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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第9章 私の役目 (瑞希視点)
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9-6. 警察の来島

「ほう、奇遇だな。ここにいると言うことは、やはり黎明殿の関係者なんだな?」

山野さんの言葉は、その視線の先にいる向陽さんに向けられたもののようです。

「え、いえ、偶然です。友達のお母さんの実家がこの島だっただけです」

慌てて言い訳するような向陽さんに、山野さんは笑みを向けました。

「そうだと言うのなら、その通りだと信じるさ。まあ、深く追及するつもりはない。今日はそのために来たんじゃないしな」

それを聞いた向陽さんは、幾分ホッとした表情を見せました。

「山野さん達は、ここに泊まるんですか?助役の人達は、ホテルに泊まってますけど」

「うちは経費に厳しいからな。この島に来るときは、いつもここだ。飯は旨いし、ここで十分じゃないか。一応、後でホテルに顔は出しておくがな」

向陽さんとの会話を聞いていると、随分と気さくそうな人に思えます。

「山野さん、ご無沙汰してます。古永さんも」

頃合いを見計らっていたのか、父が会話に参加しました。

「あ、いえ、こちらこそ。南森さん、確か水の分家の?」

「はい、蒼士です。こちらが娘の瑞季になります」

父に紹介されたので、愛想よく会釈しました。

「娘さんですか。暫く来ないうちに随分と大きくなられましたね」

「子供の成長は早いですからね。それで、本家の方にはこれから?」

「いえ、この時間なので、明日にしようと思ってます」

「そうですか。なら、また明日もお会いしますね」

そうした挨拶を交わした後、父と私はその場を離れて家へと帰りました。

向陽さんと山野さんがどうして知り合いなのか気になりますけど、それは機会があったときに向陽さんに尋ねてみるとして、今は父に訊いてみましょう。

「山野さん達は、前にこの島に来たことがあるのですか?」

「うん、あるよ。もっとも、この島に警察なんて滅多に来ないからね。前に来たのは、古永さんが特殊案件対策課に配属されたばかりで、その挨拶も兼ねてだったように覚えているよ。古永さんはその時が初めてだったし、初々しかったな。おっと、彼女の前でそんなことを言ったら怒られるから内緒だよ」

父は、人差し指を立てて唇に添えます。

「山野さんは、もうずっと前から来ている。それこそ僕が結婚してこの島に来る前からね。特殊案件対策課になってから、20年以上は経っているんじゃないかな?」

20年前と言えば、私は勿論、柚葉さんも生まれていない時。この島の巫女は、万葉さんと紅葉さんの二人でした。私には万葉さんの記憶はないのですけど、山野さんは万葉さんに会ったことがあるのですね。

でも、なぜ、山野さんは、そんなに何回もこの島に来ているのでしょう?そう言えば、聞きなれない部署名でした。

「その特殊案件対策課って何です?」

「黎明殿やダンジョンのことを警察では特殊案件と呼んでいて、それに対応する専属の部署が特殊案件対策課なんだ。警察の中でも、特殊案件対策課だけがこの島に入れることになっている。この島に限らず、他の封印の地もね」

「全部の封印の地を山野さん達が担当しているのですか?」

「そうだけど、封印の地の中で起きたことを処理するのは、封印の地を治める巫女の役目だから、普通は警察の出番は無いんだよ。今回みたいに、封印の地のことを分かっていない人がいると呼ばれてしまうけどね。大抵は黎明殿の地の外の事件に何らかの形で巫女が関わったりとか、そういう事件を担当していると聞いているよ。兎も角、普通の警察は黎明殿には関わらないようにしているそうだから、少しでも黎明殿の影が見えれば山野さん達が呼ばれてしまうらしい」

父が丁寧に説明してくれたものの、四つの封印の地くらいしか黎明殿に関する場所を思い付けない私には、そのお仕事がどれくらい大変なのか想像が付きません。でも、もし巫女が本気で事件に関わっていたら、その事件は解決しそうには思えません。迷宮入り確実です。私ですら、転移を使えば密室は作れてしまうのです。いえ、巫女がその気になったら、痕跡も残さないのではないでしょうか。巫女の仕業と分からなければ、山野さん達に出番はなさそうですし、そうなると、実際には巫女は関係していないにも関わらず、事件の状況から巫女の関与を疑われるような場合が出番ということでしょうか。

と、父の言葉に相槌を打ちつつ、つらつらと考えごとをしながら歩いてしまい、気付けば家の前でした。

「お姉しゃん、お帰りなしゃい」

玄関に入ると陽鞠に迎えられ、心がほっこり和みます。

そこから先は家族との時間。四人で夕食を取り、陽鞠とお風呂に入り、母が陽鞠を寝かしつけに行くと、昼間やれなかった夏休みの宿題を少しは片付けようかと勉強机に向かいます。

そんな時、スマホがメッセージの着信を知らせて来ました。

見れば紅葉さんからの連絡で、明日の午前中に来て欲しいとのことです。明日も勉強は夜になってしまいそうと思いながら、紅葉さんに了解の返信を出し、宿題との格闘を再開したのでした。

翌朝。

「いってらっしゃい」

朝食後、陽鞠に見送られながら家を出ました。父も一緒です。父も昨晩、紅葉さんからお呼びが掛かっていました。

南御殿の母屋に着くと、紅葉さんが出迎えてくれ、暫くリビングか食堂で待っていて欲しいとお願いされました。そこでリビングへ行くと、真治さんも後からやって来たので、お茶を飲みながら、三人で話をして過ごしました。

話しながらも、私は軽く探知を働かせて周りの様子を探っていました。人が二人、広場の入口前で立ち止まっています。待ち合わせなのかな、と思いました。少しすると、ホテルから三人やってきて、立ち止まっていた二人と合流し、御殿前の広場の中へと入って来ます。紅葉さんも動向を確認していたのでしょう、玄関から外へと五人を出迎えに行きました。

そして五人を応接室へと通した紅葉さんが、リビングにいる私達に声を掛けに来たので私達も応接室へと入りました。

応接室は広さには余裕があるものの、置いてあるソファは三人掛けのものが一つと、一人掛けが二つだけです。席が足りない場合は、壁際に置いてある折り畳み椅子を使います。私達が応接室に入った時、三人掛けのソファには照屋さんと山野さんの二人が座り、他の三人は折り畳み椅子で二人の横や後ろに座っていました。私達が応接室に入ると、椅子から立ち上がった山野さん達から、挨拶を求められました。父も私も、前の日に一度山野さん達には会っていましたけど、改めてご挨拶して名刺をいただきました。

それから私達も着席しました。こちら側では、ソファに座るのは紅葉さんと父で、真治さんと私は折り畳み椅子です。普通なら本家の真治さんの方がソファです。しかし、先日の探索のまとめ役が父だったので、今回は父の方がソファに座るようにと紅葉さんから指示がありました。

全員が落ち着いたところで、照屋さんが話を切り出しました。

「南森さん、昨日も何やらやっていたようだが、こうして警察も来たのだ。これからは警察の指示に従って貰おう」

いきなり上から目線の発言に、紅葉さん始め唖然とした表情です。山野さんまでもが目を丸くしています。

暫く、重苦しい静寂の間がありました。照屋さんの表情からは、この暗い雰囲気を感じ取っているような気配は微塵も感じられず、厳しい顔をしています。

紅葉さんがどのような対応をするのか気になって見ていると、下を向いて深呼吸した後、毅然とした表情で照屋さんを見詰めました。

「お尋ねしたいのですが、貴方は山野さんの上司ですか?」

紅葉さんの言葉に、照屋さんは一瞬怯んだ表情を見せました。

「いや、違う。そもそも何故所轄が来ていないんだ?君達はきちんと警察に連絡したのかね」

照屋さんは責め立てる口調で紅葉さんに苦言を呈します。

「照屋さん」

話に割って入ったのは山野さんでした。反論しようとしていた紅葉さんに向けて堪えるようにと片手を挙げています。

「ここの所轄は我々です。それは国の定めによるところですが、ご不満でしょうか」

「そうなのか。ならば仕方が無いが、君達はきちんと捜査権を行使してくれるのだろうな」

照屋さんの矛先が山野さんを向きましたけど、山野さんが国の定め、(すなわ)ち、法律のことを持ち出してきたので、照屋さんの勢いが削がれています。

「照屋さん、我々警察は法の番人です。法規に則って厳正に対応して参ります」

山野さんは真剣な眼差しで照屋さんに向けて宣言しました。

「分かった。では、任せたぞ。私は島を出るから、報告は後で聞かせてくれ」

言いたいことだけ言って、照屋さんは立ち上がりました。話し合いは終わりのようです。

「照屋さん、お言葉ですが」

立ち上がった照屋さんに、山野さんが声を掛けました。

「何だ」

「今回の件は、殺人事件かも知れないと言われていましたよね?」

「ああ、そうだ」

当たり前のことを聞かれたとばかりに、照屋さんは憮然とした表情でいます。

「もし殺人事件だとすると、照屋さんも被疑者の一人になりますが、よろしいでしょうか?」

「何?」

照屋さんは、山野さんに向けて大きく目を見開いています。山野さんは、そんなことはまったく意に介さず、話を続けます。

「照屋さんは、勿論、我々の捜査にご協力いただけますよね?形式的にではありますが、事情聴取させていただけますか?」

「う、うむ。だが、私は忙しい。事情聴取は今すぐやって貰いたい」

「そうしたいのは山々ですが、私達はまだ事件の情報も十分得ていませんので、まずそれをしなければなりません。事情聴取は午後になら可能でしょう」

困った顔をしながら、照屋さんは、随行者の二人を見ます。

「今日の船の最終便は何時(いつ)だ?」

「16時発ですね」

質問に答えたのは、父でした。その言葉を引き取るように山野さんが続けます。

「14時にはホテルにお伺いしましょう。それで間に合うと思います」

「分かった、ではホテルに戻っている」

照屋さんは、随行者を連れて応接室から出ていき、紅葉さんがそれを追いかけて見送りに行きました。

その動きを見ていた山野さんは、ソファに深く座り直してリラックスした感じとなり、応接室の中は、嵐が去った後のように、ホッとした空気が流れました。


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