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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第7章 胡蝶の記憶 (雪希視点)
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7-34. 再会

麻由の髪飾りを手に入れた二日後の日曜日、私は列車に乗っていました。

前日の夕方、珠恵ちゃんから連絡があって、麻由の山小屋が建っていた場所が分かったと知らせてくれました。それで、私は朝から列車に乗り、そこへ向かっています。

一昨日、あんなことがあったので、今度は一人で行けるとは言えず、珠恵ちゃんが一緒です。その珠恵ちゃん、心なしかウキウキしているように見えます。

「珠恵ちゃん、楽しんでるよねぇ?」

「え?ああ、雪希ちゃんには悪いとは思っているんだけどさぁ。これから雪希ちゃんが暮らしていたところに行くわけでしょう?どうしたってワクワクしちゃうんだよね。そう、これって人間の(さが)だから」

「いーよ、珠恵ちゃん。わざわざそんな大袈裟な話にしなくたって、その気持ちは分からなくもないからさぁ。でも、当時から随分と時間が経っていて、景色とか全然変わってしまっているんじゃないかなぁ」

「まあ、そしたら、そしただよ。今日の目的は、雪希ちゃんのお里訪問じゃないからね。そこはきちんと分かっているから」

珠恵ちゃんは、私の懸念を物ともせず、にこやかに微笑みました。

「それなら良いんだけどぉ。それにしても、珠恵ちゃん、今日はやけに可愛らしい格好で来たね」

そうなのです。私が、長袖のカットソーに薄茶色のパンツ、それに薄手のジャンパーと、森の中を歩く想定の服装をしてきたのに対して、珠恵ちゃんは、長袖のブラウスに黒のタイ、それにフリルの付いた黒のミニスカートに、柄の入った黒のニーハイソックスと、いつもの珠恵ちゃんからは想像し難い、可愛らしい服装なのです。

「あー、これ、織江さんのご指定なんだよね。もしかしたら、戦いになるかも知れないじゃない?人けの無い森の奥での闘いだと、思いっきり本気のぶつかり合いになるかも知れないでしょう?それだったら、この格好をしなさいって」

「え?どういうことぉ?何で闘うことと、可愛い格好が関係しているの?」

「ほら、織江さんの正装と言ったらゴスロリだからさぁ、私にも同じようにして欲しいらしいんだよね。だけど、私はゴスロリ向きじゃないから、そこは抵抗して、まあ、妥協した結果。だけど、靴は、編み上げブーツっぽいスニーカーだから、森の中でも歩き易いんだよ」

「うん、まあ、それは分かるよ」

はい、分かります。分かりますけど、靴だけの問題では無いよね、珠恵ちゃん。まあ、メイクも普通だし、珠恵ちゃんなりに少し織江さんの意向を汲んだ感じなのかな。でも、何で織江さんなんだろう?

何にしても、行った先に何が待っているのだろうかという不安な気持ちが、珠恵ちゃんと話をすることで和らいでいます。

さて、10時の列車で新宿を出発した私達は、二時間余り掛けて岡谷に到着。丁度お昼時間だったので、駅弁を購入してローカル電車に乗り込みました。そして、ボックス席に二人で向かい合って座り、窓越しに移り変わって行く景色を見ながらお弁当を食べました。

ローカル電車に乗り岡谷から約一時間、目的地の最寄り駅に到着。

そこは、駅とは言ってもあるのは単線の線路に沿ったホーム一つに小さな待合室だけ。都会の駅に慣れていると、こんな小さな駅もあったんだと思ってしまいます。

ホームから地上に降りた私達は、珠恵ちゃんが手に入れてくれた地図に従い、北東に向けて歩いて行きます。勿論、道は真っすぐ北東に向いている、なんてことはなく、東に進み、交差点で曲がって北に進み、また右に曲がって、左に曲がってとジグザグな経路を辿っていきます。途中、天竜川に掛かった橋を渡るとき、橋の上から川を見下ろしました。その昔、熊に追われて落ちたのは、この川だったのかも知れないと思うと感慨深いものもありますが、当時の記憶に重なるものは見付けられませんでした。記憶も曖昧ですし、何より時間の経過で辺りの景色も川自体も変化しているだろうことを考えると、仕方の無いことです。

そうして道なりに一時間ほど歩くと、地図が示す経路が森の中に伸びていくところに着きました。

「雪希ちゃん、ここから森の中の方に入っていくみたいだけど」

「そうだね、まだ見覚えが無いんだけど、ともかく行ってみようかぁ」

地図を持っている珠恵ちゃんを先にして森の中の道を進みます。その道は、人が二人並んで歩けるくらいの幅しかありません。でも、森の中は優しい風が吹いていて、風に運ばれてくる木々の緑の匂いが、少し緊張している私の心に清々しさを与えてくれています。

暫く歩いたところで小川に行き当たり、珠恵ちゃんが立ち止まりました。

「多分、この小川沿いに進むんだと思う」

珠恵ちゃんが、進む方向を指差しました。それは、小川の上流方向で、小川の右側に獣道のような細い道が見えています。

「え?うそ」

口を突いて出て来たその言葉は、目の前に広がっている光景が信じられなかったためです。森の中を流れる小川、そしてその脇にある獣道。それは、かつての私が通った道。人の目を避けるために、森の中を迂回したりしながら進んでも、最後には小川沿いの道に出て山小屋に向かっていた、その当時にそっくりな光景だったのです。

私はふらふらと獣道に進み出て、歩き始めました。歩を進めるごとに見えてくる新しい光景に懐かしさを感じます。知らず知らずのうちに歩みは速くなり、最後には駆け足に。

「雪希ちゃん、ちょっと待って」

後ろから珠恵ちゃんの焦ったような声が聞こえますが、私は振り返らずに前へと走り続けます。珠恵ちゃんは、その気になれば身体強化だって使える筈なので、心配しなくても後から付いて来るでしょう。

間もなく、かつての結界の境界線を越え、更に走り続けると滝の音が聞こえてきました。

「もうすぐ」

獣道が小川から離れていくのも昔のままです。そして、森を抜けたところで私は止まりました。人の三、四倍の高さから落ちている滝、その滝壺になっている池、池の隣、崖の手前にある山小屋。山小屋の手前に設置された露台、何もかもが記憶にある通りです。本当に昔にタイムスリップしてしまったような、そんな感覚に陥りました。

その時、山小屋の中に人影が見えたような気がしました。いえ、気のせいではありません。露台に人が出て来ました。

その人は、黒髪が長く、色白で、当時より少し大人びた印象でしたが、当時と同じように作務衣に身を包んだ女性で。

「麻由!!」

昔、山小屋の火事の時に死んでしまったと思っていた、麻由でした。

「やあ、雪、久し振り、って言えば良いのかな?ボクのこと、覚えてくれていたんだ?」

そう言いながら私に向かって微笑む麻由は、まったく以前のままです。

私は込み上げてくる感情のままに走り出し、池の脇の階段を上り、露台に立っていた麻由に抱き付きました。

「麻由ぅ、生きてたんだぁ」

「おいおい、少し苦しいんだけど。まあ、今は生きているけど、あの時はボクも一度死んだんだよね」

「ええっ、そうなのぉ?」

私はくっついていた麻由から離れて、麻由の顔を見ました。

「ああ、そうだよ。アバターの身体は死んでも再生できるし、コアがあれば意識や記憶も維持できる、だから本来的な意味では死んではいないんだけどね」

麻由は、フッと微笑みました。

「予定では、キミだって直ぐに再生している筈だったんだ」

え?再生ってことは。

「私も死んだってこと?」

私は首を傾げました。

「そうか。キミはまだそこは思い出せていないんだ。そうだよ、何があったのかは知らないけれど、キミもあの後死んだんだよ」

「でも、私はアバターの身体は持っていなかったよ?だから再生できないと思うんだけどぉ」

「うん、アバターの身体は無かった。だけど、アバターのコアは貰っていただろう?三ノ里を出るときに」

麻由に言われて思い出そうとしますが、アバターのコアと言って貰ったものは無かったと思います。それ以外に、三ノ里を出るときに貰ったものと言えば。

「そう言えば、里長にお守りを貰った気がする。身体に埋め込んでおけって」

「それがコアだよ。だから雪も簡単に再生できる筈だった。でも、再生できなかった」

麻由は俯きました。その顔には寂しそうな色が見えました。

「キミの意識も力も、堅い殻の内側に閉じ籠ったまま、表に出てこようとしなかったんだ。里長もボクも、長いこと色々試したけど駄目だった。精神系が得意な赤の御柱でも無理とか、どれだけ堅い殻の中に閉じ籠ってしまったんだと思ったよ」

「それで、どうしたの?」

麻由は暫く黙っていましたが、フーッと息を吐くと、顔を上げて私を見詰めました。その顔には決意が籠っているようでした。

「赤ん坊から育て始めて、刺激を与えることで徐々に心の殻を剥がせないか試すことにしたんだ」

この話の流れの意味するところは想像付きますが、聞いてしまって良いものか悩みます。でも、聞くしかありません。

「それじゃあ、私は今の両親の子供じゃないってこと?」

「うん、そう。里長がキミのご両親に赤ん坊のキミを託したんだ。戸籍のことは上手くやったみたいだ」

ここで自分の出生の秘密を聞かされるとは思っていませんでした。両親からすると、本当の子供は守琉だけということになります。でも、両親は守琉のことも私のことも分け隔てなく育ててくれたように思います。赤ん坊のときからずっと育てて貰ったことに感謝の気持ちしかありません。

「そうだったんだぁ。それで麻由達の計画は成功したんだね。私がこうして麻由のことを思い出せんだから」

「それは、どうだろう?キミはまだ全部は思い出せていないみたいだし、力も使えないんだよね?成功と呼ぶには微妙な気がする」

確かに言われて見ればそういう気も。

「どう?これからここでボクと一緒に暮らさない?そうすれば、もっと思い出すかも知れない。キミがこうしてボクに会いに来てくれたんだし、良い考えだと思うんだ」

「そうだねぇ」

麻由の誘いを受けながら、何か忘れていることがあったような気がしました。ここに来たのはどうしてだったか。

そして、私は思い出しました。

「ごめん。ここに来たのは麻由に会うためじゃなくて、これがあったからなんだけどぉ」

私は背負っていた鞄を下ろし、その中から箱を取り出しました。それから、その箱の中がを麻由に見えるように、箱の蓋を開けました。

「箱の中に、この髪飾りがあったから、ここに来たんだよ。それで、この箱は真弓が消えた小屋の中で見つけたの。ねえ、麻由は真弓が何処に行ったのか知っているんじゃないのぉ?」

麻由の目が泳ぎました。

「知っているかと言えば、知っているけど、もう良いんじゃないかなぁ。ボクに合えたんだし。彼女なら無事だからさ」

「無事って何処にいるのぉ?私に合わせてよぉ」

「どうしても?」

「どうしても」

私が諦めないことを悟ったのか、麻由は溜息を吐くと懐をまさぐり髪ゴムを取り出しました。そして、髪を纏め始めます。髪ゴムで結わえて、お団子サイドテールにし、そうしている間に麻由の髪の色が徐々に薄くなるとともにウェーブが掛けられたように変化していきます。

麻由は髪を纏め終えると、再び懐に手を入れます。今度取り出したのは眼鏡で、それを顔に掛けました。

「これで雪希の気は済んだのだよね?」

作務衣を来た真弓が、にっこりと私に向けて微笑み掛けてきました。


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