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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第8章 繋がりを求めて (灯里視点)
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8-38. 珠恵の情報

火曜日。

試験があったので、大学に行った。

教室で珠恵ちゃんに会う。だからと言って、試験前の時間に、かつ人前で黎明殿の話ができる筈もなく、挨拶と無難な会話に留めていた。

試験後、珠恵ちゃんと二人きりになれればと思ったが、雪希ちゃんも含めて三人で研究室に顔を出そうと誘われ、その提案に乗った。雪希ちゃんだって友達だし、友達付き合いより優先させる程のこととは考えていなかった。

この時間の研究室だと、所属している学生は皆いそうだと容易に想像でき、実際その通りだった。珠恵ちゃんと二人きりで話ができるような状況にはなく、皆で作業台の周りに座ってお茶をしたり、実験を見せて貰ったりして過ごした。

そうして時間を過ごした後、珠恵ちゃん達と一緒に研究室を後にする。このままの流れだと、珠恵ちゃんと別れて、雪希ちゃんと二人で高田馬場に向かうことになる。ここは焦らず、もう一日待とうかとも考えた。水曜日は、雪希ちゃんはバイトがあるので、講義の後に一緒になることはないから、珠恵ちゃんと二人になれる可能性は高い。でも、早く話がしたいという気持ちが、根強く心の中に居座っていた。なので結局、大学のキャンパスを出るところで、寄りたいところがあるからと高田馬場に向かう雪希ちゃんと別れ、珠恵ちゃんと同じ電車に乗った。

「灯里ちゃん、何処に寄るの?」

電車の中で珠恵ちゃんに問われた。

「実を言うと、珠恵ちゃんと二人きりで話がしたかったんだよね」

上目遣いに珠恵ちゃんを見る。そんな私を見て、珠恵ちゃんは微笑んだ。

「良いよ。私の部屋に来る?」

「うん、ありがとう。途中でケーキを買っていこう?私、奢るから」

「良いね、それ。そうしよう」

そして、代々木公園の駅で降りた後、約束通りケーキを買ってから珠恵ちゃんの部屋へと向かった。

珠恵ちゃんの部屋に入ると、珠恵ちゃんは直ぐに紅茶を淹れてくれた。ケーキを食べながら、事件で刺された時の怪我の状態を尋ねられたので、腕まくりして実際に見せてあげた。傷痕は、瘡蓋も取れ始めていて、薮内先生の見立て通り目立たなくなりつつあった。一週間以内に完治しそうな勢いだ。果たしてそれで良いのか分からないが、私は特に傷を治すために力は使ったつもりはない。力が勝手に身体に流れ出ないように、姫愛さんの封印を真似して、自分で自分の力を封じていたりする。もっとも、自分で制御できる封印なので、姫愛さんの封印を解いた時よりも、解除するのに力は必要ではないのだが、それでも無意識のうちに流出することは無い筈だ。

不味い、話が逸れてしまった。

珠恵ちゃんと会話しながら、怪我の話からの流れで、今回の事件が意図的なものであると知っているのかを尋ねようかとも考えていた。しかし、それは私的なことで、かつ既に終わってしまったこと。そのことと、プライベート異空間の手掛かりの入手とを天秤にかけると、後者の方が圧倒的に優先すべき話だった。その話の前に変なことを聞いて、珠恵ちゃんと気まずくはなりたくない。

なので、一連の会話が途切れた時、私は珠恵ちゃんに切り出した。

「ねえ、珠恵ちゃん。一つ訊きたいことがあるんだけど」

「何?」

「プライベート異空間って知ってる?」

思い切り直接的に尋ねてしまった。時空の狭間とか異空間とかの話を持ち出そうかとも考えたのだが、知識が足りないし、プライベート異空間の話に持ち込めるるか自信が無かったのだ。どうせ尋ねるのだし、ストレートに聞いてしまった方が話が早い。

暫しの沈黙の後、珠恵ちゃんは私に向けて微笑んだ。

「知っているよ。と言うか、私、自分のプライベート異空間を持っているから」

何だって?

「え?じゃあ、アバターも持っているの?」

思わず私の願望が口に出てしまった。

珠恵ちゃんは首を横に振る。

「持ってないよ。普通、封印の地の巫女はアバターなんて持たないじゃない」

「だったら、封印の地の巫女は、普通、自分のプライベート異空間を持っているの?」

「うぐぅ」

珠恵ちゃんが言葉に詰まった。これは自爆だ。私は本当に普通のことを指摘したに過ぎないのだから。

「ごめん、別に珠恵ちゃんがプライベート異空間を持っているのが悪いって言いたいんじゃないよ」

「うん、大丈夫。自分の常識が普通とずれていたことに気付かせて貰えたから」

「それなら良いんだけど。それで、そのプライベート異空間は自分で作ったんじゃないよね?」

「勿論違うって。それこそ、アバター持ってないと作れないから」

ん?この言い回しは、気になる。

「珠恵ちゃん、アバターがあれば作れるってこと?」

「多分。やり方は一応教わったから」

何と、こんな身近に作り方を知っている人がいるとは。

「だったら、そのやり方を他の巫女に教えれば、その巫女がプライベート異空間を作れるようになるかな?」

「無理だと思う。私の知ってるやり方って特殊だから、他の巫女にはきっと真似できない」

「そうなの?」

「うん、そう」

珠恵ちゃんは腕組みをして頷いた。そこまで言うからには、その通りなのだろう。だとしたら、どうすれば良いのか。

「ねえ、灯里ちゃん」

「何?」

珠恵ちゃんは顔を前に出して、上目遣いに私を覗き込むように見る。

「もしかして、プライベート異空間を手に入れたいと思っている?」

私は珠恵ちゃんに微笑みを見せる。これは想定された問いだ。

「私じゃなくて、柚葉ちゃんがね。プライベート異空間が欲しいって」

「何で柚葉ちゃんが?」

「柚葉ちゃん、今度本部の巫女の愛花さん摩莉さんとチームを組むことになって。それで、チームの拠点になるプライベート異空間を手に入れたいって言ってた」

「ふーん」

珠恵ちゃんの目が冷めたモノになっている。

「それで灯里ちゃんは、その探し物のお手伝いってこと?」

「そうそう、そんな感じ」

これで信じて貰えるのか、表情からだけでは伺い知れない。

「柚葉ちゃん達は、プライベート異空間を手に入れてどうするつもりなんだろう?」

拠点に使うというだけでは理由として足りないのだろうか。

私にはそれ以上の使い道が思いつかない。そう言えば、目の前の人はプライベート異空間を持っていたんだっけ。

「珠恵ちゃんは何に使っているの?」

「私?そうだね、巫女の技の練習をしたり、物を仕舞っておいたり、作業場所として使ったり、観察したり、考え事したり、着替えたり、寝たりかな」

「そっか。自分だけの異空間があると、何でもできそうだよね。周りの迷惑とか考えなくて良いし。柚葉ちゃん達も、そう考えているんじゃない?」

「そうかも知れないけど、あることが出来ないと、有用性が半減しちゃうと思うんだよね」

「どういうこと?」

珠恵ちゃんの言いたいことが分からず、首を傾げた。

「例えばね、武器を仕舞ってあったとするでしょう。それ、どうやって取り出す?」

「どうやってって、プライベート異空間に行って取って来るじゃ駄目なの?」

「まあ、それでも良いんだけど、もっと簡単な方が嬉しいでしょう?」

「それは分かるけど、どうやるの?」

「こんな感じ」

珠恵ちゃんが右手を宙にかざすと、掌の先に同じくらいの大きさの穴が開いた。その穴に右手を突っ込み、引き出すと、その右手には一振りの剣が握られていた。

「え?何をしたの?」

「一時的にこの世界と、私のプライベート異空間を繋げたんだよ。そうすれば、こんな風に物を取り出したり、仕舞ったりが簡単にできるってこと」

珠恵ちゃんは、穴の中に剣を戻すと、手をかざしてその穴を塞いだ。

「でも、これが出来るようになるのは、時空間の認識と時空活性化領域の認識が出来る人だけなんだよね。巫女の中で、そういう人は少ないって聞いているから、柚葉ちゃん達はどうかなって思ったの」

「うーん、どうだろう。出来るかどうかを試す方法ってある?」

「そうだねー。時空活性化領域って、例えばダンジョンの入口なんだけど、それを感じることが出来るかどうか、とか。後は、時空活性化の作動陣を起動して、感じることが出来るか、かな」

珠恵ちゃんはノートの紙を一枚破り、そこに作動陣を焼き付けた。

「これが時空活性化の作動陣だよ。これ自体は誰でも起動できるから、柚葉ちゃん達でも試せるよ。時空活性化領域を認識出来ない人が時空活性化をするときは、作動陣を描いて起動した方がよほど安定するから、試すときは作動陣を描いた方が良いよって言ってあげてね」

「分かった」

珠恵ちゃんが作動陣を焼き付けた紙を差し出してきたので、素直に受け取る。

今度柚葉ちゃん達にも試して貰おう。

「それから、時空間の認識だけど、活性化領域を窓にして時空の狭間が覗けるのかってことね。だから、今渡した作動陣を起動して、その向こうを視る感じで。多分、目視は無理だから、探知を使って視えるかを試して貰えば良いよ」

「それって、活性化領域が何処に展開されているかが分からないと出来ないってこと?」

「そうだけど、作動陣を描いていれば、作動陣は必ず活性化領域に入っているから、作動陣を窓だと思えば良いと思うよ」

「なるほど」

実際に時空間の認識が出来るかどうかは分からないが、試す方法は理解できた。

「まあ、時空間の認識は、探す対象があった方が分かり易いから、灯里ちゃんがはぐれ魔獣を感知したときに柚葉ちゃん達に試して貰ったら?」

「うん、そうする。珠恵ちゃん、ありがとう」

私が微笑みを向けると、珠恵ちゃんは照れたように手を振った。

「良いって。灯里ちゃんは友達だから。それから、柚葉ちゃん達のためのプライベート異空間だけど、私の方で心当たりにお願いしてみるよ。一週間くらい待って貰えるかな」

「え?良いの?珠恵ちゃん、ありがとう。お礼はどうすれば良い?」

「そうだなー。上手くいったら、柚葉ちゃん達に紹介してくれる?」

「それくらいのことなら、お安い御用だけど、それだけで良いの?」

「大丈夫だよ。柚葉ちゃん達が、ちゃんと巫女としてやるべきことをやってくれるのならね」

珠恵ちゃんの申し出はとても嬉しい。だけど、与えて貰うばかりで申し訳ない気持ちになる。私達にやれることは何だろう。

「やるべきことって何かな?」

「さあ、何だろうね。私にも分からない。だけど、いずれ分かるときが来ると思うよ」

珠恵ちゃんの微笑みには嘘は無さそうに見える。いつかやらなければならないことがあると言うのなら、今はできるだけの準備をしておこう。

そのために、私としては時空認識の技を磨きたいが、はぐれ魔獣が感知されないことには練習も難しい。いつ来るかも分からないはぐれ魔獣頼みなのはもどかしいことだ。

と思っていたら、翌日、はぐれ魔獣が感知された。


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