8-20. 能力の由来
蹟森に超大型魔獣が出現した夜、私達は北杉家の人達と共に夕飯を食べ、それからリビングで談笑した。その会話が一区切り付いたところで柚葉ちゃん清華ちゃんと一緒にお風呂に入らせて貰ってから、私達に当てがわれている客間に移動した。
「灯里さん、夕食のとき、元気良かったですね」
清華ちゃんに指摘された。
「そうだね。魔獣との戦いが見られたし、もう一日ここに居られることになったし、少し浮かれちゃったかな」
私は上機嫌だった。
「明日はどうします?」
柚葉ちゃんに尋ねられたが、何も思い付かない。
「うーん、そうだね、戦武術を教えて貰おうかな。いや、それは東京に帰ってからでも出来るかぁ。よし、明日のことは明日になってから考えよう」
思考が纏まらない私に、柚葉ちゃんの眼が心なしか呆れている感じになっている気がする。
「灯里さん、お疲れではないですか?早く寝た方が良いのではないかと」
「そうだねぇ、そこまで疲れている感じじゃないけど、取り敢えず横になろうかな」
そして布団に潜った私は、その日も直ぐに寝入ってしまった。
次の日の朝。
柚葉ちゃんや清華ちゃんが動き出した気配で、私も目を覚ます。良く寝た。
朝食を食べ終えてゆっくりしていると、突然リビングの扉が開かれて人が入ってきた。誰かと思うと、烏丸花楓さんだった。花楓さんは、本部の巫女の東北地区担当だ。北杉家の人達のことは良く知っているようで、気さくに話し掛けている。ただ、北杉家の人達の反応が少しよそよそしいような。
そんな空気を読んだのか、柚葉ちゃんが清華ちゃんと私を道場に連れ出した。
「ねえ、柚葉ちゃん、何かあったのかな?」
柚葉ちゃんが事情を知っているから分からなかったが、気になった私は、客間で動き易い服装に着替えながら尋ねてみる。
「まあ、少々わだかまりと言うかがあるみたいで。当事者同士で話し合った方が良いと思ったので抜けて来ました」
想像以上に柚葉ちゃんは何かを知っているみたいだ。でも、詳細に言及しないと言うことは、聞かせたくないことなのだろう。どのみち他人の家の問題だし、野次馬になるつもりもない。
私達は道場に移動して、戦武術の練習を始めた。
私一人の生徒に対して、柚葉ちゃんと清華ちゃんの二人の先生という贅沢な構成だ。獅童道場に通って以降、折りを見ては陽夏さんや珠恵ちゃん達に教えて貰っているが、初級者を卒業するにはまだまだ練習が必要だという自覚があった。柚葉ちゃん達からも、基本的な動作は毎日繰り返して、身体に叩き込むようにというアドバイスを貰う。
二人の教え方には、それぞれの性格が出ていた。清華ちゃんは、優しく懇切丁寧で、兎も角基本重視。柚葉ちゃんは、私の身体つきに合わせた効率の良い攻撃方法を教えてくれた。ここでも相手の動きが良く見えていると褒められ、嬉しくなった。
二人で打ち合いもやって貰った。基本の大切さは、清華ちゃんの動きを見て良く分かった。清華ちゃんは基本に忠実な動きをしていたが、それでいて、様々に変化する柚葉ちゃんの打ち込みをきちんと対処できている。一方で柚葉ちゃんの動きも決して雑ではない。何と言うか自由奔放なところがある。臨機応変に変化すると言えば良いのか、ダイナミックな動きだ。
ただ何より目を見張ったのは、二人の速さ。打ち合いの最初から、今まで見たことの無い剣速だった。これまでで一番早いと思ったのは、星華荘での美鈴さんと陽夏さんの打ち合いだっただろうか。あの二人では美鈴さんの方が速かったが、柚葉ちゃん達はあの時の美鈴さんよりも速い。
それが途中から更に加速する。柚葉ちゃん達が打ち合いを始める頃に道場に来た花楓さんが、二人の動きを驚いたように見ているので、どうやら普通の速度ではないみたいだった。しかし、どれだけ速くても清華ちゃんの動きは基本に忠実だったし、柚葉ちゃんは臨機応変型で、それぞれの個性が現れていた。二人とも自分の戦いのスタイルを極めていて凄いと感じた。
その二人の打ち合いの後、花楓さんにも動きを見て貰ったりもした。その後はお喋りしたり、再び北御殿を見学したりしてから昼食となり、午後、東京への帰路に就いた。
この蹟森行きは、私の心に残る大きなイベントだった。
翌日から、柚葉ちゃん達のアドバイスに従い、家でも一人での練習を始めた。それと、天乃イノリの動画でも、戦武術への取り組みの回を入れるように提案してみた。この提案は採用され、また、ロゼマリとのコラボの時にも戦武術の打ち合いが取り入れられるようになった。ネットで調べても他のバーチャルアイドルが戦武術をやっているのは殆ど無いので、特徴の一つに出来そうだとスタッフも考えたようだ。
それから暫くは、大きな出来事は無く、慌しい日々が過ぎていた。ただ、気になる話があった。鴻神研究室で始めたバーチャルアイドルの動画投稿の企画検討の中で、織江さんが意図的にはぐれ魔獣が呼び出せるかのような発言をした後、実際に非常に好都合なタイミングで魔獣出現の警告を受けたのだ。
それが本当に意図したものだったのか偶然だったのか、織江さんが話すことは無かったので、定かではなかったが、以前の白銀の巫女のときのこともあったため、私は気になっていた。それで、はぐれ魔獣討伐実況の撮影後、織江さんに話が出来ないか相談したら、研究室でと言うことになった。研究室には結界が張ってあると聞いているから、内緒話に丁度良い。
「それで灯里よ、何の話をしたいのだ?」
他の人達と別れて二人で研究室に移動し、作業台でお茶を飲んで落ち着いたところで、織江さんが口火を切った。
「今日のはぐれ魔獣の出現が、偶然だったのかどうかを聞きたくて」
「お主は、それを知ってどうする?」
思っていなかった切り返しが来て、答えに詰まる。
「興味本位で解き明かすのは止めておけと言うことですか」
「如何にもな。それを知ったとて益となることがないのならば」
織江さんの言いたいことは分かる。
「でも、もしかしたら、それで私の能力のことがもっと分かって、私の本当の両親を探す手掛かりになるかも知れない。そういう理由じゃ駄目ですか?」
私の言葉に、織江さんは虚を突かれたような表情になった。
「お主の本当の両親とな?親とは同居しているのではないのか?」
「織江さんには言ってなかったでしたっけ?私、養子なんです。戸籍を調べたこともあるんですけど、本当の両親の名前も分からなくて」
「そ、そうだったのか。それは悪いことを聞いてしまったな。すまぬ」
織江さんは俯いて、ばつが悪そうにしている。
「いえ、大丈夫です。珠恵ちゃん達にも話してますし」
珠恵ちゃん達には、八月下旬、はぐれ魔獣出現時の確認をお願いしたときに、養子であることを明かしていた。
「それならば良いが。ところで、お主、本当の両親を探したいと思うておるのか?」
「そうですね。今の両親には大事にして貰っているので、それほどでもないですけど、会ってみたいと思うこともあります。でも、前に戸籍を調べたんですよ。そしたら、私の元の戸籍には私の名前しかなくて、両親の名前も分からなかったんです。だから、もう、本当の両親は生きていないんじゃないかと」
胸の内を正直に伝える。言葉にはしたくなかったが、しかし、事実は受け止めなければいけない。自らの意思で心の傷に触れている自分が今、どんな顔をしているのかも分からなかった。そんな私に、織江さんは慈愛に満ちた微笑みを見せた。
「なあ、灯里よ。生死のことだけ言えば、父親は兎も角、母親は存命だと思うがな」
「え?どうしてですか?」
いつも的確な発言をする織江さんが、いい加減なことを言っているとは思えなかった。私は期待して良いのだろうかと、織江さんを見る。
「お主、自分の能力がどういうものだと考えている?」
脈絡の無さそうな織江さんからの問いに、若干混乱しながらも、以前、母に言われたことを思い出す。
「えーと、時空の狭間からこの世界に近付いている魔獣が、あと一週間のところに来た時に察知する、そういう能力でしょうか?」
「そうだな。時空の狭間とは、この世界と別の世界の間にある異次元空間のことだ。それで次の問いだが、この世界で生まれ、この世界の中で生きて来た者が、この世界の外を感じられると言うのは、些か変だとは思わぬか?」
「言われてみれば、変ですけど」
私には織江さんが何を言いたいのかが分からなかった。
「良いか、灯里。この世界の者が、何もせずにこの世界の外が感じられる道理はない。つまり、この世界の外が感じられるのは、過去にこの世界の外のモノに触れたことがあると言うことだ」
「この世界の外のモノ?」
「そうだ。この世界にあって、しかしこの世界のモノではないモノが何か分かるか?」
何だかナゾナゾみたいだ。この世界にあるのに、この世界のモノではない?
「分かりません。何ですか?」
「黎明殿の巫女の力だ。黎明殿の最初の巫女は、この世界の外からやって来たのだよ。それ故、この世界にあるのに、この世界のモノではない。そして、その力に触れていた者の中から、時空認識の能力が発現する者が現れる。巫女の子供は、胎児の時に母親の巫女の力に触れながら育つ。端的に言えば、お主の能力は時空認識の一種と考えられるし、それ故にお主の実の母親は黎明殿の巫女だと言うことだ。そして、黎明殿の巫女であるならば、お主を産んで二十年くらいで死に至ることはあるまい。だから生きておる」
織江さんが言っていることは奇想天外だ。でも、筋は通っているような気がする。それに、私の戸籍が、黎明殿が管理する篠郷にあったことにも説明が付く。
でも、私の母親である巫女は誰だろう?封印の地の巫女がわざわざ自分のことを隠して子供に新しい戸籍を用意するとは考えられない。そもそも、お腹に子供がいれば、傍から見ても一目瞭然で、隠しようもない。そうなると。
「本部の巫女の誰かが私の母なのでしょうか?」
「いや、本部の巫女とて、普通に生活しておるからの、わざわざ子供の存在を隠す必要もない」
「でも、封印の地の巫女ではないですよね?そしたら他に巫女なんて――」
私が言い募ろうとしたところで、真剣な表情の織江さんと目が合った。
「黎明殿の巫女は、表に見えている巫女だけではない。裏の巫女がおるのだ」
「裏の巫女」
私は思わずオウム返ししてしまった。
「あ奴らは、正体を隠して秘密任務に就いておる。通常子供を設けることはないだろうが、何らかの事情があって子を産むこともある。そうした時には、産んだ子供を他人に託したりするのだ」
私は、そういう裏の巫女の子供ということなのか。
「裏の巫女って秘密じゃないんですか?」
「なに、お主自身のこと故な。ただ、教えはしたが、他言は無用だぞ」
少しは生みの母のことが分かったとは言え、見付け出すのは絶望的なように思えた。
しかし、これだけのことを知っている織江さんは何者なのだろう。まさか、巫女?
「あと、我は巫女ではないぞ。あ奴らと一緒にするでない」
私の心を読んだかのように、織江さんが付け足した。
「我は闇のオリヴィエだ」




