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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第7章 胡蝶の記憶 (雪希視点)
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7-26. 三日月の髪飾りの少女

* * *


「こんなところにお客様とは珍しいね。キミは、どうしてここに?」

私が少女に見とれて言葉を発せずにいると、少女の方から問い掛けて来た。しかし、正直に答えたものかが悩ましい。私が何て言おうかを考えていると、再び少女から声を掛けられてしまった。

「まあ、立ち話も何だから、中に入りなよ。何も無いけど、お茶くらいは出せるから」

「ありがとうございます」

私が少女からの招待を受ける意味でお辞儀をすると、少女は頷いて露台に続く階段を右手で指し示した。その様子から、その階段を使うようにとのことだと捉えた私は、指示された通りに階段から露台に上がる。そうして、同じところに立つと、少女の背丈が私とそう変わらないことが分かる。

少女は私を先導するように、山小屋の中に入っていく。私も続いて山小屋の中に入った。山小屋の中は、大きな一つの空間になっていた。真ん中に囲炉裏があり、周りは板張りの床が張ってある。露台の側の半間(はんけん)(約90cm)と、露台側から見た右側の一間(いっけん)(約180cm)が土間になっている。右側手前には、調理用の釜などが並んでいるのが見えた。床の高さは、私の膝より少し高い位置にあり、その半分くらいの高さの細長い石が、土間に上がるための踏み台として、床の手前や右側に並べられていた。

少女は、踏み台の石の上で草履を脱いで床に上がると、左側の壁沿いに設えてあった棚に向かい、急須に茶筒、湯呑二つを盆の上に乗せると、囲炉裏の右側まで戻ってから座った。そして、土間の側に置いてある水桶に突っ込んであった柄杓を取り出し、その柄杓で囲炉裏に掛けた鍋の湯を掬うと、湯呑へと注いでいた。

「立っていないで上がったらどうだ?」

気付けば、私は土間に立ったまま、少女の行動を眺めていたのだった。少女の言葉で我に返った私は、踏み台で草鞋(わらじ)を脱いで、囲炉裏の脇に置いてあった座布団に座る。

少女は急須に茶葉を入れると、湯呑の湯を急須に注ぎ入れ、暫く置いてから湯呑に茶を注いだ。そして、湯呑に茶を注ぎ終わると、一つの湯呑を私の前に置いた。

「悪いね。何かお茶請けがあれば良かったんだが」

「いえ、大丈夫です。それで、あの、あなたはここに一人で暮らしているのですか?」

「そう、ここ何年かはね。結構良いところだろう?景色は悪くないし、水は近いし、その気になれば食べ物もすぐ手に入るし」

「一人だと寂しくないですか?」

「そうかな?誰にも邪魔されずに研究に没頭できるから、ボクには快適なんだけどね。そう言えば、ここの周りには人が近付かないように結界を張っていたのに、それに惑わされずに来られたということは、キミは何処かの里の子なのかな?」

どうしようか。まだ、この少女が巫女の力を持っているのか分かっていないのだ。

私が黙っていると、少女は微笑みを見せた。

「そうだね、キミのそういう慎重なところ、良いと思うよ」

そうして、少女は作務衣の胸元を広げて見せた。

「じゃあ、ボクもキミを試させて貰うよ。何をしたらよいか分かるよね?」

「はい、でも良いのですか?」

少女が私に促していることは想像が付いていた。だけど、相手の許可を得ずにやるのは礼儀に反するとも言われていたので躊躇した。

「問題ないからさ。早くやりなよ」

挑発的とも言える物言いに、私は決意して少女の前まで移動し、右手を上げて相手の胸元に手を当て、軽く力を注いだ。普通の人なら何をされたか分からない程度に。でも、それで十分だった。少女の胸元に見慣れたエンブレムと拾伍の文字が見えた。これで、少女が15番目のアバター持ちであることが確認できた。

「やっぱりキミは里の子だったんだね」

「ええ、そしてあなたも。あなたは里には住まないのですか?」

「ボクも巫女に成り立ての時には里にいたよ。もっとも、そのときは、里はまだ一つしかなかったんだけど」

「里が一つ?」

「そうだよ。ボクが里を出たのは、きっとキミが生まれるより前だから。それに、五つの里に分かれたのは、結構最近だよね。ともかく、里が一つの頃は、人が多くて騒がしかったし、ボク自身、新入りで雑用やらされたりしてたから面倒でさ。アバターの身体を貰って暫くしてから里を出たんだ」

「そうですか。一人暮らしの方が、何でも一人でやらないといけなくて面倒そうですけど」

私が里にいた頃は、山菜採りや狩りには良く行かされていたが、洗濯や炊飯は篠さんがやってくれていたので、一人だけで雑用をやられていた感覚は無かった。少女が里にいた頃とは違っていたのかも知れない。

「まあ、自分のことだからね。それに、一人なら自分のペースでやれるから」

なるほど、他人とペースが合わせるのが面倒なのか。納得。

「それで、毎日一人で何をやっているんですか?さっき、研究って言ってましたよね?何を研究しているんです?」

「ボクの研究テーマはね、『この世界の法則と巫女の力の関係性を解き明かす』ことだよ」

しばし、静寂の時が流れた。

「――あの」

「何?」

「分かり易くお願いします」

少女は、腕を組んでウーンと唸りました。

「この世界には色んな法則があるんだけど、それについては分かるかな?」

「例えばどんなものですか?」

「例えば、男の人が居たとする。男の人には重さがあるよね」

「はい」

「それで、その男の人が攻撃力を強くしようと剣を持ったとする。剣も重さがあるよね。だから、男の人が剣を持つと、剣の分だけ男の人は重くなる。それは分かる?」

「分かります」

「それじゃあ、今度は男の人が防御力を強くしようと鎧を付けたとする。鎧も重さがあるから、男の人が鎧を付けると鎧の分だけ男の人は重くなる。良いよね?」

私は頷いた。

「今の例では男の人と言ったけど、別に女の人だって同じだよね。結局、持ったり付けたりした武具の分だけ重くなるわけだ。それはキミでもボクでも同じ。それが世界の法則の一つなんだよ」

「はい」

「そこでなんだけど、キミやボクが強くなるために身体強化をしたとする。そしたら重くなるだろうか?防御のために防御障壁を展開したら重くなるだろうか?キミには答えが分かるかい?」

私は首を横に振った。

「分かりません」

「そう、そんなことは知らなくても巫女の力は使えるものね。でも、知っておくと役に立つこともあるかも知れない。と言えば聞こえは良いけど、実のところは、ボクが調べないと気が済まないだけなんだよね」

少女は両手を広げて肩を竦めてみせた。

「それで、ボクのことは教えてあげたんだから、今度はキミのことを聞いても良いよね?」

「ええ」

私はどんな質問が来るのかと思いながら、少女の方を見つめた。

「最初は簡単なところからだけど、キミの年は幾つなの?」

「数えで17です」

「そうか。キミは本当に巫女になったばかりなんだ。でも、何でこんなところにいるの?里から出るなとは言われていないの?」

「ずっと里にいましたよ。だけど、弟が流行り病に掛かったって報せがあって、里長にお願いして里から出して貰ったんです」

「それで、その弟クンの病気は治ったの?」

「いいえ」

私は首を振ると、再び少女に向き合った。

「峠は越えたと思いますけど、熱はまだあるし、寝込んだままです。治る兆しがあるなら、巫女の力は使わない方が良いって言われていたから」

「うん、その通りだと思うよ。この辺りは、『蘇り人』に通じているだけで死罪だからね。バレたら折角治ってきている弟クンの命が別の意味で危ないよ」

「ええ、だから巫女の力は使わないようにしています」

「そう?じゃあ、その兎はどうやって仕留めたのかな?」

少女は、何か物言いたげな表情で、即席の木槍に結わえてあった兎肉を見ていた。

「えーと、それはですねー」

一瞬、この場をどうやって誤魔化そうかと考えたが、少女相手に嘘を付いても意味がないことに気が付いたので正直に話すことにした。

「すみません、力で動けないように拘束して仕留めました」

私の返事に、少女はしたり顔で頷いた。

「まあ、そうなるよね、普通。でも、兎とは言え、女の子が一人でと言うのは、不自然かなぁ」

「駄目でしょうか?」

少女は首を捻った。

「どうだろう。森の中で出会った人に事情を話したら、親切にも兎肉を分けてくれた、と言う方がまだ良いかな?」

「そうですね。考えてみます」

「まあ、基本は誰にも見付からないことが一番なんだけど」

「はい、気を付けます」

それから更に少女との会話を楽しんでから、私は山小屋を後にした。


* * *


見えていた景色が段々暗くなり、遂には真っ暗になったところで目を開けました。

私が気になっていた子は、今の少女だったのだと思いはすれど、何か自分のこととして捉えられず、漠とした違和感を覚えていました。


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