7-37. 巫女としての日常
翌日の月曜日、私はいつものように大学に通い、いつものように講義を受けました。
灯里ちゃんなど同期の何人かには、金曜日に休んだことを聞かれましたが、家の都合で休んだと言ったら納得してくれました。珠恵ちゃんの方は、金曜日は体調不良だったと言っていたみたいです。
講義が終わったら、喫茶室のバイトに向かいました。
「お疲れ様ぁ」
「おー、雪希、お疲れ様なのだ」
喫茶室の休憩所に入ると真弓がいました。既に着替え終わっていて、これから仕事を始めようかと言うところです。あれ?でも。
「真弓は、山小屋で暮らすのではなかったのぉ?」
「雪希がこっちで暮らすなら、私もこっちに来るよ。当たり前だと思うのだけど?」
そ、そうですか。
「でも、休みの時は、雪希と一緒に山小屋にも行きたいのだ」
そちらの野望はまだ残っていたのですね。
「まあ、偶になら良いよ」
「おうし、交渉成立なのだぁ」
真弓は、ガッツポーズで喜びを表していました。それにしても、麻由とのギャップが大きいのですが、どちらが素の姿なのでしょう。
「そういえば、珠恵から聞いてるか?」
「何を?」
「今日、バイトが終わったら、私の家に集合って話」
「ううん、聞いてない。今、初めて聞いたぁ。何かあるのぉ?」
そういえば、今日、珠恵ちゃんと講義は一緒だったけど、あまり話してないなぁ。
「連れて行きたいところがあるって言ってたのだ」
「ふーん、どこだろう。聞いてみた?」
「いや、行ってみてのお楽しみなのだと」
「そかぁ」
それから真弓は先にシフトに戻り、私も急いで着替えてホールに入ります。喫茶室のホールには、店長の美波さんも出ていました。
「美波さん、よろしくお願いいたしますぅ」
「ええ、雪希ちゃん、今日もよろしくね」
美波さんの目が私の髪に行きました。
「あら、雪希ちゃんも新しい髪飾りを付けて来たのね」
「はい、プレゼントして貰いまして」
「それは良かったわね。良く似合っているわ」
「ありがとうございます」
私は霜馬が作ってくれた髪飾りを着けて大学に来ました。私のために作ってくれたものなので、使わないと勿体ないのです。美波さんが「私も」と言ったのは、真弓も三日月の髪飾りを着けていたからでしょう。真弓は今日、眼鏡も外していました。周りにはイメージチェンジした、と言ったそう。ウェーブの掛かった栗色の毛をお団子サイドテールにしているのは、大学に入った当時のままです。
昔の麻由と今の真弓、二人を融合させたようなイメージチェンジ。それは、先程真弓の言葉通り、これからも一緒に大学生活を送るつもりだとの意思の現れのように思えます。
そんな真弓と一緒に仕事に励み、喫茶室の閉店時間まで働きました。閉店後の片付けを終わらせ、賄もいただいてから大学を出て駅へと向かいます。
電車に乗って沼袋で降り、真弓が住んでいるマンションへ。
真弓の部屋に到着すると、真弓はローテーブルなどを移動し始めました。
「真弓、何しているのぉ?」
「ん?ああ、珠恵が来られるように、場所を空けないといけないのだ。その後のことも考えると、私達も一緒に立てるくらいの広さが必要なのだよね」
私には真弓の言っていることが良く分かりませんが、手伝うことにします。真弓は、空けたところに、レジャーシートを裏返して敷きました。そして、その真ん中に透明な石を起きます。
真弓は準備が終わると、レジャーシートを前にして正座しました。
「何でそこに正座?」
「これから、お迎えするのだ。雪希も、ここに正座して」
真弓は、左側の床を手で叩いて、場所を示します。相変わらず、私は真弓が何をしたいのか分からないまま、指示に従って真弓の隣で正座しました。
「良しよし。じゃあ、私の真似して伏せるのだ」
「は?」
圧倒的に説明が足りないのですがぁ。でも、私が真弓に苦情を述べる前に、レジャーシートの上に巫女の力を感じました。見ると、レジャーシートの上に乗せた透明な石が輝いています。
次の瞬間、目の前に黒と臙脂のフレアミニスカートと黒のストッキングにパンプスを履いた下半身が見えました。
「おおっ、珠恵様がご降臨されたぁ。ありがたやぁ」
真弓はそう言うと、両手を上げてその場に伏しました。私も真弓に倣って、伏せます。
「―――」
しばらくの沈黙の後、頭の上から声がしました。
「あー、いや、二人とも、何をやっているのかな?」
声から察するに、珠恵ちゃんは戸惑っているようです。
「珠恵様におかれましては、ご機嫌麗しく。恐悦至極にございますぅ」
真弓は構わず話を続けようとしています。なので、私はどうしようもなく、伏せたままです。
上の方からは溜息が聞こえました。
それから暫くして。
「真弓、お主は何故そこで平伏している?」
「私は貴女様の敬虔な僕であれば、貴女様に畏まるのは当然のことでございますぅ」
「我はお主を僕とした覚えはないが」
「何を仰いますか、先日の戦いで完敗した時から、私は貴女の僕となったのでございますぅ」
二人のやり取りが続きましたが、ここで少し間が空きました。しかし、私は口を挟むことができません。
「それではお主に問うが、お主が我が僕であると言うのなら、我の命令には何にでも従うのであるな?」
「はい、貴方様のお御足を舐めよと仰せになるならば、喜んで舐めましょう」
「いや、それは間に合うておる」
珠恵ちゃんは、心底嫌そうな口調です。
でも、直ぐに心を切り替えて立ち直ったかのように、言葉を続けました。
「お主の心意気は良く分かった。では、我より命じる」
「謹んで承ります」
真弓は平然と答えていますが、私珠恵ちゃんがどんなことを命じるのか、ドキドキしながら次の言葉を待ちます。
「我には使命がある。しかし、一人ではそれを成し遂げることは難しい。それ故に、我には仲間が必要だ。共に悩み、考え、実行し、そして悲しみも喜びも分かち合う仲間がな。分かるか。よって、お主らに命じる、我の仲間となれ。そして、願わくは、これまで通りに接して欲しい。それが我の望みだ」
「ははぁ、畏まりましたぁ」
そして、真弓は顔を上げました。
「なるほど、そう来たか。なかなかやるのだ」
どうやら寸劇は終わったようなので、私も顔を上げます。
「でも、真弓ちゃん、命令すれば、本当に私の足を舐めてたの?」
「勿論なのだ。今からでも舐めても良いが」
と、真弓が珠恵ちゃんの脚に掴まり顔を近づけようとします。
「いや、良いから。舐めないで良いから」
珠恵ちゃんは真弓から逃れようとします。真弓は冗談だったようで、パッと手を放してニッコリしました。
「珠恵の反応は、本当に面白いのだ」
「面白がるのは結構だけど、程々にしておいてよ」
怒った風な口調ですが、珠恵ちゃんの目は笑っています。真弓と珠恵ちゃんは巫女だからこその繋がりです。私も巫女である自分を取り戻して、その輪の中にいる。それがこれからの私の巫女としての日常。三ノ里にいた時のことを考えると、巫女の世界は独特の物のようにも思えたりもしますが、ここで笑い合っている二人の顔を見ると、巫女でなかった時と大差ない気もしました。
「さて、それじゃ、そろそろ出掛けようと思うけど」
珠恵ちゃんの声に、真弓も私も頷きます。
「そう言えば、雪希ちゃんと能力結合を張らないと。真弓ちゃんは、もうやったの?」
珠恵ちゃんの言葉に、真弓がハッとしたような表情をしました。
「あっ、忘れていたのだ」
真弓は私の前に右手を差し出しました。
「雪希、悪いけど、髪飾りを貸して貰いたいのだ」
「良いけどぉ、何するの?」
私は、頭から髪飾りを外して、差し出された真弓の手に髪飾りを乗せます。真弓はそれを受け取ると、勉強机の椅子に座り、机の上に私の髪飾りを置くと共に自分の三日月の髪飾りも外し、私の髪飾りの隣に置きました。
真弓が何をするのか興味を惹かれて、勉強机の脇に立つと、真弓は私の方を振り返らずに話し始めました。
「良いか?雪希。この髪飾りは魔道具なのだ。これを髪に付けた状態で肌を触れ合わせると、能力結合が張れる。そうすると、念話や、連携して巫女の力を使う技が繰り出せるようになるのだ」
「念話ってテレパシー?」
「まあ、そうなのだけど、相手が自分に向けて飛ばした思念しか聞けないからな。相手の考えていることを読み取ることはできないのだ」
ふむ、それはとても便利そうです。別に他人の心の内を探る趣味は無いので、そこは全然気になりません。
「それで、今までは魔道具を身に付けた巫女同士、肌を触れ合うだけで能力結合が張れたのだけど、それを使って裏の巫女を見付けようとする輩が出てきて問題になったのだ」
「裏の巫女?」
「私達のような未登録の巫女のことなのだ」
「巫女って全員登録しないといけないのではなかったっけ?」
「表向きはそうなのだけど、物事はそう簡単ではないからな」
まあ、そうですよね。
「それで話を戻すと、裏の巫女の安全性を高めるために、魔道具を改修することになったのだ」
「どんな風に?」
「肌を触れあったときに、お互いが合意しないとリンクが張れなくなったのと、合意しない限りリンクが張れるか相手に分からないようにしている。だけど、雪希のは昔作ったままだったから、今、手直ししているのだ」
「凄い、真弓って魔道具を改修できるんだ」
「元々雪希の髪飾りの魔道具の部分は私が作ったものだからな、簡単なのだ」
おお、そうだったんだ。
真弓は話しながらも手を動かして、魔道具を操作しています。どうやら、真弓の魔道具に合わせて、私の方を変更しているみたいです。
「よし、出来たのだ」
真弓は椅子から立ち上がると、蝶の髪飾りを私に返し、三日月の髪飾りを自分の頭に着けました。私も蝶の髪飾りを元のように着け直します。
「それじゃ、雪希、リンクを張るから手を繋いで」
真弓が左手を差し出してきたので、私も左手を出してその手を握りました。
「良い、雪希?リンクを張りたいと思った方が、そう思いながら相手に力を流し込む。それを私がやるから、何が起きるか確認するのだ」
「うん」
私が真弓の手を握ったままジッとしていると、真弓の手から温かいものが流れ込んで来ました。そして、頭の中に15の数字が書かれた球体が浮かびました。
「15って書かれた珠が見えるよぉ」
「それ、私のことなのだ。それを包み込んだり掴むイメージを思い浮かべるとリンクが張られて、弾いたり払ったりするとリンク拒否になるから。拒否しても相手には分からないから心配しなくて良いのだよ」
それではと、真弓の珠を掴み取ろうとします。すると、何かが繋がったような感じがしました。
「繋がったね。私のことを呼ぶときは、さっき見えた球体を呼び出してから、伝えたいことを念じれば良いのだ」
言われた通りにやってみると、真弓と念話が通じました。楽しい。
「それじゃあ、今度は私と能力結合張って」
今度は、珠恵ちゃんが左手を差し出して来ました。真弓の時と同じようにしてリンクが張れました。
「珠恵ちゃんの珠には、ハートマークに『珠恵』って書いてあるけどぉ」
「私には番号が無いからだよ」
「そうなんだぁ。でも、何でハート?」
「まあ、そこは気にしないってことで」
珠恵ちゃんは笑顔ではぐらかしました。ムムム。
「さて、本当に出掛ける準備が終わったよね。それじゃあ、行くから靴を履いてレジャーシートの上に集まって。あと、スマートフォンはここに置いて行ってね」
真弓と私は言われた通りにします。そして、レジャーシートの上で、三人で輪になって手を繋ぎました。
「それでは、出発!」
珠恵ちゃんの掛け声と共にレジャーシートの上に作動陣が描かれました。そして、次の瞬間には別の場所に移動していました。
周りの風景を見渡しますが、まるで見覚えの無いところです。
「ここは何処なのぉ?」
「博多の郊外だよ」
「え?九州の博多?」
「そう、その博多」
何と、一気に博多ですかぁ。どうして博多に来たのかと、どうして博多に転移できてしまうのかと、どちらから珠恵ちゃんに質問しようかなぁ。




