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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第8章 繋がりを求めて (灯里視点)
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8-25. 雪希とのコラボ

五月の後半に入った日曜日。私は秋葉原に向かっていた。

先日のバーチャルアイドルコンテストの武術部門の優勝者の特典である、ロゼマリと天乃イノリとのコラボ撮影のためだ。武術部門で優勝したのはホワイト仮面ユキコこと雪希ちゃん。これまで天乃イノリのことを大学の友達に話したことは無いが、今日、雪希ちゃんには明かすことになる。

私は、雪希ちゃんが一人で心細い思いをしないで済むように、また、私のことを教えて驚かせるのを兼ねて、早めのスタジオ入りを目指していた。雪希ちゃんは、私が共演者とは知らずに、何時頃スタジオ入りすれば良いかについて相談して来ていたので、20~30分前で良いのではとアドバイスしておいた。その雪希ちゃんよりも先にスタジオ入りするために、私は45分前を目指していた。

スタジオの入っているビルに着くと、エレベーターに乗って三階へ。ここにはこれまでも何度か来たことがあるので、勝手は分かっている。受付にある地図で、出演者控え室が前回と同じであることを確認すると、スタッフへの挨拶のためにコントロールルームへと向かう。

「おはようございます。今日もよろしくお願いいたします」

コントロールルームでスタッフの人達に声を掛けて、お辞儀をする。

「灯里ちゃん、おはよう」

スタッフの人達も声を掛けてくれる。その場に、ロゼマリの撮影責任者の長沢さんがいないので、居場所を尋ねたところ、打合せ用の部屋だろうとのことだった。

その部屋に行くと、扉が開いていて、中で長沢さんと土屋さんが話をしていた。

「おはようございます」

二人にも同じように挨拶をする。

「今日来るのは、灯里ちゃんのお友達だっけ?」

「はい、大学の友人の白里さんです」

私は既に土屋さんには、優勝した雪希ちゃんが大学の同じ学科の友人であることを知らせていた。

「撮影の時、上手く会話に参加できるようにサポートしてあげてね」

「はい」

確かに慣れていないと、会話に混ざるのも一苦労かも知れない。

土屋さんは、私との会話は十分と考えたか、再び長沢さんと話し始めた。それを見て、私はその部屋から離れ、出演者控室に入る。

それから十分ほどの時間が経過。

私が暇つぶしの読書をしているところに、控室の扉をノックする音が聞こえた。

「失礼します」

少し開いた扉の向こうから声がする。雪希ちゃんの声だ。読んでいた本を閉じて、顔が見えるように扉の方に向ける。

開いた扉から、雪希ちゃんの顔が見えた。と、雪希ちゃんの動きが止まっている。

「え?」

雪希ちゃんが間の抜けたような顔になっていた。

「あ、雪希ちゃん来た。今日はよろしくね」

「え?」

どうやらまだ状況が掴めていないらしい。愉快だ。

「どうしたの?そこで固まっちゃって。中に入りなよ」

「う、うん」

私のその言葉で、漸く雪希ちゃんが動き出す。それでもまだ半信半疑らしい。

そんな雪希ちゃんに分かって貰うために、天乃イノリのモノマネをやってみせる。いや、私が天乃イノリ当人なのだが、動画ではない以上、見た目は天乃イノリではなく向陽灯里だし、モノマネとしか言いようがない。しかし、当然、本物そっくりのモノマネだ。

それで雪希ちゃんも私が天乃イノリであることを理解してくれた。

「あのさぁ、灯里ちゃん」

「何?」

雪希ちゃんも席に座って暫くして、落ち着いて来たようだ。ロゼマリの二人はまだ来ていない。

「灯里ちゃんって、今回のイベントが企画された時から知っていたんだよねぇ?」

「うん、知ってたよ」

私は正直に答える。

「それって、私が優勝すれば、こうなるって分かっていたってことだよねぇ」

「そうそう」

雪希ちゃんが少し前のめりになる。

「だとすると、灯里ちゃんの思惑通りってこと?」

「そうだね。そうなれば良いと思ってたよ」

「ふーん」

雪希ちゃんがニヤニヤした顔になる。

「灯里ちゃん、策士だねぇ」

「それ、褒めてくれてるんだよね」

私も雪希ちゃんの真似をしてニヤニヤした顔をする。

そして私達は笑い出す。あー、楽しい。別に大した策を弄してもいないが、狙った結果になるというのは痛快だ。秘密に巻き込んだ形になった雪希ちゃんには申し訳ないが、許してくれると信じたい。

「このこと、珠恵ちゃんには教えちゃいけないんだよねぇ」

「うん、珠恵ちゃんを仲間はずれにするようで悪いんだけど」

珠恵ちゃんなら問題なさそうではあるものの、際限なく教えられるものでもないし、どのみちどこかで線を引かなければならないのだと、私は心を鬼にする。

それから何分かして、ロゼマリの一人目がやって来た。

「おはよう。灯里ちゃん、と、今日のコラボの人?」

控室の扉をノックして入ってきたのは姫愛さんだった。まずは姫愛さんに、雪希ちゃんを紹介する。そして姫愛さんは自分からロゼマリのロゼであることを雪希ちゃんに明かしていた。

「えーと、陽夏がいないけど」

言うが早いか、姫愛さんの目の焦点が遠くに向いた。探知を使っているのだ。

探知については、先週、珠恵ちゃんと戦武術の練習をしたときに、少しだけ教えて貰った。目の前にいない人を探知する時は、探知対象を条件で絞り込むか、目印になるマーカーを付けておいて、そのマーカーを探すかになるそうだ。いずれにせよ、探知に集中し過ぎると目の焦点が定まらなくなるので、適度に意識を分散させるのが良いらしい。実際、その場で珠恵ちゃんに雪希ちゃんの場所を調べて貰ったが、珠恵ちゃんの様子はまったく普通のまま、私と話をしている間に特定できていた。

そういう意味で言えば、姫愛さんはまだ探知初級者なのか、不器用なのか、ワザとなのか、今一つ計り知れないところがある。

「駅から出て、こっちに向かって歩いているね、もうすぐ来るよ」

集中して念入りに探しているためか、見付けるのは早いし、間違えたことも無い。陽夏さんがもうすぐ来ると言うのも本当だろう。

「姫愛さん、今日も勘が冴えてますね」

取り敢えず、私は姫愛さんが巫女だとは知らないことになっているので、適当にフォローしておく。当惑した表情で私を見詰める雪希ちゃんの視線が痛い。私だってぶちまけたいのを我慢しているのだから、許して欲しい。

それにしても、撮影がゲーム実況であることまで調べなくても良いのに。姫愛さん、今日は調子に乗っているなぁ。因みに、珠恵ちゃん情報によれば、遠くの様子を探ったときに、どれくらい詳細に見られるかは、探知の熟練度によるそうだ。物の形が大体見分けられるくらいになっているならば、相当練度が高いらしい。

さて、そうしたことは兎も角、姫愛さんがケーキを持って来てくれたので、お茶の準備を始める。控室に置いてあったお茶のセットの中にティーバッグを見付け、お湯を用意する。

そんなところに陽夏さんが来た。雪希ちゃんとは一緒に星華荘に行ったことがあるので、雪希ちゃんも陽夏さんとは面識がある。だけど、陽夏さんがロゼマリのマリであることは、雪希ちゃんは今日まで知らなかった筈だ。もっとも、今までのことで色々と面食らったためか、雪希ちゃんも陽夏さんがマリであることを知ったくらいでは動揺の色を見せなくなっていた。

四人揃ったところでお茶会を始める。とは言え撮影前なので、それ程時間がないことは皆分かっていた。だから早めにケーキを平らげると、ダージリンティーを飲みながら撮影開始の連絡が来るのをお喋りしつつ待っていた。

「長沢さんが動こうとしているみたい。そろそろ撮影始まりそうだから、片付けよう」

姫愛さんが行動を促す。会話の最中に長沢さんのことを確認していたのだろう。なんだ、自然に探知することもできるんだ。

そしてスタジオのブースに移動して、撮影を始めた。

撮影を始めるにあたって、長沢さんから説明があった。今日の撮影は二部構成で、第一部は四人でのお喋りとゲーム実況、第二部は戦武術の練習と軽い打ち合い。長沢さんからは、雪希ちゃんにガチの打ち合いは控えるようにとの注意がされていた。

一方でゲームはガチバトル。遊んだゲームは対戦型のパズルアクションゲームで、それを得意とする雪希ちゃんの一人勝ちだった。雪希ちゃんは、見知らぬ人とのネット対戦でも勝ちまくり、観戦していた三人でユキコ(雪希)ちゃん凄いと盛り上がっていた。

「灯里ちゃんの予想通りだったね」

第一部の撮影後の休憩時間、陽夏さんが話し掛けて来た。姫愛さんと雪希ちゃんは一緒に飲み物を買いに行っている。

「はい、雪希ちゃんなら大丈夫じゃないかと思ってました」

陽夏さんと二人で何を話しているのは、姫愛さんのことだった。姫愛さんは、巫女だと教えてはいけない人の前でも平気で探知しているように見えていたのだが、実はそうではなかった。そのことに最初に気付いたのは陽夏さんで、ロゼマリが犬丸あんずちゃんとコラボ撮影したとき、あんずちゃんの前では姫愛さんは変なことを一切しなかったのだそうだ。それは、私と緋色ユカリさんが一緒のときも同様で、不思議に思った私が陽夏さんに「姫愛さんがいつもと違う」と話したら、どうやら人を選んでいるらしいと教えてくれたのだった。基準は分からないが、姫愛さんは気が許せない人が傍にいると変なことをしないらしい。

それで今日、雪希ちゃんが参加するにあたり、姫愛さんの振る舞いがどうなるだろうかと陽夏さんと話していて、私は雪希ちゃんには警戒しない方に一票入れていた。その予想が当たったことを陽夏さんは指摘したのだ。

「姫愛は、雪希ちゃんとは初対面で全然知らない相手なのに、どうして気を許したんだろう?」

「良く分かりませんよね、本当に。何か基準があるのでしょうか?」

陽夏さんは首を横に振る。

「分からない。そもそも姫愛は意識して区別しているんじゃないみたいだし」

「意識していないんですか?」

「そう。ほら、スタッフとか偶に入れ替わっていることがあるじゃない。そういうの、いちいち私達に教えたりしないし。だけど姫愛がまったく変なことをしなくなった時があって、確認してみたら、その日から新しいアルバイトのスタッフが一人入っていた訳。それで探偵社に調べて貰ったら、そのアルバイトは企業スパイだったと分かって。そんなこと誰も知らなかったのに。いや、姫愛にしても企業スパイだったって言われて驚いていたくらいだから」

ふーむ。無意識に警戒すべき人を識別しているとは、凄い能力なのではないだろうか。

「姫愛さんて、優秀なんですね」

「いや、教えちゃいけない人の前で力を使っている時点で駄目だって」

はい、確かに陽夏さんの仰る通り。けれど、陽夏さんも「力を使っている」とかぶっちゃけてしまっているのだが。ここは聞かなかった振りをした方が良いのだろうか?


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