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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第8章 繋がりを求めて (灯里視点)
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8-26. 調査依頼

「灯里ちゃんは本当の親のことを知りたい?」

夜、自室のベッドの上で横になりながら、私は先日の珠恵ちゃんの言葉を反芻していた。

今の両親は私に優しくしてくれているし、高い授業料を負担しながら私を大学に行かせてくれている。それ以外のことでも家族に対して嫌になることなんて何もなくて、幸せな日々を送れている。その生活を壊したくはない。

だから、戸籍を見て養子であると知ったことを両親に言えなかった。それを言ってしまうと、両親や弟との関係が変化してしまいそうだったから。私は家族との関係に変化を求めていない。今の私には居場所がある。関係の変化によっては、その居場所が無くなってしまうかも知れない。それは嫌だ。

しかし、本当の両親のことを知りたくないと言えば嘘になる。今を変えたくないと思いながらも、心の中は、そこまで割り切れてはいない。

小高い草原の丘から眺めたあの広大な風景、霞しか見えない大きな窓が一面にだけある広い部屋、時折脳裏に浮かぶそれらの光景は、今と違う昔があったことを忘れるなと私を戒めているようでもある。

それに、どことなく非日常を感じさせるあの光景に憧れを感じたりもする。今の日常が嫌になった訳ではない。でも、もし過去、自分がそこにいたのだとすれば、意外に身近なところにあるかも知れないし、そこに行けばいつもとは違う喜びや楽しさを見付けられるかも知れないという期待がある。そう思って高校の頃に調べてみようとして行き詰ったが、プロならば違った結果を出してくれそうな気がする。

まず探すとすれば母親だろうか。織江さんが母親は生きているのではないかと言っていた。母親と言えば、あの広い部屋にいた女性、彼女が本当の母親に思えて仕方が無い。ただ、織江さんの言う通りに裏の巫女であるとすると、力を持っていることは隠して生活しているだろうし、単なる人探しとして依頼するしかないか。

心が決まった私はベッドから出ると、机のところまで行き、引き出しを開ける。そして、その引き出し奥から、以前に篠郷で入手した私の転籍前の戸籍の控えの入った大きな封筒を取り出し、鞄の中に忍ばせた。それから充電スタンドに置いてあったスマホを取り上げ、メッセージを一つ書いて送る。

私は準備が出来たことに満足すると、再びベッドに入り、今度こそ深い眠りに就いた。

次の日。

午前中の講義の後、私は一人で新宿に移動した。

新宿の東口改札を出た後、暫くそこに佇んでいると、私に向けて手を振りながら改札を出て来る姿があった。

「やあ、灯里ちゃん、待たせちゃった?」

珠恵ちゃんは申し訳なさげな表情で、私に近付いて来た。

「ううん、私も来たばかりだから大丈夫だよ」

安心させるように微笑んでみせる。

「それなら良かった。それじゃあ、先にお昼を食べに行こうか」

珠恵ちゃんの提案に私も頷き、二人で連れ立って新宿の街中に繰り出した。

私は昨晩、珠恵ちゃんに母親探しをしたいとメッセージを送っていた。それで、珠恵ちゃんは、午前中、心当たりの探偵事務所に連絡して、面会の予約を取ってくれていた。予約の時間は、お昼の終わった13時から。今日は丁度午後の講義が無いので、サボりではない。

実は昼前の二限は珠恵ちゃんと同じ講義だったのだが、私が人目を気にしてバラバラに新宿に移動したいとお願いしていた。私の気にし過ぎかも知れないが、少しでも他の人に詮索される可能性を減らしておきたかった。

私達は、夜は居酒屋であろうお店に入り、ランチの定食を注文した。珠恵ちゃんは、もつ煮込み定食、私は鯵フライ定食。

良く煮込まれたモツを美味しそうに食べている珠恵ちゃん。

「珠恵ちゃんは呑兵衛の素質がありそうだね」

心の中で考えていたことを思わず口にしてしまう。

いけないことを言ってしまったかなと思ったが、珠恵ちゃんは気にする風でもなく、口の中の物をゆっくりと良く咀嚼し、飲み込んでから口を開いた。

「まあ、確かに酔えないからね」

「酔えないの?」

「うん。ほら、酒に酔っている状態って、状態異常だからさ、力が治癒しちゃうんだって。まあ、力を抑え込めば酔えるらしいけど」

「あー、そうなんだ」

お酒に酔えないから、お酒を沢山飲める。だから呑兵衛になれると言うことか。でも、何だか楽しそうではない。

「ん?何?酔えなくて可哀想とか思った?」

怪訝そうな言いっぷりだが、顔は笑っている。

「いや、そんなことないって」

「ふーん。あ、そう言えば、灯里ちゃんはもう二十歳(はたち)になっているんだよね?お酒飲んだりしてるの?」

私は首を横に振る。

「ううん、別に飲みたいとか思わないし」

「ま、そんなもんだよね」

私達は互いを見つめて、微笑み合う。

それから食事の残りを平らげ、食後に出されたお茶を飲むと、店を出る。

珠恵ちゃんの案内で、探偵事務所に向かう。そこはそれ程遠くなく、店を後にしてから十分も掛からずに事務所が入っている建物に到着した。

建物に入り階段を二階に上がったところに、「樫木探偵事務所」のプレートが貼ってある扉があった。珠恵ちゃんはその扉をノックすると、ドアノブに手を掛け向こう側に押して開いた。

「こんにちは。予約していた白里ですが」

珠恵ちゃんが事務所の中に呼び掛ける。西峰の名を使うと、巫女だと知られる恐れがあるから、雪希ちゃんの名前を借りたそうだ。

「ああ、いらっしゃい。こちらへどうぞ」

奥から人が出て来た。白髪交じりの髪をオールバックにし、眼鏡を掛けた男性だ。年のころは五十代か六十代か。

私達は男性に導かれるままに、応接用と思われる区画に移動し、入口から奥の側にあった三人掛けのソファに腰掛けた。男性がテーブルを挟んで私達と向かい合わせのソファに座ると、事務員であろう女性がやってきて、三人の前にお茶の入った湯呑茶碗を置くと下がっていった。

「お茶をどうぞ」

男性は私達にお茶を勧めると、自分の目の前の茶碗を手にして、一口茶を飲んだ。それから右手で懐を探り、引き抜いた手の中にあったのは名刺入れだった。

「私はここで探偵をやっています樫木(かしぎ)と言います」

私達のそれぞれの前に置かれた名刺には、「樫木探偵事務所所長、樫木喜昭」と書かれている。一番偉い人だ。

「山野君の紹介で、こんなに若いお嬢さん達が来るとは思っていませんでしたよ」

「あら、そうですか?山野さんとは私の父が知り合いなんです」

珠恵ちゃんが笑顔で応じる。何処まで本当の話をしているのか良く分からない。私も顔に出さないようにしないと。樫木さんは、珠恵ちゃんの説明に納得したのか、ウンウンと頷いている。

「なるほど、そういう繋がりだったのですね。それで、今日はどんなご依頼なのです?」

樫木さんは話を期待するような目線を珠恵ちゃんに向けた。

「あ、いえ、今日お願いがあるのは、こちらの私の友人の方でして」

珠恵ちゃんが私を指し示したのに従い、樫木さんの目線が私に向く。私はどうお願いしたら良いのか分からず、恐る恐る話を切り出してみる。

「あのう、私、母親探しをしたいんです」

「人探しのご依頼ですね。ですが、お母様ですか?どういった経緯(いきさつ)なのか、教えていただけますか?」

「私、小さい頃に養子になっているんです。それで、養子になる前の戸籍を調べたんですが、その戸籍には両親の名前が無かったんです。手掛かりになりそうなものと言えば、幼い頃に見たのだと思う二つの光景だけで、でもそれが何処なのかも分からなくて」

取り敢えず、言えるだけのことを言ってみた。樫木さんは、この手の話には慣れているのか、表情を動かさない。

「ご両親には尋ねてみたのですか?」

「いえ、両親からは私が養子であると言われたことが無くて」

「うむ。では、戸籍の控えを見せていただけますか?」

「はい」

私は鞄から戸籍の控えを取り出し、樫木さんに手渡した。その控えを見た樫木さんの表情が曇る。

「私達は、貴女様のお役に立ちたいのですが、今回は難しそうです」

「どうしてですか?」

「この戸籍が篠郷のものだからです。私は退職するまで警察に勤めておりまして、篠郷には近付いてはいけないと常々言われてきたのです。ですので、誠に申し訳ないのですが」

「分かりました」

目の前で委縮している樫木さんを見ては、それ以上ゴリ押しする気にもなれなかった。

私達は樫木さんに時間を割いてくれたお礼を言うと、席から立ち上がり、事務所から出て行こうとした。そんな私達の背中に樫木さんは声を掛けて来た。

「今回はお役に立てず、申し訳ありません。山野君なら専門の探偵事務所を知っていると思うので、相談してみてはいかがでしょう」

「ありがとうございます。考えてみます」

私は樫木さんにお辞儀し、事務所を後にした。

一階に降り、建物から外に出ると、私達は肩を並べて歩き始める。

「灯里ちゃん、残念だったね。それに、ごめんね、役に立てなくて」

「ううん、大丈夫だよ。元の戸籍が篠郷にあるってことで、こうなるかも知れないって思ってたから」

「篠郷だから?どうして?」

あれ?珠恵ちゃんは篠郷のことを知らないのかな?

「篠郷は、黎明殿が管理している土地だからだよ」

「へー、そうなんだ。そういうことかぁ」

珠恵ちゃんは空を仰いだ。建物で視野が狭められているものの、青い空には白い雲がポツポツと浮かんでいるのが見えている。そんな空を見て、珠恵ちゃんは何を考えているのだろうか、と思っていたら、珠恵ちゃんは視線を私に向けて微笑んだ。

「ねえ、ケーキ食べに行かない?行ってみたいお店があるんだよね。残念会ってことで、私が奢るからさ」

「別に奢って貰わなくても、ケーキは食べに行くよ」

このまま帰ってもと思い、私は珠恵ちゃんの誘いに乗る。

珠恵ちゃんに連れて行かれたのは、近くのオープンテラスのカフェだった。

「ここはね、フルーツのタルトがお勧めらしいよ、あとフルーツパフェとか」

席に案内され、メニューを眺めながら珠恵ちゃんが教えてくれる。

フルーツタルト以外にも美味しそうなケーキはあったが、今日は珠恵ちゃんのお勧めに従うことにして、注文をお願いした。

「それにしても、今日はごめんね、灯里ちゃん」

ケーキを粗方食べ終え、コーヒーを飲んでいるところで、改めて珠恵ちゃんが謝って来た。

「良いよ、大丈夫だって言ったじゃない」

「全然大丈夫じゃないよ。折角紹介して貰ったのに、あの探偵事務所が出来ないって言うとか。灯里ちゃんのお母さん探しくらい、やってくれたって良いと思うんだけど」

珠恵ちゃんが強い語調で言い放つ。いや、そこまでいきり立たなくても良いから。

私が珠恵ちゃんをどうどうといなしているところで、テーブルの横に人の気配を感じた。

「あの、失礼ですが」

「はい?」

声のした方を見ると、若い男性が立っていた。年の頃は三十代前半だろうか。カジュアルなジャケット姿だ。

「隣に座っていたのですが、声が聞こえてしまいまして。何か探偵をお探しのよう

でしたが」

何故この人は急に会話に参加しようとしてきたのだ?私の顔が怪訝になったのを見て、男性は慌てた様となった。

「名乗りもせずに失礼しました。僕は池梨と言いまして、探偵をやっています」

そう言いながら差し出された名刺には「探偵、池梨朔斗」とあった。

「よろしければ、お手伝いさせていただけないかと思いまして」

私は差し出された名刺を受け取りつつも、どうしようかと珠恵ちゃんと顔を見合わせた。でも、珠恵ちゃんもどうしよう、という顔付きをしている。自分のことだし、自分で考えるしかないかと諦め、思考を巡らせる。

樫木さんに断られたばかりでもあり、同じ話をしても断られるかも知れない。でも、元々この人に話をする予定も無かったので、断られたところで失う物はない。

「はい、それでは私の話を聞いて貰えますか?」

私は池梨さんに隣の椅子を寄せて座って貰うと、先程樫木さんにしたのと同じ話をした。

「依頼内容は分かりました。それで探偵事務所に断られたと言われてましたよね?何故ですか?」

「それが良く分かりません。篠郷には行けないと言われてしまいまして」

ここで黎明殿の話を持ち出すことは控えておいた。そのためか、池梨さんは少しの間考えてから笑顔で口を開いた。

「そうですか。私も貴女の依頼が受けられるか分からないので、先行調査をさせていただけますか?出来れば、その戸籍の写しのコピーを頂きたいのですが」

そこで前髪をかき上げる仕草をする。

「ええ、良いです」

私達はカフェを出ると、近くのコンビニでコピーを取り、私の連絡先と共に池梨さんに託した。池梨さんは、律儀に受取証を作成し、渡してくれた。

「それではご依頼が受けられるか分かりましたら、連絡します。ただ、すみません、今立て込んでいるので、連絡できるのは暫く先になると思います」

「はい、連絡お待ちしてます」

池梨さんは、二っと歯を出して微笑むと、手を挙げて去って行った。

これで仕事を受けてくれれば良いが。ただ、所作がやけに芝居じみていて、人としては好きにはなれなさそうな、そんな印象を受けた。


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