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黎明殿の巫女 ~Archemistic Maiden (創られし巫女)編~  作者: 蔵河 志樹
第7章 胡蝶の記憶 (雪希視点)
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7-23. 前世持ちの存在

さっきまで見えていた情景を改めて思い返してみます。

山吹にせよ、三ノ里にせよ、山間(やまあい)に位置していました。川はありましたが、海は無く、内陸の地なのでしょう。筆記用具は、何処でも墨と筆。数字は、漢数字も使われていましたが、計算の時は、縦と横の線で数を表していましたし、その数字表記を用いた計算道具もありました。篠さんは算木と呼んでいたかな。

服装も着物でしたし、そう考えると今よりかなり古い時代のようです。ダンジョンや魔獣はいなさそうでしたので、それより前の時代でしょうか。歴史の授業で、ダンジョンが出来たのは大体四百年前と習っています。そう言えば、封印の地の話も出ませんでした。もしかして、この世界に似た異世界だったのでしょうか。

それに私には巫女の力が使えたようです。でも、今は使えません。もしかしたらと思って力を籠めようとしてみますが、身体の中を力が流れるような感覚などはまったく無く。巫女の力って無くなることもあるのか、それとも今の私は、巫女の力を持っていた昔の私の生まれ変わりなのか。熱のある頭では、いくら考えても答えは見つかりそうもありません。

情景の続きが見られないかと、目を瞑ってみましたが、夢を見ることも無く寝てしまいました。

熱は夕方までには下がりました。でも、何となく起きる気分にもなれなくて、ベッドの中で横になっていました。そこにドアをノックする音が聞こえました。

「はい?」

返事をすると、ドアが開いて守琉の顔が見えました。

「夕飯になるけど、姉貴、どうする?」

「熱も下がったし、食欲はあるから、食べるよ」

「分かった、それじゃ下に降りてきて」

「うん」

私はのそのそとベッドから出て、階下の部屋で家族と共に夕飯を食べました。

そして夕飯の後、アルバムを見ようと思い立ちました。今は、写真はデータで取っておくだけの人もいますが、父は形に残っている方が良いからと、写真に焼いてアルバムを作っていました。それは皆で食事をしているテーブルの脇の棚の中に仕舞っていた筈。

夕飯後の片付けを手伝った後、棚を確認すると、記憶の通りにアルバムが並んでいました。アルバムは複数冊で年代順になっています。その中から私が生まれた年が含まれているものを取り出して食事をしていたテーブルに持って行って椅子に座り、開いてみます。

そこには、私の産まれたばかりの写真や、家族写真が沢山並べられていて、間違いなく私が両親の娘であると思えるものでした。

「どうしたんだい?いきなりアルバムなんて見だして」

「うーん?私が生まれた頃ってどうだったかなぁって思って」

「雪希は、大人しかったから楽だったねぇ。本当に必要な時にしか泣かなかったし、ミルクを飲んだ後のゲップは直ぐに出ていたし。守琉の時は、割りと良く泣いていたので大変だったよ。それに父さんは夜中に守琉がどれだけ泣いても全然起きやしないし」

母は、昔のことなのに良く覚えていました。当たり前ですが、私にはその頃の記憶なんて何も無いですからね。

それから暫くの時間、母から私が小さい頃のことや、謂れのない悪行について文句を言われたりしてました。オムツを取り換えるときに、思い切り小便を掛けられたとか不満をぶつけられても、私にはまったく身に覚えが無いわけで。

でも、お蔭でやっぱり私はこの家の子供だったのだと確信できました。そうなると、熱が出た時に見た情景は、前世の記憶と言うことでしょうか。単なる夢にしてはやけに現実的で具体的な内容でした。誰か他の人に相談してみようかとも思いますが、しかし、現在の生活とはまったく関係していそうにもなくて、ただの夢物語だと言われてしまいそうな気がしなくもないです。

翌日からはいつも通り大学へ。前日休んだことについて、灯里ちゃんや珠恵ちゃんに心配され、少し熱が出ただけだからと答えておきました。まあ、不思議な情景を見たこと以外は熱が出ただけなので、嘘は言ってません。あの情景のことは、話すかどうか、まだ悩み中のままなのです。

そして、何日かが過ぎて、次の週末が来ました。

その週末は六月の最初の週末、つまり、大学祭です。

今年の学科二年の出し物は、焼きそば屋台です。去年のホットドックに比べると調理が面倒ですが、皆で手分けすれば大した問題ではありません。私は調理係で、当日幾つかの時間帯に屋台で焼きそば作りを担当します。珠恵ちゃんも調理係、灯里ちゃんは大学祭当日は他の用事があるからと、事前の買い出しなど準備の方で頑張ってました。

今年も学科Tシャツを作ったので、それを着て行きます。下はデニムの膝上丈のスカートに、歩き易いようにスニーカー。大学に着くまでは薄手のカーディガンを羽織って行こうかな。

少しゆっくり目の時間に大学に行ったので、大学祭はもう始まっていましたが、学科の出店の当番には、まだ余裕がある時間に到着。珠恵ちゃんとはお昼のときに、真弓とはその後に大学祭を見て回る話をしていますし、そこまで時間にゆとりがあるのでもないので、研究室に向かうことにしました。

「おはようございますぅ」

「おお、雪希か。おはよう」

研究室には、八重さんと織江さんがいました。

「お主もこちらに来て、一緒にお茶をせぬか?」

「はい、行きます」

私は自分のバッグを、木剣が仕舞ってあるロッカーに収めると、お茶台に行き、ペットボトルのお茶をコップに注いで八重さん達が座っている作業台の周りの椅子に腰掛けました。

「お前達の店は、焼きそばだったよな。先程、珠恵が出掛けていったが」

「そうです、八重さん。珠恵ちゃんと私は同じ調理係で、珠恵ちゃんの方が一つ前の当番なんですぅ」

「なるほどな。確かに珠恵は、四~五十分前に出て行った」

「他の人達も大学祭の方に行っているんですか?」

「どうだろうな、夜型が多いから、まだ来てないのかも知れないぞ」

「あぁ、それ、何となく分かりますぅ」

日常でも、午前中は研究室にいる学生の数が少ないのです。その代わり、夜遅いそうなのですが、私達二年生はそんな遅くまで研究室にいることは無いので、見たことはありません。

「それで、お二人で何を話していたのですか?」

「ん?八重の子供の話をな」

確か、八重さんのお子さんは、小学一年生の男の子と、幼稚園年少組の女の子だったと思います。

「今日は学校はお休みですよね?旦那様とお留守番ですかぁ?」

「明日もあるし、旦那だけだと心配なので、実家の母親に来て貰っているんだ」

「それなら安心ですね」

だとすれば、そういう話ではなさそうですね。

「それでどんなお話してたんですかぁ?」

「雪希、お主、胎内記憶のことは知っておるか?」

織江さんが問い掛けて来ました。

「えーと、小さい子が、お腹の中にいるときのことを覚えていることがあるっている話ですか?」

「如何にも。そして、八重の娘も胎内記憶があるらしいという話だ」

「そうなんですか?」

私は八重さんの方を向きました。

「何分にも、小さい子が言っている話だがな。それに、ウチの子は、胎内と言うより、それ以前のことも話してくれたんだ」

「それって、前世の記憶ですかぁ?」

「聞く限りでは、前世の記憶とは少し違うように思えたよ。娘の話を総合すると、最初、雲の上のようなところに、白くて丸い塊が幾つもあって、それが全部他の赤ん坊達で、下の雲の中から泡が上ってきて、それに触れるとそこから消えていくらしい。それで、娘も泡の一つに触れたらしいんだが、そしたら私のお腹の中にいたと言うのだ」

「へー、そんなこと覚えているなんて凄いですね。でも、確かに前世とは少し違いそうですねぇ」

「我も同意見だな。生まれる直前の世界のようなものか。だが、もしかしたら、そこに辿り着く前のことを尋ねれば、前世の話をしてくれるやも知れぬぞ、八重」

「確かにな。今度娘に聞いてみるとしよう」

二人とも当たり前のように話を進めています。

「あの、八重さんも織江さんも、前世の記憶を持つこともあるって信じられるんですか?」

私の問いに、織江さんが意外そうな顔をしました。

「雪希、お主は信じぬのか?」

えっと、何て答えよう。今ここで、正に前世の記憶かも知れないものがあると話をしたものか、咄嗟には判断できませんでした。

そこに丁度研究室の扉が開いて、誰か入って来ました。見ると珠恵ちゃんです。学科の屋台の当番を終えて来たのですね。珠恵ちゃんは上半身は私と同じ学科Tシャツですが、下にフリルの付いた黒のミニスカートを着ています。何か、いつもの珠恵ちゃんのイメージとは違うようですがぁ。

「珠恵ちゃん、お疲れ様ぁ。あれ、何か可愛い格好してるねぇ」

「織江さんに無理やり着せられちゃってね」

「何を言っておる。お主だって悪い気はしておらぬだろうに」

ああ、なるほど。織江さんのチョイスですか。織江さんは、今年も大学祭は黒と白のゴスロリ衣装ですし、納得できます。何で織江さんに服装を指定されているのか聞いてみようかと思いましたが、考えたら私は珠恵ちゃんの次の当番でした。急がないと不味い?

「珠恵ちゃんが戻って来たってことは、そろそろ私行かないといけないってことだよね」

「あ、雪希ちゃん、まだ大丈夫だよ。私、次に受付当番があるので、早めに抜けさせて貰ったから」

「そうだったんだ」

研究室の壁掛け時計を見ると、確かにまだ少し時間があります。

「それより、三人で何を話してたの?」

「前世を持つ者がいるだろうかという話をな。珠恵、お主はどう思う?」

「前世かぁ。私には前世の記憶とか全然ないですけど、前世の記憶を持っている人はいるかも知れないですね」

「いや、珠恵、前世の記憶を持つ者は実在したのだぞ。なあ、八重」

私じゃなくて、八重さん?あ、私はまだ言っていなかったかぁ。ドキリとしてしまいました。

「ああ、信じていない者もいたようだが、高校のときの同級生にいたんだ。もっとも、記憶だけで、他は何の能力も持っていなかったがな」

「へえ、いたんですね。前世の話、聞いてみたいな」

「珠恵、お主の周りにもいるかも知れぬぞ」

「そうですね。そういう人がいたら、私、信じます」

と、そこで、珠恵ちゃんが何かを思い出したような顔になりました。

「あ、私、受付に行かないといけなかったんだ。着替えるんで、隣の部屋借りますね」

「ああ、好きにせい」

珠恵ちゃんは続きの部屋にTシャツを着替えに行きました。そして、戻って来た時には大学祭の事務局のTシャツ姿になっていました。

「それじゃまた、行ってきます」

「あ、待って、私も行くよぉ」

私も当番に行く時間になったので、珠恵ちゃんと一緒に研究室を出ました。二人並んでエレベーターへと向かいます。

「ねえ、珠恵ちゃん、前世があるって言われたら信じるって、さっき言ってたけど、本当に信じられるの?」

「聞いてみないと分からないけど、きっと信じられるよ。それって、その人に大切なものなんだと思うし、そんなこと無いって言うのは失礼じゃないかな?」

「ふーん」

珠恵ちゃんなら、私の話も信じて貰えるかな。でも、これから珠恵ちゃんも私も当番だし、後にするかなぁ。そんなことを考えていたので一階まで無言になってしまいました。

「珠恵ちゃん、この当番終わったら、一緒に回ってくれるよねぇ?」

「うん、そういう約束だったよね。研究室で待ち合わせで良いよね?」

「それで良いよ。それじゃ、私は屋台に行くから」

理学部棟の入口の前で、珠恵ちゃんに手を振って分かれました。


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