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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第7章 胡蝶の記憶 (雪希視点)
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7-29. 不安

「あなた達は何をやっているんです?」

私は守琉と男達に近付くと声を掛けました。すると、そこにいた人達が皆、私を見ました。

「何だお前は?」

男達の一人、スーツ姿の男が私に威嚇するように口を開きました。もっとも、私と打ち合っているときに珠恵ちゃんが放つ闘気に比べれば、全然大したものではなく、私には効き目は無いのですが。

「私が誰でもあなた達には関係無いと思うんですけどぉ?それより、大の大人が男の子を囲んで何しているんです?」

こんな人たち相手に、わざわざ守琉の姉だと知らせるのも馬鹿らしく、素性を明かさないまま話を進めることにしました。

「はあ?お前、どんな権利があって、俺達にそんな生意気な口をきいているんだ?」

「権利と言うかぁ、一般市民の義務?」

男達の矛先が私の方に移ってきているように感じますが、その方が私には好都合です。この間に守琉が逃げてくれれば良いのですが、守琉は動く気配がありません。

「何が義務だ。テメェ大人しくしていれば良い気になりやがって」

最初に私と話をしていたスーツ姿の男の後ろから声がしたかと思うと、背がやや低い小太りの男が右手にナイフを持ち、私の方に向かってきました。どうやら、こちらの男は短気だったようです。

小太り男は、ナイフを振り回して迫ってきますが、その動きは珠恵ちゃんよりずっと遅いので、私は難無く躱せます。何度かナイフを避けた後、男のナイフを持った手を、私の左手で掴みました。そして、そのまま強く握ると、男はナイフを握っていられなくなり、ナイフが地面に落ちました。私は更に、右手を握りしめて相手の鳩尾に打ち込みます。その状態でもう一撃をと思ったのですが、相手がよろめいたので、手を放して、最初に話しかけてきたスーツ姿の男の方に押しやりました。

「こいつ、(つえ)え」

よろめいてきた小太り男を支えながら、スーツ姿の男が呟きました。

「おいっ、ここは引くぞ」

スーツ姿の男は、突っ立っていた残りの一人に向かって叫ぶと、小太り男に肩を貸して私に背を向けました。

「これ、忘れものだけどぉ」

私は小太り男が落としたナイフを、男達の方に蹴りました。勿論、守琉からは遠い方へ行くように。

「お、覚えておけよっ」

今まで一度も口を開かなかった痩せた男が、ナイフを拾いながら私に向かって叫びました。おおっ、これが捨て台詞かぁ。

そして男達は路地を曲がって行き、私達の視界から消えました。私はホッとして、守琉のところへ戻ります。

「守琉、大丈夫だったぁ?」

「うん、姉貴、怪我も何も無いよ。ありがとう」

「そう、良かったぁ。でも、どうしてこんなことになったの?」

「僕にも良く分からないんだ。綾凪(あやなぎ)さんとそこの通りを歩いていたら、あの人達の一人と肩がぶつかって、それでここに引き込まれて囲まれて。その時に、姉貴が来たんだ」

どうやら弟達は、私達とは一本隣の道を歩いていたようでした。そこで、こんな災難に出会ってしまったとは。

「事情は分かったけどぉ、綾凪さんって誰?」

私が尋ねると、弟は顔を赤らめました。え?この反応は女の子ってこと?

「同じ部の女の子だよ。彼女のお兄さんへの贈り物を買うのに付き合って欲しいって言われて来たんだけど。男の人達に捕まった時に、一人で逃げるように言ったから、もう帰ったんじゃないかな」

おお、女の子を逃がしてあげるとは、我が弟ながら天晴れな行動ではないですか。

私は弟が紳士的な振る舞いをしたことに、いたく感動しました。と、私達の立っている路地の入口に女の子の姿が見えました。

「お巡りさん、こっちです」

どうやら、警官に呼び掛けているようです。そして、一分もしないうちに、警官が一人現れました。

そして、女の子が先導して路地に入って来ましたが、私達が立っている様子を見てポカンとした表情になりました。

「あれ、白里君、男の人達は?」

女の子は、弟に話し掛けていましたが、事態が飲み込めていないようです。もしかして、この子が綾凪さんなのかな?

「綾凪さん、逃げたんじゃなかったの?」

「そんな、白里君を置いて一人で逃げられるわけないじゃない。でも、私には何もできないから、交番に行って、お巡りさんを呼んできたんだけど。あの、その人達は?」

やっぱりこの子が綾凪さんですか。その綾凪さんは、自分が逃げた時にいた男達がいないことに戸惑った様子を見せています。

「こっちは僕の姉貴、もう一人は姉貴のお友達。それで、男達なんだけど、姉貴が一人をやっつけたら、引き上げていったんだ」

「え?白里君のお姉さんがやっつけちゃったの?」

「そう、男はナイフも持っていたんだけど、姉貴はそんなの全然物ともしてなかったよ」

「へーえ、お姉さん、お強いんですね」

綾凪さんが、私のことをマジマジと見たので、私は照れくさくなってしまいました。

そこで綾凪さんはハッとすると、警官の方に振り返りました。

「お巡りさんごめんなさい。私のいない間に解決しちゃったみたいです」

綾凪さんは、警官に対してペコペコお辞儀しながら謝罪していました。警官は「何事も無かったのなら良かったですから」と綾凪さんに告げて、にこやかに去っていきました。

「綾凪さん、ありがとう、お巡りさんを連れてきてくれて」

「ううん、そんなこと大したことじゃないよ。それに、結局、役に立たなかったし」

守琉は首を横に振りました。

「今回はたまたま姉さんが通りがかったから幸運だったんだ。そうじゃなければ、今頃どうなっていたか分からないし、綾凪さんには『逃げて』としか言わなかったのにお巡りさんを連れてきてくれて嬉しかったよ」

「そう言って貰えると私も嬉しいな」

二人とも顔を赤らめて良い感じです。でも、これからどうするかな?

「私達は家に帰るところだったんだけど、守琉達はまだ新宿にいるの?」

二人が残るつもりなら、お邪魔かも知れないけど、私も付いていく腹積もりでした。そんな二人の反応を見ていると、守琉が綾凪さんにどうしようかという問い掛けの表情を向けています。ふむふむ、決定権は綾凪さんにあるわけだ。

綾凪さんは守琉に向けて頷くと、私を見ました。

「さっきは、私の買い物が終わって、付き合ってくれたお礼に喫茶店に行こうとしていたんです。そんなところに、あんなことがあって。このまま新宿にいる元気も無いので、今日は帰ろうと思います。白里君、お礼は今度日を改めてで良いかな?」

「え?うん、そうだね。また今度にしよう」

守琉は少し残念そうでしたが、でも、次の約束が出来たんだから良いんじゃないかなぁ。それにしても、綾凪さんってしっかりした子だねぇ。どう考えても、守琉が尻に敷かれる展開しかイメージできないんだけど。

私達は四人で連れ立って駅に向かって歩き出し始めました。聞けば、綾凪さんは同じ電車で、我が家の最寄り駅である鷺ノ宮の一つ先の下井草が最寄り駅とのこと。何と、家も近いではないですか、弟よ。

真弓は家に何度も遊びに来ているので、守琉とは面識があります。なので、初対面なのは綾凪さんと私達二人です。綾凪さんは年上の私達にも物怖じせずに話せる子だったので、私達は直ぐに仲良くなれました。そんな訳で、女子同士の会話で盛り上がり、ただでさえ大人しめの守琉は黙って聞いているしかない状況でしたが、真弓が沼袋で降りた後は、綾凪さんと守琉が話し易いように綾凪さんとは守琉を挟む位置に移動して、守琉にも話を振るようにしました。お姉さんは、きちんと気配りができるんです。

そんな綾凪さんとも鷺ノ宮で別れました。駅から家に向かって歩きながら、弟がどう思っているのか気になって、話を振ってみます。

「ねぇ、守琉。綾凪さんって良い子だね」

「うん、そうは思うんだけど、何で今日誘われたのか分からないんだ」

「え?同じ部活なんだよねぇ?」

「まあね。だけど、綾凪さんって、誰とも距離を置いていた雰囲気だったから」

「ふーん。でも、今日の様子だと、脈がありそうに思えたんだけどぉ?」

「女の子は何を考えているのか良く分からないんだよね。まずは綾凪さんのことを良く知るところからかな」

何か落ち着いている弟が心なしか大人っぽく見えます。単なるヘタレかも知れないですが。まあ、姉としては暖かく見守っていてあげましょうか。

そんな出来事があった翌日。

月曜日の朝、私はいつものように大学に行きました。基本的には何事も無かったのですが、高田馬場の駅で電車を降りて、大学まで歩いているとき、誰かに見張られているような視線を感じることがありました。ただ、その時に振り返ってもそれらしい人影は無く、それに大学構内に入ると気配を感じなくなったので、心配するほどのことでもないと考えました。

そんな不穏な出来事が、それで終わってしまえば良かったのですが、残念なことにまだ続きがありました。

私はその日、喫茶室のアルバイトのシフトが入っていました。丁度真弓と一緒で、喫茶室が閉まるまで働いた後、賄いをいただいてから帰路に就きました。二人で話しながら大学から駅まで歩いていたのですが、その最中に、また同じような視線を感じたのです。

その視線を感じた瞬間、私は咄嗟に振り返ってみたものの、辺りには誰もいません。昼間、何事も無かったことから、何も考えずに普段通りに人通りを避けて裏道を歩いていたので、通り掛かる人も少なく、裏寂しい雰囲気が一層不気味に感じられました。

「雪希、どうかしたのか?」

真弓は、何が起きたのか分からないと言った顔をしていました。

「ううん、何でもない」

これくらいのことで、真弓を不安にさせてはいけないと思い、安心させるように微笑みながら首を横に振ります。そして、その後、駅に着くまでに、特に変わったことはありませんでした。

しかし、火曜日の行き帰りでも視線を感じることがありました。そして、水曜日の朝も。

三日続いてのことで、流石に私も自分の中にだけ留めておくのは不安になり、珠恵ちゃんに相談しました。

「日曜日のことが関係しているのかなぁ」

「そんな、少し痛めつけて追い払っただけなんだよね?それくらいのことで、仕返しとか、心配し過ぎじゃない?」

「そうかもしれないけどぉ、変なことが始まったのはその後だから気になるんだよねぇ」

私はどうしても、不安を頭から拭えないでいました。

「それじゃ、雪希ちゃんが帰るときに私も一緒に行って、周りの様子を探ってみようか?」

「うん、そうして貰えると嬉しいよぉ。珠恵ちゃん、ごめんね」

「それくらい大したことじゃないから、気にしないでおいて」

珠恵ちゃんの提案で、大学からの帰り道、一緒に駅まで歩いて貰いました。でも、そんな時に限って、嫌な視線を感じることもなく駅に着いてしまいました。

何もなければどうしようもありません。私は珠恵ちゃんにお礼を言って別れ、何事も無かったことに安堵しつつも、朝までのことは何だったのだろうと靄っとした気分を抱えながら家に帰りました。

そして、その翌朝も何もありませんでした。それで漸く、もう何も起きそうも無いと晴れた気持ちになれました。ですが、そう簡単に済ませられることではなかったようです。

その日の講義の後、喫茶室のシフトに入ろうとしたところで、店長の美波さんが私に声を掛けて来ました。

「ねえ、雪希ちゃん。真弓ちゃんがどうしたか知らない?今日、シフト入っているのだけど、顔を見てなくて。連絡も無いから心配しているんだけど」

「えっ?」

そう、確かに今日は真弓とシフトが同じでした。真弓の方が講義が一つ少ないので、私より先に入っているのが普通なのに、今日はまだ来ていないのです。私は真弓の身に何かが起きたのではないかと、一気に不安になりました。


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