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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第8章 繋がりを求めて (灯里視点)
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8-27. 三回忌

土曜日、私達家族は、電車で諏訪に向かっていた。父方の祖父の三回忌のためだ。

この週末は大学祭だったのだが、法事のために私は行けない。昨年は、一週間ずれていたので大学祭にも参加できたのだが、今年は残念なことに重なってしまった。今日は、丁度祖父の命日なこともあり、仕方が無い。

諏訪には父の実家がある。実家とは言っても既に祖父母は他界しており、住んでいるのは父の兄の家族だ。父は三人兄弟で、諏訪に住んでいる伯父が一番上、甲府に住んでいる伯母が二番目、そして父が末の弟だ。父は高校まで諏訪に住んでいて、就職のときに上京して東護院探偵社に入社したと聞いている。

それ以来、ずっと東京に住んでいる父だったが、年に何度かは帰省している。学校が休みの時は私も一緒に行っていたし、祖父のことも覚えている。その祖父が亡くなったのは二年前で、私が高三の時だった。丁度受験勉強に集中しようかという頃のことで、祖父が病気で入院したのが三月の中旬、それから春休みと五月の連休に一度ずつ家族でお見舞いに行ったが、その連休の時が生前最後になってしまった。

それ以降、父も実家から足が遠のき、祖父の葬儀の後は、一周忌の時にしか行っていないのではないかと思う。そして、今回はその一周忌以来、一年振りの帰省になる。

私達は、上諏訪の駅で電車から降り、改札口へと向かう。駅舎から外に出たところで周囲を見回していると、右側から声を掛けられた。見ると、諏訪の伯父だった。名前は向陽将太(しょうた)、でも、私達は、「諏訪の伯父」と呼んでいた。父の兄である。因みに、父の姉は「甲府の伯母」であり、父のことを私の従兄姉達は「笹塚の叔父」と呼んでいる。

「こんにちは、諏訪の伯父さん」

「やあ、灯里ちゃん、良く来たね。涼次(りょうじ)達も遠いところ、お疲れさん。車はあっちに置いているんだ」

そうして伯父が歩いて行くので、私達も後を付いていく。

駐車場に停めてあった伯父の車は、ダークグレーのセダンだった。父が助手席に座り、母と私達姉弟が後部座席に入って、何とか乗り切れた。五人乗りの車だが、大人五人ではギリギリの感がある。

ただ、それほど長く乗っているのでもないので問題は無い。駅から十分ほどで車は寺の駐車場に到着した。車から降りると、伸びをするなど思い思いに体をほぐし、寺の境内へと入っていく。

寺の境内には、本堂とそれに隣接する建屋があり、その建屋に寺務所が繋がっていた。私達はその本堂横の建屋に上がり、奥へと進む。進んだ先には広間があり、そこには既に親族が集まっていた。親族と言っても、諏訪の一家と甲府の一家、つまり、父の兄姉の家族だけだ。この辺りの向陽の一族では、諏訪の伯父のところが本家だそうで、声を掛ければ幾らでも人は集まるようだが、そうなると大変なことになるし、亡き祖父の意向もあり、ごく内輪での集まりにしているらしい。

それぞれ、久しぶりの再会の挨拶をしていると、法要の開始を知らせる銅鑼の音が聞こえたので、皆で本堂へと移動する。

私達が全員着席し、準備が整うと、僧侶がやってきた。確かお寺の住職、一番偉い人だ。住職は挨拶をすると、お経を読み始める。私達にもお経の冊子が渡されているので、一緒にお経を唱える。住職によれば、兎も角大勢で読経するのが良いそうだ。なので私も書いてあることの意味は分からないが、頑張って唱える。

お経は開経偈(かいきょうげ)から始まり、般若心経(はんにゃしんきょう)へと続く。般若心経の後、読経は続くが、私達にとってはお焼香の時間となる。考えてみると、お焼香をどうやるかなんて誰からも聞いたことがない。去年も一昨年も見よう見真似だ。そして、今年も一番手の諏訪の伯父の所作を観察する。皆に向かって一礼し、焼香台の前まで移動して一礼、一歩前に出て右手で抹香を一つまみ、左手を添えて右手を額の前に持って行き、念じるようにした後、手にした抹香を香炉にくべる。そして、合掌して下がって一礼。席に戻る前に皆に向かって一礼。大体覚えられたと思う。その後、父も同じ所作をしていたので間違いない。そして、自分の順番が来て、覚えた通りにやってみる。間違えなく出来たと思う。

法要の後は、全員で墓地へ行き、墓参り。父達が、墓を洗ったり、花を供えたり、線香を焚いたりするのを、玲次や従姉の美桜(みお)ちゃんと静かに話しながら眺めていた。父達の作業が完了すると、墓の前でも一人ずつ線香をあげて、手を合わせた。

それで寺での法事が終わる。

その後は、寺の近くの店で会食だ。店は昨年と同じ寿司屋だった。寿司屋の二階にある座敷を一部屋貸切にして貰っているので、親族だけでゆっくり食事ができる。席順は、いつも似たり寄ったり。長く連ねられた机に向かい合わせに二列に並ぶのだが、一番奥が諏訪の伯父と父、それに甲府の伯母夫婦。この四人は呑兵衛集団だ、一緒にしておくに限る。その隣が諏訪の伯母に母、美桜ちゃんに私の四人。美桜ちゃんは甲府の伯母の娘だ。この四人は、基本的にお酒は飲まない。飲めないのではなくて、飲まない。この差は重要なのだ。その私の隣には玲次が座る。玲次はこの集団の中では唯一の未成年。勿論お酒は飲めないし、一番歳が近いのが私なので、私の隣が定位置だ。玲次の隣は大抵そうだが明良(あきら)君。私達の従兄姉の中で唯一の学生。諏訪の伯父の一番下の息子に当たる。残りが諏訪の伯父の息子達の風ちゃんに克巳(かつみ)君、甲府の伯母の息子の健ちゃん。三人はもう社会人だ。社会人と言えば、美桜ちゃんもで、彼女は今、地元の農協に勤めている。

さて、向陽の本家となる諏訪の伯父の音頭で、会食が始まる。呑兵衛四人衆は、生ビールのジョッキを空にすると、早速日本酒へと移っていた。これまでの経験から、飲んで他人に絡むような輩はいないので、騒々しいとは思いながらも基本放置である。お酒を飲まない女性陣は、美味しい食事に舌鼓を打ちながら、お喋りに興じる。

「美桜ちゃんて、お仕事始めてから二年でしたっけ?もう、お仕事には慣れた?」

諏訪の伯母が、美桜ちゃんに話を振る。

「ええ、まあ、大体。二年やって、どの月にどんなことがあるのか分かってきましたし」

「もう立派な社会人ね。それで、今は忙しいの?」

「仕事の方はそれほどでもないのですが、これから家の手伝いが大変なんですよね」

「ああ、葡萄のお世話ね」

「はい、そうなんです」

美桜ちゃんの家は、果樹農家をやっていて、ぶどうや桃を育てている。以前、六月は葡萄の世話で大忙しだと聞いたことがあって、どうやら今も六月は家の手伝いもやっているようだ。

「そんなに忙しいのなら、人手が増やせると良いわね。そう言えば、美桜ちゃんは良い人とかいないの?」

「いえ、伯母さん、まだまだこれからですよ」

「そう?のんびりしていると、トモちゃんに先を越されてしまうかも知れませんよ?」

おっと、伯母さんの矛先が私に向かってきた。

「いえいえ、私なんて全然。まだ学生ですから」

「そうなの?でも、トモちゃんのお母さんは、早く孫の顔が見たいって思っているかも知れませんよ。ねぇ?」

伯母さんの目線が母に向かう。

「そうね。私は孫の顔を見るのはいつでも大歓迎かな。でも、家の子より風太君は?彼も立派になってきているじゃない」

従兄弟同士で談笑している風ちゃんを眺めながら、母が伯母に切り返す。

「私もそう言っているんだけど、本人はまだだって言うのよ。この前も、お見合いでもする?何なら探してあげるわよって言ったら、余計なことをするなって怒ったの」

うん、そうだよね。風ちゃんが怒りたくなるのも分かる気がする。

「諏訪の伯母さん、世話好きだよね」

隣の玲次がボソッと私の耳元で呟いた。こっちの話を聞いていたらしい。

「玲次もお世話になる?」

冗談交じりに尋ねてみると、玲次はブルブルと首を横に振った。予想通りの反応で面白い。

女子卓の会話は、諏訪の伯母と母が中心となって進んでいく。どちらかと言えば伯母の方の口数が多い。我が家の中で一番お喋りな母も、ここでは伯母に遠慮しているのだろうか。

一方、呑兵衛の男達は、ある程度食事を平らげてしまい、十分に酔いが回ると、席を動き始める。

「トモちゃんも大きくなって綺麗になったよなぁ」

諏訪の伯父が、空いていた玲次の前の席に座り、話し掛けて来た。顔が紅い。さらに、右手でコップ、左手で日本酒の一升瓶を握っている。まあ、いつものパターンではあるが。

「ありがとうございます」

取り敢えず、愛想よく返事をしておく。

「まあ、涼次も上手くやったよな。東京に行って、綺麗な奥さんを見付けて、可愛い娘まで出来て。なあ、トモちゃん、聞いてるか?涼次は、黎明殿の巫女に憧れててさ、巫女に関わる仕事がしたくて、今の会社に入ったんだぞ」

「ええ、聞いたことがあります」

目の前の酔っ払いの伯父さんから何度も。

「そうか?だったら、涼次が巫女に憧れるキッカケになった向陽家に伝わる昔話はどうだ?」

おっ、今までとは違う展開になった。これまでだったら、東京に行けば良いってものではないと、諏訪の伯父と伯母の馴れ初めの話に移っていたのだが。

ともかく、その昔話は聞いたことが無いので、私は首を横に振る。

「知りません。どんなお話なんですか?」

私が興味を持ったことに気を良くしたようで、伯父はテーブルの上に片肘をついて身を乗り出してきた。

「これは先祖代々伝わっている話で、俺達も親父から聞いたんだが」

私はいつもの酔っ払いの話が始まったくらいにしか思っていなかった。次の言葉を聞くまでは。

「トモちゃん、良いか?向陽家は今は諏訪にある訳だが、その昔は篠郷にあったんだよ。姓も篠郷を名乗っていたんだ」

篠郷。黎明殿が管理する土地。その土地の名を名乗っていたということは、黎明殿に関係した家と言うことになる。

「篠郷と言っても、今よりずっと広くて、ご先祖様達の家はその外れの方に建っていた。トモちゃんは、篠郷って何処にあるか知っているか?」

「え?」

話が始まると思いきや、いきなり質問が飛んできた。篠郷のことは知っているが、そのことを親にも話していない。私は心の準備が出来ておらず、どう答えようかと戸惑ってしまった。


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