7-33. 行方探し
私の手を固定していた縄が緩んだかと思うと、一気に下に降ろせるようになりました。風香さんが木の幹に結わえていた縄の結び目を解いてくれたようです。そして、今度は珠恵ちゃんが私の手に巻き付けられていた縄を緩めて外してくれました。
私は自由になった腕を振り回して、開放感に浸ります。
「風香さん、珠恵ちゃん、ありがとうございますぅ」
お礼の言葉に、二人は照れたような表情をしました。
「それで、珠恵ちゃん、小屋の中に死体が無いって本当なのぉ?」
「力の眼で視ただけだけど、間違いないと思うよ」
「それじゃあ、真弓は何処に行っちゃったのぉ?」
「ごめん、それは私にも分からないや」
珠恵ちゃんも途方に暮れた様子なので、本当のことなのでしょう。
「あー、ただ、小屋の真ん中辺りに結界があるみたいなんだよね。そこに何かあるかも知れない」
「結界?」
「うん、随分と小さいんだけど」
「眼で見える?」
「いや、その燃え残りの下みたい。燃え残りをどかさないと見えないよ」
珠恵ちゃんは、キョロキョロと辺りを見回すと、斜面を辿って小川の方に降りて行きました。そして、戻って来たときには、手に長い木の枝を持っていました。
「上流から流されて来たみたいだけど、使えそうだったから持ってきた」
珠恵ちゃんは、そのまま燃え落ちた小屋の方に向かいます。小屋は、殆ど燃え切っていましたが、炭になった部分はまだ赤く、近付くと熱気を感じます。でも、珠恵ちゃんは、熱気を苦にする様子はありません。何等か力を使っているのでしょう。
小屋のところまで辿り着くと、珠恵ちゃんは枝を使って小屋の燃え残りを左右に避け、通り道を作っていきます。そして中ほどまで進むと、何かを見付けたのか、枝を放り出してしゃがみました。その後、再び立ち上がった珠恵ちゃんの手の中には、黒い箱のようなものが見えました。
それから、珠恵ちゃんは、そのまま回れ右して私達の方へ戻ってきました。
「結界ってこれだった。箱自体が結界になっていて、燃えないようになっているみたい」
「それじゃあ、これは魔道具ってことかな?」
箱をまじまじと見詰めながら、風香さんが珠恵ちゃんに問い掛けます。
「はい、風香さん。そうだと思います」
箱を良く見ると、留め具のようなものが付いているのに気付きました。
「これって物入れじゃないかなぁ。珠恵ちゃん、開けてみても良い?」
「良いよ、雪希ちゃん」
そう言って、珠恵ちゃんは私に箱を渡してくれました。
受け取った箱を左手の上に乗せ、右手で留め具を外すと、蓋が開けることができました。中に入っている物はたった一つでしたが、私を驚かせるには十分でした。
「何でこれがここに?」
「雪希ちゃんは、これが何かを知っているの?」
珠恵ちゃんには分からないようです。それもその筈。
「麻由のしていた髪飾り」
そう、箱の中に入っていたのは、山小屋で麻由が髪に付けていた三日月の髪飾りでした。
「麻由って?」
「昔の私の知り合いだった黎明殿の巫女ですぅ」
「ふーん」
珠恵ちゃんは、考え込んでいます。私は訳が分からず、どうしようかという気持ちでした。
「あの、お二人さん、悪いんだけど」
風香さんが考えている私達に声を掛けてきました。
「何ですか?」
珠恵ちゃんが風香さんの方を向きました。
「考えるんなら車の中でも良いかな?出来れば、私は戻りたいんだけど」
「ああ、そう言えば、風香さん、今日は予定があるって言ってましたね」
「そうそう、思い出してくれた?今日は琴音ちゃんの喫茶店に行くことになっているの」
私は琴音さんが誰のことか分からないのですが、珠恵ちゃんには分かったようです。
「ああ、あそこですか。私達も一緒に行って良いですか?今日のお礼に奢りますよ」
「別に奢ってくれなくても良いんだけど、そう言うことで車に乗って貰えるかな。車は家に置いて、高円寺から電車で行くけど良い?あそこ、車置く場所無いし、取り締まりが厳しいから」
どの道、ここに残っていてもやれることもないので、私達は風香さんの車に乗りこみました。そして、戻る道すがら、今日の出来事を二人に話して聞かせました。風香さんは、「何だその訳の分からない連中は、私が締めに行ってあげようか」と憤ってくれましたが、彼らの手掛かりは何も無いし、気持ちだけ受け取って置くことにしました。
琴音さんのお店に着いた時には、おやつには少し遅い時間でした。私のことで遅くなってしまい、申し訳ない気持ちになりましたが、風香さんは問題ないからと言ってくれました。
チリンチリーン。
風香さんを先頭に中へ入っていくと、店員さんが出迎えてくれました。
「いらっしゃいませ。あら、風香さん、お友達ですか?でも、随分とお若いお友達ですね?」
「お友達、なのかなぁ。二人は、うちの道場に来てくれている大学生ってところかな?」
風香さんは、迷いながらも私達を紹介してくれました。
「初めまして、琴音さん、ですよね?私、西峰珠恵です。よろしくお願いします」
「西峰って秋の?そう、ようこそいらっしゃいました。店長の北杉琴音です」
ん?何か二人は分かり合っているようですが、私には分かりません。
「あの、白里雪希です。珠恵ちゃんの大学同期になります」
「初めまして。ゆっくりしていってくださいね」
琴音さんは、にっこりと微笑んでくれました。
挨拶を終えた風香さんは、早々にカウンター席の方へ。そのカウンター席には先客が一人座っています。その人はウェーブの掛かったロングヘアの女性でしたが、私達の顔を見て目を丸くしています。
「え?風香、どうしてその子達を連れて来たの?」
「んー、まあ、成り行きで」
「そう?仕方が無いわね」
あれ?その人は私達の顔を知っている?
私が呆けた顔になっていたのか、風香さんが教えてくれました。
「彼女は、有松麗子。イラストレーターの有田川麗って言った方が分かりが良いかな?」
あー、なるほどぉ。
「こんにちはぁ、有松さん?」
どう呼んだら良いのか分からなくなって、疑問形になってしまいました。
「麗子で良いわよ、雪希ちゃん。何だったら、風香みたく麗って呼んでくれても良いわ」
「え、いや、じゃあ、麗子さんで」
麗子さん、半ば自棄になっていませんか?私はアタフタしながら返事をしました。
「雪希ちゃん、どうしたの?私、別に怒ってもいないし、自棄にもなってないわよ」
「どうしてそれを――」
「あなたの顔に書いてあったわ。ともかく、席に着いて注文したらどう?」
麗子さんのお勧めに従って、私達はカウンター席に並んで座りました。麗子さんの隣から、風香さん、私、珠恵ちゃんの順番です。
「それで、改めて聞いちゃうけど、どうして三人一緒に来たの?」
メニューから、それぞれが好みの注文をした後、麗子さんが尋ねてきました。
「話すと長いから端折ると、雪希ちゃんの友達がいなくなって、で、いなくなった場所に箱があったから、それが手掛かりになりそうだけど、この後どうしようかを考えようと言うところでここに来た」
風香さんの説明は非常に大雑把でしたが、それで麗子さんは満足したようです。
「そうなんだ。それで手掛かりって?」
「雪希ちゃん、出して貰える?」
「はい」
風香さんのリクエストに応じて、私は背負っていた鞄から、小屋の焼け跡で見つけた箱を取り出しました。実は、風香さんの家に戻る前に、私の家に寄って貰い、汚れた服を着替えるとともに箱を入れる鞄を持ってきました。
私は箱をカウンターの上に置くと、留め具を外して蓋を開け、中に入っていた三日月の髪飾りを取り出しました。そして、それを麗子さんに渡します。
「へーえ、良く出来ているわね。スケッチさせて貰おうかしら」
麗子さんのイラストレーター魂に火が付いたみたいです。私も近くで見たのは初めてですが、細かい模様が入っていて、とても綺麗なものでした。
「あ、流石にいまはスケッチしないから。でも、雪希ちゃん、また今度見せて貰える?」
そう言いながら、麗子さんは髪飾りを私の方に戻して来ました。
「それで、それがいなくなったお友達の物なの?」
「いえ、これはずっと昔の友達が使っていたものですぅ」
「ふーん」
そこで麗子さんは言葉を切りました。私はてっきり昔っていつのことか聞かれるかと思いましたが、麗子さんは別の質問を投げ掛けてきました。
「その昔のお友達は何処にいたの?」
「私の住んでいたところから、北東にある森の奥でした」
「そこだけでしか会ったことが無いの?」
「はい」
「そう」
麗子さんは、少し考える風でしたが、その後、私の顔を見て口を開きました。
「だったら、そこに行くしかないと思う。髪飾りを残していったのは、そこに来いって雪希ちゃんを呼び出すためじゃないかな」
「そうですね。でも――」
私は困りました。
「でも?」
「場所が分からないんです。昔住んでいたところが何処なのか」
「あら」
私が住んでいたところは山吹と呼ばれていましたが、それは当時の領主が山吹だったからで、今も同じ地名とは限りません。それに、私はあの辺りから遠くまで離れたことが無いので、一体どの地方だったのか、まったく分かっていませんでした。
「場所は調べられると思う」
それまで黙って話を聞いていた珠恵ちゃんが口を開きました。
「どうやって?」
「当時のことを知ってそうな人に聞いてみる。多分、明日聞けると思う。場所が分かったら連絡する」
「ありがとう、珠恵ちゃん。だけどぉ、誰に聞くの?」
「うーん、教えちゃって良いのか分からないから、今は内緒にさせておいて貰えないかな?」
「そうだねぇ、分かった」
秘密があるのは残念ですが、今は目的地をハッキリさせるのが先決です。
そうして、話が決着したところで、注文していたケーキセットが出て来ました。ケーキもコーヒーも美味しくて、とても満足できました。




