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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第8章 繋がりを求めて (灯里視点)
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8-48. 珠恵の謝罪

「灯里ちゃん、ごめんなさい」

私に謝る珠恵ちゃんを前にして、私は戸惑いを隠せずにいた。

寿司屋で食事をしたのは昨日のこと。その始まりの時間こそ、色々驚くような話があったが、それ以降は終始和やかで、美味しい料理に舌鼓を打ちながら、珠恵ちゃんも含めて会話を楽しんだ。

そうした会話の中で、珠恵ちゃんが母の弟子になっていたことを知った。通りで母と息が合っていた訳だ。それなら私も弟子にして貰えないかと母に頼んだら、もっと基礎をしっかりさせてからねと言われてしまった。当面は、珠恵ちゃんが指導してくれるそうだ。

食事が終わり、店を出たところで珠恵ちゃんとは別れた。その別れ際、珠恵ちゃんから二人きりで話がしたいと耳打ちされた。内緒話なので、どちらかの部屋にしたいと言われ、私は自分の部屋を選んだ。

そして朝、10時頃にチャットで連絡が来た後、珠恵ちゃんは転移で私の部屋に現れた。それからすかさず正座をし、さらに頭を床に付け、現在の状態に至る。

その姿勢から、珠恵ちゃんが何かを謝罪したいのだとは分かったが、何を謝りたいのかに心当たりが無く、困惑している。

「ごめんとだけ言われても困るんだけど。珠恵ちゃんは、何を謝りたいの?」

自分だけ立っていても話し辛いので、珠恵ちゃんの前に正座する。

「灯里ちゃんを、あの事件に巻き込むように仕向けたこと」

「あの事件て、めった刺しの?」

「そう」

確かにあの事件は酷かった。でも、その後も私にとっての大きな出来事が重なっていて、あの事件の印象は少しずつではあるが薄れつつある。

なので、怒りはそれほどではなく、それよりも事情を知ってそうな珠恵ちゃんに尋ねてみたいことが幾つもある。

「珠恵ちゃん、訊きたいことがあるんだけど答えてくれるよね?あと、話し易いように顔を上げてくれるかな?」

「分かった」

珠恵ちゃんは、床に付けていた頭を上げて私を見る。

「答えるから、何でも聞いて」

「それじゃあ、最初の質問だけど、私を事件に巻き込もうとしたのはどうして?」

「灯里ちゃんを巫女にするためだよ」

最初から話に付いていけなくなった。

「悪いんだけど、もう少し詳しく教えてくれる?事件に巻き込まれることと、巫女になることが結びつかなくて」

「それは、黎明殿の巫女達の経験則なんだそうだけど、普通の人を巫女にするのに、ただ力を与えようとするだけでは上手くいかないんだって。死の間際の人でないと、巫女の力は受け取れないみたい。それで昔は、死んだはずの人が、実は巫女として生きているってことで、巫女がゾンビのような扱いを受けていたこともあったそうなんだけど、兎も角、灯里ちゃんを巫女にするには、灯里ちゃんに死の一歩手前にまで行って貰う必要があるって言われたんだよね。それでまあ、あの事件の被害者になれば好都合だろうってことになった」

そうか、理由は分かった。でも、聞いた端から追加で質問したいことが湧き出してくる。

「ねえ、珠恵ちゃん。新宿のカフェであの男に出会うところから、狙っていたってこと?」

「うん。あいつの行動パターンは分かっていたし、探知で追い掛けていたから。それでまずは灯里ちゃんをあそこまで引っ張り出すために、警察出身者であの辺りで探偵をやっている人を教えて貰って、灯里ちゃんを連れて行ったって訳」

「何で警察出身者なの?」

「だって、警察にいた人は、黎明殿には極力関わらないように教育されているから。篠郷の戸籍調査とか絶対断るだろうって簡単に予想が付くでしょう?」

「そうか、依頼を断られて、カフェに移動して、その話題を口にする」

「そそ。あの男の隣の席で話をすれば、引っ掛かると思わない?」

企みは分かったが、そんなに上手く行く物だろうか。実際、その通りにはなったのだが。それなりに賭けの要素があったように思える。まあ、結果がすべてか。

私は話を進めることにする。

「その後しばらくあの男から連絡が来なかったのも、何かしたの?」

「まあね。分かり易く見張りを付けて、動けないようにして貰ってた。で、頃合いを計って見張りを外したんだ。そしたら、直ぐに動き出した。で、そこからは灯里ちゃんの知っての通りなんだけど」

珠恵ちゃんの説明で、話の筋は大体見えた。

「それで、そのこと、姫愛さんは知っていたの?」

「姫愛さん?多分、知らされていないんじゃないかな?あの事件の当日の朝に待機するよう指示が出て、呼び出されて行ってみたら、灯里ちゃんが血まみれで死にそうになっていて、相当焦っていたと思う。姫愛さんに指示を伝えたのは藍寧さんだから、私は詳しくは知らないんだけど」

「え?姫愛さんと一緒にいたから、私に声を掛けたんじゃないの?」

珠恵ちゃんは、首を横に振った。

「あの時、私は別のところから灯里ちゃん達を見てたんだよ。それで、愛花さんが幾ら声を掛けても灯里ちゃんが反応しなかったから、見るに見かねて灯里ちゃんの心に直接語り掛けちゃったんだよね。でも、それこそ、一番の賭けだったと思う。放っておけば灯里ちゃんは死んじゃったかも知れないし、でも、灯里ちゃんの意思に干渉したとみなされれば、灯里ちゃんが巫女になれなかったかもだし。私も本気でどうしようかと思った」

その時のことを思い出したためか、珠恵ちゃんの顔が少し青ざめている。

「そうか、私、本当に死に掛けたんだ」

「うん、ごめん」

二人の間に静寂が流れた。あの時のことは余り思い出したくない。いや、最後の方は意識が朦朧としていたので、記憶自体がない。ただ、もう殆ど諦めていたところに珠恵ちゃんの声が聞こえて来たのだけは覚えている。

私は、珠恵ちゃんが仕向けたことで事件に巻き込まれた。だけど、私を救ってくれたのも珠恵ちゃんだ。それに、そのことがあったから、私は今、巫女になっている。

私は珠恵ちゃんを許せるのか。そもそも、私は怒っているのか。

理屈で言えば、酷い目に遭わされれば怒って当然だ。でも、珠恵ちゃんに対して怒りの感情が湧いてこない。もう一度あの事件と同じことがあったとしても、巫女になった今の自分なら、簡単に切り抜けられるという自信があるからだろうか、恐怖を感じることも無い。

どちらかと言えば、黎明殿の巫女になるかならないかの選択肢が与えられなかったことの方が、私に取っては大きな問題だったかも知れない。しかし、巫女としての自分を受け入れつつある今となっては、それすら目くじらを立てる程の話ではなくなって来ている。

そして、私は結論を出した。それを告げるために珠恵ちゃんと真っ直ぐに向き合う。

「決めた。私、珠恵ちゃんのこと、許すよ」

珠恵ちゃんは親友だ、いつまでも(わだかま)りを引きずりたくはない。

私の宣言に、珠恵ちゃんは顔を綻ばせた。私も微笑み返す。これで和解だ。

ただ、気になることもある。

「それで、珠恵ちゃん、もう一つ聞いても良いかな?」

「何?」

「私を巫女にしようってこと、誰が決めたの?珠恵ちゃんが一人で決めたんじゃないよね?」

私の確認に、珠恵ちゃんは頷いた。

「うん、決めたのは私じゃないよ。私は実行役。だけど、私も灯里ちゃんが巫女になれば良いなって考えてたから、上手く行って良かったって思ってる」

「そう。それで、誰が言い出したのかは知ってる?」

「まあね。灯里ちゃんも心当たりがあるじゃない?」

いや、純粋に分かっていないのだが。

私は首を横に振って答えた。

「あれ?灯里ちゃんなら分かっているかと思ったのに」

「どういうこと?」

「前科があるから。聞いてない?娘を死にそうな目に合わせた人のこと」

娘を死にそうな目に?一瞬悩んだが、思い出せた。ああ、そう言うことだったのか。

私は疑問が解けて、晴れやかな気分になった。

「そうか、お母さんのお母さんってことだね。死にそうな目に合わせたのって、巫女にするためだったんだ」

そして、母は生まれた時から巫女だったので、同じことをする必要が無かった。

「そうそう、そう言うこと」

珠恵ちゃんが微笑んだ。

漸くだが私も正解に辿り着けた。だが、それと同時に、心配なこともあるのだが。

「でもさ、お母さんってお姉さんのことで自分のお母さんのこと怒ってたけど、今度は私のことで怒るんじゃないの?」

「まあ、そうかもだけど、口で言うほど嫌っていないと思うんだよね」

「どうして?」

私より珠恵ちゃんの方が母のことを分かっているのだとすると悔しい気がする。でも、珠恵ちゃんは巫女としての母の弟子だから、私の知らない母の一面を知っていてもおかしくはない。

「まずだけど、灯里ちゃんの入院していた病院の院長先生が、季さんのお母さんだってのは良いよね?」

「え?ああ、そうか。そうだった。どこかで見覚えのある名前だと思ってた」

母方の親戚がいないこともあり、母の旧姓のことをすっかり失念していた。祖母の名前は、篠郷で調べた時に知って以来、思い出すことも無かった。自分の親族のことなのに、珠恵ちゃんに言われて思い出すとは。

「それで、そんなに嫌いなら、あの病院に灯里ちゃんを入院させておくと思う?」

「だけど、院長先生はずっといなかったじゃない。お母さんが会いたくないって言ってたりしたのかも」

珠恵ちゃんは、腕を組んで少しの間考えていた。

「確かに季さんは何か言っていたかも知れない。でも、それは自分が会いたくないとかではなくて、灯里ちゃんに祖母として接するな、だったんじゃないかな?いや、もしかしたら、灯里ちゃんに会うな、かも知れないけど」

その微妙な言い回しは、どういうことだろうか。

「実際、会っていないよね?」

私が確認のつもりで問い掛けたのに対して、珠恵ちゃんは溜息で応えた。

「思いっきり強行してたから。季さんも気付いて邪魔してたでしょう?」

何のこと?と言う顔をしたら、呆れられた。

「病院で季さんが冷たくしてた人のこと覚えてないの?」

え、いや、確かにいたけど。

「泉居さん、ってこと?」

「そう言うこと。季さんは見ただけで分かったみたいだけど、ヒントもあったんだよ。イズイルカ(IZUI RUKA)って、並べ替えればウズキリア(UZUKI RIA)でしょう?」

「た、確かに。でも、お母さんより若かったよねえ?」

「アバターの身体だから、見た目を調整したんじゃない?」

まあ、そうなのだろう。だけど、あの泉居さんがお祖母(ばあ)ちゃんだったのか。自分のイメージしていたお祖母ちゃん像から大きくかけ離れていたので、今一つ現実味に欠ける話だった。


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