8-17. 戦武術への意欲
「あれ、姫愛さんですよね?」
巫女ロゼが去ってから、私は陽夏さんを問い詰めてみる。しかし、陽夏さんは口を割ろうとしない。確かに、そう易々と明かせる秘密でもない。私はある程度は食い下がったものの、陽夏さんが話題を変えようとするのには乗ってあげることにした。
それに、魔獣との戦い方を教えてくれるという陽夏さんの提案に興味を惹かれた。これまでは、はぐれ魔獣の出現の警告を他の人に教えるばかりで、自分では何もして来なかったことに、自分としても何とかできればと思う気持ちがあったからだ。
上野に魔獣が現れた次の日の月曜日、私は星華荘を訪れた。陽夏さんはこの星華荘に住んでいる。平日ではあるが、大学はと言えば前期試験とレポートの期間に入っていて、幸いにも予定が空いていた。
さて、星華荘は、賄い付きの下宿なのだそうだ。個人ごとに分かれているのは、それぞれの一部屋だけで、風呂やトイレは共用、食事は食堂に集まって食べる形式だと聞いていた。自分の自由になるのは部屋の中だけだが、炊事や洗濯の道具を揃える必要も無いし、お風呂やトイレの掃除も不要となると、一人暮らしには魅力的に映りそうではある。
玄関は開いていたが、来客は呼び鈴を押すようにとの張り紙に従い、呼び鈴を押してみる。
「はぁい、どちら様ですか?」
見知らぬ女性が玄関に出て来た。エプロンをしているので、ここの管理人だろうか。
「こんにちは。向陽灯里と言いますが、西神陽夏さん、いらっしゃいますか?」
私が尋ねると、その女性はニッコリ微笑んだ。
「はい、向陽さんですね。陽夏さんから聞いています。陽夏さんは、今お部屋でしょうから、声を掛けてみますね。その間リビングで待っていていただけますか?」
そう促され、リビングに向かう途中で、二階から陽夏さんが下りて来た。陽夏さんはTシャツにGパンという動きやすい服装だった。この後の戦い方の練習を想定してのことだろう。
リビングで、管理人の妙子さんにお茶とお菓子を出して貰い、陽夏さんと話をして、部屋も見せて貰った。それから、庭に移動して、戦い方の練習を始める。
陽夏さんは、初心者の私に剣の持ち方、構え方、振り方などを丁寧に教えてくれた。そして、打ち込みの受け方や、打ち込み方も教えて貰ってから、打ち合いの練習に入る。流石に初めての打ち合いで、思い通りに剣は振れなかったが、相手の動きは良く見えた。私は以前から動くものを見定めるのは得意だった。それがこうした打ち合いでは非常に役立つことなのだと知ることができた。陽夏さんからも動きが見えていれば上達すると褒められたし、陽夏さんと同じ星華荘の下宿人の美鈴さんにも同様に言って貰えて嬉しかった。
しかし、喜んでばかりもいられないと思ったのは、美鈴さんと陽夏さんの打ち合いを見た時のこと。二人の打ち合いは、本当に凄かった。何と言うか、厳しい打ち合いではあるのに、その動きに美しさを感じたと言うか、感動的だった。二人の動きには澱みが無い。ロゼ巫女が上野で魔獣を斃した時も凄いと感じたが、あの時はどちらかと言えば力強さ主体の凄さだった。美鈴さんと陽夏さんは、流れるような動きそのものに凄さを感じる。力は無くても、私もこの動きが出来るようになれば、魔獣と十分戦えるのではないかとさえ思えた。ただ、どれだけ練習すれば彼女達のレベルに到達できるのかは、皆目見当が付かない。
そうした経験を得て、私は家に帰ってから考えた。
戦い方を学ぶにはどうしたら良いだろうかと。
一人で地道にやるのは柄でも無いし、難しいように感じる。誰かを誘おうか。まず思い付くのは由縁や冴佳だが、二人とも、どうも戦うというイメージではない。由縁が運動するのは健康のためと言った感じであって他人との勝ち負けには拘らないし、冴佳は運動自体したがらない。
「珠恵ちゃんか、雪希ちゃんかなぁ」
この二人とは運動をしたことも、その手の会話をした記憶もない。そう言えば、学科のオリエンテーションの日に、雪希ちゃんが織江さんに鍛えれば良い戦士になると言われていたっけか。雪希ちゃんにその気があれば、一緒に戦い方を学んで貰うのも良いかも知れない。でも、どのように持ち掛けよう。ただ持ち掛けるより良い方法がないだろうか。そんなことを頭の中で悶々と考えていたら、何日かが過ぎてしまった。だが、ある日、良いネタを見付けた。
黎明殿本部の巫女の紹介ページに、新しく登録された巫女が掲載されていたのだ。名前は姫山愛花。髪の色は銀髪ではなくダークブラウンだったが、顔かたちはロゼ巫女そのものだった。この人のことをネタにすれば、興味を引けるのではないかと考えた。
翌日、学科の数学演習の試験が終わると、珠恵ちゃんと雪希ちゃんに声を掛けて、上野での大型魔獣とロゼ巫女との戦いのことと、新しく登録された本部の巫女の話をした。二人の喰いつきは良さそうだ。その先は、戦い方を覚えて新しい本部の巫女と親しくなろうという方向へ持って行こうと考えていた。ただ、流石に教室の中で巫女の話はできないので、別の場所に移動するつもりだった。そしたら、珠恵ちゃんに研究室に行こうと言われる。確かに、研究室は有麗さんも出入りしているし、何らかの対策が講じられているかも知れない。私としては、何処でも構わなかったので、珠恵ちゃんの提案に乗って研究室へと移動した。
けれど、研究室で話を進めることができなかった。織江さんに止められてしまったのだ。
「灯里よ。秘密を暴こうとするのは止めておけ。『好奇心は猫をも殺す』と言われる通りだ。本部の巫女の秘密は、秘匿せねばならぬ故にこそ秘密なのであって、それが真に守られるべき秘密ならば、お主の命は無いぞ」
織江さんが私のことを心配して言ってくれているのは分かっていた。でも、本部の巫女が私を殺すかも知れないと言われると、そんなことは無いだろうと言いたくなった。いや、そこは些細な話でしかない。それは私にも分かっていた。
そのために当初の計画通りにはならなかったものの、戦い方を学びたいと相談したら、結局都合よく珠恵ちゃん、雪希ちゃんと共に獅童道場へ戦武術を習いに行くことになった。実は雪希ちゃんは小さい頃にその道場に行っていたのだと、その時に知った。
そして夏休みに入ってすぐ、三人で獅童道場の講習に行ったのだが、そこで偶然にも懐かしいものを見付けた。
「こんにちは。少し良い?あなた達、督黎学園高校の生徒だよね?」
「はい、そうですけど?」
私が見付けたのは、高校の体操着だった。こんなところで見掛けるとは予想していなかったので、思わず声を掛けてしまった。
聞けば、高校のミステリー研究部の部員とのことだった。ミステリー研究部には在学中に一度だけ部室に行ったことがあったが、そのときにいた部員はこの場にはいなかった。だが奇遇にも、一年生の土屋佳林ちゃんは、後で聞いたら私のアルバイト先の社長の土屋さんの娘であることが分かった。世の中狭いものだ。それに、私と入れ違いに、夏の巫女の南森柚葉ちゃんが二年生に転入したことを聞いた。柚葉ちゃんと言えば、姫愛さんがお師匠様と呼んでいた子と同じ名前だ。きっと同一人物に違いない。話を聞く限り、柚葉ちゃんも相当強そうなので、一度会ってみたいと思った。
さて、講習の方だが、最初の班分けで、珠恵ちゃんと雪希ちゃんが上級、私が初級となり、珠恵ちゃんも経験者なのだと分かる。珠恵ちゃんと雪希ちゃんは初日の最後の練習試合で決勝まで残り、激しい打ち合いを見せてくれた。打ち合いの最後は珠恵ちゃんが足を攣って倒れて負けてしまい、ブランクがあったことを感じさせたが、だからといって打ち合いの凄さが霞むものでは無い。二人には今後、大学での空き時間に戦武術を教えて貰えることになった。
それからもう一人、この講習で出会った凄い人がいた。道場主の師範の娘の風香さんだ。風香さんの仕事はフードコーディネーターだそうだが、戦武術が凄く上手い。雪希ちゃんとの打ち合いを見たところでは、雪希ちゃんより一回り以上強そうに見えた。先日の星華荘のことを思い出しながら考えると、風香さんは、陽夏さんより強くて、美鈴さんには届かないくらいか。私が知らなかっただけで、世の中には強い人が何人もいるものだと感じた。




