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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第9章 私の役目 (瑞希視点)
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9-1. 見送り

恭也(きょうや)くん、明日から泊まり掛けで夏期講習でしたね」

「ああ、島の宿舎を使って良いって言われたからな。もっとも、帰る日には部屋掃除に、シーツなんかの洗濯をやらないといけないけどな」

島の港への緩い下り坂を、私の家の自転車に二人乗りして下っています。ペダルを踏んでいるのは恭也くん、後ろが私。もっとも、ずっと下り坂なので恭也くんはペダルを漕いではおらず、サドルとブレーキ操作だけです。

私は恭也くんに掴まっているのですけど、恭也くんの背負っているリュックサックが邪魔をして、腕を回し切れていません。走り始めに怖いと言ったので、それほどスピードを出さずにいてくれています。

「でも安いんでしょう?」

恭也くんの背中から語り掛けます。

「一泊管理費1,000円だけ。風呂もトイレも共用だけど、島の人達しかいないから、気を使う必要も無いしな」

花蓮(かれん)さん達も、そこを使っているのですよね?」

「そうだけど、今は二人とも夏休みで島に戻って来てたよな」

二人と言っているのは花蓮さんと麗奈(れいな)さん。今年の四月に石垣島の高校に入学して、島の宿舎から通っているのです。私達と一年違いなので、昨年までは良く行動を共にしていました。

「はい、花蓮さんは宿の手伝いをしていますね。麗奈さんもお祭りのときに会いました。恭也くんも、来年高校に入学したら宿舎から通って、夏休みだけ帰って来たり、そんな風にするのですか?」

「さあ、どうかな。まだ、どこの高校にするか決めてないし。瑞希(みずき)は、この島から通うんだろう?」

「ええ。私は島から離れられないので、柚葉(ゆずは)さんと同じように毎日船で通うでしょうね」

高二になったときに島を出て行ってしまった柚葉さんのことを思い出して、声が小さくなってしまいました。

「柚(ねえ)か。柚姉が東京に行ってから、もう一年以上経つんだよな」

「早いですよね、本当に」

私達の間に、しんみりとした空気が流れました。

柚葉さんは、私達より三つ年上で、活動的で頭も良くて憧れの人でした。いつも私達を引っ張ってくれていて、私達は柚葉さんに付いていきさえすれば良かったものです。でも今は、柚葉さんはこの島にいません。

恭也くんも柚葉さんのことを思い出しているのか、会話が止まりました。行き交う車もない静かな道で、自転車が惰性で走るときのカラカラという音だけが響いています。

私は南森(みなみもり)瑞希。この世界を外敵から護るために特別な力を与えられた黎明殿の巫女。もっとも、一人前の巫女として認められるのは高校生になってからで、中三の私は見習いでしかありません。でも、従姉である柚葉さんが東京に行ってしまった今、この島で巫女の力を持つ者は、私と、私の伯母であり、柚葉さんの母である紅葉(くれは)さんの二人だけです。だから私も毎日巫女としての務めを果たしています。

いつか目的を果たしてこの島に帰ってくると言っていた柚葉さんの言葉を信じて。

会話を再開しないまま自転車は進み、島の港が見えて来ました。石垣島に向かう船が既に港に入っています。とは言え、船の出発の時間までは、まだ二十分はある筈なので、慌てる必要はありません。恭也くんは、島の周回道路を横切った後、広い駐車スペースへと乗り入れ、その右側にある待合室の建物の脇まで行くと自転車を停めました。私が後部座席から降り、恭也くんもサドルから降りると、自転車のスタンドを立てました。

「それじゃあ、俺、乗船券買って来るから」

「はい、待っています」

恭也くんが待合室の建物に入るのを確認した後、私は桟橋の方へゆっくり歩き始めました。恭也くんは、建物の周回道路側から入りましたが、中にある売店で乗船券を買ったら、海側から出て来るかも知れません。いずれにしても、船に乗るので桟橋に行くのには違いがないですから、そちらに向かっておけば問題ないのです。

歩きながら探知を働かせていると、恭也くんが売店から動き出すのが分かりました。言葉通りに道路側の出入口に向かっていました。ひょっとして悪いことをしてしまったかなと思い、歩みを止めて後ろを振り返ります。

建物から出て来た恭也くんの目に付きやすいようにと手を振ると、恭也くんは直ぐに私に気が付いて走ってきました。

「ごめんなさい、恭也くん。海側の出入口から出て来るかもと思ってしまって」

「え?ああ、全然問題ないよ」

恭也くんは、私を安心させるように微笑みました。

私は桟橋の方に向き直り、恭也くんと肩を並べて歩き始めます。

そんな時に、恭也くんが口を開きました。

「なあ、瑞希。俺、東京の高校へ行こうかと思ってる」

「え?」

意外な恭也くんの告白に、私は驚いてしまいました。それまで、恭也くんとは同じ高校に通うのだろうと思っていたからです。

「何故ですか?」

首を横に向けて隣を見ると、恭也くんは真剣な表情で前を見ていました。

「ほら、この島じゃあ、本家の人間だったとしても巫女でないと役に立たないしな。柚姉が東京に行ったのって、手掛かりを得るため、つまり、情報収集だろう?情報集めなら、俺でも役に立つかもって思ったんだ。別に柚姉のためだけじゃないぜ。この島にとっても必要なことだと思うんだ。俺は少しでもこの島に役に立つことがしたい。だからな」

恭也くんは私に向けて笑みを見せました。

その笑顔を見て悟りました。ああ、そうか。彼はずっと考えて来たのだと。柚葉さんの帰りをただ待っていた私とは違って、これから先のことをきちんと見据えようとしていたのだと。

途端に、これまで漫然と状況に流されてきただけの自分のことが恥ずかしくなりました。でも、落ち込んでばかりもいられません。今は恭也くんを見送らないと、と心を鼓舞します。

「恭也くんは、先のことを考えていたのですね。でも、確かに恭也くんの言う通りかも知れません。知りたいことがあったとしても、ここでは分からないことが多いですから。それに柚葉さんがどうしているのかも分かりませんよね。柚葉さんは偶に連絡をくれますけど、細かいことまでは伝えてくれませんし」

この前も連絡が来ましたけど、書いてあったのは北の封印の地に氷竜が出て、皆で斃したということだけです。この島に火竜が出た時は、柚葉さんは死に掛けながら斃していましたが、氷竜の時はどうだったのでしょう。そうした疑問に答えるような内容は何も無くて、かと言って根掘り葉掘り聞くのも節操がないですし、悶々とした気持ちが募るばかりです。恭也くんが東京に行けば、柚葉さんの動向を今より詳しく教えて貰えるようになるのではと期待が持てます。

「うん、私、恭也くんを応援します」

両手とも握り拳を作り、ガッツポーズをしてみせます。頑張るのは私ではなくて恭也くんですけど、私も応援を頑張るのです。

「ありがとう。でも、まだ決めたわけじゃないぞ」

「そうなのです?私に言ったってことは、かなりその気なのですよね?」

「まあ、そうだな」

恭也くんは顎に右手を添えて考えていましたが、直ぐに手を下ろして私に向き直りました。

「うん、瑞希の言う通りだ。俺、頑張ってみるよ」

と、恭也くんは右手を私の頭の上にのせてなでなでします。

「何故撫でるのです?」

「いやぁ、ごめん。つい」

つい、じゃありません。どうも、最近、恭也くんは背丈が伸びて私のことが小さく見えるみたいです。私だって背は伸びています。でも、恭也くんとの差は広がっていて、今はもう恭也くんの方が10cm以上高いのです。私は顔を膨らませてみせますけど、本気で怒っている訳ではありません。抗議の意思を示しただけです。

「悪かったって、瑞希。それじゃあな、行って来る」

私に向けて手を振りながら、恭也くんは船に乗り込みました。

出発の時間が来て、船は桟橋を離れました。船は桟橋から十分に離れると、港の入口の方へ向きを変えた後、加速して港から出て行きます。私は船が見えなくなるまで手を振って見送りました。

恭也くんを見送ってから、私は一人、自転車に乗って家に帰りました。私の家は本家ではなく分家で、家は島の中央、南御殿の南側にある集落の一角にあります。

家の門を入ったところに自転車を置くと、玄関から中に入りました。

「ただいま」

靴を脱いで上がり、リビングに入ると、可愛い声が私を出迎えてくれました。

「お帰りなしゃい、お姉しゃん」

妹の陽鞠(ひまり)です。現在四歳。私と十歳離れています。陽鞠からは巫女の力を感じないので、巫女ではないのだと思います。それでも私の可愛い妹には違いありません。

「ただいま、陽鞠。お母さんは?」

「お母しゃん、二階でお洋服、干してたよ」

なるほど、洗濯物を干しているのですね。探知に注意を向けると、母がベランダにいるのが確認できました。あ、でも、部屋の方に入りました。

と、階段を降りる音がして、少しすると母がリビングに来ました。

「あら、瑞希、お帰りなさい。恭也くんは出掛けていったの?」

「はい、船は予定通り出発しました」

「そう、なら良かった。そうそう、姉さんから貴女に伝言があるわ。早めにお昼を食べて12時に母屋の方に来て欲しいって。だから11時半にはお昼にするわね」

「分かりました」

それから暫くの間、リビングで陽鞠と遊び、早めのお昼を食べると、紅葉さんに指示された時間に南御殿の母屋に行きました。

探知の知らせるままに食堂に入ると、紅葉さんが食後のお茶を飲んでいるところでした。

「紅葉さん、来ました」

「瑞希ちゃん、呼んでしまってごめんなさいね。座って貰える?」

「はい」

私がテーブルの椅子に座ると、紅葉さんが私にもお茶を淹れてくれました。

「時間が無いから手短に言うけど、今日、これから県の助役が島の視察に来ることになっているの。今、家の人が迎えに行っているわ」

家の人とは紅葉さんの旦那さんである真治(しんじ)さんのことです。

「この島の視察ですか?どうしてですか?」

この島は黎明殿の管理地。普通、県のお役人が来るところではないのです。

「どうしてかしらねぇ。どうも反黎明殿派の人みたいで。黎明殿の管理を認めていないのか、何か言い掛かりを付けに来るのか。どちらにしても面白いことにはならなさそうなのだけど、この島で巫女の力を持つのは貴女と私しかいないから、手伝いをお願いするかも知れないの。まあ、貴女は見習いと言うことで、なるべく接する機会は少なくするつもりですけどね。今日のところは、御殿の裏辺りか、貴女の家に籠るか、その人達の目に付かないようなところにいてくれる?あと、連絡できるように携帯は持っていてね」

「分かりました」

私の返事を聞いて用が終わったらしく、紅葉さんは立ち上がって食事の後片付けを始めました。私はそのまま暫くお茶を飲んでいましたが、南御殿の敷地内に車が入って来るのを感じて立ち上がり、母屋を出ようとしました。幸い、食堂が近い御殿の広場の側から母屋に入っていたので、そこから出れば母屋の玄関側に回っている車に鉢合わせせずに外へ出られます。

広場に出た私は、これからどうしようかと考えました。家に戻って陽鞠と遊ぶのも良いですが、剣を振って体を動かしておきたい気もします。柚葉さんは東京に行っても、毎日体を動かしているそうです。同じ高校に春の巫女がいて、その子と打ち合うのが楽しいのだとか。私の場合は、紅葉さんや恭也くん、後は父とか伯父達に相手をして貰いますけど、紅葉さん以外は、巫女の力を使うと直ぐに勝てってしまうので、存分に打ち合うことができません。

なので、一人で素振りをすることも多いのです。今日も紅葉さんは手が空かなそうなので、一人で素振りでもしていようかと、広場の隅にある倉庫に向かって歩き始めました。

そんな時、広場の入口から中を覗いている女性に気付きました。その女性が後ろを振り返ったので、その視線の先を辿ると別の女性がいました。

「あれ?」

二人目の女性は、見覚えがあります。確か、花蓮さんの従姉の冴佳(さえか)さんだったような。と言うことは、もう一人は冴佳さんのお友達でしょうか。

私は興味を引かれて、二人の方に歩いて行きました。


引き続き第9章の始まりです。時間軸は、第8章の終わったところからになります。


この後何話かはこれまで通りのペースで投稿していきますが、その先はペースダウンとなる見通しです。遅筆で恐縮です。


瑞希ちゃん、久々の登場ですね。さて、これからどんなことになるでしょうか。


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