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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第8章 繋がりを求めて (灯里視点)
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8-22. コンテスト当日

四月になった。入学シーズンの到来である。満開の桜並木の中を歩く初々しい新入生だったのは一年前の話、しかも、今年の桜は開花が早かった。

「もう桜が散り始めているんだね。切ないねえ」

「どうしたトモ?今日はやけに感傷的だが」

キャンパス内の芝生の上で、お昼の弁当の最中だ。今日は久し振りに冴佳に由縁と一緒に食べている。爽やかな空気が気持ちいい。

「まあ、何となく。私だって、偶にはのんびりしながら景色を堪能したくなるんだよ」

冴佳に向けて返事をすると、反対側から声がした。

「貴女は本当に忙しそうだものね。今日はサークルには来るの?」

「うん、行くよ。四限が終わったら」

ここのところ、イベントが近付いていることもあって忙しくなっていた。研究室の動画投稿を手伝ったりしながら、バイト先でも社長の土屋さんがイベントまで天乃イノリの投稿頻度を上げると意気込んでいて、渋谷に通う日が増えている。この時期は、レポートの提出が少ないのが救いだ。

弁当を食べ終わり、芝生の上に仰向けに寝そべる。青い空に雲がチラホラ見えている。高い位置にある雲なので、雨の降る心配はない。ゆっくり動いている雲を見ると、忙しない日常から解放された気分になる。

「どこか旅行に行きたいな」

それとはなしに、口から言葉がこぼれ出る。

「トモは行きたいところがあるのか?そう言えば、受験以来、三人で旅行してないな」

「そうだね。うーん、何処が良いかな」

空を見ながら想いを巡らせる。封印の地はもう行った。行ったのは北の封印の地だけだが、清華ちゃんも柚葉ちゃんも自分のところに来ても良いと言ってくれている。であれば、わざわざ冴佳達と訪れようとする必要もない。そうなると、やはり世界遺産かな。いや、世界遺産はロゼマリとのコラボ企画用に取っておきたい気もする。うーむ、選択肢が無くなってしまったか。いっそのこと、シンプルに行こうか。

「三人でノンビリしたいな。浜辺で寝そべったり、夜空の星を眺めたり」

「まあ、貴女にはそう言う息抜きする時間が必要そうよね」

由縁が私を同情するような目付きになっている。

「いや、そこまで疲れているって程でもないんだけど」

「良いんじゃないか、トモ。旅行先で優雅にノンビリ過ごすのも。そうだ、私の母親の実家に行かないか?沖縄で民宿をやっているんだ。周りに何も無いが、人も少ないからノンビリできるし、星も綺麗だぞ」

その冴佳の提案は私には魅力的に映った。

「へぇ、何か良さそう。私、行ってみたい。由縁はどう?」

「偶にはそういう旅行も良さそうね。私も行くわ」

「よし、決まりだな。それで何時にしようか?出来れば一週間から十日くらいいた方が楽しめるが」

一週間から十日か。学校やバイトのことを考えると、色々厳しそうだが、頑張って調整してみよう。とは言え、普通の日では無理だ。

「早く行きたい気もするけど、直ぐは無理かな。今度の夏休みでも良い?」

「私は良いわ」

「それじゃあ、夏休みで。トモ、実際にいつ行けるか教えて貰えるか?」

「うん、バイト先と相談してみるから、少し待ってて」

図らずも、夏休みの旅行が決まった。暫く慌しい日が続きそうだが、その後で旅行に行くことを考えれば、忙しくても頑張れる気がする。

そう考えて毎日を過ごしていたら、直ぐに月末になった。

月末はイベント、すなわちバーチャルアイドルコンテスト。

私が提案した戦武術のトーナメント戦が開催される。

このトーナメント戦、企画会議の中で、バーチャルアイドルが手分けして試合解説をすることになった。それで、決勝トーナメントの解説は、ロゼマリと天乃イノリでとの話が出たのだが、それだと雪希ちゃんの戦いを研究室の人達と観られないので、私と言うか天乃イノリは予選の解説にさせて貰った。

なので、イベント初日の午前中は、織江さん達と雪希ちゃんの予選を観戦、皆と別れた午後は、天乃イノリとしてAコートの予選の解説をと一人二役をこなした。そしてこの日私が観戦した中には、雪希ちゃんの優勝を脅かしそうな人はいなかった。これなら私の思惑通りになりそうか、いや、油断は禁物だ。

翌日、イベント二日目にして最終日、トーナメント決勝戦の日。私は前日同様に雪希ちゃんに合わせて紅仮面トモコに扮し、同じく闇仮面タマコに扮した珠恵ちゃんや織江さん他の研究室の人達と観客席から雪希ちゃんを応援した。この日は、ロゼマリの二人が試合解説なので、イヤホンを耳に差して二人の解説を聞きながらだ。この二人の解説が中々面白かった。しかし、度々試合のことから外れて他の話題で盛り上がったりし、解説者としてそれで良いのかとハラハラさせられたりもした。それで私も何度か試合から注意を逸らされ、観戦の方がお留守となる事態に。まあ、雪希ちゃんの優勝を阻みそうなのが、高校生くらいの女の子しかいなかったし、集中力が落ちていたのだと思う。

お蔭で、昼食のとき、誰が強かったかと言う雪希ちゃんと珠恵ちゃんの会話に乗り遅れてしまった。ただ、その話をよくよく聞いても、私の見立てとそう変わるものではなさそうだった。注意すべきは女の子一人、戦武術の動画を主に投稿している戦武ちさと言う名のバーチャルアイドルをやっている女の子だ。

その午後の試合で、雪希ちゃんと戦武ちさの二人は順調に勝ち上がり、最後の決勝戦は二人の戦いとなった。

『この二人の戦いは見応えがありそうです。楽しみですね』

二人が試合のコートに入ったときに流れて来たマリの解説の言葉だ。私も同意見だったが、雪希ちゃん有利だと見ていた。

「ユキコちゃん頑張れーっ!!」

研究室の皆が観客席から声援を送る。それに負けじと、私も声を張り上げる。

試合開始と同時に二人の打ち合いが始まる。最初は戦武ちさが攻撃を仕掛けた。動きは良いが、雪希ちゃん程の速さではない。そして相手の攻撃を見切ったのか、雪希ちゃんが反撃に転じる。だけど、まだ本気の打ち込みではないので、様子見か。

一旦離れて木剣を構え直したところで、雪希ちゃんの本気の攻めが始まった。その持ち前のスピードで相手を翻弄し、姿勢を崩して出来た隙を突く。まず一本。

『おおっ、ホワイト仮面ユキコ選手、見事な攻撃のコンビネーション、鮮やかでした』

マリが褒め称えている。私も雪希ちゃんの良いところが出せていたと思う。

このまま雪希ちゃんがもう一本取って勝利するかと期待していたが、戦武ちさの闘志に火が付いたのか、試合再開後から雪希ちゃん顔負けの、動きを主体とした攻撃を始める。雪希ちゃんは戦武ちさの打ち込みを適切に処理していたが、相手の巧みな動きに姿勢を崩し気味になる。それでも、雪希ちゃんの打ち込みは十分に重い。なので、振り落とされた雪希ちゃんの斬撃をいなすだろうと予測していたところ、戦武ちさは意外な動きをする。雪希ちゃんの打ち込みを正面で受けて、跳ね上げたのだ。

『えっ、あれ?』

マリの戸惑う声が聞こえて来た。気持ちは分かるが、解説としてはどうだろうか。

『いえ、何でもありません。戦武ちさ選手、見事に反撃しました。これで一対一。次に一本入れた方が勝ちです』

流石はマリ、一瞬で立ち直った。

雪希ちゃんの剣を跳ね上げた戦武ちさは、すかさず雪希ちゃんのお腹に一撃を入れて一本を取り、試合を五分と五分に戻した。

「あの子」

隣に座っている珠恵ちゃんの呟きが聞こえたのでそちらを向いたが、仮面の下の表情は読み取れない。でも、私と同じように先程の戦武ちさの攻撃に違和感を覚えたのだろう。

さて、試合のコートの上では、もう一度雪希ちゃんと戦武ちさが向き合って木剣を構える。再開の合図と共に二人ともが前に出て動きながらの打ち合い。戦武ちさも頑張っていたが、雪希ちゃんの方が上手だった。最後に戦武ちさのお腹に雪希ちゃんが打ち込み、勝利を決めた。

『ホワイト仮面ユキコ選手強い。この試合を制して優勝を決めました。戦武ちさ選手、健闘しましたが一歩及ばず。でも、良い試合でしたね、ロゼ』

『うん、凄かったよ、二人とも』

その後もロゼマリの解説は続いていたが、試合が終わったのでイヤホンを外す。隣の珠恵ちゃんはと見ると、仮面の下の口許が緩んでいる。

「雪希ちゃん、勝ったね」

「そうだね。まあ、順当だと思うけど」

確かに、いつも珠恵ちゃんと対等に打ち合っているから当然か。そうであっても、優勝したことは素直に称賛したい。

イベントの武術部門の表彰式が終わると、珠恵ちゃんと更衣室へ向かった。そこで、戦武ちさと一緒だった雪希ちゃんと会い、戦武ちさを紹介して貰う。そのまま一緒に着替えながら話をし、戦武ちさの本名が紅林(くればやし)知里(ちさと)であり、このイベントのために遥々博多から来たことを知った。イベントの関係者としては、遠方からの参加者には本当に感謝の気持ちしかない。

その知里ちゃん自身はまったくその素振りを見せなかったので本当に知らなかったのだと思うが、知里ちゃんに同行してきた矢内(やない)和真(かずま)君は、珠恵ちゃんの顔を知っていたようだった。しかも、珠恵ちゃんの方がとても偉そうな振る舞いをしていた。

「キミ達のお姫様が言い付けを守れなかったのは分かっているんだよね?」

責めるような珠恵ちゃんの口振りだったが、和真君も負けていなかった。

「ええ、今日の決勝のことですね。でも、それは紅林の問題です」

「そう。まあ、そっちの家の問題だと言うのなら、口出ししないけど、キミ達もしっかりしてよ」

和真君に対して強い態度に出ている珠恵ちゃん。二人の間柄は何だろう?

目の前で繰り広げられた厳しいやり取りが、気にならない訳がない。

「珠恵ちゃん、どういうことか説明してくれるよね?」

知里ちゃん達と別れると、私は珠恵ちゃんに詰め寄った。

「え?まあ、そうだよね。ここじゃあ何だから、私の家で良い?」

珠恵ちゃんは、追究されるのは覚悟の上だったのだろう、珠恵ちゃんの家に雪希ちゃんと私を招待してくれた。


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