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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第7章 胡蝶の記憶 (雪希視点)
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7-25. 森の中の山小屋

沼袋で真弓が電車から降りた後、一人になると、またあの女の子のイメージを思い出していました。見えたと言ってもぼんやりとしたものでしかなかったので、目の前にいても気が付けるかは分かりません。

鷺ノ宮の駅で降りて西の空に目をやると、三日月が地平線に近付いているのが見えました。髪が長く清楚な雰囲気で三日月の髪飾りをしていた女の子。生まれてから約20年の間に出会った記憶が無いので、やはりあの情景の中の登場人物なのでしょうか。

悶々としながら通いなれた道を進み、気が付けば家の前まで来ていました。郵便受けを確認して新聞の夕刊を取り出し、家の中に入ります。

リビングの扉を開けて入ると、キッチンの方に母がいるのが見えました。

「ただいまぁ」

「お帰り。大学祭はどうだった?」

キッチンの中から母が声を掛けてきました。

「うん、楽しかったよぉ。学科の出店の焼きそば作ったり、真弓と見て回ったり。あ、夕刊、ここに置いておくね」

そう言い置いてリビングを出、二階の自分の部屋へ。

部屋の入口の脇にあるスイッチを押して灯りを点け、中へ入ると、勉強机の脇にバッグを置き、ベッドの上に寝転びました。

目に入るのは白い天井。当たり前の光景。右手を上げれば、その手が視界に入ります。そう、私の手、私は今ここにいるのです。生まれてからずっとこの家で育ってきたのです。それで十分な筈なのですが、何か足りていない気もします。そしてあの女の子は?

「ん?」

天井を見上げている私が瞬きをしたその瞬間、何か緑色のものが見えた気がしました。もう一度瞬きしてみると、どうやら森のようです。私はよく見ようと、目を閉じて、瞼の裏の光景に集中しました。


* * *


私は森に向かっていた。

私が山吹に戻ったあの晩の後、弟の病は峠を越えたようで、徐々に快方に向かっていた。下手に疑いを招かないよう、病状が悪化しない限り、力は使わないつもりでいる。回復のために、何か滋養になるものを食べさせたいが、家には芋や玉葱や穀類など保存の利くものしかなく、私には不足に思えた。

この季節、採れる山菜は少ないが、それでも野蒜(のびる)(よもぎ)くらいはあるだろう。それにできれば肉が欲しい。森に行けば兎はいるだろうか。猪や熊でも狩ることは問題ないのだが、いくらなんでも一人で仕留めたとなると、怪しまれるだろう。なので、大きめの獣を狙うのは躊躇われた。兎にしても、罠を仕掛けてそれに掛かるのを待つか、網を用意してそこに追い込むか、普通にやれば手間が掛かる。三ノ里にいたときは、力を使って狩っていた。力を使えばまったく手間が掛からないし、それに慣れてしまった身としては今更普通の方法に戻るのは面倒だ。力を使うとなると、人目を避ける必要があるため、山吹の人達が良く行く北西の森を避け、北西の森よりも遠く、かつ、山裾で斜面がきつめの東の森で山菜を採りながら狩りをすることにした。

森に入って真っ先にやったのは、手頃な気を見付けて木槍モドキを作ることだった。勿論、私ならナイフだけでも兎は狩れる。しかし、それは力を併用するからこそで、普通の人はナイフだけでは兎は狩れない。だから、もう少し使える武器を持っていようと考えたのだ。それで誤魔化し切れるかは微妙ではあるが。

竹があれば竹槍を作ったのだが、残念ながらこの辺りには竹林が無かった。真っ直ぐな枯れ木が都合よく落ちてもいなかった。幸いなことに、森の中に少し進んだところで、手頃な太さの白樺の木が見つかった。木から切り出すことも想定して背中側の帯に挟んでいた鋸を取り出して、白樺の木を切る。要らない枝を払ったり、扱いやすい長さに縮めて先を尖らせたり、手持ちの鋸と小刀(ナイフ)で何とか木槍のように仕上げた。

そして、漸く狩りの準備が完了した。木槍を作るのに、それなりに時間を費やしてしまったが、ここから先は早い。探知で兎を探す。似たような大きさの小動物も引っ掛かってしまうが、それらは排除。狩ってばかりで減ってしまっては困るので、妊娠中の雌兎も排除する。残った中から、近くにいる一頭を選び、狙いを付ける。具体的にはマーキングだ。

狙いを付けたら行動開始。地形は探知で大体分かるので、谷を渡ったりするような場所は避けて獲物を選んだのだが、蔦が絡まっていたり、棘のある藪が拡がっていたりと迂回を余儀なくされることが何度かあった。考えてみれば、三ノ里の近くの森も最初は苦労していたのだった。繰り返し狩りをすることで、地形だけでなく植生も把握して狩りの効率を上げられていたのだ。初見の森で同じことをしようとしても無理があった。

慣れない森では、獲物の風下から音も無く近付くのも難しく、私の間合いに入る前に兎が私に気付いて逃げてしまう。

「やっぱり、駄目か」

私は溜息を付くと、力を使わずに狩るのを諦め、獲物の行く先に防御障壁を展開。兎が防御障壁の前で立ち止まったところで、拘束陣を起動して兎の動きを止め、悠々と近付き木槍で突いて仕留めた。力を使ってしまえば、本当に簡単なのだ。

獲物を仕留めると、取り敢えずその場で臓物を捨てて小川に向かう。探知した地形からして小川がありそうな北へ針路を取った。急ぐ必要があったので、身体強化を使う。人目が無いことは確認済だ。ほどなく、目論見通りの位置に小川を見付けた。小川の水に手を付けてみると、十分に冷たい。温泉水ではなくて助かった。そう言えば、いつもなら川の傍に獲物を追い詰めてから仕留めていたのを思い出した。今回は、初見の森だったし、弟のこともあって冷静になれていなかったなと反省する。次からは気を付けよう。

私は仕留めた兎を川に入れ、十分に冷えるまで放置した。流されないように、紐で結わえ、その紐の反対側を木の幹に結び付けておく。そして、兎の肉が冷えるのを待つ間、山菜採りに精を出した。今回背負って来た籠は小さ目だったし、弟と私の二人分あれば十分だったので、籠がほどほど埋まるくらいで止めておいた。

川に戻って、肉の温かさを確認すると、十分冷えていた。ついでに完全に血抜きをしてしまい、皮も剥ぐ。処理の終わった肉と皮を木槍の先に括り付けると、籠と木槍を担いで立ち上がった。

この森でやる予定だったことが一通り終わったので、このまま家路に就いても良かったのだが、気になっていたことがあった。ここから小川の上流方向に1km(キロ)強進んだところに人の反応があるのだ。その人は、ずっとそこに留まっていて動いていない。そこの様子を力を使って視ようとしてみたが、何も視えなかった。結界か何か、力を阻害するものが張ってあるようだ。こんな山奥で、結界まで張って何をやっているのだろうか。私は自分の好奇心を抑えることが出来ず、そちらを調べていくことにした。

小川沿いに上流へと歩いて行く。途中私の行く手を邪魔するものは無く、真っ直ぐそこまで歩いていけた。

目的地付近で、小川は池に繋がっていた。その池の北側は滝壺になっていて、人の背の高さの三、四倍はある崖の上からその滝壺に向けて水が落ちている。水飛沫が飛び散り、空気は周囲の土地より一層ひんやりとしていた。

その池の右側、池の水面よりも高く盛り上がった土の上に山小屋があった。見たところは平屋建てで、手前の南側には露台(バルコニー)が付いている。露台の左端には階段があり、池の方に降りていけるようになっていた。でも、それが正規の入口のようには思えなかったので、回り込んで東側を確認しようと家に近付くと、小屋の中から人が一人露台の方に出て来た。

その人は少女の姿をしていた。長い髪は黒く、肌は色白で、頭の右側に三日月の髪飾りが輝いているのが印象的だった。


* * *


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