8-44. 作戦の決行
作戦決行当日の朝が来た。
私は自分の部屋からチームの異空間に直接転移した。両親は昨日から用事があると言って泊まり掛けで出掛けていたし、玲次も部活の夏合宿で不在だった。なので、家には私一人しかいなかったし、家に戻って来るのも私が最初の筈だった。だから今日は自分の部屋から転移しても問題ない。
チームの異空間には、柚葉ちゃんも姫愛さんも陽夏さんも既にいた。いや、陽夏さんではなくて摩莉さんか。陽夏さんは既にアバターの身体に切り替えていた。
柚葉ちゃんは、白に銀のアクセントの入った膝丈のワンピース。白に銀が黎明殿のイメージカラーだから、それに合わせたと言うことだ。摩莉さんは、ノースリーブで丈の短いトップスに、ミニスカートと膝上丈のレギンスと、へそ出しルックだ。やはり、基本は白で所々に銀のアクセントが入っている。
「姫愛さんは、まだアバターの姿にしていなかったんですね」
「私も今来たばかりだから。でも、私達もそろそろアバターに替えますか」
「はい」
足元に転移陣を展開し、意識を切替える。アバターの身体を得て以降、何度も繰り返したので、既に馴染みの感覚だ。
姫愛さんの姿も愛花さんに替わる。愛花さんも白に銀のアクセントは同じ、半袖でミニのワンピースに膝上丈のレギンス。摩莉さんの服装のへそを出さないバージョンに近い。そして私は天乃イノリの髪型に、半袖のセーラーのトップスに、ミニのフリルのスカート。レギンスは無く、代わりに見せパンツを履いている。色は、皆とお揃いだ。おへそは出していないが、上下セパレートなので、姿勢によっては見えてしまうかも知れない。このチラリズムが良いのだが、今回は誰が見ているものでもないので、ただの自己満足に過ぎない。
「皆さん揃ったところで、戦い方の最終確認をしましょう」
柚葉ちゃんの声掛けに、テーブルを囲むソファに座り、戦闘手順を再確認する。
手順と言っても単純だ。目的地に到着したら、柚葉ちゃんがチーム戦を起動、ロゼマリの二人と私とで時空結界を張り、相手を結界に取り込めたら、柚葉ちゃんが遠隔攻撃する。それで相手を倒せれば即完了だが、倒せなければ結界を一旦解除して黎明殿本部に相談することになっている。
相手は未知の敵、想定外のことは十分起こり得るので、慎重に対処する方針だ。
「連絡事項ですけど、今回の相手の呼び名が決まりました。ハーミットです」
「ハーミット?お師匠様、どうしてです?」
「今年に入ってからの時空の狭間から来た未確認物体は八番目だから、アルファベットの八番目のHで始まる名前にする決まりなのだそうです。未確認物体8号で、通称ハーミット」
「何だか、台風みたいな名前ね」
陽夏さんと同じことを私も思った。でも、異論がある訳ではない。
「では、作戦地点に転移します。手を繋いでください」
私達はソファから立ち上がり、広いところに移動してから手を繋いで輪になった。予め作戦地点を下見して転移石を置いて来てくれた柚葉ちゃんが転移陣を起動する。合わせて、全員身体中に力を通し、髪の毛も白銀にする。
「行きます」
柚葉ちゃんの掛け声が聞こえた直後、辺りの景色が切り替わる。私達は、草地に立っていた。
手を離して目の前の光景を見る。暫く続いている草地の先は森となっており、その向こうには山々が聳えている。
「こんにちは」
転移の時、私の向かい側に立っていた柚葉ちゃんが挨拶をしている。ん?私達だけではないのか?
探知で確認すると、柚葉ちゃんの向いている先、つまり私の後ろ側に確かに人がいる。誰だろう?と後ろを振り返ってそちらを向いて、私は固まる。見てはいけないものを見てしまった気になった。
柚葉ちゃんが挨拶した相手、私達と同じ草地に立っていたのは、全部で四人。私の両親と諏訪の伯父、それから本部の巫女の菜緒さん。菜緒さんだけなら分かる、彼女はこの地域の担当だから。でも、何故、両親と伯父がいるのか。
「どうして?」
私は振り返り、柚葉ちゃんに問い掛ける。流石に「両親が」と続けるのは控えた。
「ここは向陽家が管理している土地なのです。それで、黎明殿本部を通じて利用許可を取ろうとしたら、この場に立会いたいと強く望まれたそうです。本部も困ったみたいですけど、結局、菜緒さんに護衛して貰うと言うことで落ち着きました」
柚葉ちゃんは、淡々と説明してくれた。いや、そうじゃないよね。
「私はどうしたら良いのよ?」
「普通にしていれば良いんじゃないですか?本部は問題ないと判断したのですし。愛花さん、あの人達は信用できそうですか?」
「うん、あの人達は心配ないよ、お師匠様」
愛花さんが信用ならない人に敏感なのは過去に実績がある。その愛花さんも大丈夫と言っているので問題ないのか。
いや、私としては大問題だ。伯父は、私のアルバイトのことは知らないから良いとして、両親は私が天乃イノリを演じていることを知っている。その天乃イノリに似たアバター姿の巫女を見れば、自分達の娘ではないかと疑うのではないだろうか。いや、私がこのアバターを天乃イノリに似ていると思っていても、両親は気付かない可能性もある。似ているのは髪型だけで、服装はバーチャルアイドルの天乃イノリとは違うのだし。
「柚葉さん、貴女のお仲間の方達を紹介して貰えるかしら?」
母の声がする。私が混乱している最中、親たちは私達の方に近付いて来ていた。
「はい、向陽さん。愛花さんから自己紹介して貰えますか?」
「分かりました、お師匠様。姫山愛花です」
「夏川摩莉です」
「向陽です、よろしくお願いします。貴女方は、ロゼマリに良く似てますね」
母が微笑んだ。ここでロゼマリのことを持ち出すとは。
「いやー、良くそう言われるんです」
愛花さんが嬉しそうに反応する。取り敢えず、「ロゼマリに似ている人」で押し通すようだ。
「でも私達、ロゼマリのモノマネも得意なんですよ」
摩莉さんがさらっとフォローする。
「そうなの?残念ね。こんな時でなければ見せて貰いたかったんだけど」
心底残念そうな顔をする母。だがすぐ気持ちを切り替えたのか、笑顔に戻って私を見る。
「それで、貴女は?」
「わ、わた、私は、天野、のっ、祈利子ですっ」
動揺が抑えきれず、噛みまくってしまった。本当はアバターの名前は、天野祈利としたのだが、母の前でそう名乗る勇気は皆無だった。
「あら残念。天乃イノリではないのね」
来た。真っ直ぐに来た。私だと分かって言っているのかどうかの判断が付かず、対応に困る。いやもう、どんな拷問かと思うような状況だ。
「天乃イノリは、バーチャルアイドルですので。私は天乃イノリに似ている別人です」
信じて貰えるかは兎も角として、何とか言い切れた。
「あら、そうなの?まあ、良いですけど。今日はよろしくお願いしますね」
「はい、お願いします」
私がお辞儀をすると、母は父のところまで下がった。緊張感に満ち満ちた挨拶タイムが終わったが、これだけで十分疲れた。私、もう帰って良いかな?勿論、駄目に決まっている。
「そろそろ、作戦を開始します。向陽さん達は下がっていてください。菜緒さん、護衛お願いします」
「ええ、任せて頂戴」
菜緒さんは柚葉ちゃんに片目を瞑ってみせた。親達は、菜緒さんに任せておけば大丈夫だろう。
柚葉ちゃんが草地の中を歩いて、位置を決める。その柚葉ちゃんを起点に私達も並ぶ。私は柚葉ちゃんの前方5mくらいのところ、ロゼマリの二人は私の両側で、私からの距離がやはり5mくらい。
「始めます」
私達が配置に就いたのを確認した柚葉ちゃんが宣言した。柚葉ちゃん達を身近に感じられるようになったので、チーム戦が起動されたのだと分かる。ロゼマリの二人もそれを感じ取ったのだろう、浮遊陣で空中に浮かび上がる。そして、二人は向かい合って空中に時空結界陣を描く。それを確認した私も左膝と左手をを地に付け、右手を頭の上に上げ、右手の上に二人と同じ時空結界陣を描く。
三人の時空結界陣は、丁度正三角形の位置になるようにしている。そこから私は、三つの時空結界陣に接する大きな円を描き、その円の中にも時空結界陣を描いた。これで、三連時空結界陣の完成だ。三連作動陣は、三つの作動陣を平面上に描く方法もあるが、今回のように中心の円に沿うように描く方法もあるのだと習った。どちらも効果は変わらないらしい。
何にせよ、三連作動陣の中心となる大きな作動陣の円周が結界の縁となる。その円形の縁が、私の頭の中の時空間認識の空間地図内にも現れる。ここから時空の狭間の中に結界を延ばしていくのだが、まずは縁の円の中心線がこの世界に近付いているハーミットに重なるよう、時空間内に出現している結界の縁の向きを変えていく。それが完了すれば、あとは結界を対象に向けて延ばすだけだ。慎重に、しかし、素早く。結界の縁に近すぎると、こちら側も相手の攻撃を受け易くなるので、あまり早く結界が対象に到達しないように注意しながら作業する。結界の奥行きが大体1kmになったところで、対象に到達。対象を包み込むように結界を閉じた。すると、結界のトンネルの奥に、ハーミットが視認できるようになる。ハーミットは、藍色の大きなラグビーボールのような形をしていた。こちら向きと、反対側に二門の砲台を三つずつ装備している。
「柚葉ちゃん、時空結界が完成したよ」
「はい、目標であるハーミットが見えました。探知をしても生命反応がありません。無人です。これから予定通りに攻撃します」
柚葉ちゃんも浮遊陣を使い、結界の縁の円の中心の高さまで浮き上がる。その手には、槍を握っていた。そして、槍をハーミットに向けて構えると、身体の後ろに六つの光星陣を六角形の位置に出し、槍の先に集束陣を三つ対象に向けて並べていった。六星三層集束砲だ。以前、摩莉さんが蹟森で使ったものより、集束陣が一つ多めなのは、距離が離れていることを意識してだろうか。
「はっ」
柚葉ちゃんの気合で、六つの光星陣から光の砲撃が放たれる。それらは槍の先にある最初の集束陣でまとめられ、その先の集束陣で順に強化されて対象目掛けて発射された。だが、ハーミットにぶつかったところが淡く緑に発色しただけで、光線は消えた。
「それなら、これは」
柚葉ちゃんは、再び光星陣を描く。今度は、十二個だ。それぞれに黄道十二星宮のシンボルが描いてある。噂の|黄道十二星宮《Zodiac Sign》砲を撃とうとしているらしい。私の予想通り、槍の先端に光星陣とその周りに黄道十二星宮のシンボルが描かれた12の集束陣を並べ、さらに槍の先端から離れたところにも大きさを半分程度に小さくした集束陣とそれを取り囲む12の集束陣。シンボルはそれぞれ120度ずれた形で描かれている。そしてその先に集束陣が二つ。
すべてを描き終えると同時に、光星陣から光が放たれ、中心となる光の線に十二の螺旋状の光線が巻き付いた形で、ハーミット目掛けて伸びていく。今度は緑に発色したところが少し抉れたが、そこまでだった。
「あちらは随分と堅いですね」
「柚葉ちゃん、どうする?一旦、時空結界を解く?」
「悔しいですけど、本部の指示通りにしましょう。時空結界を解いてください」
「分かった」
作戦の立て直しだ。私は、ロゼマリの二人と一緒に張っていた時空結界を解いた。
それで対象が目視できなくなる筈だったが、まだ見えている。良く見ると、私達が結界を張っていたところに、薄い緑の膜のようなものが見える。
「柚葉ちゃん、あっちが結界を張ってるよ。だからこの世界に繋がったままになってる」
「それは困りましたね」
結界が破壊できないかと攻撃してみるが、まったく通じない。
どう対応しようかと悩んでいると、ハーミットの砲台から何かが発射された。青い砲弾だ。
柚葉ちゃんが結界のトンネルの途中に防御障壁を張るが、青い砲弾はそれを易々と突き抜けて、こちらに進んでくる。
青い砲弾が、結界のトンネルの終端に辿り着こうかと言うその時、大きく透明な赤い壁がトンネルの出口を塞いだ。青い砲弾は赤い壁にぶつかって爆発するが、赤い壁はビクともしない。凄く頑丈だ。
「ごめん、柚葉ちゃん。手出ししちゃったけど、許してね」
柚葉ちゃんの後方に、珠恵ちゃんがいた。




