8-8. 一週間前の警告
私は、小さい頃から不思議な能力を持っていた。
はぐれ魔獣が現れるのが分かることがあるのだ。それが分かる時、頭の中でアラームが鳴って地形が見える。よく見ると、その内の三ヵ所が光っている。すると、その一週間後、三ヵ所のどれかに魔獣が現れる。
だけど、この能力の特徴を最初から知っていたのではない。物心ついた時から頭の中でアラームが鳴ることが時たまあるのは、私に取っては当たり前のことだった。そのことを母に伝えると、凄い凄いと言って褒めてくれていたことを覚えている。それは年に一回あるかどうかという頻度だったし、アラームが鳴るのと同時に視えていたものが何かも分かっておらず、だから母にも頭の中で何かが鳴ったとしか伝えていなかった。それでも母は私を褒めてくれていたので、アラームが鳴ると母に伝えるのが習慣になっていた。
アラームと同時に視えていたのが地形であることに気が付いたのは、小学校三年で地図を習った時だった。社会の授業で使う副教材の地図帳に描かれていた地形図と、頭の中に視えていたものが似通っていたことで気が付いた。そして、その地形が、自分を中心とした地域のものであると分かるまでには更に暫くの時間が必要だった。頭の中に視える地形は、勿論、記号など書かれていないし、私の住んでいた笹塚周辺は起伏も少ないので場所を特定するための情報が少ない。ほぼ唯一と言っても良いくらいの手掛かりが川だった。視えている地形の中の細長い溝と、地図の中の川を照らし合わせることで、漸く視えている範囲の大きさを知ることができたのは小学校四年生の時。
そして、地形の中に光る三つの点が、はぐれ魔獣の出現予測地点であり、その内の一つに魔獣が出現するのが、アラームが鳴った一週間後であることを知ったのは中学校に入ってからだった。それは偶々私の家と同じ区内で連続してはぐれ魔獣が出現し、その話が町内の回覧板で伝えられてきたことによる。はぐれ魔獣は、ただ出現しただけではニュースや新聞には取り上げられない。はぐれ魔獣は出現するものだし、その対策として地元の討伐隊が組織されている。はぐれ魔獣が討伐隊に斃されるのは当たり前のことであって、ニュースになるのは、そのはぐれ魔獣による被害が発生したときだけに限られる。だから私は出現予測地点にはぐれ魔獣が現れていたことを知らなかった。でもニュースにならないのは、全国規模のメディアの上のことであって、地域レベルの話になれば違って来る。地域のコミュニティにおいては、はぐれ魔獣の出現も、討伐隊の活躍も立派に記事になる。その記事のお蔭で、私はアラームの一週間後にはぐれ魔獣が出現するという時間的な法則と、頭の中に視える地形の中の光点の一つが、実際のはぐれ魔獣の出現地点に一致するという地理的な法則を発見できた。
その日、私が学校から帰ってくると、玄関の取っ手に回覧板が引っ掛けてあった。家に回って来た回覧板なので、いつも通り手に取って家の中入ると、リビングに持って行った。平日の昼間で、両親とも不在であり、普通ならそのままリビングのテーブルの上に置くのだが、何気なく中を覗いてみる気になった。そして回覧板を開いたところ、出現したはぐれ魔獣を地元の討伐隊が斃したことを伝える記事が目に入った。その記事を読み、自分の能力と、はぐれ魔獣の出現との法則性を発見した私は、そのことを急いで母に話したいと思った。しかし、残念ながら母は週末まで仕事から帰って来ない。仕事の日勤帯の終わりである17時半以降なら、電話をしても良いとも言われていたが、出来れば母とは面と向かって話したかったので、週末まで我慢することにした。
そして土曜日、仕事から帰って来た母に、私は喜び勇んで能力に纏わる発見の話をした。それを聞いた母は、良く見付けたわねと褒めてくれたが、そのにこやかな瞳の奥に、少し陰りが見えたような気がした。ただ、それは一瞬のことであったし、母から能力の希少さと重要性を説かれて気を良くした私は、他人には内緒にしつつ警告があったら直ぐに教えてねとの言い付けを、それからずっと守ってきた。
だから今日も、母に伝える。
「有楽町、新橋、霞ヶ関のどれかみたい」
頭の中に視えている地形図から、出現予測地点を読み取った。最初の頃は、地図帳と睨めっこしていたが、今はもう地図は頭に入っている。
私の報告を聞いた母は、スマホを取り出して打ち込んでいる。
「それ、お父さんに連絡?」
「そう、あの人に伝えておけば、後は何とかしてくれるから」
さっさと操作を終え、母は顔を上げて笑みを見せた。
母はそのままフォークを手に取り、ケーキの残りを食べ始める。
私もフォークを手にしていたが、笑みを見せた時の母の眼が気になっていた。
「ねえ、お母さん」
「ん?」
ケーキをモグモグ食べながら、母は口を開けずに返事をした。
「お母さんは、私が中一の時に、頭の中で鳴るアラームが魔獣の出現を察知しているのだと気付いたって話をした時のこと覚えてる?」
母は、今度は口の中を空にした。
「ええ、覚えているわよ。あれは、貴女が中一の夏休み前のことだったかしら」
「そうそう。それでさぁ、聞きたいんだけど」
私が改まって問い掛けたので、母はキョトンとした顔になった。
「なあに?」
「お母さん、あの時既に私の能力のこと知っていたでしょう?」
母は緩く微笑んだが、その眼は笑っているようには見えなかった。
「どうしてそう思うの?」
この母の問いは、半ば正解だと言っているかのように聞こえる。答え合わせなのだろうか。
「話をしたときのお母さんの反応がね。褒めてはくれていたけど、気が付いちゃったのか、って思っているような感じがして」
私の答えに、母は目を伏せた。
「そうかあ、勘づかれないようにしていたつもりだったんだけど、トモちゃん、鋭いわね」
そして、母は真面目な顔になって、再び私の目を見る。
「そう、貴女の能力のことは、知っていたわ。トモちゃんからアラームで示された場所を教えて貰う度にお父さんにも話していたんだけど、お父さんが最初に気が付いたの。それでそのことをトモちゃんに教えるかどうか二人で話し合ったわ。結局、いずれトモちゃんに伝えるにせよ、もう少し大きくなってからにしようってことにしたのよ。でも、思ったより早く、貴女が自分で気が付いてしまったのよね」
母は紅茶を口にした。私は更に尋ねてみる。
「私、気付かない方が良かったのかな?」
「まあ、そうね」
母は右手を顔に当てて考える顔になった。
「トモちゃんが能力のことを知って、どう感じるかの方を心配していたのよね」
「どう感じるか?」
「そう。ほら、魔獣の出現を察知できるって、何だか魔獣と関係が深そうに思えるでしょう?魔獣はこの世界に害を与えるものだし、貴女もこの世界に取って良くないものと考えるかも知れないから。トモちゃんは、自分でそういう風に考えたことはない?」
母の問い掛けに私は首を横に振って答えた。
「ないよ」
「良かった。だけど、人によっては変に考える人もいるから、他言しないようにと言ったのよ」
なるほど、他の人に言わないようにと言われていた理由を初めて知った。
「まあ、お父さんも私も、トモちゃんの能力は、魔獣の側ではなくて、どちらかと言えば、黎明殿の巫女の方に近いと考えているんだけど」
「近い?」
私は首を傾げた。
「ええ。お父さんに調べて貰ったんだけど、黎明殿の巫女で貴方のようなことができる人は居ないのよ。それに黎明殿の巫女なら、身体強化や防護障壁が使えるけれど、貴女にはそれができないでしょう?だから、貴女の能力は黎明殿の巫女の力とは別のもの。だけど、貴女の能力の果たす役割は、黎明殿の巫女と同じで、この世界を護るためのものと思っている。トモちゃん、はぐれ魔獣って何処から来るのか知ってる?」
「えーと、異世界?」
確か、ダンジョンも魔獣もこの世界のものではないと習った覚えがある。
「そうね。はぐれ魔獣は、ダンジョンから出て来ることもあるけれど、街中に突然現れるものは、ダンジョン世界から時空の狭間を通って来ていると考えられているわ。貴女の能力は、時空の狭間からこの世界に近付いている魔獣が、あと一週間のところに来た時に察知するものだろうって言うのが、お父さんと私の考えなの。荒唐無稽な話で信じられないかも知れないけど」
「だとすると、私は見張り役みたいなもの?」
「そうね、一週間先の遠くを見ているから、遠見番というところかしら」
そうか、私は自分の能力のことについて、そこまで深く考えたことが無かった。同時に、両親が色々考えてくれていることを知って嬉しくなった。
それから、母との会話は別の話題へと移り、夕飯の支度のために家に帰らなければいけない時間になるまで続いた。
その夜。
自室に戻ると、私はスマホを取り出し、魔獣の出現予定日と三箇所の候補地とをネット上で呟いた。父の方でも手を回してくれているのは知っていたが、自分でも出来るだけのことはしたいと考え、中学生の頃から続けていることだ。使っているアカウントは、専用の裏アカウントで匿名のものだし、呟きを見ても信じて貰えるかの保証はないのだが。
なお、その裏アカウントの名前は、それまで「孤独な予知者」としていた。でも、今日の母との話を受けて「地球世界の遠見番」に変更した。




