9-5. 山の調査
山で死体が見付かったという話は、あっという間に島中に知れ渡りました。
と言うか、紅葉さんが分家の人達にもお願いして話を広めていました。島の人達で何か気が付いたことがないのか、情報が欲しかったからです。
しかし、一晩経っても情報提供者は現れませんでした。狭い島なので、何かあれば直ぐに話が来るはずです、なのに何も無かったと言うことは、誰にも心当たりがないことを示しています。まあ、普通には誰も行かない山の北側で、しかも、島で見掛けたことのない人でしたから、そうした結果になる可能性は高いだろうとも考えていました。ですから、驚きはありません。
それで、いつもならここで幕引きしてしまうところですけど、今回は照屋さんがいるので、そうもいきません。面倒ですけど、島の人達は無関係であることを証明したいところです。
「もう一度現場の周辺を捜索しましょう」
それが今朝、紅葉さんが出した結論です。早速、人集めが行われました。
そこまで重大なことでもないので、手の空いている大人がいれば、10時に広場に来て欲しいとの連絡をしたところ、20人ほどが集合時間に集まっていました。
「おはよう、瑞希ちゃん」
声のした方を見ると、向陽さんでした。一緒に冴佳さんともう一人女性がいます。
「やあ、瑞希。私達も取り立ててやることもないから参加することにしたよ。こっちは五条由縁、灯里や私と同じ大学の同期だ」
冴佳さんに紹介されて、五条さんと挨拶しました。冴佳さんはハッキリ物を言うタイプですけど、五条さんはおしとやかなお嬢様タイプな印象です。
「これから現場で証拠探しなんだよね?私、頑張るから。私のお父さん、東護院の探偵社に勤めているんだよ。だから、お父さんの名に懸けて私だって探偵が出来る筈」
「なあ、トモ。その根拠のない自信は何処から出て来ているんだ?」
鼻息の荒い向陽さんを、冴佳さんが呆れたように見ています。でも、私には向陽さんくらいやる気に満ちている人がいると、心強いし嬉しい気持ちです。
広場に集まっているのは、父を含む分家の男の人達と私に、冴佳さん達と島の人たちが10人余りです。本家の紅葉さんと真治さんは照屋さん達への対応があるので、南御殿に留まることになっています。
集まった私達は、列になって現場に向かいました。人数が多いためにどうしても移動は遅くなり、目的地に着いた時には、もうお昼前でした。なので捜索の前に、まずは腹ごしらえになりました。お昼に用意していたのはお握りと、おかずは唐揚げです。朝、宿屋をやっている花蓮さんの家にお願いして作って貰ったものです。
お腹が満たされたところで、捜索開始です。
「えー、これじゃあ、私の推理力が発揮されないよー」
「なあ、トモ。推理力を発揮するにも、証拠や情報が必要だろう?それら無くしてどうやって推理するつもりなんだ?」
「それはね、私の灰色の脳細胞が思考を巡らして、パッと閃くのです」
「おい、どこの名探偵のつもりだ?文句を言うより前に手足を動かした方が良いぞ。トモ、遅れそうになっているぞ」
私達は、今、何か見付からないかと現場を捜索しているところです。探し漏れの無いように、被害者が見付かったところよりも坂の下の方に降りたところで横一列となり、それぞれが自分の周りを丹念に調べながら横並びで前進しています。向陽さんは推理をしたがっていますけど、冴佳さんが指摘した通り、まずは証拠探しです。
現場は森の中とは言え、丁度木が疎らになっているところで、足下には草が生い茂っています。軍手をはめた手で、その草を少しずつ避けながら地面に何か落ちていないか見て行きますけど、土と葉っぱと木の実と虫以外のものが見付かりません。被害者が斃れていた白いペンキの印を超えて、古い道まであと数メートルのところまでとなり、これでは何も見つからないかなと思った時、横の方から声が聞こえました。
「あら、これ何かしら?」
見付けた物を手に持って立ち上がったのは、五条さんです。何やら掌に丁度納まるくらいの大きさの、楕円形の筒のような形をしていました。
「ユカ、お手柄だな。だけど今は捜索を終わらせてしまった方が良い。それはビニール袋に入れて仕舞っておかないか?後で確認しよう」
「確かにそうね。そうしましょう」
五条さんは、背負っていたナップサックからビニール袋を取り出すと、見付けた物をそれに入れてから、ナップサックに納めました。私達は五条さんが再びナップサックを背負うのを見届けると、その場から捜索を再開し、草を掻き分け、また別の物が見付からないかと目を凝らして地面を見回します。
捜索は、古い道まで調べたところで終わりです。道から山の側は斜面が急になっていて、捜索が難しかったのと、もしこの上から落ちて来たのなら、何等か痕跡ができそうなのに何も見当たらないことから、道から上は捜索範囲外で良いと父達は判断していました。
結果として、見付けた物は一つだけ。捜索作業が終わり、皆が集まったところで、五条さんがビニール袋に入れたままの品物を父に手渡しました。
「何でしょう、これは?印籠に見えなくもないですが」
父は、それをビニール袋から出さずに観察しています。漆塗りのような質感で、丸みを帯びた楕円形の容器の形、それに容器の上下を貫くように通してある紐。私は印籠の実物は見たことはありませんけど、歴史の教科書の写真かなにかで見た気がして、形はそっくりのように思えました。印籠は昔の小物入れのようなものです。
「ちゃんと根付も付いているしな。しかし、不思議だよなぁ。何も持っていなかったのに、この印籠だけ持っていたってことだろ?どうして印籠なんだ?」
義之小父さんが、首を傾げています。
「大事なものを仕舞っていたのでしょうか。あの服装に印籠と言うのも違和感がありますが」
父の顔も悩ましげです。そこへ向陽さんが乗り出して来ました。
「これ、犯人の持ち物だったりしませんか?男の人を刺した時に、何かの弾みで落としてしまったとか?」
「それも考えられなくはないですが、争ったような形跡が無いのです。何事も無いのに、不用意に落し物をするとは考え難くはありませんか?」
父の指摘に、向陽さんも腕を組んで考えこんでいました。
「分からないことは他にもあります。被害者はどうやってここに来たのか。背中の傷は何が原因か。もし誰かに傷つけられたのなら、その誰かにどうして背中を見せたのか、凶器は何か。今のところ、どの手掛かりも見付けられていません」
父も途方に暮れているようです。確かに謎だらけで解決の糸口も見えていません。
「んー、もしかしたらここで刺されたのではないとか?」
首を捻りながら、向陽さんがポツリと口にしました。
「そうですね、その可能性もあると思います。もっとも、それはそれで疑問な点はありますが。ただ、それを考察するのは戻ってからにしませんか?」
父が目線を横に向けると、それにつられて向陽さんも周囲に目を向けた。私達を中心に五条さんの見付けた物に興味を持って集まっている人もいますけど、半分くらいの人達はその外側で手持ち無沙汰にしていました。そのことに思い至った向陽さんが慌てて父に頭を下げます。
「ごめんなさい。私、夢中になっちゃって」
「いえ、良いんですよ。熱心に考えてくれる人がいるのは嬉しいので」
そうして父は向陽さんをフォローしつつ、手伝ってくれた人たちにお礼を言って、山を下りるように促しました。
そして皆で山道を下りること一時間余り。ずっと下り坂なので休みも少なく、往きより早く戻って来ることができました。広場で解散して、話をしたい人だけが残って母屋に入ります。残った人はと言えば、義之小父さんに父に、冴佳さん、向陽さん、五条さんと私の六人だけです。
私達がリビングに入ると、紅葉さんが冷たいお茶を出してくれました。
「それでお父さん、山とは別の場所で刺された時の疑問点って何ですか?」
父が見付けた物を紅葉さん達に見せながら、山の中での話を説明したところです。
「犯人がいて、他の場所で刺したのだとしての疑問だけど、どうやって被害者を連れて来たのか、それから、どうしてこの島だったのか、かな?」
「小父さんは、この島の人が犯人とは考えていないのか?」
冴佳さんが尋ねます。
「違うと思うよ。ここは人が少ないし、皆、顔見知りだからね。いつもと違えば直ぐに分かってしまうし、何より移動させられるのなら、あんな山の中じゃなくて海にするとは思わないかい?仮に犯人が島の人だったなら、あそこで落ち合って何かのトラブルになり、その場で刺して逃げたと言う方が余程ありそうに思えるんだけど。それにしたって、被害者の男がどうやってこの島に入って来たのかや、この島で密会する理由も分からないよね」
「それは、そうか」
父の指摘に、冴佳さんは反論せず、その前提で考える姿勢を見せました。
それからも話し合いを続けましたけど、被害者の男の人があそこで倒れていたことに対する有力な仮説は見つかりません。
夕食の時間が近づいたので宿に戻ると言う冴佳さん達に合わせて、父と私も母屋を出ることにしました。
皆で御殿前広場の入口まで行くと、崎森荘の前に、花蓮ちゃん家の車が停まりました。お客さんを連れてきたようです。
「あ」
車から降りてきた人を見て、向陽さんが声をあげました。
それは小さな声でしたからその人の耳には届いてはいないと思うのですけど、その人はこちらの方に顔を向けました。目の焦点は私の横を向いていて、どうやら私の横にいた向陽さんを見ているようです。
「警察の山野さんだ」
向陽さんの呟きとも取れる言葉で、父が呼んだ警察の人が到着したのだと分かりました。




