8-2. 叶和
「貴女は、誰?」
叶和さんは、突然声を掛けられて戸惑っているようだった。
「あ、突然にごめんなさい。私、向陽灯里と言います。東京から来ました」
私は、初対面の挨拶の意味も込めて頭を下げた。
「そう、東京から、来たの。私は、確かに、叶和。どうして、知ってる?」
叶和さんに不思議そうな顔をされる。
「本部の巫女の情報は、公開されているじゃないですか。私は、それを見ていたので、あ、叶和さんだって思ったんです。私、本部の巫女に会ったの、叶和さんが初めてなんです。本当にお強いんですね。素手で気絶させてから剣を抜く動きが流れるようで、凄いって思いました」
本部の巫女に会えて、気分が盛り上がった私は、相手の気持ちに構わずに一方的に話してしまった。
黎明殿の巫女。超常の力を持ち、世界を護る存在。東護院探偵社に努める父に、何度となく聞いた話。黎明殿の巫女は、大きく二つに分かれている。封印の地の巫女と本部の巫女。封印の地の巫女は、東西南北四つの封印の地を治める巫女で、その内の東の封印の地を治める春の巫女の家系が東護院だ。本部の巫女とは、黎明殿本部に直接所属している巫女のこと。父によれば、封印の地の巫女より、本部の巫女の方が強いらしい。だから、父は本部の巫女推しなのだとか。自分は封印の地の巫女関連の会社に勤めているのに、本部の巫女推しで良いのだろうかと思わないでもないが、そんな父の影響があって、どちらかと言うと本部の巫女に興味を持ち、封印の地の巫女の家系は覚えていなくても、本部の巫女の情報はすべて頭に入っていた。
だが、これまで本部の巫女どころか、封印の地の巫女にも会う機会はなく、今日初めて会えたのが、本部の巫女の叶和さんだった。
その叶和さんの戦いを見て、その強さを実感した。今まで見たどんな人の動きよりも圧倒的に速く、美しかった。感動した私は、それをそのまま叶和さんに伝えたかった。
そんな私の言葉に、叶和さんは眉を上げて少し驚いたような顔をした。
「貴女、見えて、いたの?私の、動き」
「え?ええ、私、目が良いのが取り柄というか、割りと良く動きが見えるんですよね」
「そう。貴女、巫女では、ないの?」
は?まさかそんな質問をされるとは予想外だった。
「いえいえ、とんでもないです。私には巫女の力はないですから」
私は慌てて首を横に振る。
「それより、叶和さんはどうしてここに居たんですか?それに、なんで魔獣がここに?」
私の問い掛けに、叶和さんの目が泳ぐ。
「それは、無関係の、人に、言えない」
叶和さんは正直だ。偶然だと言ってしまえば終わったのに。少し押してみようか。
「私、無関係じゃないですよ。高校の理事に東護院の人が居るし、父は東護院の探偵社に努めていますから、関係者です」
若干強引?む、無理があるかな?
「東護院?ああ、春の、巫女。そう、関係者なら、良い。一週間前、本部から、連絡あった」
割りと簡単に教えて貰えた。でも気になる単語がある。
「一週間前?それって、はぐれ魔獣が現れるときは、いつも一週間前に連絡が来るんですか?」
叶和さんは、上を見て思い出そうとして、それから頷いた。
「そう、いつも、一週間前」
そんなことってあるのだろうか。
「そ、それじゃあ、場所は?はぐれ魔獣の出現候補は三箇所あるんじゃないですか?」
「そう、三箇所。何故、知ってる?」
今度はこちらの目が泳ぎそうになるが、何とか堪える。
「いやぁ、そんな話を聞いたことがあって。父からだったかなぁ」
勿論、出まかせだ。でも、他に誤魔化す方法を思い付けなかった。
「そう」
あ、信じて貰えたらしい。
「大体、その中で、被害が、最大に、なりそうな、場所に、出る」
「被害が最大になりそう?」
「人が、多い、場所」
そう言う経験則があったんだ。初めて知った。
「それで、本部でどうやってはぐれ魔獣の出現を知っているのかは?」
叶和さんは、首を横に振った。
「本部の、こと、知らない」
「そうなんですね。色々教えてくれてありがとうございます」
「問題、ない。でも、貴女、どうして、ここに?」
「え?ああ、高校の友達と旅行で来たんです。って、あれ?」
そう言えば、由縁と冴佳が隣に居ない。振り返ると、二人は離れたところから遠巻きにこちらを見ていた。
考えてみれば、二人が傍にいたら、叶和さんはさっきの話を私にしてくれなかったかも知れない。そういう意味では助かったのだけど、どうしてここまで来ないのだろう?
「あのう、あそこにいる二人が友達です」
私が左手で二人の方を指し示すと、叶和さんが二人の方に視線を向ける。それに気付いた二人は、紹介されていると思ったのか、遠くからお辞儀をした。
「友達と、旅行、良いね。楽しんで。暫く、魔獣、出ないと、思う」
「ありがとうございます。沢山楽しんで行きますね」
私がニッコリ微笑むと、叶和さんも微笑み返してくれた。
「叶和さんは、これからどうするんですか?」
「魔獣を、引き渡す。協会に、連絡、しないと」
叶和さんは、帯剣ベルトに付けてあったポーチからスマホを取り出すと、電話を掛けた。その連絡が終わると、満足そうな顔をして私を見る。
「私、ここで、待つ。貴女、行くと、良い」
私は、二人を待たせていることもあって、叶和さんの提案に乗った。
「はい、それじゃ、私行きますね。機会があれば、また」
お辞儀をすると、二人の方へ向かう。少し離れたところで振り返り、叶和さんに手を振ると、叶和さんは頷いた。
「いやあ、ごめんね、待たせちゃって。一緒に来るかなって思っていたんだけど」
二人のところに辿り着くと、言い訳しながら、二人の様子を伺う。
「いえ、良いのよ。私は魔獣の近くに行きたくなかっただけだから」
「まあ、そう言うこと」
「そうだったんだ。いやぁ、本当にごめんね」
魔獣は斃されていたし、気にもしていなかったけど、そうじゃない人もいるのだと知った。感性は人それぞれだ。
「それで、トモが話していた女の人は誰?」
「黎明殿本部の巫女の御崎叶和さん。北海道担当の人だよ」
「ああ、だから灯里は、慌てて走って行ったのね」
「あはははは」
私の本部の巫女推しは、二人には周知のことだった。うちの高校は、東護院家の息が掛かっていることもあってか、入試の面接の時に必ず黎明殿の巫女についての問い掛けがあると知られている。一説には、黎明殿の巫女への反対勢力の篩い落としが目的では、という噂もまことしやかに流れているが、実際のところは謎のままだ。
しかし、それがために世の中的には関心が高くなかろうが、学内で黎明殿のことを知らない人はおらず、私は二人と知り合って直ぐに、本部の巫女推しであることを堂々と表明している。因みに、二人は黎明殿に対しては推しでも反対派でもなく、中立的な立ち位置なのだそうだ。
「それにしても、北海道に一人しかいない本部の巫女に出会って、さらに、魔獣の出現にも遭遇するなんて、偶然にしても過ぎるのではないかしら?」
「本当にそうだよね。私、とても運が良かったんだと思う」
私は無邪気に喜んでみせた。これまで、黎明殿本部が魔獣の出現を知っていたなんて話は聞いたことが無かったし、ここに叶和さんがいた理由を漏らすと私を信じて話してくれた叶和さんに申し訳ないと思い、幸運だということで押し切るつもりだ。
「で、トモはあの人と何を話したんだ?」
「うーんと、目が良いって言われた」
「目が良いだって?」
冴佳の顔は、何の話か分からないと言う表情に包まれている。
「叶和さんの戦い方が良く見えていたって。二人は、魔獣が飛び掛かった時に、叶和さんがどう動いたように見えた?」
二人は思い出そうとしていたが、直ぐに諦めた顔になっていた。
「あの人が襲い掛かられて、でも、次の瞬間には左手で魔獣を掴んで、右手の剣を魔獣に突き立てていたわよね。その間の動きは見えなかったわ。冴佳はどうだった?」
「私もユカと同じだよ。トモには、その間の動きが見えていたのか?」
「うん、一瞬の動きだったけど、見えたよ。叶和さん、左手で魔獣の右前足を掴んで引いて、右手も使って魔獣の頭を地面に叩き付けてから、右手で剣を抜いて顎から刺してた」
二人に、えっという顔をされた。
「本当に見えていたのね。驚いた」
「何か、私、動きが良く見えるんだよね」
「トモは武術をやっているのか?」
「ううん、まったく。だから、見えるだけで、全然戦えないんだよね」
「それは勿体ない気もするが」
「今のところは、自分で戦いたいとは思わないから。それより、そろそろ売店に行かない?アイス食べたりお土産買ったりする時間が無くなっちゃうよ」
「そうね、行きましょうか」
私達は、売店に向けて歩き出す。脇の方に目をやると、叶和さんが斃した魔獣の傍に控え、ダンジョン協会の人が来るのをじっと待っている姿が見えた。だがもう、二人は叶和さんへの関心は失っていたようだった。何とかこの場は凌げたらしい。
それにしても、黎明殿本部が魔獣の出現をどう把握しているのかがとても気になる。




