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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第8章 繋がりを求めて (灯里視点)
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8-11. ロゼマリとの出会い

私の演じるバーチャルアイドルの天乃イノリの活動が、と言うか、動画の投稿が始まったのは、私が高校二年生になった四月の半ばのことだった。

父と私が渋谷に行き、土屋さんと話をした後にすぐ、私達の要望を取り入れた契約書案が届いた。それを両親と一緒に確認し、私達の修正案を作成して送り返してから、了解の返事が来るまでに一週間近くを要した。私は紅トモカの動画の継続について心配していたが、契約書をよく読むと、他の動画の出演に対する制約事項は特に無かった。勿論、バーチャルアイドルの演者は秘密だったし、業務上の秘密は漏らしてはいけないことは書かれていたから、天乃イノリの関係者であることは明かせない。

そうした契約の話が終わると、動画の撮影に向けた準備が本格化した。私は何度か渋谷の会社に行き、アバターのモデリングや動きの調整に立ち会ったり、天乃イノリの設定や演技について打合せたり、試し撮りに臨んだりした。

そして満を持しての本番撮影。編集作業を終えての社内の試写会に声を掛けられたが、最初は家族で見たいのでと遠慮させて貰う。

天乃イノリの動画は、土曜日の夜に投稿された。それを、家族みんなで見た。

「見た目は違うけど、紅トモカと似たような感じね」

母の感想に頷き返す。

「うん、そう。『貴女の隣人』がコンセプトで、明るく親しみやすい感じを出して欲しいって言われたんだけど、そうするとどうしても紅トモカに似ちゃって」

「それって、トモちゃんの素のままってことだろ?演技しなくて良い系の」

弟よ、君は何を言っているのかね。

「玲次、私はちゃんと演技しているからね。分かっているの?」

私は弟を後ろから羽交い締めにして、頭を拳骨でグリグリしてやった。

「分かった分かった。凶暴性を隠して、思い切り猫を被った演技をしているってことが」

理解を得られたようではあるものの、何か納得いかないので、もう暫くグリグリしてから解放してあげた。

それから、天乃イノリの動画は、週に二~三本のペースで投稿されていった。動画の撮影は、放課後や土曜日で、部活ともギリギリ両立できていたが、大会メンバーからは外して貰った。

「灯里、どうしたの?大会メンバー辞退しちゃうから吃驚したわ」

部活からの帰り、駅まで一緒になった由縁にその話題を振られた。

「ほらさ。私、アルバイトで部活に出られない時があるでしょう?それで大会に出るって何か申し訳ない気がしちゃってさ」

「部活休んでいるのって、週に一度か二度でしょう?灯里はそれでも十分テニスが上手いのだし、気にしなくても良いのではと思うのだけど」

「ありがとう、由縁。でも、これは私なりのケジメなんだ」

中途半端にやっている私は、大会に出る資格はない。最近、天乃イノリの仕事が面白くなってきていた。人気も出てきていて、あっという間に紅トモカの再生数を超えてしまっていた。部活も部活で楽しいのだけど、私は不器用だから両方に力を入れてやりこなすなんてできやしない。今はどうしてもアルバイトの方を優先しがちだ。

「まあ、灯里がそう思っているのなら、仕様が無いけれど」

「由縁、ゴメンね」

「何よ、謝られるようなことじゃないわ」

由縁は澄ました顔でいた。その横顔を見ながら、気を使ってくれてありがとうと心の中で感謝した。

これからは学校行事が多くなる。五月の終わりに中間試験、それから体育祭、加えて修学旅行も六月だ。そうしたことで部活の時間も減るが、私は更にそこからアルバイトに割く日を作らないといけないし、アルバイト出来ない期間に向けた撮り貯めもあるから、尚更部活の時間を減らすことになる。私は自分の見通しが甘かったことを反省しつつ、天乃イノリの仕事が出来て嬉しい気持ちもあって、内心複雑だった。

そんな天乃イノリの動画は、着実に再生数が増えていた。そして、動画の視聴者が十分に増えて来たと言うことで、月に一度の生配信も開始となる。時間はなるべく遅くが良い会社の意向と、夜10時までには家に帰らないといけない私の事情を鑑みて、夜の8時半から9時半と決められた。初回の生配信は、修学旅行から帰った翌日だったが、丁度学校が休みで助かった。1時間は長そうで、しかし実際にやってみると、あっという間だと知れた。視聴者の反応を見ながらできるので、とても楽しかった。

その後、七月も慌ただしい日々が過ぎていき、気が付いたら夏休みになっていた。

その夏休みも部活、学校の宿題、天乃イノリのアルバイト、紅トモカの動画投稿をこなし、由縁や冴佳と遊んでいたら終わってしまった。高校生活の中で一番楽しいであろう高二の夏休みがこんなに簡単に終わりを迎えるとは、と、翌日の始業式を控えた夏休み最終日にがっくりきていた。

さて、アルバイト先の会社である蒔瀬バーチャル企画は、バーチャルアイドルをプロデュースしているところだけあって、仕事中の雑談のときに、他のバーチャルアイドルの話題が良く出る。私も話題に乗り遅れないように、知らないバーチャルアイドルの話が出た時には名前を覚えておいて、家に帰ってから動画を見ることにしている。

そうした中で、10月も半ば過ぎ頃から良く聞くようになったのがロゼマリという二人組のバーチャルアイドルだった。歌が上手いと評判だったので、私も二人の歌の動画を見てみたが、本当にその通りだった。動画自体も力が入っていて、感動した。それで、社長の土屋さんの席に行って話をしてみた。

「土屋さん。あの、私、ロゼマリの歌の動画を見たんですけど、凄いなと思って。歌も、動画も。天乃イノリも歌の動画を作りませんか?」

私はキラキラした目で土屋さんを見たのだが、土屋さんには目を逸らされた。

「うん、まあ、歌の動画は良いと思うんだけど、あそこまで3Dで作りこまなくても良いんじゃないかなぁ。ほら、アニメの動画でも再生数が多い歌の動画は沢山あるから。例えばだけど、ねえ、灯里ちゃん、こっちに来て貰える?」

私は土屋さんの隣に呼ばれ、パソコンのモニター画面を見せて貰う。そこで土屋さんは、幾つかの歌の動画を見せてくれた。それらは、3Dの動画ではなかったが、半端ない再生数になっていた。

「どう?分かって貰えたかな?」

3Dであることが再生数に直結するものでは無いのは分かったけど、別に私は再生数を求めていたのではないからなぁ。

「灯里ちゃんには悪いんだけど、うちは予算も限られているからね」

土屋さんが申し訳なさそうな顔になった。

「あ、いえ、私こそ、我儘言ってごめんなさい」

「いや、大丈夫。でも、歌の動画は作ってみようか。灯里ちゃん、歌は大丈夫なんだよね?そう言えば、灯里ちゃんが作った動画では、弾き語りしていたっけか」

紅トモカの動画のことだ。

「はい、ピアノとギターができます」

「それじゃ、弾き語りが映える歌にしてみよう。天乃イノリがピアノを弾きながら歌っている映像にすれば、背景はそこまで頑張らなくても行けそうな気がするし。うん、やってみよう」

この会話がきっかけで、天乃イノリの弾き語り動画の製作が始まった。予算が無いと言っていた割には、きちんと鍵盤が動くグランドピアノの3Dモデルも作り、天乃イノリの演奏シーンを好きなアングルで撮影できるようにしてくれた。お蔭で中々良い動画が出来たと思う。その動画は、投稿されるとあっという間に再生数を稼ぎ、天乃イノリの動画で一番の再生数を誇るものになった。

それから暫くして、コラボ動画の撮影があると知らされた。コラボとは、いつもは別個に活動している複数のバーチャルアイドルが一緒に活動することだ。今回のコラボの相手は、ロゼマリとのことだった。私が歌の動画を見て感動して、自分の歌の動画を作るきっかけになった二人組のバーチャルアイドルだ。歌以外の動画も見ていて、親近感を持っていたので、コラボ撮影の日が楽しみになった。

その当日、場所は新宿の北側にあるスタジオだった。ロゼマリがホスト、私達がゲストと言うことで、蒔瀬バーチャル企画からの参加者は、土屋さんの他、スタッフが2名に私とで合わせて4名だけだ。機材はロゼマリのものを使うので、こちらはその人数で十分とのこと。

新宿の駅で土屋さん達と待合せをして、4人でまとまってスタジオに入った。土屋さんと一緒に先方のスタッフに挨拶すると、演者控室に行くように言われる。控室には、既に二人の女性がいた。

私より年上のようだったし、こちらはゲストなこともあり、先に挨拶せねばと焦ってお辞儀をする。

「初めまして、蒔瀬バーチャル企画から来ました、天乃イノリ役の向陽灯里です。よろしくお願いいたします」

そんな私を二人は暖かく迎えてくれた。

「ロゼマリのロゼをやっている仲埜(なかの)姫愛(きあ)です。よろしく。灯里ちゃんって呼んで良いかな?私のことは姫愛で」

「はい、姫愛さん」

「私はロゼマリのマリ役の西神(にしがみ)陽夏(はるか)。陽夏で良いよ」

「ええ、陽夏さん」

二人とも気さくな人で、直ぐに打ち解けられた。

お蔭で、撮影にも楽しく臨むことができたし、良い動画が撮れたと思う。

それにしても、と思うことがあった。ロゼマリのスタッフの中に見覚えのある顔がチラホラいたことだ。天乃イノリのスタッフの数が、最初の頃に比べていつの間にか減ったと感じていたのだが、ロゼマリの方に来ていたらしい。もしかして、前に父が言っていた本命のプロジェクトとは、ロゼマリのことだったのだろうか。


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