8-18. 東北でのはぐれ魔獣出現の警告
八月の下旬に差し掛かるところで、再度はぐれ魔獣の警告が来た。はぐれ魔獣の出現予定日は、都合良くロゼマリとのコラボ撮影の日だった。私は、はぐれ魔獣の出現予定時間に姫愛さん、陽夏さんと一緒にいられるように画策し、はぐれ魔獣の出現時に何が起きたかは、珠恵ちゃんと雪希ちゃんに確認をお願いした。
結果から言えば、今回は白銀の巫女は登場しなかったし、黎明殿本部は動かなかった。黎明殿本部の描いているシナリオは、白銀の巫女はロゼ巫女で、上野の件の後に本部の巫女として登録したので、それで活動終了と言うことらしい。一連の白銀の巫女の件の前後で変わったことと言えば、ロゼ似の新しい本部の巫女が登録されたことだけだ。それで目的を達成できたのだろうか。ロゼマリは二人組なのに、何故ロゼだけ?それに姫愛さんより陽夏さんの方が余程強そうなのに。疑問はあるが、この件を計画したのが誰かも分からず、いや、黒幕が分かったとしても黎明殿絡みであれば聞ける話でもない。
ところで、はぐれ魔獣の出現時間に一緒にいた姫愛さんと陽夏さんだが、こちらは通常通りだった。この「通常通り」には、「姫愛さんがいつものように変なことをする」と言うのが含まれている。姫愛さんの奇行は、上野の巫女が出願した辺りから始まっていたが、最早それが日常化してしまっている。陽夏さんは、そんな姫愛さんに対して、既に諦め顔。私も気付かない振りをするのに慣れてしまった。
そういう姫愛さんの変なところを置いておけば、今回のコラボ撮影も存分に楽しめた。そして嬉しいことに、撮影時の会話の流れで、世界遺産のある平泉にロゼマリと一緒にロケに行けることになった。
その三週間後、ロケが実施された。
姫愛さん、陽夏さんと一緒にロケをするのは初めてで、というか自分自身、天乃イノリのロケが初めてだった。厳美渓を見に行ったり、中尊寺や毛越寺などの世界遺産巡りをしたり、仕事扱いなのに存分に旅行気分を味わえた。それに加え、宿の部屋も姫愛さん、陽夏さんと同室で、三人で沢山話をした。陽夏さんは、鴻神研究室のことに興味を持ったのか、色々と質問を受けた。
そんな楽しいロケの旅の最中に、はぐれ魔獣の出現の警告を受ける。その警告は、これまでになく大きな魔獣が出現すると思われるものだった。それに、セキモリ、つまり北の封印の地が出現候補に含まれていた。何が出てくるか分からない怖さはあるが、封印の地に行けるまたとない機会。
姫愛さんが、今後の対応について柚葉ちゃんに話しに行くと言うので、同行させて貰うことにした。
その日、姫愛さんと落ち合ったのは新大久保の駅の改札前。そこから高校の方に向かうが、姫愛さんは途中で道を逸れた。
「姫愛さん、高校には行かないんですか?」
姫愛さんの意図が分からず、思わず聞いてしまう。
「うん。高校は他の人もいるから止めておこうって。でも、この近くだから。ほら、あそこ」
姫愛さんの指差した先には、建物が並んでおり、どれを示しているのか分からなかった。
「どれですか?」
「ん?そこの低い家の向こうにあるマンション」
「ああ」
漸く、姫愛さんが目指している建物が把握できた。
到着したマンションの入口にはセキュリティゲートがあり、姫愛さんがゲート脇の端末で訪問先の部屋を呼び出す。そうしてゲートを開けて貰い、部屋の扉まで進み、姫愛さんがインターホンを慣らす。
すると、中から扉が開かれた。
「こんにちは。どうぞ入ってください」
見慣れた制服姿の女の子が見えた。この子が姫愛さんのお師匠様で夏の巫女の柚葉ちゃんか。血色の良い焼けた肌の色が、柚葉ちゃんを元気少女のように見せている。でも、その瞳にはしっかりとした意思が宿っており、賢そうな印象を醸し出している。面白そうな子だ。
その柚葉ちゃんに招き入れられて、姫愛さんと、そして私が順に中に入る。玄関から入って直ぐ奥がリビングで、そこに先客が一人いた。セミロングの髪をハーフアップにした女子高生。その子がこちらを振り返り、私に気付いた。
「あ、え?向陽先輩?」
東護院さんが驚いた表情をしている。おかしいな、私が姫愛さんと一緒に来ることは伝えられていた筈だけど。でも、東護院さんが私のことを覚えていてくれて嬉しい。
「東護院さん、お久し振り。私が来るって知らなかったの?」
問い掛けると、東護院さんの顔が申し訳なさそうになるので、安心させるように微笑んでみせる。
「トモリさんが一緒としか聞いていなかったので、てっきりトモリという苗字の人かと思ってました」
「あー、まあ、そういうことってあるよね。私の場合、灯里は名前の方なんだけど、でも、名前で呼んでくれても良いよ。そしたら、私も清華ちゃんて呼ぶから」
「はい、灯里先輩」
うむ、東護院さん、じゃなくて清華ちゃんからすると、私は先輩枠なんだ。でも、それもありか。
「あの、灯里さん、初めまして。南森柚葉です。柚葉と呼んでください」
清華ちゃんとの挨拶が終わったのを見計らって、柚葉ちゃんが言葉を掛けてくれた。
「向陽灯里です。初めまして、よろしくね」
「はい、お願いします。それでは、適当に座って貰えますか?」
請われるままに、私達がローテーブルの周りに座ると柚葉ちゃんは紅茶を淹れてくれた。
「それで、お師匠様、どうします?」
この場の最年長は姫愛さんなので、姫愛さんが議長になって話を進めるのかと思ったら、いきなり柚葉ちゃんに振っている。二人の力関係を垣間見た気がした。
「灯里さんのお話は皆知っているので、繰り返さなくて良いですよね。なので、灯里さんが気にしていた本部の動きのことを。清華、良い?」
「ええ」
私は、北海道でのことを思い出して姫愛さんに伝えていた。具体的には、叶和さんが本部からはぐれ魔獣の情報を得ていたと言うことを。今回も、私が受けた警告とは無関係に、本部でも察知しているだろうと思い、どうしようとしているのか調べられないかと話していた。どうやらそのことについては、清華ちゃんが調査したらしい。
「灯里先輩のお話の通り、本部でも把握していました。でも、まだ北の封印の地には伝えていないそうです。封印の地のことなのと、はぐれ魔獣の出現を把握していることを伝えたものかを悩んでいるようで。とは言え、明日には連絡するつもりだとのことでした。あと、できれば私に北の封印の地の様子を見に行って欲しいとも言われました」
「ふーん」
柚葉ちゃんは腕組みをして考えている。
「本部は冬の巫女達だけで対処できると考えているの?増援を出さないのかな?」
「封印の地なので基本は冬の巫女での対応ですけど、危なければ増援は出すそうです。その増援は、いつもなら東北地区担当の花楓さんに行って貰うところを、今回は新人の愛花さんと摩莉さんにお願いしようかと思っているそうです」
「おおっ、出番が来るんだ」
姫愛さんが嬉しそうに目を輝かせている。と、柚葉ちゃんにジト目をされてシュンとなる。ここでも相変わらずの姫愛さんだった。私は仕方が無いので、見て見ぬふりを決め込んだ。
なお、清華ちゃんの話にあった摩莉さんとは、最近、本部の巫女として登録された夏川摩莉さんのことだ。ロゼマリのマリに似ていて、私からすれば予想された事態ではある。ただ、上野の魔獣の出現から摩莉さんが登録されるまでにはこれと言ったイベントも無く、経緯はまったく分からない。
「清華、花楓さんにしない理由は聞いた?」
姫愛さんに向けていた目を戻して、柚葉ちゃんが尋ねる。
「北の封印の地に入れる本部の巫女が花楓さんだけになっているのを変えたいと」
「良い機会だと考えたんだ。それで、清華は行くの?」
「ええ、そのつもりです。特に断る理由もありませんし。もっとも、北の封印の地ですから、余所者の私は見ているだけになると思いますけど」
おっと、その話には私も混ざりたい。柚葉ちゃんに向けて「あのー」と手を挙げる。
「灯里さん、何ですか?」
「蹟森に私も行きたいなぁって。清華ちゃんと一緒に行けないかな?」
「そうですね」
柚葉ちゃんは、手に顎を乗せて思案顔になる。その後、さほど時間を掛けずに考えをまとめたのか、姿勢を戻して私の方を見た。
「灯里さんの能力のことを北の封印の地の人に伝えることになりますが、良いですか?」
その問いに対して考える時間は必要ない。それくらいのことで封印の地に行けるのなら、安いもの。私は勢い良く首を縦に振る。
「巫女の人達にでしょう?それなら全然問題ないよ」
「それでは、灯里さんが魔獣の出現を予知したと伝えて、北の封印の地へ訪問できるように交渉します」
「うん、お願い」
柚葉ちゃんは話の分かる子だ。
「え?灯里ちゃん、ちょっと待って。今までよりも大きい魔獣なんですよね。危なくないですか?お師匠様」
姫愛さんが慌てた様子で前に乗り出してきた。そんな姫愛さんに柚葉ちゃんが微笑む。
「大丈夫ですよ、愛子さん。私も行くので。だから魔獣との戦いもちゃんと見てます」
「げっ」
姫愛さんが嫌そうな顔をする。無様な戦いができないと思っているのかも知れないが、姫愛さんが愛花さんとして戦うことは、私には秘密ではないのだろうか。姫愛さんが戦うのではないのでは、と突っ込みたい。でも、別のコメントにしよう。
「あの、愛子さんて?愛花さんじゃなくて?」
姫愛さんが、えっという顔になる。百面相のようで面白い。
「灯里さん、愛子さんが本名なんです。姫愛と言うのは芸名なんですよ」
言葉が出て来ない姫愛さんに代わって、柚葉ちゃんが説明してくれた。
「ともかく、灯里さんの護衛役として私も行きます。清華、蹟森の件、私が本部で把握していたことは伏せて伝えておくから、そちらからは言わないでおいてって事務局に連絡して貰える?あと、増援のことも私から伝えておきますって」
「はい、柚葉さん。連絡しておきます。それで、どうやって北の封印の地に伝えるのですか?やっぱり琴音さん?」
「そう、琴音さんで大丈夫だと思うんだけど」
柚葉ちゃんの言葉に愛子さんまでうんうんと頷いている。私だけが話題に置いてきぼりらしい。
「柚葉ちゃん、琴音さんて?」
「琴音さんは、冬の巫女なのですが、ここの直ぐ近くで喫茶店をやっているんです。琴音さんなら話し易いし、灯里さんのこともオーケーしてくれると思うんですよね」
冬の巫女が東京で喫茶店?いや、もう、北の封印の地に行けるなら、細かいことは気にしないのだ。
「それで、柚葉さん、何時頃琴音さんのところに行くのですか?」
「今夜、お店の閉まる時間に一人で行ってこようと思う」
それで大体話が決まった。私が蹟森に行けるかどうかは、柚葉ちゃんの交渉次第ではあるが、柚葉ちゃんなら上手くやってくれそうな気がする。
しかし、春の巫女に夏の巫女、さらに冬の巫女までが東京にいて会えるなんて。これで秋の巫女に会えれば、なんてことはないか。




