8-46. 助言
「どうやって探したら良いですか?見当つかなくて」
珠恵ちゃんは、時空結界のトンネルの入口に描いた作動陣を解除しつつ、地上に降りてきて話し掛けて来た相手と向かい合う。
「管理室で到達予定地点を割り出しているでしょうから、聞いてみれば良いわよ。時空の狭間にいる物に影響を与えているのだから、時空活性化をしていると思うし、それなら珠恵ちゃん、見付けられるでしょう?」
「あー、なるほど、そうですね。それじゃあ、管理室に行ってきますので、ここはお願いします」
「ええ、任せておいて」
珠恵ちゃんは、敬礼のポーズを取ると転移で去っていった。
後に残された柚葉ちゃんと私達は、次の行動を決め兼ねていた。もっとも、ロゼマリの二人と私は、相変わらず時空結界のトンネルを張っていたので、動きようもない。手持ち無沙汰になっているのは柚葉ちゃんだ。
その柚葉ちゃんも、空中に留まっていてもと考えたようで、地上に降りて来た。
「あのう」
「何?」
「灯里さんのお母さん、ですよね?」
そうなのだ。私達の方にやって来て、珠恵ちゃんと話をしていたのは母だった。
「ええ、そうよ。どうしてそう思ったの?」
「この土地が灯里さんの家の管理だと本部の人に聞いていました。ただ、灯里さんのお母さんにしては随分と若く見えるので、聞いてみたくなって」
「そう。若く見えるって何度言われても嬉しいわね」
母は両手を頬に当てて喜んでいる。私相手には、自分の若い見た目が私の親として相応しくないないだろうかと気にする素振りを見せるのだが、他人から若いねと言われると無邪気に喜ぶ母。矛盾していると突っ込みたいところではあるものの、喜んでいるところに水を差すのも野暮だよな、と遠慮しておく。何て親孝行な娘なんだろう私は。
「それで、若く見える小母さんにお尋ねしたいのですけど」
その言葉を聞いた母の口が尖がる。
「柚葉ちゃん、その言い方は、傷付いちゃうな。まあ、実際、柚葉ちゃんから見れば小母さんですけれどもね。確かに歳は取っていて、見た目だけが若いだけですよ」
あ、いじけた。
「ごめんなさい。つい、揶揄いたくなりました。お姉さん、って呼んでも良いですか?」
「勿論、良いわよ」
柚葉ちゃんのフォローで、直ぐに立ち直る現金な母。
「それで、このお姉さんに聞きたいことは何?柚葉ちゃんの質問なら、お姉さん、何でも答えちゃう」
やたらと「お姉さん」のところを強調している。調子に乗っているなあ。
「あれは何ですか?」
柚葉ちゃんは、トンネルの奥にいる相手を見やった。その目線の先を見て、母は真面目な顔に戻る。
「悪いけれど、知らないのよね。今日、初めて見たわ。まあ、友好的なものでないのは確かよね」
「調べます?」
「さっき、無人って言ってなかった?だったら調べる必要はないわよ。単に命令を受けて動いているだけだろうから、碌な情報が期待できないわ。それより罠があるかも知れないし、危険を冒すだけの価値があるとは思えないのよね。ねえ、分かってる?時空の狭間で弾き飛ばされると災難よ。いつこの世界に戻って来られるかも知れないんだから」
母が少し前屈みになり、左手は腰の裏に当て、右手の人差し指を立てて、柚葉ちゃんに諭すような口調になっていた。
「だとすると、やはりこのまま元の世界へと帰って貰うのが一番なんですね?」
「そうそう、珠恵ちゃんが戻って来るまで、大人しくしてくれていると良いんだけど。残念ながら、それは望めなさそうね」
母はハーミットをじっと見つめている。私は母が見ている物が気になり、そちらに目を移した。見えたのは、こちら半面がボロボロになったハーミットだったが、その半面が真ん中から水平に割れ、上下に分離し始めていた。その割れた中には大きな砲身が見えている。色は、濃い緑?青で統一されていると思ったのに、中心だけ緑なのか。デザインセンスが良く分からない。
「まあ、時空結界を張っている時点で予想は付いていたけれど、来たわね」
「あれは何です?」
「魔導砲みたいなもの、かしらね、多分」
母は若干首を傾げている。
「お姉さんでも確かなことは分からないんですね」
「おぉっ。お姉さん、って良い響き。柚葉ちゃん、大好き」
母が喜びの笑みを浮かべ、目を輝かせて柚葉ちゃんを見ていた。が、それも一瞬のことで、直ぐに真顔に戻る。
「それはそれとして、私だって全知ではないのよ。もっとも、まったく分からないと言うことでもないのだけど」
「防げますか?」
「防御障壁だけでは不十分ね。珠恵ちゃんの紅の盾が欲しいところではあるけど、ないものねだりは駄目よね。他の方法で対処しましょう」
母と柚葉ちゃんはノンビリ会話を楽しんでいるように聞こえるが、実際にはそう呑気でいられる状態ではない。向こうの砲身の中にエネルギーが蓄えられていて、薄緑色の光の輝きを増していく。
「もうすぐ発射されそうです」
「そうね。柚葉ちゃんに教えている暇はなさそうね。まあ、見て覚えるのでも勉強になると思うわ」
言葉の後半、母は柚葉ちゃんに目線を向けたが、直ぐに前を向いて不敵な笑みを見せた。
「さぁて、行きますか」
母は右手の拳に左手の掌を打ち当て、気合を入れる。そして、足下が光ったかと思うと、母の姿が変わっていた。
白銀に輝く髪。その髪を頭の後ろで纏め、そこに簪を二本、クロスに交わるように挿している。白に銀のアクセントが入ったジャンプスーツに身を包んだその顔は、母の顔ではない。しかし、私はこの女を知っている。
何処で?と頭を捻るが直ぐには思い浮かばず、そして、今は回想している余裕がない。
一瞬、母が私の方を見たような気がしたが、次の瞬間には時空結界のトンネルの先に目を向けており、右手を上げてそちらの方角を指差した。
「トンネルの真ん中辺りを見てなさい」
母は時空結界のトンネルを見詰め続けていて、その視線の先に私達はいない。発せられたその声が誰に向けられた物か定かではなかったものの、私は言われるままにトンネル内に視線を移す。
そこは最初、何ともなかった。だが、中央辺りが段々と黒くなっていき、その領域が徐々に拡がっていく。遂には、時空結界のトンネルの外側にまで及ぶ大きな黒い球状の領域が出来上がる。それは物体には見えなかった。明確な境界は無く、徐々に色が薄れている。
そこへ、相手の砲身から薄緑色の光の奔流が撃ち出された。そしてそれが黒い領域に突入すると、その領域が薄く緑色に輝き始める。ただ、その輝きはトンネルの壁に阻まれ、トンネルの外側は黒いまま変化がない。また、緑色を帯びた領域から薄緑色の光が漏れ出始めるが、トンネルの入口までは辿り着かない。
「お姉さんは、何をやったんです?」
「時空の狭間に干渉して、時空間を歪めたのよ。ランダムに細かい密度の薄いところを沢山作ると、エネルギー拡散場を形成できるの。エネルギー放出型の攻撃は、大体これで防げるわ」
母は事も無げに説明してくれているが、そんな簡単にできるのだろうか。
私ができるようになるかは兎も角、こちらに漏れ出ていた黄緑色の光が薄れ、緑がかっていた黒い領域の緑も消えた。
「終わったようね。それで、あれには多分、物理攻撃の方が有効よ」
その言葉と同時に、私の頭上を通って行く物があった。先の尖った金属の棒が何本もたて続けに黒い領域に向けて飛んで行く。棒は白銀の光を纏っていた。あの光は巫女の力だろう。
「あの棒は何です?」
「アダマンタイトにミスリルを少し混ぜた合金の棒よ」
「え?」
柚葉ちゃんが絶句している。私もだ。アダマンタイトにミスリルとか、ファンタジー小説に出て来る代物ではないか。そんなものを何処から持ってきたのだろう。
私の困惑を他所に、巫女の力を纏った棒はトンネル内を進んでいく。相手の攻撃を防いだ黒い領域は徐々に薄れていき見えなくなり、そこを棒が通過していく。そしてハーミットの中央にある緑の砲身の内側に次々と棒が飛び込んでいった。
と、薄緑の結界が消える。私達の時空結界が残っているので、トンネルは消えていない。
「これで漸く大人しくなったわね。結界を解除しても、と思ったけど、解除してしまったら貴女方が見えなくなってしまうから駄目よね。時間が経てば、また息を吹き返してくるでしょうし、珠恵ちゃん、早いところ戻って来てくれないかしら」
母は憂鬱そうにしているが、先程もハーミットの攻撃を余裕で防いで反撃していることから、そこまで追い詰められているものではないと思う。ただ、このままでは膠着状態が続くのは間違いなく、そうした意味で早いところ珠恵ちゃんが成果を出してくれると嬉しいのは確かだ。
そして暫くの後、母の期待に応えるかのように僅かな力の波動が感じられたかと思うと、そこに珠恵ちゃんの姿が現れた。
「只今戻りました。って、あれ?アバターにしたんですね」
「ええ、まあ、元の身体でも出来なくはなかったけれど、折角だしね」
二人はニコニコと微笑み合っていた。珠恵ちゃんに驚いたところが無いのは、最初から知っていたと言うことか。
「それで、それが見付けた物ね」
「はい、幾つもあったので手間取りましたけど、これで全部です」
珠恵ちゃんの両手の中には、緑のビー玉のようなものが何個かあった。五、六個だろうか。
「どうして全部と分かるの?」
「これ、時空の狭間を通して、皆繋がっているんです。ほら」
珠恵ちゃんは、左手に緑の玉を持ち、それに赤い光を纏わせる。すると、右手に乗せていた緑の玉も赤みがかったようになる。
「これで繋がっている先が分かるんですけど、この世界の中に繋がっているのはもう無いから、これで全部って分かるんです」
「他に繋がっているのは、前に見えているアレだけ?」
「あと二つですね。一つはアレ、もう一つは何処かの世界みたいですけど、アレが出て来た世界でしょうか?」
母は珠恵ちゃんの言葉を聞きながら、腕組みをした。
「ふーん、アレの様子を確認するためかしら。何にしても好都合ね。珠恵ちゃん、別世界にあるその緑の玉を中心に時空転移陣を描ける?」
「はい、描けます」
「だったら、そっちをお願いね。私はこちら側を描くから」
「分かりましたけど、時空結界消して貰いますか?邪魔ですよね?」
「でも、それだと柚葉ちゃん達が見えないでしょう?強力なのにすれば良いわよ。一人一つ描くだけなのだから、問題ないでしょう?」
母が珠恵ちゃんに向けて片眼を瞑ってみせる。無邪気そうな母に対して、珠恵ちゃんは諦め顔になっている。
「そうですね。はい、やります」
「その前に、手に持っている緑の玉は、紅の力で封印しておいてくれる?」
「あのう。紅の力じゃなくて、闇の力なので、これ」
母に抗議しながらも、珠恵ちゃんは緑の玉を赤い光で包む。そして、その光が小さく萎んでいくと、緑の玉の緑の光が消えて、灰色になった。その灰色になった玉を、しゃがんで足下の地面にそっと置いた珠恵ちゃんは、再び立ち上がり、左手を母の右手と繋いで目を閉じる。
母は、空いた左手を宙にかざし、反時計回りに一回転させた。すると、時空結界のトンネルの入口の円周上に三つの作動陣が現れた。さらに母はそれらの作動陣を結んだ大きな作動陣を描く。え?三連作動陣って、一人で描けるの?反対側を担当しているということは、珠恵ちゃんも?
程なくして、大きな作動陣の中央から時空の狭間に向けて虹色の線が伸びていく。それは時空結界のトンネルの壁にぶつかり、私にはそこまでしか見えなかったが、壁を突き抜けてさらに時空の狭間の中でその先の別世界へと伸びているのだろう。
最初は、その虹色の線は、割りと手前でトンネルの壁にぶつかっていたが、母が調整しているようで、トンネルの壁にぶつかる位置が次第に遠のいていく。そして、その線がハーミットにぶつかると、ハーミット全体が虹色に光り出した。
「これで準備ができたわ。時空結界が割れたら、作動陣を解除して構いませんからね」
そう母が宣言すると、ハーミットが向こう側に動き出し、時空結界のトンネルの壁にぶつかる。しかし、そこで止まることは無く、それは易々と時空結界を破壊した。それによってハーミットは私達の視界から消えたが、私の時空認識の空間地図の中で、遠ざかっているのが視えていた。そして、あっという間に私の認識域の外に出てしまった。
それから少しの間、母と珠恵ちゃんは動かずにいたが、目的を果たしたのか、珠恵ちゃんが目を開けると共に、母は作動陣を解除して掲げていた手を下げた。
「終わりました。柚葉ちゃん達もご苦労様」
母の表情が緩む。珠恵ちゃんは母の横で両手を上に上げ、伸びをしていた。
「あいつを追い払えたのか?」
父がこちらに歩きながら母に声を掛ける。その声に、母が振り返った。
「ええ、これだけの数の巫女がいれば、出来ない訳がないわ」
母の返事に、父が頷く。
「いや、驚いたね。時乃さんが巫女だったなんて。まったく知らなかったよ」
父の直ぐ後を歩いて来た諏訪の伯父は、まだ信じられないと言う表情でいる。それは、菜緒さんも同様だった。
「お義兄さん、知らないってことはないでしょう。この前も随分と熱心に語ってくれましたよね。忘れてしまいましたか?」
「何のことだ?」
諏訪の伯父は、狐につままれた顔をしている。
「向陽家の昔話ですよ。私の巫女としての名前は季。凡そ四百年前、ここに建っていた家の離れで生まれた娘です」




