1-25. 護りの舞い
お母さんが私に抱き付いて泣いている。こんなお母さんは見たことないので、どうしようかな、と思った。ともかく、私も抱き付き返して、お母さんを撫でてあげた。そのままお母さんは、しばらく泣き続けていた。
お母さんが落ち着いて来たところで、聞いてみる。
「お母さん、大丈夫?」
「ええ、もう大丈夫。本当に死んでしまったかと思ったのよ」
「うん」
まあ、そうだよね。私も死んだんじゃないかと思ってた。でも、体のどこも痛くなかったし、擦り傷一つ見つからなかった。というか、着ている巫女の衣装のどこも破れておらず、真新しいもののように見えた。どういうことだろう。
ふと辺りを見渡す。どうやら御殿の北側の草地に居るようだった。お母さんの後ろにお父さんが、そして瑞希ちゃんに蒼士叔父さん、義之叔父さんがいた。瑞希ちゃんは泣いていた。お父さんや叔父さんたちは、心配そうな、でもホッとしたかのような顔をしていた。その周りには、前線を担当した人たち、伝令係りの人たちがいて、私たちのことを温かく見守ってくれていた。そうした人たちの中には、戦闘などで傷付いた人もいたが、みな元気そうな顔をしていたので、大事はなかったのだと見受けられた。
そうした顔を見て、私は皆を護れたのだと実感した。あのとき、命を懸ける判断をして本当に良かったと改めて思う。
私はお母さんの方を向いて、口を開いた。
「お母さん、私、そのままだったら、本当に死んでたと思う。でも、誰かが助けてくれた」
「え? あなたを助けた人がいるというの?」
「そう、いる。私の力は暴走していて、自分では止めらなかった。それを止めてくれた人がいたから、私は今ここにいる」
「でも、それって、柚葉以上の力の持ち主ってことにならないかしら?」
「お母さんも、そう思う?私もそうなんだろうと思うんだよね。だけど、それだけ強いのに、今回はずっと見守っているだけだった。もっとも、私が失敗していたら自分で手を下そうとしていたみたいだけど」
「そうなの?」
「少なくとも私にはそう言っていた。まあ、結局出番は無かったから、それが本心だったかどうかは分からないけどね」
「そこで貴女に嘘を言う理由も無さそうじゃない?」
「それはそう。私も本当のことを言っているように感じた」
「そう。ともかく柚葉が無事で良かったわ」
お母さんは私に向けて微笑んだ。
「うん、お母さん。だけど私、その人に言われたんだ。今回の出来事はこれから起きることの最初の一つに過ぎない、そして東に向かいなさいって。だから、私、東に行きたいとと思うのだけど」
「東ってどこ?」
「たぶん、だけど、春の巫女のところじゃないかな、と思う。ここは南にある夏の巫女の地、そして東は春の巫女の地」
「確かにそうかも知れないわね。でもどれくらいの間行くことになるのかしら」
「その人はこうも言っていた。すべてを終わらせたいならって。何となくだけど、そのすべてを終わらせるにはかなりの時間が掛かるんじゃないかって予感がするんだけど」
「そう、なら行く前に色々と準備が必要そうね」
「うん、そう思う。どういう風にしていくのか、今度相談させてね」
「ええ、お話ししましょう」
取り敢えず今後の方向性は決まった。
次は、この後のことだ。
「それで、お母さん、今日、これから巫女の舞いをやりたいんだけど、どうかな?」
「え?これから?あなたは休んだ方が良いではなくて?」
私はお母さんから体を話して立ち上がり、くるっと一回りしてみせた。お母さんも立ち上がって、そんな私を見ている。
「ほら、身体は大丈夫だから。戦いが終わったいま、舞いたいの」
「まあ、あなたが舞いたいと言うのなら、良いですけれど」
「ありがとう、お母さん」
私はお母さんに再び抱き付いた。
それから、舞台に移動した私は、舞台の控え室で待っていた。祭りが中断したので、お母さんが、奏者の人たちにお願いをしに行ってくれている。
「柚葉、皆さん演奏してくださるって」
お母さんが控え室に来て、交渉が上手く行ったことを教えてくれた。
「お母さん、お願いしてくれてありがとう」
「お礼なら、演奏してくださる皆さんに言って」
「はい」
でも、まずは舞いだ。
開始時間を決めて、御殿や会館に避難していた人、前線に出ていた人たちに、舞台の前に集まるように連絡してもらった。
奏者の人たちは、演奏の準備をし、私もお化粧を直してもらった。
私のお化粧を直しながら、お母さんが尋ねてきた。
「ねぇ、どうしていま踊りたいって思ったの?」
「私、何となく分かった気がするの、舞いのこと。この舞いって戦いが終わった後に、舞うものなのではないかって」
「戦いが終わった後に?」
「そう、戦いで護ろうとした人たちが無事であったことを喜んで、一緒に戦った人たちの苦労を労って、これからも一緒に生きていこうっていう思いを共有する、そのための舞いなのではないかって。それが今回のことで分かったような気がしたの」
「この戦いであなたが得られたものがあるのね。なら、それを存分に表現しながら舞いなさい。きっと素敵な舞いになるわ」
「ありがとう。そうするね」
そうして、開始時間がやってきた。
私は舞台袖に移動し、待機した。
夏祭りは中断してしまったけれど、これから巫女の舞いを始めるという説明をお母さんにしてもらってから、紹介を受けて舞台に出る。私が開始位置に移動し、踊りの最初の姿勢を取ると、奏者の人達が演奏を始める。
何度も練習した体はきちんと振り付けを覚えていた。でも、ただ振り付けをなぞりながら踊るのではない、その動きに合わせて心の中にある想いを込めて踊る。
私は護ることに対する理解が足りていなかった。ダンジョンで、あるいは浜辺で、私は皆を護ろうと戦ったが、そのときはちっとも分かっていなかった。それらの戦いは、危ないとは思ったけど、でも心の底では何とかなると思っていた。
でも、火竜と対峙して、初めて感じた愛しいものを失うかもしれないという感覚に襲われた。自分の力では護り切れないかも知れないという恐怖。その恐怖を現実のものにしないために精一杯戦うのが護るということ。
「私、皆を護るよ」
私は舞いながら、舞台の前にいる人たちの顔を見る。お父さん、お母さん、恭也、瑞希ちゃん、花蓮ちゃん、麗奈ちゃん、保仁くん、卓哉くん、トメさん、分家の叔父さん叔母さんたち、島の人たち。皆の笑顔を見ながら、それらが失われることのないように力の限り尽くすと誓う。
「私、皆を護るよ」
そうだ、この舞いは、誓いの舞い。これからも皆を護るという誓いを捧げるための舞い。一つの戦いが終わっても、それで終わりではない。次の戦いはいつくるとも知れない。でも、そうした定めを恐れることなく、皆への想いとともに困難に立ち向かっていくと誓うんだ。
「私、皆を護るよ」
私には分かった。護る思いの強さに比例して、自分の力が強まるのが。いま、私の力は、皆への想いで膨らんで、私の全身から放たれている。想いが続く限り、力は溢れ出してくるだろう。そして私は途切れることなく皆を想い続け、その力を護るために使おう。
放出された力は、どんどん上空に上がって行く。そしてある程度の高さまで上がると結晶化して雪のように降り始めた。その雪は、戦闘で傷付いた島の人々の体を癒している。これが私の巫女としての護りの舞いの形。
「だからね、私、もう少し生きていても良いよね」
繋いでもらったこの命、あとどれくらい続くのか分からない。でも、この命ある限り、皆を護り続けよう。
私は皆への想いと、そして護りの誓いとともに舞い続けた。
ここまでお読みいただきありがとうございました。いかがだったでしょうか。
次からしばらく閑話となります。




