8-6. 動画の編集
「これでインストール完了だ。試しに何か編集してみるか?」
私の部屋に置いてあるパソコンデスクの前に座った冴佳が私に目を向ける。
私は勉強机の引き出しから、メモリカードのケースを取り出す。
「これ、ビデオカメラで撮影したデータなんだけど」
「分かった。トモ、アダプタはある?」
アダプタ?あ、そうか、冴佳はメモリカードがパソコンにそのまま挿せないと思っているのだ。
「パソコンのここのカバーを開ければ」
そう言いながら、カードスロットのカバーを開いてみせた。
「ああ、なるほど」
冴佳は直ぐに理解した。ケースからメモリカードを出し、カバーの裏にあったカードスロットに挿入する。
「トモ、これから動画の編集をやってみせるから、覚えて」
「分かったけど、メモしたいから待って」
私は急いでノートと筆記用具を用意して、勉強机の椅子を冴佳の隣に持って行って座る。
「準備は良い?それじゃ、始めるよ」
冴佳は、私が教わる態勢になったのを確認すると、パソコンを操作し始めた。
「まず、このアイコンで動画編集ソフトを起動する。で、ダイアログが出て来るから新規プロジェクトの作成をする」
「うん」
「そのプロジェクトに入れたい画像をメニューから読み込むか、ドラッグ&ドロップする。要らないところがあれば、マークを付けて、それより前か後を消す。他の画像を加えたければ、同じことを繰り返す」
「うん」
「音声の方だけど、音声トラックを追加して、そこに入れたい音声データを読み込んだり、マイクから録音したりする。これも要らないところはカットして消せば良い。音量も調節できるし、フェードインやフェードアウトのエフェクトもこうやって設定できる」
「なるほど」
「編集が終わったら、動画としてエクスポートして、動画ファイルにする。プロジェクトを後で変更したり再利用するなら、プロジェクトに名前を付けて保存」
「うん」
「まあ、大体そんなところだけど、出来そう?」
冴佳の目がパソコンから離れ、私の方を向いた。その目は、「こうして一つ一つ教えたんだから、覚えたよね」と語っている。いや、そんな目で見られても。
「大体分かったと思うけど、まだ自信が無いよ。一度自分でやってみるから見てて貰えるかな?」
「そうだな、実際にやって覚えるのが早道か。良いよ、見ているからやってみて」
冴佳に席を替わって貰い、自分でパソコンを操作する。ソフトを起動して、新規プロジェクトを作り、データを読み込んで加工して。メモを見ながら作業を進め、分からないところは冴佳に聞きながら、何とか一つの動画を作り上げた。
「ふう、何とか出来た」
椅子の上で、力を抜く。作業中、パソコンの前でずっと同じ姿勢をしていて、体が固まってしまったので、伸びをして解す。
「まあ、大体覚えられているようだな。取り敢えず、これくらい出来ていれば、用は足りると思うぞ」
「うん、冴佳、ありがとう」
私は思い切り、感謝の眼差しを冴佳に向けた。冴佳も悪い気はしないようで、若干照れた感じで微笑んでいる。
「それで、灯里、貴女本当にこれから動画投稿していくの?」
それまで私のベッドに腰掛け、後ろで黙って私達の様子を見ていた由縁が声を掛けて来た。
元々冴佳と由縁の二人には、動画編集の目的は伝えてあった。パソコンに強い冴佳に、動画を編集したいと相談したときに、当然のようにその理由を聞かれたからだ。その話は、由縁も一緒のところでしていたので、由縁も聞いていた。そして、私の願いに応える形で、冴佳が私の家に来て、パソコンに編集ソフトをインストールしてくれることになり、どうせだからと由縁も加わることとなった。
それで今日、二人が私の家に来たのだが、主な目的である動画編集ソフトのインストールとレクチャーの間は、由縁は口を挟まずに大人しくしていた。その動画の編集については、大体目的が達せられたと見て、そろそろ話をしたいということなのだろう。
「やるよ。どんなコメントが来るのか分からなくて怖いところはあるけど、見て貰えると嬉しいし」
「貴女、結構チャレンジャーなのね」
由縁に感心されてしまった。
「そうかなぁ。私、顔出しする勇気までは無いから、仮面を付けようと思っているんだよね」
「あら?そうなの?」
「そうそう。私、小心者だから」
「それでも、皆に自分を晒して、それで評価を受けようって言うのだから、十分チャレンジャーよ」
私自身はそこまで大層なことを考えていたのではないが、傍から見るとそうなるのか。勿論、悪い気はしないが、少しこそばゆい。
「それでトモはどんな動画を投稿するのか?」
「んー、好きなモノや気になるモノのこととか、ゲームとか、歌ってみるとかかなぁ?」
実を言うとあまり考えられていなかった。その時考え付いたことをやれば良いかなくらいの気持ちだったので。
「まあ、トモの好きにやれば良いけどね。そう言えば、トモは画像とか音楽の著作権のことは知っている?」
「著作権?何それ美味しいの?」
「食べ物じゃないし。こら、トモ、著作権のこと知らないでやろうとしてたのか」
あ、冴佳の目が本気と書いてマジになっている。私は助けを求めて、由縁を見た。
「画像や音楽や、それからパソコンのソフトも、人が作った物には作った人の権利があるって話でしょう?他人が作った物は無断で使ってはいけないのよ」
おー、なるほど、前に聞いたことがあるような気がしてきた。
「だとすると、歌うときにCDのカラオケ音楽とか使えないってこと?」
「駄目ダメ絶対ダメ。と言うか、動画投稿サイトのマニュアルに禁止って書いてあるからきちんと読むこと」
「はーい」
勢い良く手を挙げて、了解したことをアピールする。冴佳は、やれやれと言った感じで、肩を竦めた。
「ついでに言っておくと、ネット上にはフリーのカラオケ音源もあったりするし、そういうのを使う分には問題ないから」
「灯里は、ピアノやギターが弾けるんじゃなかった?弾き語りでも良いと思うわ」
「そうだね、色々試してみる」
二人のアドバイスが嬉しい。
トントン。
部屋の扉をノックする音がした。
「どうぞー」
扉が開き、見えた顔は弟の玲次のものだった。
「トモちゃん、おやつ持ってきた」
玲次はお盆を持って部屋に入ってきた。お盆の上には、シュークリームの乗った皿と、紅茶カップが3つずつ乗っている。
「おー、玲次、ありがとう。お姉ちゃんは嬉しいよ」
私は笑顔満面で感謝の意を示すが、玲次は淡々と部屋のローテーブルの上に皿とカップを並べていく。
「トモちゃんに頼れていたから持ってきたんだ。大したことじゃない」
言い返す顔には、少し照れが入っているようにみえた。ツンデレっぽい。
「ほう、トモの弟くんか。可愛いのう、何年生だ?」
冴佳は何かを愛でるような目つきをしている。これは私の弟だから冴佳にはあげないぞ。
「中ニです。姉がいつもお世話になっています」
「おう、礼儀正しいな。私は冴佳、あちらが由縁。どちらもトモの高校の同級生だよ。よろしく」
冴佳に紹介された由縁が頭を下げる。玲次も挨拶を返すが、心なしか頬が紅いような。もしかして、由縁のような女性がタイプなのか。
「玲次は小さい頃から剣道をやっているんだ。だから、礼節を重んじるのが体に染みついているんだよね」
玲次が剣道を始めたのは小学四年生の時からだった。強くなりたいと思ったのが始めた動機だと言っていた。何かきっかけがあったのだろうが、何があったのか聞いたことは無い。始めたのが少し遅めだったので、もっと早くから始めていた子達に追い付けず、最初の内は団体戦だと試合に出られずにいたものの、中学に入った辺りから、団体戦にも出られるようになった。ともあれ、試合に出られなくても出られるようになっても、道場の教えはきちんと守っていて、礼儀作法はしっかりしている。まあ、家の中では私のことはトモちゃん呼びだが。
「ふーん。玲次君は、将来は良い男になりそうね」
由縁の目が妖しく光ると、玲次の頬がますます紅くなる。玲次は格好良さを目指していると言っていて、確かに声変わりの後、頭はスポーツ刈りにして声色が太く男らしくなって来てはいる。しかし、その反応は明らかに初心な男の子だよ、弟よ。
「でも、あれだな。トモと弟君は、姉弟とは言え、そこまでは似ていないな」
冴佳の発言に、私は心の中でドキリとした。
「そうですね。姉と俺は、小さい頃はもう少し似ていましたけど、俺は父親似で、姉は母親似になりましたね」
「だとすると、トモはお母さんに似ているんだ」
「はい、雰囲気とか俺から見ても似ていると思いますから」
そうなのかな。単に母も私も口数が多くて騒がしいのが似ているってことじゃなくて?




