閑話1-1. 瑞希ちゃんと石板
あの戦いがあったのは二日前。戦いのときは何が起きていたのか良く分からなかったけど、あとから柚葉さんに封印の中から火竜が出て来たと聞いた時には驚きました。その火竜と戦って、柚葉さんは死に掛けて、でも誰かに助けられて私たちのところに帰ってきてくれました。山の上空から、火竜目掛けて柚葉さんが飛び込んでいったとき、もの凄い力を感じて、そして紅葉さんが駄目って泣いているのを見た時、私、柚葉さんが帰ってこないんじゃないかと気が気じゃなかったのです。その後に山から立ち上った銀色の光の柱を見て、危険から私たちを護ろうという柚葉さんの想いが伝わって来たような気がしました。
それで、もう本当に諦めかけていたところで、柚葉さんが戻ってきました。私は嬉しくて嬉しくて泣いてしまいました。
そんな戦いをしたばかりなのに、柚葉さんは舞台で巫女の舞いを待ってくれました。その舞いはとても素敵でした。いつもは黒い柚葉さんの髪と目が力のせいか銀色になり、白と銀の巫女の衣装に良く似合い、女神様のようでした。さらには舞いながら、体中から銀色の力がオーラのように溢れさせ、治癒の雪を降らせて皆の傷を治してしまいました。なんて素晴らしい光景だったでしょう。私にも巫女の力はありますが、とてもじゃないけど、同じことができそうにありません。でも、諦めずにいようって考えています。
そして、昨日は、柚葉さんと母と一緒に石垣島の病院に行きました。柚葉さんは無事だったとはいえ、死にかけたことも確かなので、精密検査をした方が良いということになったからです。紅葉さんは、南森家の男の人たちを封印の間に連れていかなければならないということで、残りました。それで、母と私に付き添いのお願いが来たのでした。大好きな柚葉さんのためだったので、私はすぐオーケーしました。母も悩んだ素振りもなく、紅葉さんのお願いを引き受けていました。
病院に行く日の朝、柚葉さんが一緒に行くために我が家に来ました。
「瑞希ちゃん、おはよう」
「柚葉さん、おはようございます。って、あれ? 髪型変えたのですか?」
挨拶の時にすぐ気が付きました。いつもの太い三つ編みではなくて、頭の後ろでまとめて巻いて、簪を一本挿してました。
「そう。昨日、髪に挿していた簪を整理していたら、一本だけ違うデザインのものが混じっていたんだよね。だから、それをいつも身に付けていようって思って、髪型変えてみた」
「え? 一本だけ違ったのがあったからですか?」
「えーとね。最初にお母さんに髪を整えてもらったときは、全部同じだった筈なの。でも、これは、端っこの方に透明な石が嵌っているよね? そういうのは無かったと思うんだ。だから、途中で入れ替えられたんだろうって思ったわけ。そして、それをしそうな人って、一人しか思いつかないよね?」
「もしかして、柚葉さんを助けてくれた人ですか?」
「たぶんだけど、そうじゃないかな。だから、この簪はその人を見つけるための手掛かりってこと」
「だから、いつも身に付けておこうって思ったのですね」
「そう、まあ、他にも理由はあるのだけど」
「他にも?」
「うん、だけど、そっちは本当に確証無いから言い難いや」
「分かりました」
柚葉さんは、いつも色々なことを考えているみたいで、私には柚葉さんが何をどこまで考えているのか良く分かりません。柚葉さんは、そういう人だってことで良いことにしています。
それから母も一緒になって家を出、昼前の船便で石垣島に向かいました。船を降りた後、港からタクシーで10分と少し乗った県立病院で、柚葉さんの検査をしてもらいました。結果は特に問題なしでした。良かったです。
そのあと、何故か柚葉さんが一人で行動したいと言うので分かれて、母と二人でウィンドウショッピングしたり、喫茶店でお茶してました。そのことをスマホでチャットしておいたら、柚葉さんがやってきて合流しました。紙袋を持っていたので、買い物をしていたようです。何かなーと思ってチラッと覗いてみたところでは、何となく下着っぽいような。ん? あれ? そう言えば、薄っすらと違和感を覚えていたことに思い至りました。その日の柚葉さんの服装は、Tシャツにハーフパンツ、それに前開きで薄手の半袖パーカーを羽織っていました。一見、普通の柚葉さんと同じなのですけれど、何かこう違う部分があるような。そのときは無理だったので、今度機会を見て確認することにしました。
その後は、三人でおしゃべりなどして、最終の船で島に帰ってきました。
そして、家の前で柚葉さんと別れたのですが、そのあと紅葉さんから話したいことがあるから、一晩経ったら母と一緒に来て欲しいとの連絡がありました。
そして今朝、私は母と柚葉さんの家に向かいました。
「あ、瑞希ちゃん、若葉叔母さん、おはよう」
柚葉さんの家の前で、柚葉さんに挨拶されました。
「おはようございます、柚葉さん」
私は柚葉さんに向かって手を挙げて応えました。
「紅葉さんからお話があると聞いて来たのですけれど、柚葉さんは?」
「うん、私も瑞希ちゃん達と一緒に話があるって聞いてるよ。一緒に行こうか」
私は柚葉さんと一緒に、柚葉さんの家の玄関から中に入っていきました。柚葉さんのそばに寄ると、ほんのり香りがしました。シャンプーの匂いかな。
葉さんの家に入った私は、柚葉さんとリビングに向かいました。リビングには、机とソファがあって、くつろげるようになっています。机の上には、何かが置いてあり、その上に布が被せてありました。
「紅葉さん、おはようございます」
「若葉に瑞希ちゃん、いらっしゃい。二人とも、適当に座ってもらえる?」
紅葉さんが挨拶がてら椅子を勧めてくれました。
紅葉さんは、私にとっては叔母さんなので、普通なら紅葉叔母さんと呼ぶところなのですけど、力の使い方を習うときに紅葉さんと呼ぶようにと言われて、それ以来、紅葉さんって呼んでます。
その紅葉さんですが、少しやつれたような顔をしていました。目にクマができているようです。昨日、封印の間で何かあったのでしょうか。何となく聞ける雰囲気ではないので、黙っています。
柚葉さんと母と私が、3人掛けのソファーに座ると、紅葉さんは反対側の1人掛けソファーに座りました。
「では、お話しをしましょうか」
「はい」
二人して頷く。
「まずは連絡なのだけど、昨日、貴方達が出掛けた後、黎明殿本部の巫女が来たの」
黎明殿本部とは、黎明殿のすべてをまとめているところのことだと聞いていました。封印の地も黎明殿本部の一部ということになっているのだそうです。そして、本部には直属の巫女がいるらしくて、その巫女のことを本部の巫女と呼んでいます。
「なぜ本部の巫女が来たんですか?」
柚葉さんが尋ねていました。
「封印の間のことを本部に報告したのよ。そしたら、本部の巫女を直ぐに派遣するからって言って、本当に直ぐに来たわ」
「転移か何かを使って来たのかな」
柚葉さんが呟いています。そんな柚葉さんのことは構うことなく、紅葉さんは話を続けました。
「それで本部の巫女を封印の間まで案内したの。何か調べていたみたいだけど、それについてはこちらに何も言ってくれなかったから分からないわ。あと、火竜は向こうで引き取ってくれたの。どうやって処分したものかと思っていたから丁度良かったのだけど。で、一通り調査が終わって帰るときに、封印の間で起きたことと火竜のことは他言しないようにと言われたわ。だから貴方達も他の人には言わずに黙っていて欲しいの」
紅葉さんの言葉に、私達は三人とも頷いて、本部の巫女の指示に従うことを示しました。
「それじゃ、その件はお願いね。二つ目なのだけど、昨日、封印の間に行ったとき、火竜の死体の他にもう一つ別のものを見つけたの」
そして、紅葉さんはテーブルの上の布に手を掛けます。
「これが昨日、封印の間で見つけたものなの」
話しながら紅葉さんは被せてあった布をめくり取りました。
それは石板だった。何やら細かい字がいっぱい書いてあります。
「字の書いてある石板?」
「そう」
「何が書いてあるの?」
「どうやら、封印の間にある魔道具の使い方のようなの」
柚葉さんの質問に、紅葉さんが答えます。
「魔道具ですか?」
私は思わず聞いてしまいました。
「ええ、魔獣の力で動く魔道具」
「何でそんなものがあるの?」
「どうも、ダンジョンや魔獣の発生を抑えるためのものらしいのよね。それを封印した幻獣の力で動かしていたと書いてあるわ」
「でも、幻獣、つまり火竜は私が斃してしまった」
「そう、それで幻獣が無い中で、魔道具を動かすための方法がここに書かれているということね」
「巫女の力で?」
「そのようね」
「お母さんは、もうやってみたの?」
「いいえ。この石板によれば、最初は巫女の力を一気に注いで、私達の力を馴染ませるようにとあるの。だから、最初は柚葉や瑞希ちゃんと一緒にやろうと思っていたのよ」
「放っておいたら止まったりしないのですか?」
「瑞希ちゃん、どうやらこの魔道具はある程度は力を蓄えておけるようになっているみたいなの。だから一日二日は大丈夫って書いてある。でも、私たちの力を使い始めたら、できれば毎日力を充填するようにともあるわ」
「そうなんですね。でも、それだと島を離れないですね」
「私、島を出ちゃって良いのかなぁ」
「大丈夫だと思うわ。駄目ならわざわざ『東に向かいなさい』とは言わないと思うから」
「まあ、そうだよね。お母さんも、この石板は私を助けた人が置いて行ったと思ってる?」
「タイミングを考えても、それしか考えられないでしょう? 封印の間は、火竜の炎でドロドロに溶けていたし、それを考えれば、この石板が置かれたのは、火竜が斃された後でしょうし」
四人で顔を見合わせますが、それ以外に無さそうに思えました。
「それで、お母さん、封印の間にはいつ行く?」
「今日の午後ではどうかしら」
「私は良いけど、瑞希ちゃんは?」
「私も大丈夫です。あ、でも、私、封印の間に入って良いのですか?」
封印の間に行くのは15歳になってからと言われていたので、私はまだ行ったことが無いのです。
「基本的には15歳からなのだけど、緊急事態だし、瑞希ちゃんはかなり力が使えるようになっているので、問題ないと思うわ」
「でしたら私も行きたいです」
「瑞希ちゃん、ありがとう。昼ご飯食べて休憩したら、出かけましょう。お昼は我が家で一緒に食べましょう」
私も一緒に行けることになりました。
「それでさぁ、お母さん」
和やかな雰囲気で会話していたところに、柚葉さんが少し真剣そうな口調で話し始めました。
「なあに?」
「昨日、封印の間で見つけたのは、火竜の死体とこの石板だけだったの?」
ピキリと空気が凍り付くような感じがしました。紅葉さんの顔が心なしか青ざめています。
「そうだけど、柚葉は他に何かあったとでも言うの?」
「そうね。他にもあと一つ、いや一つじゃないかもしれないけど」
「もしあったとして、それが何か、柚葉には分かっているというの?」
「私の持っている情報を突き合わせると、それはきっとあると思うんだ。無いと変だから。私、パズルを解くのが得意なんだよ」
柚葉さんは明るく言っていますけど、少し緊張している気がします。そして紅葉さんは、もう真っ青でした。
「そう、でも残念ね、他には何もなかったわ」
「うん、分かった。じゃあ、無かったってことで」
いやもうあったって思いきり顔に書いてあると私は思いましたが、柚葉さんはそれ以上追求することなく矛を収めました。私にはそこにあるべきだったものが何かは分からなかったのですが、二人の間では通じていたようです。
柚葉さんが追及を止めたので、その場の雰囲気が少し和らぎました。母も何か気付いていたようですが、黙ったまま成り行きを見守ることにしたようです。
「柚葉さん、お昼までの間、剣のお稽古をつけていただけませんか?」
「うん、良いよ。家の裏手に行こうか」
このまま紅葉さんと柚葉さんを一緒にしておくのはいたたまれなかったので、私は剣のお稽古を言い訳に、柚葉さんをリビングから連れ出すことにしました。私も少しは気が利くのです。




