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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第8章 繋がりを求めて (灯里視点)
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8-24. 珠恵の訪問

「ねぇ、灯里ちゃん、少し良い?」

金曜日の最後の講義の後、教科書やノートを鞄に仕舞っているところに、珠恵ちゃんが来た。

「うん、何?」

珠恵ちゃんは少し俯き加減で、モジモジしている。何か言い難いことがあるのだろうか。

「あのさ、私、明日、灯里ちゃんの家に遊びに行きたいんだけど」

「えっ?私の家?大丈夫だと思うけど、どうして?」

「ほら、灯里ちゃんは私の部屋に来てくれたでしょう?だから今度は私が灯里ちゃんの家に行ってみたいって思って。駄目かな?」

そう言いながら、少し上目遣いにしてくる。いや、珠恵ちゃんはそういうキャラじゃないでしょう。まあでも、悪い気はしない。

「ううん、駄目じゃないよ。それじゃあ、雪希ちゃんも誘ってみる?珠恵ちゃんのところには雪希ちゃんも行ったし」

「雪希ちゃんは、明日は高校の時の友達と約束があるって言ってたよ。宇宙物理学科の子、真弓ちゃんって言ったかな?」

その子なら私も知っている。工学部の喫茶室で雪希ちゃんと一緒にアルバイトしている子だ。

「予定があるのなら残念だけど、仕方が無いね。それで珠恵ちゃん、明日は何時頃来るの?」

「お昼過ぎにしようと思うけど?」

「分かった、待ってるね」

その場はそれで別れて、私はバイトのために渋谷に向かった。

翌日。

昼食の席に家族が揃う。献立はオムライス、コンソメスープにサラダだ。オムライスは母が、スープとサラダは私が担当した。その食事の最中、家族に大学の友達の来訪を告げた。

「トモちゃんのお友達って、いつもの冴佳ちゃんと由縁ちゃんではないってことね。大学のお友達が来るのは、初めてじゃない?ねえねえ、どんな子?」

母が期待するような目で私を見る。

「うーん、見た目は冷めたような感じだけど、根は優しいかな?でも、お母さんの話し相手になってくれるかは分からないよ」

冴佳と由縁が家に来る時、母は二人と話したそうにしているが、二人とも私の部屋に行きたがるので、母とはいつも挨拶を交わす程度の会話しかしていなかった。だから、新しい子なら話をしてくれるかもと期待しているのだ。でも、珠恵ちゃんが母の相手をしてくれるかも分からないので、予防線を張っておく。

「そうなの?折角だから、トモちゃんの大学での様子とか聞いてみたいんだけどな」

少し拗ねたような表情をする母。可愛い。母なのに可愛いとか反則だ。母の見た目は若く、このまま何年か経つと、私の方が姉に見えてしまうのではないかと言う不安すらある。

ともあれ、食後のコーヒーも飲んでゆっくりしたところで、母と一緒に食事の後片付けをする。食器をすべて洗い終え、乾いた布巾で皿を拭いて食器棚に仕舞っていると、インターホンのチャイムが鳴った。

「私が迎えに出るよ」

きっと珠恵ちゃんが来たのだろうと考え、母にはキッチンに留まって貰い、インターホンの画面を見に行くと、珠恵ちゃんらしき姿が見えた。私はそのまま玄関へ行き、扉を開ける。

「灯里ちゃん、こんにちは。約束通りに来たよ」

「いらっしゃい、どうぞ上がって」

灯里ちゃんを家の中に招き入れる。

「お邪魔します」

靴を脱いで、私が用意したスリッパを履きながら、珠恵ちゃんが挨拶を口にする。

「ようこそわが家へ。リビングに寄ってく?それとも私の部屋に行く?」

「リビングに灯里ちゃんの家族がいるの?ならご挨拶したいから寄りたい」

「今は母だけだけど、いるよ」

私は先に立ってリビングの扉を開け、中へ入っていき、珠恵ちゃんが後に続く。

「あら、トモちゃんのお友達?こんにち――は?」

母は、珠恵ちゃんを見て固まった。珠恵ちゃんの何が母を驚かせたのだろう。改めて珠恵ちゃんを見るが、珠恵ちゃんは長袖のカットソーに膝丈のスカート、薄手のカーディガンと普通の女子大生の装いだ。強いて言えば、いつもはもっと動き易い格好にしているが、今日はおしとやかな雰囲気を醸している。それは驚くほどの違いでも無いし、そもそも母は普段の珠恵ちゃんの服装など知らない筈だ。

そんな母の様子を物ともせず、珠恵ちゃんは母の方に向き直り、お辞儀をした。

「灯里ちゃんのお母さんですよね?私、灯里ちゃんと大学の同じ学科に通っています西峰珠恵です。初めまして」

珠恵ちゃんが挨拶をしてニッコリ微笑むと、漸く母が動き始めた。

「初めまして。そう、初めましてよね。灯里の母です。ごめんなさい、まさか秋の巫女が家に来ると思っていなくて取り乱してしまって」

へえ、お母さんは秋の巫女のことを知っていたんだ。

「いえ、大丈夫です。あ、あと、ケーキを買ってきたので、皆さんで食べてください」

珠恵ちゃんが母に向けてケーキの箱を差し出した。甘い物が好きな母は、途端に満面の笑みになる。

「あら、ありがとう。それじゃあ、早速一緒に食べない?飲み物は紅茶が良いわよね」

母は、ケーキの箱を食卓の上に置くと、紅茶を淹れにキッチンに入っていった。

「珠恵ちゃん、私の部屋に行かなくても良いの?ここだと母も一緒になるけど?」

ケーキタイムの会話を楽しみに準備しているであろう母に聞こえないよう、声を抑え気味にして珠恵ちゃんに耳打ちする。

「ん?良いよ。折角灯里ちゃんの家に来たんだし」

まあ珠恵ちゃんが良いなら良いか。冴佳と由縁が最初に家に来たときは30分ももたなかったが、珠恵ちゃんはどうだろうか。

「はい、紅茶が入ったわよ」

母がキッチンから出て来た。手にしたお盆の上には三人分の紅茶のカップ、それにフォークやケーキの取り皿が載せてある。

私達は食卓に着き、銘々にケーキを選んで皿の上に乗せた。そして、お喋りしながらのケーキタイムが始まる。

「このケーキって、もしかして珠恵ちゃんの家の近くの?」

チョコケーキやレアチーズケーキのトッピングに見覚えがあった。

「そうそう、先週、うちに行く途中で買ったのと同じところ。種類があって食べ切れていなかったから今日も買ってみた」

珠恵ちゃんの返事にうんうんと頷き、フォークを持ってケーキを食べ始める。

うん、美味しい。母も満足そうに頬張っている。

「それで、珠恵ちゃんはトモちゃんと同じ学科なのでしょう?講義も一緒なのよね?トモちゃんは、きちんと講義を受けられているのかしら?」

「講義は真面目に受けてますよ。赤点を取ったことも無いと思いますし。講義以外の時は良く分かりませんね。灯里ちゃん、忙しそうにしているから。サークルに行ったり、アルバイトに行ったり、友達と遊んだり。偶に一緒に研究室に顔出すこともありますけど」

確かに言われて見ると、講義以外で珠恵ちゃんと一緒に行動することは少ない気がする。

「研究室って大学の?」

「ええ、理学部の鴻神研究室です。朱野織江さんという先輩がいて、有麗さんが来たりもしますよ。元は私が織江さんに出会って誘われて、その私が灯里ちゃんを連れて行ったんですけど」

母が鴻神研究室と言う単語に対して怪訝な顔をしたので、珠恵ちゃんが言い訳するように言葉を付け足していた。

「あ、ゴメン、私変な顔しちゃった?気にして貰わなくても大丈夫よ。ただ少し、ね」

「お母さん、少しって何?」

私は母の顔を見る。母は目を少し伏せ気味にしていた。

「私、トモちゃんには普通の幸せを掴んで貰って、穏やかに生きて貰えればって思っているのよね。だから黎明殿に関係するものには、近付かないでいてくれればとも思うんだけど、そもそもお父さんが東護院の探偵社に勤めているところからして、近付かないでと言っても無理がある話よね」

母が私のことをそんな風に考えていることを初めて知った。ただ、その話との繋がりが掴めないところがあった。

「ねえ、お母さん。大学の研究室が黎明殿関係だってこと?」

「え、ああ、そうじゃなくて、鴻神って名前の方。私、愁翔(あきと)君のこと知っているのよ。お父さんと兼継(かねつぐ)君、愁翔君、それに(らん)ちゃんは一緒に旅をしていたことがあって。あ、愁翔君の苗字が鴻神で、兼継君と言うのがトモちゃんのバイト先の社長の土屋さんのことね。四人は、黎明殿本部に頼まれて調査の旅をしていたの。愁翔君は大学の先生になったけど、今でも黎明殿本部に依頼されていることがあると思うわ。学生にはその仕事はやらせていないでしょうけれど」

母の口から私の知らない話が続々と出て来る。母と、母を恐れる社長の土屋さんとの接点も見えて来た気がする。

「もしかして、お母さんもその四人と一緒に旅したことがあったりしない?」

母の片方の眉が上がる。

「トモちゃん、良く分かったわね。そうよ、あるわ。その当時、私も一人で旅をしていたの。そして偶然、旅先でお父さん達と行き会った。それで、お父さんのことを、何か良さそうな人だなって思って、私も四人に付いていくことにしたのよ。で、一緒に旅をして親しくなって、お父さんと結婚した訳」

母の顔がほんのり赤みを帯びている。その時のことを想い出しているのだろう。今まで両親の馴れ初めの話は聞いたことが無かったが、こんな形で聞かせて貰えるとは。

と言うか、珠恵ちゃんがこの場に良く馴染んでいる。母のお喋りをニコニコしながら聞いていて、言葉を出さずとも、時折頷いて母の話を促している。何か物凄く手慣れているのだが、どうして?

結局、母も交えたお喋りは二時間余り、母がそろそろ夕食の買い物に行かねばと立ち上がるまで続く。途中、父や玲次もリビングに顔を出し、珠恵ちゃんと挨拶を交わしていた。

母が父と買い物に出掛けると、私は珠恵ちゃんを伴って自分の部屋に移動した。

珠恵ちゃんは私の部屋の中を物珍しそうに見回した後、ローテーブルの脇に座る。私も同様に座ると、珠恵ちゃんは私に向けて口を開いた。

「皆、良い家族だね」

「うん」

そう、まったくその通りだ。

「それでも灯里ちゃんは本当の親のことを知りたい?その気があるなら、心当たりのところを紹介するけど」

唐突な珠恵ちゃんの提案に、私は迷う。

「少し考えさせて貰っても良いかな?」

「勿論良いよ。灯里ちゃんの決心が付いたら教えてね」

珠恵ちゃんはにこやかに応じてくれた。

さて、どうしようか。


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