8-34. 姫愛と陽夏
私は姫愛さんと陽夏さんを交互に見た。二人が病室に入ってきた時には気付かなかったが、こうして近くに来ると、二人には大きな違いがあることが分かる。私の身体の中で感じている暖かいモノが、陽夏さんからしか感じられないのだ。それについても尋ねたかったが、まずは姫愛さんの発言の意図を確認しよう。
「あの、姫愛さん。私達のチームって、何のチームのことですか?」
「え、あ、説明いるよね。ちょっと待って。陽夏、おまじないをお願い」
姫愛さんが陽夏さんを見ると、陽夏さんは頷いてバッグから薄紫色の薄い六角柱の容器を取り出した。容器の中央には、透明な石が嵌っている。陽夏さんは、左手にその容器を持って、右手を近付ける。そのまま蓋を開けるのかと思ったが、陽夏さんは右手を容器の蓋にかざしたままでいた。その右手に暖かいモノが感じられたかと思うと、透明な石が光る。
「これで良いよ」
陽夏さんが顔を上げて姫愛さんを見る。
「陽夏さん、その容器は?」
「これはね、会話結界の魔道具。起動すると、一定範囲の外側からは、内側で何を話しているのか分からなくなるんだ」
陽夏さんの説明と、目の前で見た起動方法から、確信はあったが念のために確認する。
「魔道具って、汎用魔道具ではないんですよね?」
「汎用魔道具?」
「普通の人でも使えるようにした魔道具のことです。大学の研究室で見たことがあって」
私が返事をすると、陽夏さんが感心したような表情になった。
「へぇ、ここまで見せても、まだ確認するんだ。灯里ちゃん、意外と慎重派なんだね」
「陽夏さん、意外って何ですか」
私はブーたれた。
「ごめんごめん。でも、これは普通の魔道具だよ。だから、黎明殿の巫女にしか使えない」
「やっぱり、そうなんですね」
「そうだよ。姫愛も私も黎明殿の巫女。そして、今は灯里ちゃんも」
今は私も。決定的な言葉が、陽夏さんの口から告げらされた。やはり胸のこの暖かいモノは、巫女の力なのだ。
「あれ、灯里ちゃん、冷静だね」
姫愛さんが驚いたような表情を見せた。
「何となくだけど、そんな気がしていたので。身体の中に感じる暖かいモノが、巫女の力なんですよね?助けて貰った時には身体中に拡がっていましたけど、今は胸の辺りで固まっているように感じます」
「灯里ちゃんが死なない程度にまで治ったところで力を封じたから。でないと、力で怪我が全部治っちゃって、どうしてってことになってしまうし、それだと不味いよね」
ん?姫愛さんのこの言い回し、もしかして。
「私の力を封じているのは姫愛さんなんですか?」
「そうだよ。灯里ちゃんに力を与えたのも私。だから、私は灯里ちゃんの力を封じることが出来るんだよ。まあ、私は灯里ちゃんにとって、巫女としての親みたいなものかな」
姫愛さんは私の手を離して、腕を組んだ。偉そう?得意げ?
「姫愛さんは、陽夏さんの親なんですか?でも、姫愛さんからは力を感じないですけど、陽夏さんからは力を感じるんですよね」
「それはね、陽夏の方が特殊と言うか」
そう言って、姫愛さんは陽夏さんを見やる。その姫愛さんから引き継ぐように、陽夏さんが口を開いた。
「私は生まれながらの巫女なんだ。生まれながらの巫女は、身体中に拡がった力を集められなくて、いつも力が漏れ出ちゃうんだよね」
なるほど、そういう理由だったのか。でも、あれ?
「封印の地の巫女って、皆、生まれながらの巫女ですよね?だけど、一昨日、珠恵ちゃんが来た時には力を感じなかったような?」
「珠恵ちゃんて?」
「西峰珠恵、私の大学の同期なんですけど」
「西峰って、秋の巫女だね。ふーん」
陽夏さんは、顎に手を当てて考えている。
「陽夏、何か知ってる?」
姫愛さんがそんな陽夏さんの様子を伺っている。
「ううん、知らない。って言うか、私の知識は親から教えて貰ったものだけだから。姫愛の方が聞ける人がいるよね?」
「うん、まあそうだけどさ。聞くんだったら、灯里ちゃんから本人に聞いて貰った方が手っ取り早いんじゃないかな?」
「あー、まー、それもそうか」
陽夏さんの視線が私に向けられる。二人のやり取りから、巫女ならば何でも知っていると言うことでもなさそうだと悟った。
「分かりました。今度自分で珠恵ちゃんに聞いてみます」
「それでお願い。って、ん?そう言えば、姫愛、灯里ちゃんの力を封じているじゃなかったの?封じられていれば、私の力を検知できないと思うんだけど」
陽夏さんが疑いの眼差しで姫愛さんを睨んだ。
「え?封印してるよ?灯里ちゃん、力は使えないよねぇ?例えば、ほら、手に力を集めて光らせるとか」
焦りながら、姫愛さんは右手の上で光の玉を作ってみせた。光の玉の中心に力を感じるので、私も同じように左手の掌の上に力を集めてみようとしたが、出来ない。胸の辺りにある力の塊りから左手の方に力が伸びようとしているものの、障壁に阻まれている感覚がある。ただ、前にも思ったが、この障壁は脆そうだ。
「障壁があって、力を掌の上に集められないですね。でも、何となくですけど、この障壁、頑張れば破れそうな気がします」
「いや、灯里ちゃん、頑張らなくて良いから。お願いだから頑張らないで」
姫愛さんは、慌てて私を止めに入る。
「やっぱり姫愛の封印って完全じゃないんだ。防御障壁も弱いもんね。上野の時だって、姫愛の防御障壁だけだと心配で、自分で防御障壁を重ね掛けしたし」
「うー、それを言われちゃうと辛いよ」
ジト目の陽夏さんに、頭を抱える姫愛さん。いつものロゼマリの会話と一緒だ。そのやり取りが微笑ましく思えて、つい笑ってしまう。
「灯里ちゃんの巫女の親としての威厳がぁ」
「姫愛に威厳とか全然似合わないから」
陽夏さんからの容赦ない突っ込みに、姫愛さんはガルルルルと陽夏さんに噛みつきそうな形相になっている。
「陽夏さん、そんなにバッサリと姫愛さんを斬っちゃって良いんですか?姫愛さんはチームのリーダーなんでしょう?」
私は姫愛さんを立てようと思って言ったのだが、何故か二人はキョトンとして私を見た。え?私は何かを間違えた?
「姫愛はリーダーじゃないよ」
陽夏さんの言葉に、姫愛さんもウンウンと頷いている。
「まあ、普通は親子でチームを組んでいるんだけど、姫愛は私の親じゃないからチームを組めないわけ」
「でも、姫愛さんと陽夏さんは同じチームなんですよね?」
「そう。私達が同じチームになれているのは、親子関係が無くてもチームリーダーになれる特殊な巫女がいるからで、その巫女が私達のチームリーダーってこと」
「それは誰なんですか?」
「柚葉ちゃんだよ。灯里ちゃんも知っているよね」
「はい、一緒に蹟森に行ったので」
そうか、あの柚葉ちゃんがリーダーなのか。
「でも、今日は、柚葉ちゃんは一緒じゃなかったんですね」
「そんなことしたら、灯里ちゃんが怪しまれるでしょう?姫愛と私なら仕事繋がりだし、それに灯里ちゃんの親は姫愛だから、今日は二人にしておいたの」
「あー、確かに。それじゃ、今度、柚葉ちゃんにも挨拶しないとですね」
「そうだね、急がないけど機会があったらそうして」
「はい。それで、チームは私を入れて四人ってことで良いんですか?」
私の問いに、陽夏さん達は頷いた。
「丁度もう一人くらいは欲しいよねって言っていたところだったし、灯里ちゃんが巫女になってくれて良かったよ」
陽夏さんがにこやかに微笑む。
チームのことが大体分かったところで、話が私のことになったので、そちらの方に質問を振ってみる。
「そのことで姫愛さんに訊きたいことがあるんですけど」
私は真面目な顔を姫愛さんに向ける。
「何?」
「姫愛さんが私に巫女の力をくれたのは、私が死にそうになった時ですよね?」
「そうだよ」
「姫愛さんは、どうしてあの時、あの場所に居たんですか?」
そう、あまりに出来過ぎたタイミングで、何らかの作為が働いたとしか思えなかった。あの事件を企てたのが姫愛さん達なのか違うのか、モヤモヤしたまま放置するのは私の趣味に合わない。
「あの時はね、そうしろって指示があったんだ。灯里ちゃんが死にそうになっているから、急いでそこへ転移して灯里ちゃんに力を与えるようにって。それで急いで人目に付かないところで愛花の姿になって転移したんだよ。そしたら、灯里ちゃんが血まみれで死にそうになっていて、本当に焦った。巫女の力を与えようとしながら、思い切り呼んでも灯里ちゃんの反応が無かったし、生きた心地がしなかったよ」
「姫愛さんは、指示を受けるまで何も知らなかったんですね」
「全然知らなかったよ。何で灯里ちゃんがこんなんことに、って思ったもん」
当時のことを思い出したのか、目を潤ませて泣きそうな表情になっている姫愛さんを見て、姫愛さんの言葉を信じることにした。だが、疑問は尽きない。
「姫愛さんは、誰から指示を受けたんですか?」
「えーと、言っちゃって良いのかなぁ。藍寧さんだよ。巫女ナンバー1番の始まりの巫女の」
姫愛さんの口から出て来た名前は、初めて聞くものだ。
「藍寧さん?始まりの巫女?本部登録してないですよね」
「してないよ。藍寧さんのことは内緒だから、他の人には言わないで欲しいんだけど」
「言いません、約束します。それで、あと、姫愛さん、私に力を与えようとした時に、私の心に直接語り掛けたりしましたか?」
「心に直接?どういうこと?」
「私、姫愛さんに触れられた時、もう耳が聞こえなくなっていたんです。でも、頭の中に声がして、それでどうすれば良いのか分かって、死なずに済んだんです。その声の人にも感謝したくて、一体誰の声だったのかなって」
「どうだろう?確かに灯里ちゃんの心に届いてって祈るような気持ちで叫んではいたけど」
「あの場には姫愛さん以外、巫女はいなかったんですよね?」
「うん、いなかった」
姫愛さんに確信が無いと言うことは、姫愛さんかも知れないし、違うかも知れない。残念ながら、解は出なさそうだ。
「一つお願いしたいんですが」
「どんなお願い?」
「一度、藍寧さんに合わせて貰えないかなって」
姫愛さんが返事を口にするまでに、暫しの間があった。
「うん、良いよ。灯里ちゃんが退院した後になるけど」
「ありがとうございます」
藍寧さんになら、私が巫女になった経緯を教えて貰えるかも知れないと考えたのも事実だが、それ以上に始まりの巫女と言う存在に興味が湧いていた。




