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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第7章 胡蝶の記憶 (雪希視点)
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7-28. ある出来事

次の日曜日、私は真弓に誘われて買い物に出掛けました。もっとも、自分で買うものの当ては無くて、真弓の買い物に付き合う形でしたが。

真弓と肩を並べて新宿の街の中を歩いています。真弓とは同じ高校で、加えて私達の通学路の途中に新宿があったことから、真弓とは何度も新宿に買い物に来ていました。真弓の買い物に付き合ったのも一度や二度では無いですし、私がゲームソフトの購入に付き合わせたこともあります。

思えば真弓との付き合いも長くなりました。私は中高一貫校に通っていて、そこに真弓が高校一年の時に編入して来たのでした。編入試験はそれなりに難しいと聞いたことがあり、それを突破して来た真弓は、一年の最初の試験の時から学年のトップクラスの成績でした。でも、余り周囲に溶け込めてはいなくて、どこか孤立しているような雰囲気がありました。私は私で子供の頃の苦い経験から、なるべく目立たないようにしていて、中学の頃から同じクラスになった子は何人もいましたが、誰とも深い付き合いにはならず、自分自身、それで構わないと思っていました。

そんな中で、どうしてか真弓とは馬が合いました。家が近くて通学経路が重なっていたり、同じ天文部に所属していたり、幾つかの共通項がありましたが、それ以上に感性が合っていると思える部分があって、一緒にいると心地良かったのです。

それからもう、その付き合いも五年目になりました。真弓は、成績が良かったので、国立の大学に進学するかと想像していたのですが、気が付いたら私と同じ大学を受けてました。真弓の受けた宇宙物理学科は競争率が高くて、そこに受かった真弓は流石です。

「やっぱりラーメンて美味しいのだ」

真弓が行きたいと言ったラーメン屋で、ラーメン一杯を食べきった真弓が満足そうな顔でコップの水を飲んでいます。豚骨の醤油味で、茹でたキャベツとモヤシが乗り、ラーメン定番の叉焼(チャーシュー)の代わりに鳥の唐揚げが二つ添えられていました。女子には少し量が多めな内容でしたが、真弓はあっさり食べきりました。かく言う私ももう少しで完食です。

「真弓は本当にラーメン好きだよね。ラーメン屋でアルバイトしようとは思わなかったの?」

「それは思わなくも無かったんだけど、私はあちこちのお店で食べ歩くのが好きなのだ」

「そうだね。確かに真弓は食べ歩き派だもんねぇ」

真弓と外食するとラーメンになることが多いのですが、入るお店は定まっておらず、私も真弓に連れられて、随分と多くのラーメン屋を訪れました。

「真弓には、お気に入りのラーメン屋とか無いの?」

「あるよ。新宿にも幾つか。でも、雪希と一緒の時は、なるべく新しい店に行くことにしているのだよ」

「そう。道理で同じお店に行くことが少ないと思ったよ」

真弓は無邪気そうな笑顔でニヒヒッと笑った。

「それで?今日はこれから何処に行きたいのぉ?」

「えーと、夏物の服が欲しいかなぁ、後は本屋さんに行くのだ。雪希は?」

「私は特に無いや。気になるお店があれば、その時言うから」

「おっけい、了解なのだ。それじゃ、食べ終わったし、出よっか」

ラーメン屋を後にした私達は、新宿の街中に繰り出しました。外は青空が広がり、爽やかな風が吹いています。

真弓と私は、のんびり歩きながらショップ巡りを始めました。ラーメン屋とは違って、入るお店は大体決まっています。

そうしたお店を順番に回り、真弓の品定めに付き合いながら、自分でも心惹かれるものがあるか、見てみます。真弓は可愛い系が好きで、それが良く似合うのですが、私はそれほどこだわりが無くてコスト重視。なので、こうしたお店では、大体見るだけになってしまいます。

「ねえ雪希、これはどうかな?」

試着室で、薄ピンクのブラウスを着てみた真弓が私の感想を求めてきます。

「んー、良いと思うよぉ」

「さっきの若草色の奴と比べたら?」

「そうだねぇ。悩むよ。いっそのこと、両方買っちゃうとかぁ?」

「家にそんな余裕が無いこと知っているのだと思うけど?」

真弓は私のことをジト目で見ました。

はい、確かにその通り。真弓は仕送りを貰っているけど、結構ギリギリで、だからアルバイトでもしないと新しい服も買えないのです。だから、二着買うようなことは、余程でないとしていないのは、私も知っていたのでした。でも、どちらと言われても辛いんだけどぉ。

「本当に、どっちも良いと思うからなんだよぉ。でも、そうだなぁ、今着ているのに似たようなの持ってなかったっけ?若草色のはノースリーブだったし、いつもと違う可愛らしさで良いかなぁ」

「そうそう、そういう意見を求めていたのだよ。それじゃあ、若草色のにするのだ」

真弓は元の服に着替えると、ご機嫌な様子でレジに向かいました。私は先にお店の外に出て待っていましたが、程なく真弓も店から出てきて、二人でまた街中を歩き始めます。

「そろそろ本屋に行くぅ?」

「うん。服は買えたし、本屋さんの方に歩いていくのだ」

「じゃあ、そっちの方だね」

真弓の場合、普通の本や雑誌も読みますが、専門書などマニアックなものも好きなのです。だから、新宿で本屋と言えば、大きな本屋のことを指しています。それで、私達は新宿三丁目の方角へ。

本屋に到着すると、真弓は嬉々として科学関係の書籍を扱っているフロアに上がり、物色を始めました。その真弓の前に並んでいる本のタイトルを見ても、私には何が何やら分かりません。もう少し取っつき易いものがないかと、真弓から離れ、ぶらぶら歩き回ってみました。

そして、とある一角に天文関係の書籍が並んでいるところを見付けました。星図や星座の本が並んでいて、その一冊を手に取って眺めます。それは星座の本でした。中をざっと読みながら、高校時代のことを思い出していました。真弓も私も天文部に所属していて、他の部員達と一緒に天体観測に行ったりして、楽しかったあの日々を。

「星座かぁ、懐かしいのだ」

気が付いたら、真弓が横に立ち、私が開いていた本を覗き込んでいました。その言葉から、私と同じように高校時代のことを思い浮かべているようです。

「あれ、真弓。本は買ったのぉ?」

「いんや、今日は目ぼしいものが無かったので買わないことにしたのだ。真弓はどうする?」

手に持っていた本を閉じると、私はその本を元あった場所に戻しました。

「私も買わないよ。真弓を待っていただけだから」

「そう。じゃあ、帰るのだ」

真弓の提案に私は頷くと、本屋の出入口に向けて移動を開始します。本屋の出入口は、表通り側と裏通り側の両方にありますが、今目指しているのは裏通り側です。私もですが、私以上に真弓は人混みが苦手なので、二人で行動する時は、なるべく人通りの少ない裏通りを使うのです。なので、この本屋に出入りするときは、裏通り側を使うのが通例になっています。

本屋を出た後、裏通りから人けの少ない経路を選びながら、電車の駅に向かいました。

新宿とは言え、どこもかしこも人で混雑しているわけではありません。裏手になれば、行き交う人の数もずっと減ってきます。そうした閑散としたところは、どことなく怖い雰囲気もありますが、高校時代から何度も行き来してきた道なので、もう慣れてしまいました。とは言え、少し緊張しています。

こんなところで厄介事には巻き込まれたくないと思うと、脇見をせずに真っ直ぐ通り過ぎてしまいたい気持ちになります。と、そんな時、真弓に腕を掴んで引っ張られ、歩みを止めざるを得なくなりました。

「真弓、どうかしたのぉ?」

私が見ると、真弓は横の路地を手で指し示しました。

「ねえ、雪希。あそこで男の人達に絡まれている男の子、守琉君に見えるのだけど?」

えっ、と思ってよく見ると、確かに守琉がいます。何やら、周りにいる三人の男達に、詰め寄られているように見えました。

気が付くと、私は守琉の方に向かって走り出していました。


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