「もう少し、島に近付けないのですか?」

山野さんが隣に座っていた父に尋ねます。

「島の近くはサンゴ礁や岩礁があって危ないのです。ですから、ある程度離れておかないといけません」

私の探知でも海底の形を捉えられていて、父の言葉通り島の近くは危ないのが分かります。義之小父さんはゆとりを持って舵取りしているので、もう少し島に近付いても大丈夫ですけど、多少近付いたところで山野さん達の調査結果には影響しませんし、余計なことは言わずに黙っています。

北上を始めてから少しして、東の浜辺が見えてきました。浜辺には大きなパラソルが二本立ち、その下のデッキチェアで寝そべっている人がいます。それとは別に波打ち際で立っている人も。その立っている人がピョンピョン飛び跳ねながら私達の方に手を振りました。向陽さんのようです。私が手を振り返すと、更に勢いよく動きながら手を振っています。

「あの嬢ちゃんは誰だ?」

「向陽さんですね、ボス。寝そべっているのは、氷室(ひむろ)さんと五条さんだと思います」

氷室は冴佳さんの苗字です。

「ああ、あの嬢ちゃん達か」

山野さんと古永さんの話を聞きながら、向陽さんに向けて手を振りました。向陽さん達は、山で探索をした時に、浜辺などでゆっくり過ごしたいと言っていましたから、今日、それを行動に移したのでしょう。

船は速度を緩めずに進んでいったので、浜辺は直ぐに見えなくなってしまいました。そして浜辺から北側では、海岸線沿いにゴツゴツした岩が見えています。船から見ていると気付けませんけど、海水面の下にも岩場が広がっています。それは船が島の北側に到達するまで、ずっと繋がっています。

その岩場の少し奥の方、島の北端には灯台が立っています。岩場を避けるように遠巻きに灯台を回り込めば、島の西側の領域に入ります。と、そちら側は東側とは違い、島の海岸線は切り立った崖のようになっています。その光景をパッと見した限りでは、島に上陸できそうな場所は無さそうに思えます。

しかし、実はこの崖の途中には隠された港があるのです。もう少しで、その入口が見えてきます。山野さん達が気付かなければ良いのですけど。

何事もなく、入口が過ぎてしまいますようにと私が心の中で祈っているところに、古永さんの声がしました。

「ボス」

「ん?古永、どうした?」

「分かりませんか?右前方」

それは丁度、隠された港への入口がある方向でした。古永さんが見付けてしまったのでしょうか?

「お前、真面目だなぁ」

「ボスが不真面目なだけです」

「分かっているのか、古永?報告書はチェックされるんだぞ」

「そうやってボスは必要最低限のことしかやろうとしないから」

「いつまで経っても、ってか?ほっとけ」

古永さんのため息が聞こえました。

「勿体ないですよ、ボス」

「俺は今のままが良いんだ。で、参考までに聞いておくが、入れるか?」

「今は無理ですね。潮位が低くて、浅すぎます。潮が満ちれば行けそうですが。と、ボス、私を測定器代わりに使うの止めて貰えませんか?」

「いいじゃないか。お前、こういう地形の見極めは得意だろう?才能は使わないと勿体ない」

「勿体ないのはボスの才能の方なんですが」

息の合った掛け合いというか、互いに相手のことを信頼しているのが感じられるやり取りです。随分と横道にそれた会話をしていながらも、的確に地形を把握しています。私は、二人に見付かってしまったかと肩を落としました。

「なあ、古永。お前、将来どうしたい?」

「どうしたんですか、ボス?藪から棒に。将来って言われても、私は今のままで十分なんですが」

「いつまでも今のままって訳にもいかないだろう?しかも、お前はキャリア組じゃないか。こんなところに燻っていて良い玉でも無いだろう」

「ボスだって人のことは言えませんよ」

「良いんだよ俺は。偉くなっても面倒が増えるだけだしな。それに、恩義もある」

「恩義って、一体何時の話です?」

「二十年以上前だよ」

「もう時効じゃないですか?いつまで縛られ続けるつもりなんです?」

「まあ、そう言うなよ。俺にとってはそれだけデカい恩義だったってことだ」

「分かりました、ボス。それで、話を戻しますが、あれは事件には無関係とお考えで?」

「ああ、無いな」

「どうしてです?」

「俺の勘、と言いたいところだが、理由はある」

「了解です。信じます」

何故この二人はこうも大っぴらに話しているのでしょうか。同じように話が聞こえている父がどう思っているかは分かりませんけど、私は聞こえないふりをした方が良いのか、二人にツッコミを入れるべきか、悩みながらも聞き耳を立てていました。

ともあれ、二人が会話をしている間に、隠された港への入口は過ぎてしまい、船の後方へと見えなくなりつつあります。

これは助かったと言って良いのでしょうか。山野さんが無関係だと判断した理由が気になります。


すみません。予告しておりましたが、次週から毎週金曜日の週一更新となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ