7-27. 誕生日
「はっぴばーすでーとぅーゆー、はっぴばーすでーとぅーゆー、はっぴばーすでー、でぃあ、ゆーきー、はっぴばーすでーとぅーゆー」
家のリビングのテーブルの上に、ロウソクを挿したケーキが置かれています。両親と弟の守琉が私を囲んでお祝い歌を謡ってくれました。そう、今日は私の誕生日なのです。
家族の歌が終わると、私はロウソクの火に向けて息を吹きかけます。ロウソクは2本だったので、簡単に消せました。私も今日で二十歳、大人の仲間入りです。
母がケーキにナイフを入れて、取り分け始めました。今日のケーキは、生クリームのホワイトケーキです。我が家は、家族の誕生日に当人の好きなケーキを用意する風習になっています。私の時はホワイトケーキ、守琉の時はチョコケーキ、母の時はフルーツのタルトです。父は何でも良いと言う人なので、大抵は私のリクエストでホワイトケーキになります。
皿に取り分けて貰ったケーキと、紅茶を飲みながら、来年の成人式のことや、ケーキの感想、二十歳になってお酒が飲めるようになったことなど会話が弾みます。
そしてケーキを食べ終えた後、タイミングを見て父が切り出しました。
「はい、これ母さんと僕とからの誕生日プレゼント」
言葉と一緒に差し出された包みを受け取ります。中を開けて見ると、最近発売された新作ゲームソフトでした。
「父さん、母さん、ありがとう。嬉しいよ」
心からの感謝を伝えます。まあ、両親の分は、大体は予想付いていましたが。予め母からヒアリング受けていましたし。でも、嬉しいことには変わりありません。
「姉貴、僕からもこれ」
おっと、守琉も用意してくれてました。こちらは何か本当に分からないので、ワクワクします。
開けてみると、花柄のタオルハンカチが二種類でした。
「姉貴、最近、また戦武術を始めたみたいだし、良く汗を掻いているって言ってたから」
気が利くなぁ、弟よ。まったくその通りで、戦武術の練習すると汗だらだらだからねぇ。特に珠恵ちゃんとの打ち合いは、本気で身体を動かすし。珠恵ちゃんは巫女だと明らかにしてからも、力の眼以外は力を使わないで打ち合いするんだと言って、それを貫いています。その方が、珠恵ちゃん自身の練習にもなるらしいのですが、相変わらず勝てる方が少ないです。それで、珠恵ちゃんが本来はどれだけ強いのか知りたくて、一度力を使って本気でやって欲しいとお願いしてみたものの、「いや、ごめん、雪希ちゃん。それ、普通には使えなくて封印中なんだよね」とお断りされてしまいました。いつか、どこかで真の実力を見せて欲しいものです。
あ、話が横に逸れてしまいました。守琉が、私の様子をよく見てくれているのが伝わってきて、とても嬉しい気持ちになりました。
「守琉、ありがとう。凄く助かるよぉ」
私の言葉を受けて、弟が照れくさそうにしている様子が、とても微笑ましいです。
それからも暫く談笑して、ケーキとプレゼントを渡すだけの簡単な家族だけの誕生日会は解散になりました。
その誕生日会があったのは、おやつの時間頃のこと、夕食まではまだ時間があったので、私は貰った新作のゲームでもやろうかと、自分の部屋に戻りました。
そして、ゲームをやるときに使っているローチェアに座り、ゲームソフトのパッケージを開けるためにプレゼントの袋に目をやった時、弟から貰ったタオルハンカチの包みが目に留まりました。そして何となく気になったタオルハンカチの包みを手に取り、改めてよく見てみました。
包みに張ってあるテープで、新宿の百貨店で買ったのだと分かります。百貨店は男性用と女性用の売り場はフロアが違うので、守琉は女性用フロアを歩いてプレゼントを探してくれたに違いありません。その様子を思い浮かべると、胸が暖かくなりました。
包みから、二枚のタオルハンカチを取り出します。一つは桃色、もう一つは黄色系統の花が何種類も描かれています。黄色の方には、蝶も描かれていました。
その蝶を見て、あの光景の中の私が蝶の髪飾りをしていたのを思い出しました。その蝶の髪飾りも弟からの贈り物でした。雪と呼ばれていた私も、髪飾りを貰ったときは、胸が暖かくなったのでしょうか。そう考えた時、何かが見えた気がしたので、私はローチェアに座ったまま目を閉じました。
* * *
「姉さん、ずっと見ているけど面白いの?」
一段落したのか、弟は作業していた手を休めて私の方を見る。その顔色は元気な時のそれで、苦しんでいた病気がすっかり治ったのだと知れた。病気の時に食欲が無く、余り食べていなかったために随分と痩せてしまったが、普通に食べられるようになったので、体重も取り戻していくだろう。
病が快方に向かい、熱も下がって来ると、弟は起きて仕事を始めようとした。しかし、ここで無理をするとぶり返してまた寝込むかも知れず、何とか言い聞かせて寝床に留まらせていた。
その熱もすっかり下がり切り、血色も良くなったので、今日から仕事を再開するのを許可することにした。それで弟は、早速作業机に向かい、仕事を始めたのだった。それで、この前まで熱でうなされ死んでしまうかも知れないと思っていた弟が、すっかり良くなったことに喜びを感じながら、嬉しそうに仕事をしている姿を眺めていたのだが、私に見られていると、どうやら気が散る様だった。
「うん、面白いし、霜馬の病気も治ったんだなぁって思えて嬉しい」
私は思いっきりの笑顔を弟に向けた。弟の表情は、仕方のないモノを見るそれになったが、それくらいでへこたれる私ではない。
「仕方が無いなぁ」
弟は諦め混じりにボヤくと、再び作業に戻っていく。
作業をしているときの弟の顔は、真剣そのものだ。手元に集中し、一心不乱に道具を振るう。私は邪魔にならないように、口を挟まずにジッとその様子を眺めていた。
どうやら、今は装飾用の金具を作っているようだった。三ノ里の作業場で、四角い魔道具の箱の角に、こうした金具を付けていたのを思い出す。
「それ、幾つ作るの?」
黙っているつもりだったが、一つ完成し、同じのを作り出したのを見て、思わず聞いてしまった。
「ん?これは八個。後、箱と上蓋の合わさるところの装飾用のがさらに八個、それに蝶番が二個に留め具が一個。それで一揃いだな」
霜馬が指折り数えながら答えてくれた。
「ふーん、沢山作らないといけないんだ」
「ああ。まあ、これくらいの物なら訳ないよ。でも、病気で寝込んで遅くなってしまったから急がないといけないんだ。他にも頼まれているものもあるし」
話しながら、弟は再び手を動かし始めた。
「そうなんだ。手が空いたら私の物も作って欲しいと思ったんだけど、暫く無理みたいだね」
私の言葉に、弟は手を止め私の顔をジッと見詰めた。
「姉さん、何か欲しいものがあるの?」
そう真剣に見つめられると、照れてしまうのだが。
「い、いやぁ、時間が出来た時で良いんだけど、私も新しい髪飾りが欲しいかなぁと」
私は弟から目を逸らし気味にしながら、おねだりをしてみた。
「どんな形のもの?」
思いの外、弟の食いつきが良い。
「そうだなぁ、やっぱり蝶の髪飾りが良いかな。今付けているこれも気に入っているんだけど」
そう言いながら、以前、弟に作って貰った蝶の髪飾りを髪から外して手に持った。
「霜馬の腕も上がっているでしょう?今の霜馬の一番の出来の物だとどうなるのかなって」
裏目遣いに弟の顔を見る。弟は腕組みをして、私が手にした髪飾りを見詰めていた。そして、何かを決意した目になり、腕組みを解いて私の方を見た。
「姉さん、分かった。最高の物を作るよ。だけど、仕事の方が優先だし、準備もあるから、完成するのは暫く先になると思うけど良い?」
「うん、それで良い」
私が頷くと、弟は笑みを見せた。霜馬なら、きっと素敵な髪飾りを作ってくれる。そう信じて気長に待つことにした。
* * *
「そういう光景を見たんだけどぉ」
週が明けて、大学の喫茶室でお昼を食べながら、私は珠恵ちゃんに誕生日の時に見た昔のことらしい光景の報告をしていました。
「相変わらず違和感があるって?」
「そう、何か自分のことに思えないと言うかぁ。まあ、何が普通かは分からないんだけど、思い出すと言うより、覗き見たような感覚?」
「映画館で映画を見たようなってこと?」
「そうそう。知識として私の中に浮かんでこないと言うか。力の使い方も、狩りの方法も、山菜の見分け方も、料理の仕方も、その時の私なら知っていた筈のことが一切浮かんで来なくて、単に光景だけが見えている、そんな感覚なのだけどぉ」
珠恵ちゃんは、ウーンと考え込んでいます。
「思い出すことを阻害する何かがありそうだけど」
「単に私の妄想ってことかなぁ」
珠恵ちゃんは、首を横に振りました。
「違うと思うよ。だって、妄想にしては話が具体的だし、何処にも矛盾が無いしね。だから、きっと昔に実際に起きたことだと思う」
「それじゃあ、どうして」
「まだ核心に迫れていないんじゃないかな」
「信じられていないってことぉ?」
「いや、それは『確信』だから。字が違うって。そうじゃなくて、本質と言うか、肝の部分と言うか、大事なことがあって、でもまだそれを思い出せていないんじゃないかってこと」
珠恵ちゃんが言いたいことは分からないでもないけど、どうしたら良いのかは分かりません。
「まあ、雪希ちゃん、思い悩んでも仕方が無いよ。少しずつだけど分かったこともあるんだから、きっといつか全部を思い出せるよ」
珠恵ちゃんは気休めで言ってくれたのかも知れませんが、優しく掛けられた言葉に幾分ホッとしました。
その珠恵ちゃんは「アプローチ変えないと駄目かなぁ」とかブツブツ言っていますが、何のことでしょう?




