7-38. 新しい仲間
「大きなお屋敷なのだ」
真弓の感心した声が聞こえました。
私達は、大きなお屋敷の門の前にいました。表札を見付けて読むと「紅林」とあります。博多の紅林と言うことは。
「もしかして、ちさちゃん家なのぉ?」
私は、珠恵ちゃんを見ます。珠恵ちゃんは、ニッコリして頷きました。
「ちさちゃんて誰なのだ?」
「高校生で、バーチャルアイドルやっていて、戦武術が強い女の子なんだぁ」
「ふーん、それで、その子に会いに来たのか?」
私にもその答えは分からなかったので、真弓と二人で珠恵ちゃんの顔を見ました。
「ん?まあ、無関係ではないけど、用があるのは紅林の家そのものかな。あと、矢内もね」
「だからわざわざ着替えて来たのぉ?」
珠恵ちゃんの今の服装は、ワインレッドのシャツに、黒と臙脂のフレアミニスカートで、昼間に大学で着ていた物とは違います。それに、普段珠恵ちゃんが着ているのとは違う系統の服装です。
「うん、これはまあ、演出かなぁ。話を円滑に進めるための」
そう言われても良く分からず、真弓と顔を見合わせてしまいました。
「ともかく、時間も時間だし、行くよ」
珠恵ちゃんは、門の脇にあったインターホンのボタンを押し、マイク越しに来訪を告げました。すると、暫くして脇の扉が開き、エプロンを着けた使用人らしき女性が出て来ました。
「ようこそいらっしゃいました。皆様お揃いです、どうぞ中へ」
女性はお辞儀をすると私達を扉の中へと促します。私達は珠恵ちゃんを先頭にして中へと入っていきました。
「こちらになります」
玄関を入って、家の中へ上がり、女性に付いていきます。連れて行かれた先は、広間でした。そこは、畳敷きの部屋で、大きな座卓があり、その片側には老婦人を中心に紅林家に関係しているの人達が座っています。
私達は、座卓の反対側へと案内され、珠恵ちゃんを中心に座りました。珠恵ちゃんは老婦人の正面に、私は珠恵ちゃんの右側に座りましたが、目の前にはちさちゃんがいました。ちさちゃんは私に気付いたようですが、その場を気にしてか喋らずにニッコリと笑顔を向けました。なので、私も笑顔を返すに留めました。
隣を見ると、珠恵ちゃんが毅然とした態度で老婦人を見詰めています。相手の老婦人もまた珠恵ちゃんを見詰めていました。その表情には強い意志が籠っていて、まったく歳を感じさせません。
真弓と私も姿勢を正すと、頃合いと見たのか老婦人が口を開きました。
「本日は、遠いところお越し下さりありがとうございます」
老婦人がゆっくりとお辞儀をしました。それに合わせて並んで座っている人達も一緒にお辞儀をします。
「いえ、こちらこそ、夜分の訪問を受け入れていただき、ありがとうございます」
珠恵ちゃんが頭を下げるのに合わせて、真弓と私もお辞儀をします。
お互い顔を上げると珠恵ちゃんが続けました。
「お久し振り、と言うべきとなのでしょうが、生憎と貴女とお会いした記憶がなくて」
「それは仕方のないことでしょう。私が西峰の家に伺ったとき貴女様はまだ小さくていらっしたから。そんな貴女様が西峰の当主様になられたと伺いました。おめでとうございます」
再び老婦人とその一同が頭を下げました。私は珠恵ちゃんが当主になった話は知りませんでしたが、話の腰を折る訳にもいかず、黙って話の続きを聞きます。
「ありがとうございます。もっとも、私はまだ大学生ですし、実務は祖母に任せきりです」
「それでも、後継者も決まり、西峰の家も安泰ではありませんか」
老婦人はほんの少し笑みを見せましたが、直ぐに真面目な表情に戻りました。
「それで、その西峰の当主様が私共に対してどのようなお話が?」
珠恵ちゃんは直ぐには答えず、一旦、深呼吸をしました。
「今日ですが、西峰の家の者としてではなく、西峰珠恵一個人として来ました。そうお考え下さい。そして同行してきた二人は私の大学の友人で、左が浜鳥真弓、右が白里雪希です」
「よろしくお願いいたします」
名前を紹介されたので、真弓と一緒に頭を下げます。
「ご丁寧にありがとうございます。お二人とは初めまして。紅林家当主の梅です。右が娘の知可子、左が知可子の娘の千里。男衆は全員矢内の者で、知可子の右が当主の茂康、その右が茂康の弟の孝成、反対側知里の左が孝成の弟の遼真、その左が遼真の孫の和真」
先方側も、名前を呼ばれた人が順に頭を下げました。これでこの場の全員の名前が呼ばれました。老婦人は、梅という名前なのですね。差し詰め、梅さん、でしょうか。
「ご紹介ありがとうございます。それで本題に入る前にすみません、内密の話なので結界を張らせて貰います」
珠恵ちゃんはそう断ると、結界を張りました。全然力の気配を感じなかったので、実際結界を張ったのか分からないのですが、外から聞こえて来ていた虫の鳴く声が聞こえなくなったことで、そうだろうと知れました。
内密、と言うことでか、梅さん達の表情が緊張の色を帯びました。
「さて、今日ですけど、ご相談に来ました。紅林及び矢内の方々と協力関係を結べないかと思いまして」
「協力関係ですか。貴女様方三人と?珠恵様は私共に何を求め、何を与えてくださろうと言うのです?」
梅さんの目が鋭さを増しました。
「そうですね。皆さんには情報収集など人手が必要な時に手伝っていただけないかと思っています。その代わりに、貴女方を私が護ると言うのでは?」
「私共は、特に困っていることはございませんが」
鋭い目つきのまま、梅さんは珠恵ちゃんを見詰めています。凄い眼力です。
「そうですか?私が小さい頃に弓恵さんに相談したこと、まだ解決していないと思うのですけど。それで、千景さんを通して四ノ長にお願いして、このネックレスを手に入れた」
珠恵ちゃんはスカートのポケットに手を入れて、ネックレスを取り出し、座卓の上に置きました。
「違いますか?」
梅さんの左側の眉がピクリと動きました。
「何故それを」
その言葉を聞いた珠恵ちゃんが微笑みます。
「このネックレスは魔道具です。特殊なもので、三ノ里でしか作れません。いま知里ちゃんがしている物を四ノ長に頼まれて作ったのは三ノ長。まあ、頼まれて作ったというより、それ以前に三ノ長が必要になるかもと作っていて、でも使う必要がなくなったので仕舞っておいたのを四ノ長に渡したそうですけど。その話は、三ノ長に聞きました」
「三ノ長に?ならば、ネックレスの機能もご存知と言うことですね」
「ええ、巫女の力を体の外に漏らさないようにするものだと聞いています。巫女の力そのものを封印するものではないので、力を使おうと思えば使えてしまう。それで、知里ちゃんは、偶にやらかしているのではないでしょうか。先日のバーチャルアイドルの武闘会の時のように。秘密はいずれバレますし、バレたらどうしようかと、びくびくしながら生活するのも嫌でしょう?」
梅さんは珠恵ちゃんから目を逸らしました。動揺しているのではないでしょうか。
「例えその通りだとしても、珠恵様に出来ることと言えば、良いところ知里を引き取ることだけでは?しかし、引き取ることができるのは、それで済ませようと、黎明殿本部の上の方の判断してからのことで、場合によっては別の判断がくだされるかも知れません」
梅さんの表情から、苦悩していることが伺えます。動揺のせいか、気持ちが顔に出易くなっているようです。
「封印の地の巫女では、発言力が低いと。まあ、普通に考えればそうですよね」
珠恵ちゃんは、そこで一息入れました。
「これをやるのは気乗りしませんけど、すみません、失礼して」
そう断りをいれてから、珠恵ちゃんは立ち上がりました。
立ち上がった珠恵ちゃんは目を閉じます。その珠恵ちゃんの体から、力の波動が漏れ始め、それが段々と強くなっていきます。でも、ここで力を使って何をしようというのでしょうか。
力の波動はどんどん強くなり、遂には珠恵ちゃんの髪が輝き始めました。銀色に、ではなく赤色に。その赤くなった髪はウェーブを帯びながら長く伸び、勝手にツインテールの形にまとまりました。
そして、赤い波動が頭から体に広がり、全身を覆ったところで、珠恵ちゃんは目を開けます。その瞳もまた赤く輝いていて、表情は珠恵ちゃんではない別人のように見えました。
「久しいな、梅よ。我が誰だか分かるか?」
「あ、貴女様はまさか紅の?」
「如何にも。覚えてくれていたようだな」
「忘れるだなんて、滅相もございません」
梅さんの顔は驚きに満ち溢れていました。見ると、矢内の当主兄弟も驚愕の表情です。
「そうか。ならば我がこの者に加護を与えたと言う事実が、どういう意味を持つかも分かるな。我の望みは、お主達がこの者と協力して事に当たって貰うことだが、強制はすまい。自分達で考えて判断するが良い」
「お、仰せのままに」
「うむ、では達者でな」
その言葉を残して、珠恵ちゃんは再び目を閉じました。すると、赤い波動は消え、珠恵ちゃんの髪の長さも元に戻りました。
そうして目を開けた珠恵ちゃんの表情は、いつもの珠恵ちゃんのものです。珠恵ちゃんは、座卓の前に座り直すと、梅さんに微笑み掛けました。
「と言うことで如何でしょうか?」
梅さんは、半ば諦めたような表情をしています。
「貴女様もお人が悪い。最初からあの方の加護を得ていると仰っていただければ良いものを」
「それでは相談ではなくて、命令になってしまうでしょう?私は貴女方と話し合いたかったのです」
珠恵ちゃんの言葉を受け、梅さんは微笑みました。
「お気持ちは良く分かりました。協力させていただきましょう。矢内の方々もそれでよろしいですね」
「はい」
梅さんが左右を見渡すと、男の人達全員が頷きました。
それを見て、珠恵ちゃんもホッとしたような顔をして、一礼しました。
「ありがとうございます。あと、紹介が遅れましたが、私の両隣の二名も巫女ですので。どちらも三ノ里出身で、真弓ちゃんは魔道具のことに詳しいですよ」
紹介された真弓は、照れたような笑みを浮かべました。
それから少し、お互いについての話をしましたが、時間が遅いこともあって、私達は早々にお暇しました。
紅林の家の門の外に出ると、珠恵ちゃんは、あーっと伸びをしました。
「何とかなって良かった。これで東護院にお願いする必要も無くなるかな」
「え?それってどういうことなのぉ?」
「どういうことも何も、そのままだよ。人手が足りないときに頼む相手がいないと大変なんだから。この前の新宿のときとか」
何ですって?
「新宿のことって、まさか、え?本当にぃ?」
「雪希ちゃんの弟くんに絡んでいたお兄さん達、東護院の探偵社の人達だよ。名演技だったでしょう?」
「はぁ?」
あれの全部が演技?
「ともかく、雪希ちゃんに火事を見せようってことで、真弓ちゃんと二人で一所懸命シナリオ考えたんだから。それで、役者が必要になってお願いしに行ったわけ。でも、今度からは矢内の人達にお願いできるよね」
珠恵ちゃんはウキウキ顔ですが、私はまだ納得できていません。
「待ってよ珠恵ちゃん。新宿のことって、何処からがシナリオだったのぉ?綾凪さんは?」
「全部だよ全部。気付かれないようにタイミング合わせるのが大変だったんだから。綾凪さんも上手くやってくれたよ。彼女、お父さんが探偵社で、協力してくれたの」
そ、そんな。守琉は、綾凪さんと買い物に行ってから、綾凪さんのことが気になるような発言をしていたのに、すべてが演技だったとは。
どうやら、私の弟の恋は、前途多難なようです。
これで第七章、雪希の話も終わりです。
第八章はお待たせしました。ずっと登場していながら、主役の順番が回って来なかったあの人のお話になります。新年が明けた、1月7日開始を予定しています。




