8-12. 清華とミステリー研究部
高三になった。天乃イノリを始めてから、早いものでもう一年になる。高校生活はあと一年あるが、段々と受験のことを気にしなければならなくなってきた。五月初めの連休中には大学入試模試も予定されているし、六月には部活からも引退することになる。
そのように先のことを考えるとブルーな気分となる時期ではあるが、私が喜んだニュースもある。
東護院家のお嬢様である清華さんが私の高校に入学してきたのだ。彼女は父の努める探偵社に出入りしていて、探偵社の人からは「お嬢さん」とか「お嬢」などと呼ばれて可愛がられていると聞く。だから、父も彼女のことは知っていたし、進学する高校の情報も父から事前に聞いていて楽しみにしていた。
けれど、当たり前のことだが、学年が違うと中々彼女に遭遇する機会は巡って来ない。わざわざ彼女のクラスまで野次馬のように見に行くのは私の趣味ではないので、縁が無ければそれだけのことと考えていた。いや、決してやせ我慢ではないから。
そんな一学期のある雨の日の放課後、部活の練習が無くなり、アルバイトの予定もなく、家に帰って紅トモカの動画でも撮影しようかと帰り支度をしていると、突然スマホが震えた。何かと見たら、冴佳からのメッセージが届いていた。部活でゲームをしたいのだが、人数が足りないので参加して欲しいとのこと。どんなゲームか分からなかったが、差し迫って優先すべきことも無く、冴佳の誘いに応じることにする。
冴佳に了解のメッセージを送ると、ミステリー研究部の部室に来るようにと返事が来た。ミステリー研究部の部室は、校舎の最上階の端の方だったか。冴佳がそう言っていたようなという朧げな記憶を頼りに、まずは最上階まで階段を上り、廊下を歩きながら順番に扉に掲げられた部の名前を確認していく。そして、上って来たのとは反対側の階段の手前二つ目の扉に「ミステリー研究部」と書いてあるのを見付ける。私は、その扉をノックすると、ゆっくり開いて中を伺った。
「どうも、こんにちは」
部室には、テーブルを囲んで三人の女生徒が座っていた。一番奥で私に向けて手を振っていたのは冴佳。その隣で横向きに座っている子は知らないが、上履きの色からすると二年生だ。手前の席のセミロングの髪をハーフアップにしている子は、後ろ向きで顔が見えない。でも、私の音に気が付いて、こちらに振り向いた。
「あっ」
見覚えのある顔だった。何処でだったか?父に見せて貰った写真の中でだ。少し前の写真だったので、今より少し幼い姿だったが、でも、間違いなくこの子だと思えた。探偵社の人達から「お嬢」と呼ばれている存在、東護院さんだ。
私は驚きで周りが見えなくなっていたことにハタと気付く。目の前を見れば、東護院さんも二年生の子も、私のことを誰?と言う目で見ている。そうだ、名乗っていなかった。
「初めまして。私、冴佳の友達の向陽灯里です」
よろしくの意味を籠めてお辞儀をする。
「二人とも、トモは私がゲームのために呼んだんだ。トモ、今日は来てくれてありがとう。こちらが二年の寺前潤子、その隣が一年の東護院清華だ。私はジュンとサヤと呼んでいる。トモはサヤのことは知っているんだろう?」
冴佳がいたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「直接会ったのは初めてだよ。父に写真を見せて貰ったことはあるんだけど。あ、私の父は探偵社に勤めるんです」
東護院さんに伝わるようにと説明を付け足した。
「ああ、向陽さんのお子さんなのですか」
どうやら分かって貰えたようだった。
「それじゃ、トモは私の左側に座って貰えるか?今日やるのは推理ゲームだ。良いか、これから三人の前に証拠カードと手段カードを 4枚ずつ配る。そして三人の中からクジ引きで犯人を一人決めて、その犯人は自分の前に置かれたカードから証拠と手段を一つずつ選んで、他の人に分からないように私に教えるんだ。あとは私が現場カードに乗せた弾丸が示すヒントから、話し合いながら証拠と手段を推理してくれ。そして、確信が持てたら事件の解決を宣言して、証拠と手段を一つずつ選ぶ。それが当たっていたら犯人の負け。事件の解決は一人一回しか宣言できず、全員が事件解決を宣言したのに当たらなければ犯人の勝ち。分かったか?ともかく、一度やってみよう」
冴佳がカードを配る。それから、犯人決めをした。役割カードを引いて、犯人の役割を引き当てたら犯人役だ。私が引いたカードは犯人ではなかったので、推理しなければならない。
役割カードを引いた後、全員が目を閉じる。そして、犯人役が証拠と手段のカードを一枚ずつ冴佳に教えるのを、目を閉じたままじっと待つ。
「良いよ。全員目を開けて」
冴佳の指示で目を開ける。
「これから私が現場カードに弾丸を置いていくから、そのヒントが何を示すのか、皆で話し合ってくれ。ではまずこれだ」
冴佳は、事件現場の中のホテルのところに弾丸のコマを置いた。
「ホテルですか。だとすると、電話、テレビでしょうか」
「ベッドもありますよね。あと、浴室?」
「ソファもかな?」
私も含め、それぞれが意見を出し合う。冴佳は話してはいけないそうで、私達の様子を黙って眺めていた。
「そうそう、そんな感じに意見を出し合って。ヒントを全部出したら、一人ずつ推理を行って貰うからね。犯人の方は、上手く誤魔化すように」
冴佳が弾丸のコマを順番に置いていく。弾丸、つまりヒントは六つまでで、その後は各自の推理を順番に披露した。
「はい、これで一回目が終了。この後、私が現場カードを一枚引いて、場に出ている現場カードのどれかと取替える。そして、そのカードにヒントとなる弾丸を置くから、また皆で話し合って。その後また一つずつ推理の発表をする。それを二回繰り返して当たらなければ犯人の勝ちになるからね」
「分かったから、冴佳、次に行こう」
私は犯人ではないから、犯人は寺前さんか東護院さんのどちらかだけど、その話しぶりからだとどちらが犯人か分からない。でも、冴佳のヒントだと寺前さんのカードが怪しいかなぁ。
三回目のヒントが提示され、何となく行けそうかなと思って事件の解決を宣言したが、残念ながら外した。しかし、私の後に東護院さんが続けて宣言して、見事に当てたので犯人の負けになった。私も東護院さんの選んだのとどちらかだと思っていたから、東護院さんが当ててくれて良かった。
「面白いですね、このゲーム」
「そう思って貰えたなら良かったよ」
冴佳は満足げだった。
私達がそのゲームを更に三回やったところで下校時刻になってしまった。
翌日。
「冴佳、昨日は部室に呼んでくれてありがとうね。中に入ったときは、吃驚したけど」
冴佳と私は三年でまた同じクラスになっていた。朝、私がクラスの教室に入ったとき、冴佳は既に席に座っていた。冴佳の前の席の子はまだ来ていなかったので、そこに座って冴佳に話し掛ける。
前日の帰りは、新宿まで寺前さんも一緒で、冴佳と二人きりになれなかった。別れた後に感謝のメッセージは送っておいたが、改めて直接お礼を言いたかったのだ。
「昨日は偶々人数が足りなくて好都合だったからな。トモだって会いたかったのだろう?」
「ま、まあね」
冴佳は私の巫女好きは知られているから、今更隠しても意味がない。でも、全肯定するのは何となく憚られたので、照れ隠し気味に返事をする。
「それにしても、お父さんから話を聞いて知っていたけど、全然偉そうじゃないし、普通のお嬢様って感じだったね」
「何で偉そうにするんだ?」
冴佳が意外そうな顔付きで問い返してきた。
「え?だって、黎明殿の巫女って強いんでしょう?他の人に負けることが無いなら、偉そうにしそうかなって」
「まあ、そういう考え方があるのも分かるが、実際のところは巫女達は警戒されているからな。威圧的な態度を取ることは無いと思うぞ」
冴佳が右手で眼鏡の位置を直す仕草をした。真剣になったときの冴佳の癖だ。
「警戒されている?」
「トモ、何を言っている?当たり前のことだろう?彼女達は強いが、その枷となるものも無く放置されているのだぞ。いつどんなことをするかも分からない強者は警戒されて当然だとは思わないのか?」
「巫女ってそんなに強いの?北海道で魔獣を斃したときも、そこまで強く見えなかったんだけど」
精一杯の反論を試みるが、冴佳には通じないようだった。
冴佳は仕方が無いといった体で椅子から立ちあがると、机を回り込んで私の耳をその手で覆い、口を近づけた。
「巫女達は、その真の実力を隠していると言われている。その気になれば、軍隊でもまったく歯が立たないのではとの憶測もあるらしい。でも、実際に彼女達が本気で戦うところを目撃したとの報告は無い。目撃したものがいたとしても、その秘密を頑なに守っているか、あるいは」
冴佳は、私の耳から口を離し、背筋を伸ばした。そして、手刀を首筋に当ててみせた。口封じに消されたと言いたいのだろう。
「東護院さんは、とてもそんな風には見えないんだけど」
「まあ、深入りしなければ問題ないよ」
冴佳の口調は、私を慰めようとするかのようだった。
「それより、冴佳は、何でそんな話を知っているの?」
「父親からね。あちこち商売していると、色々な話が聞こえてくるらしい。真偽のほどは定かではないが、な」
火のない所に煙は立たぬとも言うし、冴佳の言うことが正しいのかも知れない。でも、私はそんなことは無いのだと信じたい。




