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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第7章 胡蝶の記憶 (雪希視点)
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7-31. 呼出状

「何だったの?それ」

珠恵ちゃんが心配そうに私のことを見ています。そんな珠恵ちゃんに、私は手に持っていた紙を渡しました。

珠恵ちゃんは紙を受け取ると、そこに書いてある文字に目を通しました。

「呼出状だね、これ」

読み終えた珠恵ちゃんは、顔を上げました。

「雪希ちゃん、どうするの?」

「真弓を返して貰いに行くよぉ」

「大人しく返してくれるか分からないよ?」

「それはそうだけど、行かなければ真弓に会えないだろうしぃ」

「私も一緒に行こうか?」

私は迷いました。珠恵ちゃんに付いて来て貰えれば心強いのは確かです。でも、そうすると、きっと珠恵ちゃんに巫女の力を使わせてしまうことになってしまいます。巫女の力は、そう易々と他人に見せつけて良いものではない。あの光景の中で、里長はそう言っていましたし、珠恵ちゃんも似たようなことを言っていたと思います。

真弓のことは確かに心配ですが、だからと言って珠恵ちゃんにやってはいけないことをやらせて良いと言う話でもありません。

そう考えた私は、珠恵ちゃんに首を横に振って答えました。

「珠恵ちゃん、ありがとう。でも、私一人で大丈夫だから」

私は珠恵ちゃんを安心させるように、にっこり微笑んでみせます。

「そう?まあ、雪希ちゃんがそこまで言うのなら、止めておくけど」

珠恵ちゃんの表情は、まだ納得し切ったものではありません。

「それで、雪希ちゃんのご家族に紹介はして貰えるんだよね?」

「うん、そうだね。でも、この手紙のことは話しちゃ駄目だからねぇ」

「分かった。秘密は守るよ」

それで漸く私達は家の中に入り、珠恵ちゃんを家族に紹介しました。

私が真弓以外の友達を家に連れて来たことがなかったので、家族は珠恵ちゃんを見て驚いていましたが、歓迎してくれました。

「雪希ちゃん、ごめんね。結局夕食までご馳走になって」

家に着いた時間が時間だったので、珠恵ちゃんは母に夕食を勧められ、結局一緒に食べたのでした。そして、食後、私の部屋で一息ついているところです。

「母さんはおかずを多めに作るから問題ないから。珠恵ちゃんも一緒で楽しかったよぉ」

父がまだ帰っていなかったので、珠恵ちゃんには父の席に座って貰って、四人で食べました。話題は自ずと珠恵ちゃんのことになりましたが、大学とか戦武術のことが中心で、珠恵ちゃんが封印の地の巫女であることには触れずじまいでした。私もそのことを家族には話していないですし、珠恵ちゃんも敢えて明らかにはしませんでした。

家族には真弓のことも話していないので、会話は終始和やかなものでした。

「それで、雪希ちゃんは、明日は本当に一人で行くんだね?」

「うん、原因を作ったのは私みたいだしねぇ」

「元々悪いのは、向こうなんじゃないの?」

「まあ、それはそうだけどさぁ」

不安が無いと言えば嘘になってしまいますが、あの日曜日の連中相手なら何とかなるのではという希望的観測も少しはありました。

「正々堂々の試合じゃないんだから、十分注意してね」

珠恵ちゃんの心配する気持ちがその話振りから伝わってきます。

「うん、ありがとう、気を付ける」

「そう」

珠恵ちゃんは、それ以上、明日の話題には触れませんでした。

それから暫く世間話をしてから、珠恵ちゃんは帰っていきました。駅まで送ろうかと言ったのですが、駅までの道は分かるから大丈夫とのこと。なので、玄関で手を振って見送りました。

そして、翌朝。

その日は金曜日で大学がありましたが、勿論、自主的に欠席です。

私は朝早くから電車を乗り継いで、奥多摩へと向かいます。指定されたのは奥多摩の駅より更に奥に入っていったところです。バスは一時間に一本あるかどうか、バス停からも1kmは離れているので、車の方が行くのに適しています。私は割りと本気で家の車で行こうかとも思いましたが、大学を休んでまで車で何処に行くのか問われることが容易に想像できたので、諦めました。運転免許を取ってから殆ど運転しておらず、まだ運転に慣れていないことによる不安もありました。

奥多摩の駅に到着し、バスの発車まで待ちます。今日は晴れていて、気持ちの良い風が吹いています。遊びで来れば、長閑な雰囲気も新鮮な空気も存分に楽しめたと思うのですが、残念ながら今はそれどころではありません。

バスの発車時刻は分かっているものの、やることも無いので、駅舎の中のベンチに座ってひたすら時間が来るのを待ちます。そして、十分過ぎるほど待って、そろそろバスがやって来る時間になりました。

私は駅舎を出て、バス停に向かいます。バスに乗り遅れるのが心配で、少し早めに行ったので、バスはまだ来ておらず、しかし、それほど待つことなくバスはやって来ました。バス停で待つ私の前にバスが停まり、私は目の前で開いた後方扉からバスに乗り込みました。バスの入口のステップの脇に、整理券の発券機が設置されていましたが、整理券は出ておらず、ここが始発なので整理券は取らなくて良いのだと解釈してそのまま奥に入り、座席に座ります。

バスに乗ったのは私以外に五人ほど。私以外は、皆地域のお年寄りのようです。それから数分後の発車時刻までの間、新たにバスに乗ってくる人はいませんでした。バスが時間が来ると乗車扉を閉め、発車しました。

目的地近くのバス停には三十分弱で到着。そのバス停で降りたのは私だけです。私はバスを見送ると、道路を渡って反対側に伸びている山道を入っていきます。山道と言っても、車が入って行けるだけの幅のある砂利道で、ゆっくりとした登り坂になっていました。道の両側は森になっています。その道を歩くこと約二十分、道の左側が開けた場所に出ました。

そこは平らな草地になっていて、木造の小屋が一つ建っています。草地の道路の反対側の縁は斜面になっていて、その下の方を小川が流れているのが見えます。それらが呼出状に書かれた通りの地形なので、どうやら指定された場所に到達できたようです。

しかし、人のいる気配がしません。小屋の中も覗いてみましたが、誰もいません。私を呼び出した人達は、まだここには来ていなさそうです。指定された時間まで、まだ三十分近くありますし、私が早く到着し過ぎてしまったのでしょう。私は川沿いの斜面に腰を下ろして、川の流れをボーっと眺めながら、誰かがやって来るのを待つことにしました。

ジッとしていると、目の前を流れる小川のせせらぎや、鳥や虫の鳴き声が聞こえてきます。目の前に見える森は緑が一杯で、真弓のことさえ無ければ心洗われる光景にうっとりしているところです。今は楽しめる気分ではないですが、それでも自然の眺めは私に安らぎを与えてくれました。

そうして時が経つのを忘れかけていたところに、車のエンジン音が聞こえてきました。漸く来たのでしょうか。時の経過と共に、音は大きくなり、遂には車が姿を見せました。車は黒のセダンです。その車は砂利道から外れて草地に乗り込んで止まりました。

車が止まると直ぐにドアが開き、人が出て来ます。前方の席からは男が二人、先日の小太り男とスーツ姿の男です。そして後部座席からも男、痩せ男が出てきました。痩せ男は縄を手に持っていて、その縄は車の中に伸びています。痩せ男がその縄を引くと、手を縄で体に縛り付けられた真弓がドアから外に出て来ました。

「真弓っ!!」

「んーんー」

真弓は猿ぐつわを噛まされていて、言葉を話すことができません。

そんな真弓を見て私が近付こうとすると、小太り男に遮られました。

「おっとお嬢さん、近付かないで貰おうか。お友達がどうなっても知らないぞ」

いつの間にか縄を持った痩せ男が空いた手にナイフを持って真弓を背中から突いています。それを見て、私は真弓の方に向かうのを諦めました。

「そうそう、そうやって大人しくしていた方が良いぜ、お嬢さん」

小太り男は、肩に掛けていた縄の束の一部を肩から外すと、その縄を使って私の両手を縛り始めました。痩せ男が、これ見よがしにナイフを真弓の首筋に押し付けるので、私は何もできず、されるがままになるしかありませんでした。

私の両手を手首でしっかり縛ると、小太り男はそのまま私を引っ張って、草地の端に立っていた木のところまで連れていきました。

「その木を背中にして、こちらを向いて立つんだ」

私が言う通りにすると、今度は縛った私の両手を頭の上まで持ち上げて、その位置で木の幹に結び付けました。

「これで良し」

小太り男は私の前まで移動すると、自分の仕事の出来栄えを見て、満足そうな笑みを浮かべます。

「こんなことして何するつもり?」

「ふーん、こんな状況でも、まだそんな強気なのか。嫌いじゃないがな。しかし、立場は弁えてくれよ」

小太り男は、構えのポーズを取ると、右手の拳を私の鳩尾に打ち込みました。

「うっ」

痛い。女子にしては身体が頑丈な方だと思うけど、無防備な腹を攻撃されるとやっぱり痛い。

私がどう思っているかなど関係なく、小太り男は、二発、三発と拳を打ち込んできます。耐えられなくはないけど、続けられると辛いかな。

「アニキ、俺にもやらせてくださいよ」

後ろの方で真弓をナイフで脅していた痩せ男が、小太り男に訴えかけた。

「ああ、いいぞ。その女はそこの小屋にでも閉じ込めておけ」

「ありがてぇ」

痩せ男は喜んで真弓を引っ張って小屋の中に入ったと思うと、少しして一人で出てきて小屋の扉を閉めました。

そのまま痩せ男がこちらの方に来ようとしているのを見て、小太り男が痩せ男に声を掛けます。

「女は動けないようにしてあるのか?」

「へい、小屋の中にあった椅子に縛り付けておきましたんで、動けませんぜ」

「よし」

小太り男は、痩せ男に場所を譲り、私の前から離れました。その小太り男の代わりに私の前に立った痩せ男は、腕も細くて非力そうです。

「フン、俺のパンチが弱そうに見えるか?そんなの俺も分かっているんだよ」

痩せ男は、私の方に右足を踏み込んだと思うと、左足を上げて私の腹に打ち込みました。

「どうだ、こんな俺でも蹴りなら結構効くだろう?」

私は答える代わりに、痩せ男を睨み返しました。

「まだまだ元気か。良いよ、存分に楽しませて貰おうか」

ニヤニヤしながら、痩せ男はもう一発蹴りを入れて来ました。そして、私の反応を確認するように見ています。

このままゆっくりと私をいたぶろうと言うのでしょうか。早いところ飽きて欲しいものですが。少しでも気を紛らわして、この場を何とかやり過ごそうと考えていました。

そんな時、私の耳に変な音が聞こえてきました。川の音でもなく、風に揺れる木の葉の音でもなく、パチパチという音が。そして、その音は段々と大きくなり、男達も気が付いたようです。

「何だ?」

痩せ男は音の出所を探して辺りを見回していました。そして、何かに気付きました。それは、他の男達も同じで、木に括り付けられていた私の目にも見えました。

「どうして小屋が燃えているんだ?」

小太り男が痩せ男に向かって叫びました。

「俺は知らねぇ。何もしてねぇすよ」

火は瞬く間に小屋全体に広がりました。少し離れたここからでも、熱さが伝わってきます。

「こう熱くなると近付けないな。おい、お前達、ここに居ると面倒なことになる。引くぞ」

「ちょっと、真弓を助けなさいよぉ」

私が叫んでも男達は無視して、車に向かいます。そして、そのまま三人は車に乗って草地から出ていってしまいました。

一人残された私は、木に縛り付けられたまま、呆然としながら燃え上がっている小屋をただただ眺めていることしかできませんでした。

「真弓、真弓ぃーっ!!」

涙が止めどもなく溢れ、頬を伝っていきます。どうしてこんなことになってしまったのだろうと思わずにはいられませんでした。


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