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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第8章 繋がりを求めて (灯里視点)
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8-21. コンテストの企画

夢を見た。

広い部屋、その部屋の一面にだけある大きな窓。窓の外は、いつも霞が掛かったようになっていた。

でも、ごく偶に、霞の中に何か光るものが見えるときがある。それを教えると、暖かい手で撫でて貰え、私は幸せな気持ちになる。そんな私を見詰める優しい瞳の女性。顔の詳細は分からず、しかし、私に向けて微笑んでいる。その頭にはキラリと光るものが付いているが、何かは分からない。母親とは違うその女性。なのに不思議と怖くなかった。その人が私に向ける微笑みが身近な誰かを思い起こさせるものだったからか。

ぼやけた思考で読み取れるのは、感情の色だけ。とは言え、そこは私に取って居心地の良い場所だった。

と、そこへ無粋な音が鳴り響く。

何だろうかと暫く考え、目覚まし時計のベルが鳴っているのだと思い至る。目を閉じたまま記憶している目覚まし時計の場所に手を伸ばし、スイッチを切ってベルを止める。

伸ばしていた手を戻し、布団に(くる)まり直して落ち着くと、薄っすら目を開けてみる。カーテン越しに、朝日が部屋に射しこんでいるのが見えた。朝だ。

それにしても、と思う。あの部屋の夢を見たのは久し振りだった。

小さい頃は、偶に見ていたが、段々と頻度が下がり、ここ一、二年はまったく見ていない。あの広大な風景と、窓が一つしかないあの部屋。まったく関連の無さそうな二つの光景が何故見えるのか。小学生の頃に両親に話したことがあるが、心当たりが無いと言われた。

今思うのは、その二つの光景とも、養子に取られる前に見たものではないだろうかと言うこと。もしそうだとすると、私が二歳くらいのときに見たものとなる。

あ、いけない。思考に沈んで、そのまま二度寝しそうになった。起きて大学に行かねば。

私はベッドから抜け出すと、顔を洗いに階下の洗面所へ向かう。

朝食を取り、身支度を整えて外へ出ると、冷たい空気が肌に触れる。駅近くの商店街はイルミネーションで飾られており、クリスマスが近いことを知らせていた。クリスマスが終われば直ぐに年末だ。道行く人々も心なしか忙しげに見える。

一方で、大学はと言えばいつも通り。キャンパス内の光景にも変化はない。もっとも、雪希ちゃんがバイトしている工学部棟の喫茶室は、入口脇に小さなモミの木を飾っているらしい。

理学部棟は喫茶室も無いし殺風景なものだ。ただ教室に行って講義を受けるだけ。講義は、午前中に二つ、珠恵ちゃん達とお昼を食べてから午後にも二つ。日によっては五限もあるが、今日は四限で終わり。その講義も正月明けまでで、一月の終わりには後期試験とレポート期間に入る。

四限の講義の後、バイトに向かおうかと理学部棟の入口に向かうと、由縁と行き会った。

「あら、灯里じゃない。これからサークル?」

今日はサークルがあるのは知っていたが、仕事があるのだ。だから、首を横に振る。

「ううん、バイト先で打合せがあるからって、呼ばれてて。由縁はサークルに行くの?」

「ええ、そのつもりよ」

「じゃあ、皆によろしく言っておいてね」

建物の前で由縁と手を振って別れて渋谷へと移動する。

渋谷の駅前もイルミネーションで飾り立てられている。人出も多い。その人混みの中を会社が入居しているビルまで歩き、エレベーターに乗った。

会社のフロアでエレベーターを降り、受付を素通りしてオフィス内に入ると、真琴(まこと)さんと目が合った。真琴さんのことは、バイトを始めたころは四辻さんと呼んでいたが、その後親しくなると共に名前呼びになった。

真琴さんが会議室を指差したので、会議室に行っているようにとの指示と受け取り、真琴さんに向けて頷いてから、そちらへと進む。

会議室には先客がいた。社長の土屋さんが奥に座り、ノートパソコンを操作していた。

「土屋さん、おはようございます」

私の声に、土屋さんが顔を上げた。

「ああ、灯里ちゃん、おはよう。今日は呼んじゃって悪かったね」

「いえいえ、イベントの企画会議に参加させて貰えて嬉しいです」

今日はいつものバイトの日ではなかったが、イベントの企画会議に誘われたのでやって来たのだ。

私が会議室に入ったのが合図になったのか、スタッフの人達が会議室に集まり出す。全員が集まると、土屋さんはノートパソコンを閉じて、立ち上がった。

「さて、私達のバーチャルアイドルプロジェクトも順調に視聴者が増えて来ました。今後も勿論独自の取り組みも進めますが、より多くの視聴者獲得に向けては業界自体を盛り上げることも重要だと考え、幾つかのプロジェクトと連携してバーチャルアイドルのイベントを実施することとしました。それで、来週、イベントの全体会合がありますが、それに向けて私達のアイディアを纏めるために、今日、皆さんに集まって貰いました」

土屋さんの趣旨説明のあと、イベントについて決まっていることが共有された。時期は来年の四月末の土日。場所は代々木にある体育館。イベントの告知は三月の初め。参加は無料で、開催主体として参画する各プロジェクトは費用回収のためグッズ販売できる。

「それで、今日考えるのは、如何に多くのバーチャルアイドルに集まって貰うかについてです」

土屋さんからお題が提示され、議論が開始される。

イベントを盛り上げるなら、会場だけでなくネット配信をしよう、とか、作品を集めて投票で順位を付ければ、とか、順位を付ければテーマ別にしたら、とか、イベントまでのカウントダウン配信をして皆の気分を盛り上げよう、とか、様々な意見が出て来た。出て来た意見は、あまりこの場では絞らずに、整理して全体会合持って行く方針となっていたが、お金が掛かり過ぎるものや、イベントの品位が問われそうなものは却下された。バーチャルアイドルのお祭りとのコンセプトから、酒類の提供については真剣に議論されたが、トラブルを避けるために、酒類は販売もせず、持ち込みも禁止にしようということで纏まった。

私からは戦武術のトーナメント戦を提案してみた。優勝者に天乃イノリとのコラボの権利を付ければ盛り上げるのではないかと。身バレを恐れて参加者が少ないのではという意見もあったので、仮面を付けるのを原則とした。それと、当日はコスプレイヤーもいるだろうから、大きめの更衣室を用意することも付け加える。

この提案をしたとき、私には下心があった。鴻神研究室の動画投稿では、雪希ちゃんがバーチャルアイドルをやっている。雪希ちゃんが優勝すれば晴れて雪希ちゃんとコラボができる。時たま雪希ちゃんと珠恵ちゃんの打ち合いを見ていたが、二人は時と共に上達していた。夏休みのときは体力不足だった珠恵ちゃんは、毎日体力作りをしているそうだし、雪希ちゃんも珠恵ちゃんに負けじと自主練をしているとか。当人が自分の力量をどう捉えているかは不明だが、傍から見て雪希ちゃんなら優勝してくれるだろうと思えた。だから、私はこの案を出したのだ。何とか採用されて欲しい。

翌週、イベントの全体会合が開催された。私達の会社からは土屋さんと真琴さんなど数名の社員が参加し、アルバイトの私は欠席だ。私が会合の結果を知ったのは、翌日、バイトで会社に行った時。前週と同様に全員が会議室に揃ったところで、土屋さんから全体会合で決まったことが伝えられた。私の提案した戦武術のトーナメント戦は採用されたが、少し変更が加えられ、優勝者がコラボできるバーチャルアイドルは、天乃イノリだけでなくロゼマリが追加された。全体会合の場に陽夏さんがいて、そういうことにしてくれたらしい。陽夏さんに感謝だ。

私は直ぐに研究室でこのことを話したかったのだが、公平を期すために告知の開始までは秘密だと言われ、仕方が無いので大人しく三月まで待つことにした。

そんな中、受験シーズン本番に入った一月の終わりに、織江さんが研究室のバーチャルアイドル活動の一時休止を宣言してしまう。

まさかそんな形で私の小さな目論見が頓挫するとは思わず、焦った。とは言え、二月は研究室はとても忙しそうで近寄ることすら憚られたので、三月になって落ち着いてから織江さんに相談した。織江さんには、活動再開は問題ないが、今は立て込んでいるので月の後半からで良いかと問われ、私としても目的としている武術部門へのエントリーにはそれでも十分間に合うので了解した。

そして三月下旬。

織江さんにお願いして招集を掛けて貰った時間に合わせて大学へ行く。もしかしたら、珠恵ちゃんと雪希ちゃんが打ち合いの練習をしているかも知れないと思い、理学部棟の裏に回ってみると、案の定、二人が打ち合いをしていた。二人の打ち合いは久し振りに見たが、珠恵ちゃんがより上達しているようだった。雪希ちゃんの打ち込みは相変わらず速いのだが、珠恵ちゃんの受けがより正確になり、姿勢を崩され難くなっている。打ち込みについても、雪希ちゃんが受け難い位置を狙っている。珠恵ちゃんは相手の動きが前より見えている感じだ。そのため、この前までであれば雪希ちゃんが優勢だったのが、今は逆転して珠恵ちゃんが優勢となっている。珠恵ちゃん、凄い。

打ち合いが一段落したところで二人に声を掛けて、一緒に研究室へ。そして研究室でバーチャルアイドルのイベントである「バーチャルアイドルコンテスト」を紹介する。その後の話合いの結果、雪希ちゃんは戦武術のトーナメント戦であるコンテストの武術部門に参加することを決めてくれた。

その日、研究室での話が終わり、珠恵ちゃんも含めた三人で駅に向かって歩きながら、雪希ちゃんに話し掛ける。

「雪希ちゃんが、イベントの武術部門に参加するって言ってくれて嬉しかったよ」

「そう?まだ、何処まで勝ち上がれるか分からないよぉ」

「大丈夫だって。雪希ちゃんなら優勝できるって珠恵ちゃんも言ってたじゃない」

「そうそう、雪希ちゃんなら大丈夫」

珠恵ちゃんもフォローしてくれた。

「ありがとう。頑張るから応援してねぇ」

「うん、応援する。そして、コラボ撮影楽しみにしてるから」

「コラボ撮影?」

あ、しまった口が滑った。

「い、いや、コラボ動画。ロゼマリと雪希ちゃん演じるユキコが一緒に出ている動画を楽しみにしているってこと」

「灯里ちゃん、まだ気が早いと思うんだけどぉ」

まあ、確かにそうだ。私はエヘヘと照れ笑いする。

「そう言えば、灯里ちゃん、歌が上手だったよねぇ。お願いがあるんだけど」

「ん?何?」

「これからカラオケに付き合って貰えないかなぁ。歌の練習がしたいんだ」

「勿論、良いよ。珠恵ちゃんも行こう?」

「二人と一緒なら喜んで」

そうして私達は駅前のカラオケ店で歌いまくった。


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