1-24. 白の世界
気付いたら、一面白色の世界にいた。私は生まれたままの姿だった。ぼんやりとした頭で考える。これは死後の世界なのだろうか?いや、体内から止めどもなく力が放出されているような感覚がある。力が暴走しているのだ。であれば、まだ死んでいないと言うことになるのだが。
しかし、私には体内で暴走している巫女の力を止める術がなかった。暴走している力の奔流に呑み込まれてしまうのかと恐れながらも、何故か冷静に状況を受け止めている自分がいた。
「私はこのまま死ぬのかな」
寂しいと思った。皆が無事なら満足の筈なのに、一人逝ってしまうのは、やっぱり寂しい。いや、そもそも火竜は斃せたのだろうか。最後の瞬間、確かに手応えは感じたが、結果を見届ける前に意識を失ってしまったのだ。
『あなたはこのまま死んでも良いの? それとも生きたいの?』
突然、声が頭に響いてきた。何故なのかも誰かも分からない。けれど温かい感じがした。
「皆のためなら死んでも仕方がないと思っていたけど、やっぱり寂しい。願いが叶うのなら、私は生きたい」
『そう、なら助けてあげる』
「え?」
止めようもないと思われた力の放出が弱まったように感じた。
『あなたの力にリミッターを付けたわ。これで二度と暴走することはないでしょう』
「ありがとう」
相変わらず視界は一面の白色だったが、何故かその言葉を信じることができた。
私は願いが通じたことに安堵しつつ、一番気になっていたことを聞いてみた。
「それで、私は火竜を斃せたの?」
『ええ、貴女の一撃で火竜は斃れました。貴女の力は思っていた以上に火竜との相性が良かったみたいね』
「相性?」
『そう。他の巫女が同じ攻撃をしても同じ結果になったかどうか。貴方だったから斃すことに成功したのだと思うわ』
私が火竜を斃せたのは、たまたま相性が良かったからと言うことなのか。それはそれで幸運であったとも言えるが、何か気になる。
「ねえ」
『なあに』
「貴女は私の戦いの一部始終を見ていたのでしょう?」
『どうしてそう思うの』
「私を助けるタイミングが良すぎるもの。少しでもタイミングがずれていたら、私は死んでいたのではない?」
『ええ、それはその通りよ。私は貴女と火竜の戦いを視ていたわ』
「どうしてただ見ていたの?貴女なら火竜を斃せるのでしょう?」
『貴女は魔獣を見つけたら、すべて自分で斃さないといけないと思っているの?』
「え?」
言われてみて考えた。私は斃すべき魔獣をすべて一人で斃してきたかどうか。答えは簡単だった。否だ。現に今日もお母さんや他の皆と手分けをして斃している。
「いえ、私は自分一人だけですべての魔獣を斃さないといけないとは思っていない」
『そう、それが答え。あの島の人達を護るために火竜を斃したいと言う想いは私よりも貴女の方が強かった筈。そんな貴女が頑張っていたのだから、私はそれを応援していた。もっとも本当に駄目だったら介入しようとは思っていたけれど、幸いにもその必要は無かったわね』
「それじゃあ、火竜との戦いの最中に冷却のことを閃いたのにも、関係はしていないということ?」
『そう、そんなことがあったのね。どうかなぁ、関係していたかもしれないし、関係していないかもしれない』
「どうしてそんな不確かな回答なんですか?」
『実のところ、私にも分からないから。私がきっかけを与えたのかも知れないし、違うかも知れない。ともかくも、冷却そのものは貴女が自分で得たものよ』
曖昧な答えに少し不満はあったが、分からないと言っている以上、明確な答えは望めないのだろう。
「あと、この白色の空間は何ですか?」
『特に空間を作ったつもりはないのだけど。貴女と私の精神を繋げているだけ。色は貴女がそう感じたからそう見えているだけだと思うわ』
なるほど。この答えはそのままのことを言っているように思えた。
「それで、貴女は誰なんですか?」
『それは内緒。でも、きっと、そのうちまた会うこともあると思うわ。その時までのお楽しみね』
残念ながら誰なのかは教えて貰えなかった。でも「また会う」と言われた。今この会話を出会いとして捉えているのだろうか、それとも前に会ったことがあるということなのか。そう言えば、この声なのか良く分からないが、前にどこかで聞いたような気がしてきた。そう思ったとき、私の脳裏にさっき夏祭りで出会ったお姉さんの顔が思い出されてきた。そう言えば、あのお姉さん、胸が立派だったなぁ。そう考えると、心なしか胸の重みが増したような感覚があった。次第に頭がぼんやりとして、意識が薄れていく。そんな中、不思議な声が囁いているのが聞こえた。
『そろそろ時間切れね。今日のことは、これから起きる出来事の最初の一つでしかないわ。貴女はこの後東に向かいなさい。すべてを終わらせたいと、そして封印を取り戻したいと思うのなら』
そして何も見えなくなった。
* * *
御殿の北側の草地、戦いの前線にいた人たちは、山が爆発してからの一部始終を見ていた。爆発のときにはもう魔獣との戦いは終わっていて、後始末を始めていたところだった。そんな中で突然、森の中の鳥たちが危険を察知したのか一斉に飛び立った。その直後、山頂の辺りが爆発したのだった。山の爆発とともに、土くれや岩が飛んできたりして人にぶつかったりもしたが、幸いにも大怪我をした人は居なかった。
そして、その爆発のあと、山の上に銀色の球状の物体が現れたのが見えた。
「あれは柚葉さん」
周囲にいた人たちの耳に、瑞希がそう口にするのが聞こえた。
山の中からは、ゴーという音が響いてきて、何事かが起きているようだったが、前線からは音以外の情報が無く、何が起きているか分からなかった。
しばらくすると、球状の物体が消えた。その代わりに、銀色の光が見えた。銀色の光はどんどんと輝きを増していった。そして、山頂目掛けて落ち始めた。
「柚葉、それはやっては駄目よ!!」
そんな声が届くわけはないとは分かりつつ、母の紅葉が叫ぶ。
銀色の光はさらに強くなりながら、山の中に吸い込まれた。
刹那、山の中からドーンという音がして銀色の光の柱が上った。そして辺りは静かになった。
何が起きたのか具体的なことは誰にも分からなかったが、しかし、皆には察せられた。
山の中で何か問題が起きたが、柚葉のおかげで助かったのだろうと。
紅葉も、瑞希も泣いていた。
人々は、しばらくその場で呆然としていた。
そのとき、前線を敷いた草原の上空に銀色の模様が浮かんだ。
「あれは、浮遊転移陣」
瑞希が呟いた。
次の瞬間、その模様の上に銀色に光るモノが現れた。
そして模様とともにその光るモノは、段々と下に降りて来た。
近付くにつれ、現れた銀色のモノが人の形をしていることが分かった。
それが草原に降り切ると、模様は消え、銀色の光も収まって、巫女の衣装を着た黒髪の少女の姿となった。
「柚葉!!」
紅葉が少女に近づいて、それが柚葉であることを確認する。
「どうして」
問いかけはするものの、それに答えられる者は居ない。紅葉は両手で柚葉の手を取った。
「暖かい」
どうやら柚葉は生きているようだった。
しばらくすると柚葉の体がピクリと動いた。そして、柚葉の目がゆっくりと開いた。目が開いた直後は目の焦点は定まっていなかったが、段々と目に色が戻って自分の置かれている状況に気が付いたようだった。そして顔を横に向けて、横で膝をついていた紅葉に気付いた。
「あ、お母さんだ。私、助かったの?」
柚葉が肘を付いて起き上がると、紅葉は言葉もなく柚葉に抱き付いて泣いた。




