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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第7章 胡蝶の記憶 (雪希視点)
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7-36. 時代を越えた贈り物

「それで、あの技は誰に教わったんだい?」

麻由は上半身を起こして、地面の上に座っていました。穏やかな表情で、珠恵ちゃんを見上げています。

「あー、あれはね、真弓ちゃんの長に教えて貰ったんだよ。もっとも、基礎的なことは季さんに習っていたから、あの人に聞いたのは技を使う時のコツとか真弓ちゃんの話だけどね」

珠恵ちゃんは素直に返事をしましたが、そこに麻由が食いつきました。

「季って、あの三ノ長さえ負ける、最強の戦巫女と呼ばれている?」

「季さんは、その呼び名は好きじゃないみたいだけどね。でも、そう、私は季さんの一番弟子だよ」

麻由は溜息をつきました。

「ふーん、キミが強いのも良く分かったよ。あの加護のことも考え合わせれば、実質キミが最強なんじゃないか?」

珠恵ちゃんは首を横に振りました。

「ううん。技だけならそうかも知れないけど、絶対的に実戦経験が不足しているんだよね。だから最強だなんてトンでもない」

「そう。ならそう言うことにしておこうか」

麻由は立ち上がると、体に付いた土埃を手で払いました。それが終わると、池の脇の階段まで歩き、最初の段に足を掛けながら、私達の方を向きました。

「どう?少しお茶でもしていかない?このまま帰るのも味気ないだろう?」

先ほどのことがあったので、私はどうしようか迷いましたが、珠恵ちゃんが「折角だから」と応じたので、私も一緒に山小屋に入ることにしました。

山小屋の中では、囲炉裏端で麻由にお茶やお菓子を出して貰い、一時間ばかりお喋りを楽しみました。つい先程まで戦っていた二人がお茶を飲んで談笑している光景は、私に取っては若干納得いかないところでしたが、当人達が笑顔で話をしている以上、私が口出しできるものでもありません。

そうして暫くのんびりとした時間を過ごした後、私は珠恵ちゃんと共に山小屋を後にして、家路に就きました。

往きに通った道を反対方向に進み、駅からローカル電車に乗って、岡谷で乗り換えて。家まで辿り着いた頃には、辺りはすっかり暗くなっていました。

「ただいまぁ」

家に入ってリビングへ行くと、母がキッチンで夕食の後片付けをしていました。

「あら、雪希、お帰り。夕飯は食べた?」

「うん、電車の中で駅弁食べて来たよぉ」

はい、岡谷の駅の乗り換えの時に駅弁を買い、電車の中でいただきました。

「そう、なら良かった」

母は安堵の表情を浮かべ、片付けの続きをしています。私は、ソファに鞄を置くと、母の傍らに立って、布巾を手にしました。

「後片付け、手伝うよ」

「あら、助かるわ」

母が洗った食器を私が拭いて棚に戻していきます。母が粗方洗い終えていたこともあって、後片付けは直ぐに終わりました。

「手伝ってくれてありがとう」

「うん、どういたしまして」

そこで、私は決心して、母の目を見ました。

「あのさ、母さんにお願いがあってさぁ」

母は不思議そうな顔をして私を見返しました。

「どうしたんだい?」

私は決心が揺らがないうちにと口を開きます。

「この家に伝わる家宝があるって聞いたんだけど、見せて貰えないかなぁ?」

一瞬、母の顔がこわばったように見えました。しかし、母は深呼吸をすると、私に笑顔を向けました。

「分かった。それは父さんが管理しているから、父さんに話してくるよ。雪希はここで待っていてくれるかい?」

「うん」

私が首を縦に振ると、母はリビングから出て行きました。私はソファに座って待ちます。そして、暫くすると父を伴ってリビングに戻って来ました。その父は、手に木箱を持っています。

父は、私の向かい側のソファに座ると、木箱を私の前のテーブルの上に置きました。

「そうか、遂にこれの話を聞いたんだね。これは、私達が代々引き継いで来たものなんだ。開けてみてごらん」

私は木箱を縛っていた紐を緩めて外し、上蓋を取りました。中には折り畳まれた和紙が入っています。その和紙を取り上げると、下には銀で出来た蝶の髪飾りがありました。それは私が最初に霜馬に作って貰ったものより、余程緻密で美しいものでした。髪飾りを手に取って良く見ているうちに、裏に六角形の印があるのに気付きました。

「まさか、これって」

私は慌てて髪飾りを見るために脇に置いていた和紙を取り、開いて読み始めました。その字は、墨と筆で書かれた草書体でしたが、何故か簡単に読むことができます。

『親愛なる雪姉』

この一言だけで、霜馬が書いたものだと確信しました。胸の中を込み上げて来るものがありますが、何とか抑えて先を読むことにします。

『雪姉が命を賭けて守ってくれたお蔭で、あの後、俺には何のお咎めも無かった。雪姉には感謝の気持ちしかない。でも、雪姉は目を覚まさないとのことだった。

俺は咲と所帯を持ち、子供もできた。その子供達も大きくなり、もうすぐ一人前だ。それだけ経っても雪姉は眠ったままだった。俺も良い年だし、そろそろ腹を決めないといけないと考えた。それで雪姉が欲しがっていた蝶の髪飾りを作ることにした。雪姉のことを想い、俺のすべてを注ぎ込んだものだ。本当なら自分の手で雪姉に渡したかったが、それは叶わない願いらしい。だから、俺はこれを自分の子供達に託すことにした。

願わくは、何時の日か雪姉が目を覚まし、髪飾りをその髪に挿して俺のことに思いを馳せてくれることを。

霜馬』

ああ、霜馬。愛しい弟。私は目から涙が溢れ出るのを止められませんでした。大粒の涙がぽつぽつと膝の上に落ちていきます。

漸く受け取れた弟からの贈り物。あの時の私の覚悟が無駄にならなくて本当に良かった。

そう思うと同時に、当時のことが私の心に中に思い出されて来ました。


* * *


私は領主の家に向かっていた。と言っても急がずに。

思い描いている方策の実現のためには、先に出発した山吹の若様達を追い越してはいけない。だから、身体強化もせず、若様達の動きを確認しながら、ゆっくり歩いて行く。

若様達が森を出てからは、見咎められないよう、別の経路から屋敷に向かう。私は、頃合い(タイミング)が重要だと思っていた。若様達は、屋敷に戻れば必ず領主のところへ行く。その時が狙い目だ。

探知で、屋敷の中の動きを確認する。若様達が想定通り領主の部屋に入ったことを確認すると、私は屋敷の扉を叩いた。

「お前か、何しに来た?」

門番の人は知り合いなので、私の顔を見て緊張を解いたような表情をした。

「領主様に呼ばれましたので、参りました。失礼します」

土地の人間が領主の呼び出しを受けるのはよくあることなので、門番に疑われることは無く、私は屋敷の敷地内に入ることが出来た。私はそそくさと「急ぎますので」と言って、屋敷を回り込み、庭の方から領主の部屋へと向かう。そして、役者が揃っていることを確認すると、領主の部屋の前に出、声を張り上げた。

「領主様、急ぎのお話がございます。お時間をくださいませ」

領主の部屋の庭に面した部分は何も遮るものもなく、中が良く見通せた。私の突然の来訪に慌てた様子が見える。

「お前、ここに何をしに来た。旦那様の御前であることを分かっているのか」

私に声を掛けたのは若様だった。丁度良い。

「森の奥の山小屋に住む私の友人に、蘇り人の嫌疑が掛かっていると伺いました。でも、私は彼女のそのような素振りを一度も見たことがございません。何かの間違いではないかと申し上げに来ました」

私は言うべきことを言ってしまうと、その場にしゃがんで頭を下げた。

「そうか、お前、細工師のところの雪だな。良いところに来た。山小屋の女は確かに蘇り人だった。試しに傷を付けたら、瞬く間に傷が消えたからな。蘇り人でなければ、そうはなるまい」

若様の口調は、自慢げだった。

片や私は怒っていた。そんなことをやって試したのかと。もしも相手が蘇り人でなければ、どうするつもりだったのか。やることが酷い。

「お前もあの女の仲間じゃないのか?一年以上も行方不明になっていたのに、突然戻って来たと聞いたが」

そう来るだろうとは思っていた。だから呼び出される前に、ここに来たのだ。

「いいえ、私は蘇り人ではありません。信じてくださいませ」

「娘の言うことを信じても良いのではないか?もしこの娘が蘇り人となると、細工師を失うことになってしまう」

発言したのは旦那様だった。以前から、旦那様は弟に目を掛けてくれているのは知っていた。

「父上は甘いのです。蘇り人は根絶やしにしないといけない。でないと、この土地が危険に晒されます」

そう言うと、若様は庭に降りて来た。そして、手にしていた刀を鞘から抜くと、私の方を向いて、その刀を構えた。

「娘よ、違うなら違うでも良い。しかし、蘇り人を知人だと言うのだ、他の蘇り人ことを知っているかも知れぬ。私が直々に取り調べてやろう」

死ぬまでね、と心の中で付け足した。蘇り人に関わった人が死罪になるとはそう言うことなのだ。屋敷の中から若様を制止する声は無い。彼らにとって若様の言っていることは正論だ。それに、後々の取り調べのことを考えれば、まずは私を試すだけで、この場で斬り殺すつもりは無いと考えているだろう。

若様は、刀を上段に持ち上げ、十分に溜めた後に私目掛けて振り下ろす。私は勇気を振り絞って前に踏み出し、半回転して若様の側に背中を見せた。次の瞬間、背中に強い痛みが走った。

「お前っ、何を考えているっ!」

若様の焦ったような声が聞こえた。私は取り調べなんて受ける気は毛頭無かった。私にとって調べられることの利点は何一つない。だが、いまここには旦那様がいる。いくら若様でも、旦那様の前で私が蘇り人ではなないと証明されれば、弟に手出しはできないだろう。だから、私はこの一瞬に賭けたのだった。

「私、は、普通、の、人間、です」

言いたかったことを何とか言い切ると、私は巫女の力も、記憶も、意識もすべてを漏らさず封じ込めようと必死の思いで集中した。すると、辺りが真っ暗になり、何も感じなくなった。


* * *


あの時の私が、領主の屋敷でその後どうなったのかは分かりません。でも、今の私にとって、それは最早どうでも良いことです。霜馬は生きていてくれた。それだけで十分。

心穏やかな私の中に、暖かく懐かしいものが拡がっていきます。久し振りのこの感覚、堅く封じていた巫女の力が戻って来たことを、私は素直に喜びました。


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