8-37. プライベート異空間への手掛かり
「さて、どうしよっか?プライベート異空間の入手方法なんて全然思いつかないんだけど」
藍寧さんと別れ、姫愛さんの部屋に戻った私達は、頭を寄せ合って悩んでいた。
戻って来る前、姫愛さんと陽夏さんから巫女の力の使い方を一通り教わった。身体強化や防御障壁など、何回か練習すれば一応使えるようになるものもあったが、何度も何度も繰り返し練習しないといけないものもあった。特に近接探知は上達すると共に使い勝手が良くなるとのことで、継続的に練習するようにと指導された。
そんな訳で、部屋に戻って来るなり姫愛さんから目隠しを渡され、二人に挟まれる形で座らされた。時折り二人から手刀が飛んで来るので、目隠しした状態でそれを避けるのが練習だとのことだが、いつ来るか分からない手刀の方に神経を使わなければならず、思考がまとめられない。
それでも、時間が経つにつれ、避けられる頻度は増えた。だから、練習の効果はあったとは言えるのだが。
「あのう、探知の練習が必要なのも分かりますけど、今は考える方に集中しませんか?」
双方から来た手刀を、片手ずつで受け止めると、私は二人に提案した。
「まあ、それもそっか」
「そうだね。でも、目隠しはそのままで、何が感じられるのかは試してなさいな」
陽夏さんは練習が好きそうだ。そう言えば、と、前に星華荘を訪れた時のことを思い出した。美鈴さんと打ち合っていた陽夏さんの動きは洗練されていて、長期に渡り練習を続けていただろうことが良く感じられた。私には、陽夏さんほど打ち合いの練習に打ち込むことができるかは分からないが、目隠ししながら気配を探る練習くらいは続けよう。
ともあれ、二人が私を叩こうと出していた手刀を引っ込めようとしてくれたので、私も手の力を緩め、それまで掴んでいた二人の手を離してから、テーブルの上に乗せた。
「それでどうしましょうか?お二人とも心当たりはないんですよね?」
「そうなんだよね。まったく分かんない」
姫愛さんは腕組みして首を傾げています。
「ねえ、姫愛、こういう時はチームリーダーに相談じゃない?」
「そうだね。お師匠様なら何か知っているかも。ちょっと待って、聞いてみるから」
そして、五分後。
柚葉ちゃんが、私の目の前に座っていた。
三人で柚葉ちゃんを呼ぼうという話になった時、姫愛さんは何かをしているように見えなかったが、念話で柚葉ちゃんと話をしていたのだそうだ。それからの五分間は、柚葉ちゃんが着替えるのに費やした時間。柚葉ちゃんは、転移で姫愛さんの部屋にやって来た。確かに転移は便利だが、そんなに簡単に使ってしまって良いのだろうか。
兎も角も、私達は柚葉ちゃんに、それまでの経緯を伝えた。
「プライベート異空間ですか。全然分からないですね」
「お師匠様も知らないですか」
「寧ろ知らないことの方が多いですよ。それで藍寧さんに頼れないとなると、花楓さんか有麗さん、あるいは琴音さんか清華」
「お姉ちゃんは知らないと思う」
陽夏さんの言うお姉さんとは琴音さんのことだ。先日、病院にお見舞いに来てくれた時に陽夏さんが話してくれた。
「そうですね、清華も一応聞いてはみますけど、知らないでしょうし」
「花楓さん達も分からないけど、本部の巫女繋がりで聞いてみよっか」
「はい、姫愛さん、そうして貰えますか?」
「任せといて」
姫愛さんは、勢いよく胸を叩いてみせた。強く叩き過ぎたみたく、その後ゲホゲホしていたのはご愛敬。
「私も珠恵ちゃんに聞いてみるかな」
「あのう、聞いて貰うのは良いんですけど、灯里さんが巫女になったことは知られないようにしてくださいね」
「巫女同士でも秘密にしないといけないなんて、面倒だね」
「そうですけど、本部に登録していない巫女は、存在自体秘密ですから」
「うん、柚葉ちゃん、分かったよ」
仕方が無い、珠恵ちゃんには申し訳ないが黙っていよう。
「そう言えば、珠恵さんは大学には行っているんですよね?」
「え?そうだよ、勿論。どうして?」
私は柚葉ちゃんを見た。柚葉ちゃんは、悩むような表情をしている。
「私、少し離れていても、巫女の力を感じられるんです。それで、珠恵さんには会ったことないんですけど、大学に居るのは分かってました。でも、今年の新学期になってから、力を全然感じなくて」
「あー、そう言えば、この前お見舞いに来てくれた時、私も力を感じなかったっけ。陽夏さんからは力を感じるのに変だなって思った」
「珠恵さんに何かあったのかも知れません」
「どうしてか聞いてみたいけど、聞けないよね。私が巫女だってバラしちゃうようなものだから」
「そう思います」
柚葉ちゃんからもっともな答えが返って来た。疑問を解き明かしたいのは山々だが、珠恵ちゃんのことは、暫く棚上げするしかなさそうだ。
その場は結局、それぞれ心当たりの巫女に聞いてみることだけ決めて解散となった。
翌日、月曜日。
この日の講義は、レポートを提出するものばかりで、試験は無い。勿論講義も無いから大学へは行く必要が無い。夕方からはアルバイトだったが、その前に行ってみたいところがあった。
お昼過ぎ、私は家を出ると、最寄りの笹塚から電車に乗る。そして神保町で乗り換えて、内幸町へ。駅の出口から南の方へ歩いて五分程度のところに、目的の場所があった。扉には、博多矢内探偵事務所と書かれている。
私は扉を開けて中へ入り、目の前にあった受付カウンターの前に立つ。
「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか」
事務机に向かっていた女性が私に気付き、席から立ち上がると私の前に来た。
「私、向陽灯里と言います。十日ほど前にナイフで刺されているところから救出されて、新宿の卯月クリニックに運んで貰ったのですが、そのお礼が言いたくて来ました。その時の担当の人っていますか?」
「少々お待ちください」
女性は事務所の奥の方に進んでいき、そこに座っていた男性と何やら話をした上で、その男性を伴って戻って来た。そして、今度は男性が私の前に立った。
「申し訳ありません。その時の担当者ですが、生憎外出しており不在です。報告は私が受けておりますので、私がお話させていただいてもよろしいでしょうか」
報告を受けていると言うことは、目の前の男性は責任ある立場に違いない。その方が私には好都合だった。
「はい、是非、お願いします」
私はお辞儀をする。
「では、こちらへ」
私が案内された先は、事務所内の応接スペースだった。男性に促されて席に座ると、受付の女性がお茶を出してくれた。
「初めまして向陽様。私はここの責任者をしております矢内と言います」
矢内さんは挨拶と同時に私に名刺を差し出した。その名刺には東京事務所長、矢内友成とあった。所長とあるからには、ここで一番偉い人に違いない。
「あの事件の時は、本当にありがとうございました。私、正に死の目前、というところで助けて貰って、感謝してもし切れません」
「いえ、我々は依頼通りのことをしたに過ぎませんよ」
「どんな依頼だったのですか?」
「貴女様がいるであろう場所へ行って確認し、もしいたら救出して警察に連絡すると共に応急処置をした上で救急車に乗せて新宿の卯月クリニックへ搬送するようにと」
かなり詳細な指示に思えた。やはり、あの病院に行くことは決められたことだった。
「その依頼があったのは何時ですか?」
「直前でしたよ。ですが、その前に人手を借りるかも知れないからというお話は頂いておりましたが」
「その話があったのは何時ですか?」
「前日です」
そうなると、依頼主は前の日には私がそうなるかも知れないと想定していたことになる。
「あの、その依頼主のお名前って教えて貰えたりしますか?」
「申し訳ありませんが、依頼主のことはお教えできません」
「そうですか」
探偵社なので、依頼者のことは話して貰えないのは想定内だった。ダメ元で尋ねただけなので、回答が貰えなくても仕方が無い。そして、もう尋ねたいことも無くなった。
「お話を聞かせて貰ってありがとうございます。あの、これ、気持ちばかりですけど、お菓子なので、皆さんで食べてください」
私は電車に乗る前に購入した菓子折りの包みを、矢内さんに差し出した。
「いえ、我々は依頼通りのことをしただけで、お礼をいただく訳には」
私はかぶりを振った。
「私が今日、こうしていられるのは皆さんのお蔭なので」
矢内さんのことをじっと見つめていたら、矢内さんの方が折れた。
「分かりました。有難く頂戴いたします」
「担当の方へも、私が感謝していたと伝えて貰えますか」
「ええ、そうさせて頂きます」
そうして、私は事務所を後にした。
まだ確証は無いが、今回の件は黎明殿によって仕組まれたことに違いなさそうだ。私が犯人と面談する日に、珠恵ちゃんを呼び出したのも黎明殿本部だった。それと、珠恵ちゃんは何処まで知っていたのだろうか。この前、病院に来た時には何も言っていなかったのだが。
明日は大学だから珠恵ちゃんに会うだろう。珠恵ちゃんに会ったとき、何処から話をしたものかが悩ましい。




